美女魔王と変態勇者 〜むしろ王様が魔王なんだが?〜
私は魔王。職業由来の世襲制のため、今はそう名乗っている。
自然あふれるマガハラという国を治めていて、人間の王が治めるネコクという国とは、しょっちゅう小競り合いを繰り広げていた。
なんでそんな小競り合いが始まったんだろう。思い返してみても、私には全く非がない。
何代前かの魔王が、ネコクの王城に忍び込んで、何かの木を植えたのが始まり、だっただろうか。
その木はとても綺麗な花を咲かせて、花見がしたいと人々が列をなす。そのために通常業務が圧迫されると怒った当時の王が、兵を送り込んだのが始まりだった……かな?
「人間って細かい。民衆くらい、軽く受け入れるのが王の器だろうに」
うちの城を見てご覧、って言いたい。民宿のごとく市民が宿泊しているから。
たまに私のおやつも作ってくれるし。長身の魔物なんかは頭を撫でてくれるし。お菓子をくれるし。抱き着いても笑って許してくれるし。うん……みんな……優しい。悔しいほど優しい。
「私は魔王だーッ! もっと敬えーッ!」
思い出したように窓から顔を出して叫ぶ。
『愛してるー』
マガハラの山彦――それを引き起こす木霊は、頭がおかしい。
でもまぁ、みんなが私に優しくしてくれるのは、私自身がどんな魔物なのか、っていうのに関わりがあると思うから。自分から、不満を言うことはないと思う。
魔物と言うものには、それぞれ特殊な性質があって。私の場合は、『憎しみを孕むもの』と言う。
その性質は、溜まりに溜まった憎しみを産み落とすと言うもので、まぁ、一言で行ってしまえば、私が何かを憎めば憎むほど、全てを滅ぼせるような何かを産み落としてしまう、と。
「愛する我が子は最終兵器。ルビは何にしようかなぁ。格好良い必殺技みたいに出来たらいいなぁ」
一転して笑顔。私は結構単純だ。
背中の開いたお気に入りの黒いドレスに着替えて、ぼんやりと今日の予定を考える。
マントのようになった蝶に似た羽根――下手に孕まないように余剰な魔力を放出しているもの――を無意味に羽ばたかせたりしながら、ぼーっと考えてみるけれど……。
「お腹が空いた。考えがまとまらん」
気が付けば、鏡とにらめっこをしていた。流石、私は可愛い。美人。もっと褒めてほしい。この感情を表して、自分自身で褒めてみようか。
「それはまるで……まるで……美人っ!」
もしも私が人間と戦ったら、自身のボキャブラリーに敗北するんじゃないかな?
ほら、だって、ねぇ。魔王と言えば、勇者に対する口上でしょう? そこで格好良くなかったら、それこそ潔く敗北を認めたほうがいいと思うよ。
それは私の分身だ、とか。残像だ、とか。……いや、それは口上ではない? 口上って何?
「え、私って学力がない?」
その瞬間、今日の予定は決まった。勉強だ!
「ふんっ、頭の良い美人は嫌われるぞ」
「そのモラハラ発言はっ!?」
自分しか居なかったはずの部屋に響く謎の声。気配を探して辿り着いたのは、この部屋に入るためのたった一つのドアだった。
豪華絢爛な衣装。尊大さを表すヒゲ。その人物を表す言葉はただ一つ。
「人間の王よ、何のようだ!」
私は精一杯に羽根を広げて威嚇をする。
いくら解放された魔王城と言っても、人間の王が普通に魔王の私室に入ってくるってなに? 何なの? こいつ何者?
「我は王だ」
「心を読まないでよっ!」
本当に何者なんだろう? 憎しみよりも先に、不安が募って変な子供が産まれそう。
「ふっ、一つ忠告をしに来たまでだ」
「忠告? なによ、まさか大規模な戦闘行為でも仕掛けようって? はっ、そんなの返り討ちにしてやるんだから」
「ここで息の根を止めてやろうか?」
「ごめんなさい」
謝罪って、全てを解決すると思う。
「もう一度いうぞ、これは忠告だ。今回の勇者はなかなかの変態でな。手を焼いたから封印したんだが……どうやら逃げ出したようだ。精々用心をするんだな」
なん……だと……?
勇者――、勇者と言うのは、先の話に出た兵を送り込んだかつての王が、上手くいかなかった腹いせに遺した呪いのような強化魔法だ。
それを代々受け継ぐ家系が勇者と呼ばれていて、その呪いを解除するために、代々の魔王に襲いかかってきていたのだけど……。
「えーっ、と、先の勇者って、確か、うちの城下町で無銭飲食をしたあげく、馬車の行く手を遮って跳ね飛ばされて御臨終したよね? 子供なんていたっけ?」
「勝手に殺すな。強制送還されて、こちらで面倒をみたんだぞ? 呪われたやつはただのバーサーカー。仕留めてくれなきゃ困るんだがな」
「いや、辿り着いてもいない人のことなんて知りません」
そこまで面倒を見切れるか、というか、そういう危ない人物の管理は、そちらで行ってほしいと思うのだけど?
「だから、こうしてこちらで封印をしたのだ」
「だから心を読まないで」
「だが、その呪いは強力だったようだ。あの状態でよくもまぁ、自由に動けたものだ」
「え、どういう状態?」
「ま、精々用心をすることだな」
それしか言えないのかよー。やーいやーい耄碌爺っ!
と考えた瞬間に、高まった何らかの圧力によって窓ガラスが吹き飛んだ。
「……ご、ごめんなさい」
涙を溜めに溜めて、心の底から謝ってみれば。彼は「次はないぞ」と帰っていった。
怖すぎる。人間怖い。これで憎しみを持てば簡単に愛する我が子が人間を滅ぼしてくれるのに、なんであんなに怖いんだろう。
それじゃあ、恐怖しか感じないじゃん。
「あの、魔王様? どうかなさいました?」
「何でもない。窓、直しておいて」
駆け付けたメイドにそう言って、彼女が持っていたお盆の上のパンを受け取って部屋を出た。さぁ、勉強をしよう。あの人間の王をけちょんけちょんにする方法を調べないとっ!
目指すは図書室。長い廊下を進んでいく。
ふぅ。少しは冷静になってきたように思う。急なエンカウントは、本当に心臓に悪い。
廊下に飾られたセンスの悪い絵画も、この急速に退いていく不安に一役買っているようだ。なんなのだ、この裸の男の絵は。大変センスがない。
「裸と言えば、裸婦だろうに」
私の中では、裸の姿というのは男女によって描くものを変えるべきだと、そう思っている。
女性を描くなら絵。男性を描くなら像。そういう割り振りだ。
近頃は美少女フィギュアなんてものが出回っているようだが、私に言わせればナンセンスだ。女性という美しさは、平面でこそしっかりと捉えられるものだ。その方が奥行きを想像できるというか、えっと、その……。
「やはり、ボキャブラリーが足りない!」
私は頭を抱えながら、図書室へ急いだ。
城によく現れる、女性の尻ばかりを撫でる触手なんて気にしない。というか、こいつらは魔王に対してとてもフレンドリー過ぎるきらいがある。私のことをどう思っているのだろうか。
「おい、お前。私を敬う気はあるのか?」
「撫でる気はあります」
「おい、そこのメイド。こいつはネコク送りだ」
「畏まりました」
「ぎゃーっ! やめて、あそこはやめて! 同人誌のネタにされちゃう!」
ハンカチを振って哀れな悲鳴に応えながら、私はさらに廊下を進む。
人間は、なぜ魔物を使って破廉恥な創作をするのだろう。魔物が、比較的本能に従って行動する存在だからだろうか。
魔物は繁殖なんてしない、極自然的に発生する、生物と言うよりも特異な現象って面が強いのに、こんな生物的な見た目をしているから、そういう創作のネタになってしまうのだろうか。
「魔王様、ネコクから荷物が届いております。えっと、本のようですが……」
「ありがとう、メイド。部屋においておいてくれ」
まぁ、面白ければそれでいいか。と楽観視するのも、魔物の良さということで。
図書室に入ると、一人の女性が本を読んでいた。料理の本らしい。彼女の職業は、国の政を担う大臣のはず。
「やぁ、レウス。料理が趣味なのか?」
「魔王様。はい、今度近所の人たちに振る舞おうかと」
「へぇ、どんな?」
「触手の糠漬けです」
とんでもなく不味そう。
「うーん、あんまり好かれそうなメニューじゃないな。もう少し、子供受けを狙ったほうがいいと思うが?」
「あぁ、そうですね。子供に精力期待しても仕方がないですものね」
え、何を作ろうとしているの? とても大人しそうな、顔をしているのに、なんてハレン――あ、この子そういう魔物だった。
「例えば、魔王様はどんなメニューがお好みですか?」
「え、普通にステーキとか。チキンソテーとか」
「まぁ」
え、なんで顔を赤らめるの?
「なにか、拙かった?」
「いえ、肉を食べると肉付きが良くなるとの言い伝えがありますので、その、巨乳となった魔王様を想像してしまいました」
「そっか……。ちょっとごめんね?」
私はその場を離れて、窓を明け放つ。
「……そんな言い伝え、まったく聞いたことがないんですけどーっ!」
だとしたら何故――何故――こんな結果に?
『可愛いよー』
それは心を読んだのか木霊ーっ!
「それで、魔王様はどうしてこちらへ? 普段は散歩に出かけたり、ネコクから贈られた翻訳済みの漫画を読んで過ごしているのでは?」
「あぁ、ちょっと、ね。ボキャブラリーを増やしにライブラリーに」
「……ふふ」
あからさまな愛想笑い。
「何その反応? 私、魔王だよ? 解ってる?」
「はい。なのに――」
唐突な真顔。なに、私のボキャブラリーって、そんなに壊滅的だった? 一応、難しい四字熟語だって言えるはずだと思うんだけどなぁ。
例えば、そうだな。色即是空とか。……あれ、これって四字熟語?
「唐突ですけど、魔王様にはテストを受けていただきます。この図書室には、ネコクの高等学校入試問題の過去問があったはずですし」
「カコモンってあれでしょ? ネコクで流行っているテレビゲームのモンスター」
「なんです、それ?」
「知らない? 可愛いやつ。たまにぬいぐるみが贈られてくる」
「それ、過去問って言うんです?」
「いや……、わかんない」
と言うか、物の名前に関心がなさすぎるのだろうね。きっと。そもそも覚える気がない。覚えたところで、それを話すつもりもあんまりない。
そもそも、魔王が世間話をする? 下手に不快感を与えてしまえば、世界を滅ぼす存在を産み落とす魔物だよ?
多少気を使って、一人でいるように努めているのだから、人との会話の為に情報収集なんてしてられるかっての。
なんて考えているうちに、レウスの準備は整った。
私の眼の前には何枚かの紙が置かれていて、有無を言わさずペンを握らされる。制限時間は五十分らしい。
「では、始めてください」
「は~い」
そうして記入を始め――。
「終わった」
「……流石魔王様です。五教科を十分で満点解答。これで、なんでボキャブラリーがないのです?」
「うーん、多分だけど、これはちゃんと考えているからじゃないかしら。ほら、私、普段は何も考えないで喋るから」
「お昼ご飯、何を食べます?」
「レウスの手料理かな?」
「分かりました。触手の糠漬けですね」
あ、話はそこに戻るのね?
流石にそんな怪しいものは食べられないと、一目散に図書室を後にした私は、再び長い廊下を当てもなく歩く。
「やっぱり、散歩でも行こうかなぁ」
それが毎日のルーティンであり、大事な役目でもある。存在を示しておかないと、好き勝手やる人も出てくるだろうから。
軽く街に出て、不快感でも示しておけば、勝手に冷や汗をかいてくれる便利な存在。それが私。私が無念を抱えて死ねば、とんでもないものが産まれるぜぇ。
なんて、だからこそ、恐怖によって私を倒そうとするあの王様が怖すぎる。絶対にあれ、魔王だよ。心が魔王だよ。絶対に私の方が心は清いよ。
「てか、なんでこんなにセンスがない絵を飾るんだろう?」
目に入ったのは、人間の男の大胸筋の絵だった。妙にリアルで、生々しくて気持ちが悪い。微妙に生えた胸毛を、全部むしってやりたいくらい。
好きな人の胸毛は無条件で許すけど、どうでもいい胸毛ほど不快に思う者はいないと思う。
「おっといけない。こういうのはモラハラかしら。何とかハラ? になっちゃうわよね」
人が不快に思うことは、なるべくしない。だって、自分が不快に思ったら大変なことになるんだもの。だから、自分がやられて嫌なことは、なるべく人にしないようにするのだ。
でも、そんな私のことを、この国に住む人は理解してくれている。だから、こんな絵を飾るなんてことは、しないはずだけど……。
「ひぃっ!?」
不審に思って絵に近づいてみれば、な、何故かその絵が動いたっ!?
いや、見間違いかもしれない。もう一度よく見てみよう。その絵は、大胸筋だ。寒いのだろうか。少し鳥肌が立っている。
ゆっくりと、顔を近付けていく。吐息が当たるほど、近寄ってみると……。
「き、筋肉をピクピクさせるなよっ!」
やっぱり動いていたっ! で、でも、こんな魔物は見たことがないし、聞いたこともない。いや、変な言い伝えを知らない私が言えたことではないけれど、こんな魔物は絶対に、この国には居ないはずだ。
筋肉は、まだピクピクと動いている。
そして、動きを止める。
ピク――、ピク――。妙なリズム感で動いている。
なにか、法則性でもあるのだろうか。なにか、信号を送っているかのようなこの動きに、意味があるのだろうか。こういったもので、意思を伝える。そんな方法が、果たしてあったのか――。
「ごめんね、私、あんまり知識がないから」
やはりボキャブラリーだ。ボキャブラリーは全てを解決してしまう。けれど私には、それが圧倒的に足りていないっ!
すると、今度は額縁いっぱいに汚らしいお尻が映し出された。なにに対する配慮なのか、局部にはモザイクがかけられている。
マガハラではモザイクなんて文化はないのに……、と考えれば、これはネコクのもの、なのだろうか。
お尻はまたしても、リズミカルに動き出す。これも、また信号のようなものなのだろうか。――いや、違う。これは、もっと直接的なものだっ!
「ごめんね、私、ネコクの文字は読めないの」
圧倒的に、コミュニケーションが取れなかった。
だから私は興味を失って、その場を離れて、普段通りの生活に戻った。そして、後日、レウスから報告を受けたのだ。
「魔王様。どうやらネコクの勇者が絵の中に閉じ込められ、マガハラに侵入したらしいのです」
その後、絵は一向に見つからなかった。
「あーあ、モヤモヤするなぁ」
見つけたはずの絵、忽然と姿を消す絵。
なんだかスッキリしない感情を持ちながらも、私は明かりを消してベッドの中に潜り込む。王様が言っていたのは、このことだったのか。と、そう思いながら――。
寝返りを打ったら、大胸筋。
「ひいっ!?」
私を襲う恐怖の日々は、まだ始まったばかり。




