番外編・遠き待ち人
「よぅ」
「あ……!」
「久しぶりだな」
「な、なんで…」
「ああ、探索だよ。とっとと捕まえて帰るつもりだったんだがな、アンタの様子を見て来いって嫁がねだるもんだからさあ。見に来てやった」
「お…」
「どうだ、相変わらずシケてんのか。ん?」
「お、」
「何だって?」
「お前じゃねぇえー!!」
=====
来る、
来ない、
来る、
来ない、
最近の脳内口癖だ。侍と出会い、恋をしたあの一週間から4カ月。季節はもう春になっていた。
別に「また会う日が生き甲斐」ってわけじゃない。そんな悲しきデスティニーにはなっていない。…っていうのは、本当に来てくれなかったときの傷を浅くするための予防線かもしれない。
大丈夫。もともとひとりだったじゃん。このまま結婚しないんだろうなって思ってたじゃん。
じゃなくて。
違うの。
ただ会いたいんだよ──。
帰り道、誰もいないのを幸いに盛大なため息をつきながら歩く。今日は後輩の結婚祝い会だった。
(そういやあの日もそうだったな)
お年頃が多いからか、しょっちゅうコトブキなご報告が来る。いっぺんにまとめてやってくれ!…いやしかし今日の私はよくがんばった。興味のないノロケを聞くための質問責めをよくがんばった!
ああ、私はいくつになったら穏やかな気持ちで他人の幸せを祝えるようになるんだろう。
私だけひとり。いや、ひとりなの? ふたりなの? 約束はしていない。あの人の中ではもう終わってるの──?
二度目のため息をつこうとしたそのとき。聞き覚えのある声に呼び止められた。
「よぅ」
それは、江戸に住む私の義兄だった。
来る、来ない、来る、来ない、来た。けど違うんだよ。そうじゃないんだよ。私が待ってるのはさあ、
「お前じゃねぇえー!!」
=====
「…で。なんで俺はお前と居酒屋で乾杯してんだ? とっとと帰りてぇんだよ。嫁と子どもが待ってんだ」
「いいじゃん、つきあってよ。お姫様は元気?」
「姫もチビ姫も息災だ」
「姫ってそっちかよ。…枝豆とお新香ください」
「あとエイヒレね。で? お前はどうなんだ? 待ち人来たらずか」
「アンタのほうが詳しいでしょ。どうなの、あの話はまだ続いてるの?」
「こっちに駐在を置くっつう話だろ? 旦那が今頑張ってんだけどな、上のほうに頭の固いのがいんだ」
「許可が通ったらさ、あの人がこっち来るのかな…」
「旦那はそのつもりだっておっしゃってたんだろ? 俺はぜってぇ来ねえし」
「じゃあさ、こっち来たらさ、あの人私のところに来てくれんのかな…」
「それはお前ら2人の問題だろが。どういうことになってんのさ」
「…ちゃんと言ってくれたよ、好きだって」
「それだけか。惚れたハレただけなら子どもでも言えるぜ」
「アンタは言えなかったでしょうが」
「……。で、あいつとは結局寝たのかよ」
「寝たよ、一緒に。寒い日だったから、腕にくるまって寝た」
「ハッ。一緒におねんねか。そら純情なこって」
「…あの薄い壁の聞き耳だらけの部屋で何をどうしろってんだ!」
「ああ、あいつ裏店住まいか。まあ手を出さねえのはそれだけ真剣ってことかもな。あの男らしいじゃねえか。万が一このままってことになったら責任とれないから、だから手も出さない、か」
「こんなことなら一回くらいシとけばよかった」
「…!何言ってんだお前」
「だってさーこのまま誰に見せることもなく私の体が老いていくのはもったいないっつーか」
「ななな、」
「うらやましいな、アンタの嫁が」
「……なんなら、俺が、」
「アンタの嫁さんは、アンタ以外男を知らないって」
「……ハァ!?」
「例の男の人とは最後までいってないってよ。だから子どもの父親はアンタ以外ありえないって断言してた。よかったね」
「お前…あけすけすぎる」
「気になってたくせにぃ」
「そりゃ気になってたが…嫁には聞けなかったが…なんでお前から聞かなきゃなんねんだ」
「…知りたい?」
「…何を」
「い・ろ・い・ろ」
「……っ」
ゴン。
私がテーブルに突っ伏した音だ。
「やめときゃよかった…」
「なんでさ。いやーいい話聞いたなあ。酒がうめぇや、同じのもう一杯!」
「アンタのニヤケ顔見たって何にも面白くなーい!」
「まあいいじゃねぇか。お礼に俺からも情報やるよ」
「何さ」
「不安なのはあいつも同じだぜ」
「え…」
「そりゃそうだろうよ。手も出せねえほど本気なのにお前をひとりで帰してさ、すぐに追うつもりが足止めをくらっちまってんだ。お前がいつまで待っててくれるか、気が気じゃないだろうさ」
「そんなふうに考えたことなかった…」
「男だって不安になんだぜ」
「なかったことにされてるわけじゃないよね」
「この4カ月アンタに会いに来てねぇのが本気な証拠さ。ちょいとしたつまみ食い程度にしか考えてなかったら、適当に会いに来てるだろ」
「そか…」
「それがパッタリ会いに来ねえってのは、責任取れるまで待とうってくらい本気か──」
「だ、だよね」
「そうでなきゃ興味が失せたかどっちかだな…ってオイ、コラ、こんなところで寝るな! ゴンってすげぇ音したぞ今」
「何にもフォローになってないじゃ〜ん」
「心配するこたねぇって伝えといてやるよ。お前があいつを待とうが待つまいが、この分じゃ男なんざ寄って来ねえ」
「くぅ〜」
「さ、俺は帰るぞ」
「んー嫁と子どもによろしく」
「ホラお前も起きろ」
「えー私も帰んの〜」
「たりめーだ、送りもしねえで置いて帰ったなんぞ報告できるかって」
「へえへえ」
ようよう立ち上がり、送られて家まで帰ってきた。春とはいえ、夜はまだ冷える。
「じゃな」
「ありがと。…あ」
「ん?」
「来てくれてよかった。ありがとう」
訝しげな顔になった義兄に、私は胸に抱えていたモヤモヤの、本当の理由を明かした。
「あの人に出会ったこととかが、本当にあったことだったのかわかんなくなって、ぜんぶ私の妄想だったかもしれないって、不安で、不安で」
「お前…」
「だから来てくれてよかった。ちゃんと実在の人物だった。私の妄想じゃなかった」
実在、を確かめるように、彼の顔をぺちぺちと叩く。ああ、本当にあったことだったんだ。よかった。
「……」
おやおやおや〜?
「ちょっと。その顔は赤くないスかあ?」
「酒のせいだ馬鹿! なんだお前は泣きながら冗談が言えるのか!」
「それくらい朝飯前ですよ」
「くっそもう帰る!」
「ん。ほんとにありがと。気をつけてね」
「…あいつに伝言は?」
「ない。直接言うから」
ニヤリとされ、こちらもニヤリと返す。
男と別れ、家に入った。大丈夫、私は私のペースでこれからもやって行こう。そうしたらいつか、きっとすべてうまく行く。ちゃんと直接言える。あの人に「おかえり」って。
おかえり。
ただいま。
私たちがその言葉を交わすまでは、あとまだもう少し。
またまたプチ妄想でした。
続編も考えようと思い始めましたので、またしばらくしたら見にいらしてください。