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敵。

「あいつが今関わっている案件はこれだけだからなあ、偶然じゃなければ関わりのある可能性が高いんだが」



「ねえ、そんなにしょっちゅう襲われるわけ? 1案件1襲撃みたいな?」



冷静に考えれば警察みたいな仕事だ。危ないことも少なくないだろう。そこまで考えたことなかったよ。



「そんなこともねえが、まあ相手が罪人のときは逆恨みするような奴もいるしな……なに、心配するこたねえよ。あいつは俺様より強いっつったろ?」



「基準がそれじゃ安心できんわ」



「ンだとコラ! まァともかくまずは若様の身柄を確保申し上げよう」



それって敬ってんだかなんなんだか。しかしツッコミを入れようとしたところで図書館に到着したため、私は口をつぐんだ。



図書館は3フロアに渡る。くまなく探すものの、その姿はなかなか見当たらない。



「いねえなあ…すれ違ったか」



「あ、待って。あそこん中見てきてよ」



指先でちょいちょいと男子トイレを指差す。



「おーちょうどいいや。ついでに用足してくらあ」



言わんでいいっつーの。



義兄が出てくるのを待ちながら、近くの雑誌コーナーをなんとなく眺める。ここにいないってことはもう帰ったのかなあ。けどすれ違わなかったよ? 駅のほうに遠回りした?



冷静に考えればのんきな話なのだけど、どうも身の安全よりも迷子のほうを心配してしまう。館内放送で呼び出してもらおうかなあ…。携帯電話のない時代は放送で呼び出したもんだよ。



ふと窓に目をやると、図書館の裏手にある公園の様子がブラインドの隙間から見えた。だいぶ日が暮れてきて、子どもたちはもういない。



(あれ? あの背中──)



薄暗い中を急ぐ背中が若様に似ていた。どうしよう、追いかける? 義兄が出てくるのを待っていたら見失ってしまうし。ああ、もう! さっさと出てこい!



窓の外とトイレの入り口を何度かキョロキョロして──私は義兄を置いて外へ走った。



図書館を出て裏手の公園へ行くと、思った通り若様が歩いていた。追いついて呼び止めようとしたが、若様が誰かに声をかけたのが見え、思わず立ち止まる。若様が声をかけた相手は……柳沢氏!?



あれ? なんでいるんだろ? 伊三さんといっしょ?



「やな……っふが!」



柳沢さん、と言いかけた私の口を、いつの間にか近づいていた義兄が物も言わずふさいできた。



「ちょっと何──」



「シッ。怪しい男がいたからあとをつけてきたんだが、あれが例の若様か?」



見ると、確かに男がひとり若様と柳沢氏に合流するところだった。



「そう、若様と側用人の柳沢さん。あの男が怪しいってどういうこと? 江戸のひとなの?」



どさくさに紛れて肩に置かれた手をさりげなく払い、小声でたずねる。たしか、時のひずみを作れる能力者には、ひずみをくぐって来た人がわかるんだった。



「ああ。あの男、俺と目が合いやがった。向こうも俺に気づいた可能性がある」



ってことは、



「あの人も能力者ってこと?」



「シッ」



私の追求をさえぎると義兄は、植え込みの裏を回って三人の会話が聞き取れるあたりへ移動した。なんで盗み聞き!?



「…若様にはご準備が整われましたか」



「うむ、待たせたな。気になっていた本はすべて読み終えた」



「まったく。若様ときたら、刺客がこちらに来ているかもしれないというに、本を最後まで読みたいなどとのん気なことをおっしゃる」



「なに、あれだけ人目のあるところでは何もできまいよ。それより本当にこのまま行かねばならんのか? 一筆なりとかおるに残して行ってはいかんか」



「それは先ほども申しましたでしょう。若を狙う者がこちらに来ているのです。今あの家に戻っては、かおる殿に危険が及ぶことになるのですよ」



しぶしぶ、という表情で黙り込む若様を見ながら、今聞いたことを咀嚼してみる。



えーと、

うん、わかんねえ。けど若様は私に会いたがってる。柳沢氏は若様がうちに行くのを禁じている。ならやることはこれだ。



「あ、私ここにいます」



チッ、という舌打ちの音が聞こえた気がしたが無視しておく。手をあげながら植え込みから出て行った私を見て、若様の顔がパァっと輝いた。



「かおる! どうしてここに?」



「帰りが遅かったから迎えに来たんだけど……声かけそびれたもんだから、ごめんなさい。話聞いちゃいました」



最後のほうは柳沢氏の顔を伺いながら言う。重ねて気になっていたことを聞く。



「柳沢さんはいつこちらに? 伊三…小松さんは一緒ですか? それにこんな急に連れ戻すなんて、何かあったんですか」



「いえ。小松殿は今日は来られないと聞きましたのでね、よくないことかとは思ったんですが、そういった商売をしている者に頼んで連れてきてもらったのです」



そこで後ろに控えていた男にちらりと目をやる。男は黙って目を伏せたままだ。



「と言いますのも、どうやら敵がこちらに刺客を送り込んだらしいことがわかりましたので、急ぎ若にお戻りいただきたかったのですよ」



なるほど、そういうことだったんだね。…って、ん? あいつどこ行った? 振り向くと、後ろにいたはずの義兄がいない。



「小松が来られないとはどういうことです?」



「ぅわ」



いつの間にか私の隣りで会話に参加している。てめぇは本気で蛇か!



「あなたは?」



「同僚です。小松はどうしました? あなたをこちらへお連れするはずでは」



「ちょ、何…」



何言ってんの。 突っ込もうとした私を遮り、私にだけ聞こえるように耳元でそっと囁くと、義兄は柳沢氏との会話を続けた。



今、なんて…?



「小松は何と?」



「本人と会ったわけではありませんから詳しくはわかりませんが、とにかく今日は行かれないと使いの者が来ましてね。不測の事態でも起きたのでしょう」



そんな二人の会話を聞きながら、私はじりじりと若様ににじり寄った。



若様の身柄を確保しろ。



義兄が囁いたのは、それだった。




「ねえ」



若様の袖を引き、ともかくも意識をこちらに向かせる。身柄を確保ったってどうしろってんだもう。



「このまま帰るんでしょ? うちに置いてきた荷物とかない? あればあとから届けてもらうようにするけど」



「ああ、着物と脇差しを置いたままだ。それに今借りている着物も返さねばならないな」



「じゃあ伊三さんに頼んで持って行ってもらうから、そのときに渡して」



「わかった。それと……俺が帰るまでに考えておけと言った件だが」



どきり。



私を江戸に連れて帰りたい、と言っていた昨夜の話だ。もちろん断るつもりでいたけれど、いさぶの言うようにもし本気で言ってくれたのだとしたら。断り方にも礼儀ってもんが必要になる。



礼儀って。これまた上から言うねえ。けどほんと、改まって言われると言葉が出てこないのだ。



「うん、あのー…」



「いや、返事はしなくとも──」



「え?」



続きを促そうとしたとき。



「若、離れてください!」

「若様を離すな! お守りしろ!!」



大の大人2人に同時に声を上げられ、私はとっさに若様をかばった。



な、何事!?とっさに抱きしめた私の腕にそっと手をかけながら、若様が問いただす。



「何事だ、柳沢」



「かおる殿、若をお離しください」



は、はい。言われてパッと手を離す。と、義兄が鋭く制してくる。



「離すな!」



えーっ!



「何なの、どういうこと?」



義兄に向かって問うたが、返事は柳沢氏から返ってきた。



「かおる殿こそどういうおつもりですか。ご信頼申し上げていましたのに」



「え? 私!?」



「あなたのお仲間は私を陥れようとしているようだ」



若様と顔を見合わせると、たいそう困惑した顔をされた。私のほうこそ困惑だ。助けを求めるように義兄を見やると、柳沢氏に向けて意識を集中させながら、間合いを詰めている。ちょっと、なんで戦闘態勢!?



「ほう、陥れる? ではもう一度お尋ねしましょうか。なぜ、小松が来ないと?」



「理由は知らぬと申しておろう」



「理由など聞いておりません。来られないということを、なぜご存じか!」



……なに? 突然出てきて何を言いがかりつけてんだ!



「何の言いがかりだ」



そうだそうだ!



「小松は、夕方にはあなたをこちらにお連れするつもりだと言っていましたが?」



「だから不測の事態だと」



「仮に。仮に不測の事態が起きたのだとして、こちらの若様の案件はよくよく慎重に当たるようにと命じられている。使いなど出さない。何かあれば小松本人が伝えに行くはずだ」



「そちらの都合なぞ知らぬ」



「さらに言えば、小松が私と話をしたのは“不測の事態”が起きたあと、です。あなたのもとに連絡は行っていない。あなたはそれが起きることを予め知っていたんだ」



「……私が仕向けたと?」



展開についていけず、ただただあ然としていると、義兄はこちらに話を振ってきた。



「若様、柳沢殿が来られたのは何刻ごろでしたか」



「なんだと?」



その隙をつき、義兄の後ろで柳沢氏がどこかに向かって小さく頷くのが見えた。その視線を追うと──



「!」



先ほどから脇に控えていたはずの男が、いつの間にか私たちの後方で空間に大きな穴を開けていた──あれは、時のひずみだ。



「若、その者についてお逃げください! その穴は江戸につながっています」



「行かせるな、お守りしろ!」



わかんないわかんないわかんない!



その間にも、男がこちらに近づいてくる。無言で、手を差し伸べて。ただただ本能で、この男に渡してはいけないと思った。



若様の手を握る。



ひずみの引力が迫る。



こちらに来ようとする義兄を柳沢氏が阻む。



男が迫る。



男とひずみから逃げようと、若様の手を引いて促した。けれどその手は動かない。



「どこへ行く。柳沢はあそこへ逃げろと」



そうだけど。そうだけど! だけどなんだかこの男は不気味だし──だけど義兄も何考えてんだかよくわかんないし。



どっちに従えばいいの?



ようやく柳沢氏をかわした義兄が男を押さえにかかる。



「早く離れろ、吸い込まれるぞ」



「若、かおる殿から離れてその穴に」



あーもうわかんない!



「若様、行こう」



「なに?」



私は若様の手を引いて、ひずみに向かって走った。義兄の怒声が追ってくる。



「なっ…てめぇ何考えてんだ!」



「わかんないからあいだをとる!」





4、5歩走ってひずみを目の前にしたとき。



あれ? そういえばひずみは開けた人の思う場所につながるはず。それじゃこれは、



「これ、どこにつながってんの?」



義兄をふり返ると、何やら空気圧の固まりをこちらに投げつけてきた。



「わっ…!」



その圧に押され、ひずみに落ちる。若様が抱き寄せてくれる。



「旦那のところへ行け!」



義兄の声が背中に聞こえた。



ああ、力をぶつけることで行き先をずらしてくれたんだな。そんなことに気づいたのはあとのことで。



ひずみをくぐる瞬間、私が思ったのは



「ああ、明日会社どうしよう…」



だった。

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