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2.


 さて、俺こと――って、よく考えたら一度も名乗っていなかった。

 俺の名前は竹中駆。駆と書いて「かける」と読む。

どこにでもいる平凡なフリーターだ。

 ひょんなことから『星辰力(エーテル)』とかいう怪しげなエネルギーに関わってしまった俺は、長距離高速移動に特化した星導機(アストラル・ギア)こと『アクセル・コア』と共に、先日、星晶核(アストラル・ノード)の暴走体をなんとか撃退することに成功した。

 あいにくと俺には暴走を止めて収容(リカバリー)するだけの星辰力がないので、あとのことは後続のAAランクとやらの戦術士に任せて逃げ帰ってきたのだが……まあ、大丈夫だろう。

 あの後、家に帰った俺を待っていたのは強烈な疲労感と脱力感、そして全身の筋肉痛だった。

 泥のように眠ってなんとか体力は回復したものの、筋肉痛はしばらく残って辛かった。

 そこでアクセル・コアにどうにかならないかと相談したところ、簡易的な回復術式を新たにインストールしてくれた。

 素人の付け焼き刃に過ぎない代物らしいが、無いよりはマシでしょう、とは奴の弁だ。

 その後に『自身の肉体を追い込む鍛錬だけに留まらず、第三者を救うための治癒の力まで求めるとは……流石です、マスター!』と、どういうわけかまたしても絶賛されてしまった。

 あいつの認識じゃ、俺が筋肉痛で苦しんでいたのは一種の『狂気的な苦行』だと思われていたらしい。

 一度、本気で初期化フォーマットしてもらったほうがいいんじゃないか?

 そう切り返すと、今度は『自分のメンテナンスをそこまで気に掛けていただけるなんて』と斜め上の反応をされた。

 もう、あいつとまともに会話しようとは二度と思わない。

 週四回、バイトをしている時以外の俺は基本的に暇だ。

 いつもはアパートに引きこもってゲームに興じているのだが、今は腕輪の居候がなにかとうるさいのでそれもままならない。

 しまいには、『本日の死線トレーニングはいつ赴かれるのですか?』などと言い出す始末。

 無視すればいいのに、俺も中途半端にお人好しだから、結局はしたくもないジョギングを朝晩やっている。

 おかげで微妙に体力がついた……気がする。

 初日、家を一歩出た瞬間に足首を捻った時はマジでやめようかと思ったが。

 そして、今日も毎度のごとくジョギングへ。

 今はまだ暖かいので、上はTシャツ、下はジャージという非常にラフな格好だ。

 首にタオルをかけ、手首には呪いのアイテムのように待機状態のアクセル・コアが巻き付いている。

 いざという時、これの助けがないと生き延びられないのは火を見るより明らかだ。

 これのせいで危ない目に遭い始めたというのに、生きるために諸悪の根源に頼らなければならないとは……俺はなんて不幸な人間なのだろう。

 ジョギングを終え、昼までダラダラと過ごす。

 てっきりアクセル・コアがなにか文句を言ってくるかとも思ったが、意外なことに無口だった。

 平穏な毎日を謳歌したい俺としては、これはかなりありがたい。

 昼になったら、昼食を摂るために近くのコンビニに向かう。

 適当にカゴに菓子パンを詰め、レジで代金を払って外に出る。

 自分でも不摂生な暮らしをしているとは思うが、悲しいかな、これが現実なのだ。

 パンの詰まった袋を提げてダラダラと歩いていると、不意に地面が揺れ出した。

 すわ地震か――とも思ったが、地震にしてはなんだか妙だ。

 舗装された道路に亀裂が走り、その隙間からにょろにょろと異常な太さの『木の根』が這い出てくる。

 この時点で、頭の中から自然災害の線は立ち消えた。

 猛烈に嫌な予感がした。

 とてつもなく危なくて厄介なことに巻き込まれそうな――そんな確信に近い予感。

 だから俺は――。

「全力で後ろに向かって前進だ!!」

 ――迷わず逃げた。

 厄介事は先日のあの一件で十分だ!

 日頃(と言っても三日前からだが)のジョギングの成果を見るがいいとばかりに快足ぶりを発揮する俺。

 今日に限っておとなしいアクセル・コアに感謝しつつ、アパートに向かってさらに速度を上げようとし――突梳として道路を突き破って出現した極太の根っこに、足場にしていたアスファルトと一緒におもいっきり上空に跳ね飛ばされた。

「……まあ、薄々こうなることは予想できたけどね――ちくしょう!! 装甲展開(システム・ブート)ッ!!」

 閃光。

 灰色の光が零れ出し、俺の体に白銀の機動装甲(アーマー)を纏わせていく。

 ……見た目だけはいっちょ前にかっこいいんだよなぁ。

『――Accel Core, Ready!!』

 最初から心許ない星辰力を姿勢制御スラスターに回し、その場に滞空する。

 望遠モードで市街の様子を窺えば、街のど真ん中に巨大な大樹がそびえ立っているという奇天烈な光景に出くわした。

「いっつ……一体なんだよこれ!? 異常気象か!? ついに地球が人間に愛想をつかしたのか!? ――ってか木がデカい!! なにあれ、世界樹!?」

『マスター、星晶核(アストラル・ノード)の暴走反応です! ――おお、流石はマスター! 私が進言するまでもなく、現場へ颯爽と駆けつけるなんて……英雄の鑑です!』

「い、いや、教えられなくても家のそばで地面から木の根っこが飛び出してきたら、誰だっておかしいと思うって」

 相変わらず突飛な発言をするアクセル・コアに呆れてしまう。

「というかお前、今まで何してたんだ? ここ最近、妙におとなしいとは思っていたけど」

『はい! マスターのお役に少しでも立てばと思い、新たな事象改竄式を演算・構築しておりました。それがいましがた、ようやく完成した次第であります!』

「……新たな術式ねぇ。で、それ、危なくないの?」

 問題はそれに尽きる。

 例のあれ(口に出すと強制的に発動する極悪仕様)は体への負担が大きすぎる。

 いくら回復呪文を取得したとはいえ、肉体を回復する度に精神をすり減らしていたら意味が無い。

 体は元気でも心がボロボロなんて嫌すぎる。

『危ない……ですか? ハッ――なるほど! ええ、勿論危なくなどありません! 今度の術式は、あの"Zero Overdrive"に次ぐ私の自信作ですから!』

 ……今の「ハッ――」はなんだ!? こいつは一体、何をどう勘違いし直したんだ!?

「お、おい、その時点で不安材料満載じゃないか……。そもそも、あの自爆特攻を自信作とか、あ――ッ!?」

『――《承認》、"Zero Overdrive"!!』

 俺は世界を縮む男――!

 ……いや、マジでごめん。言ってみたかっただけです。

 もはや定例となった短時間の気絶の後、意識を取り戻した俺の前にいたのは、一人の少女だった。

 上空から突然降ってきた俺に驚いたのか、目を丸くしている。

 白い制服のような機動装甲(アーマー)を身に纏い、先端に赤い宝玉がついた杖を持っているその少女。

 ……うん、俺よりもよっぽど戦術士っぽい。

 プシューと背中から排熱蒸気を噴き出す怪しげなメカニック装甲男を、果たして彼女は味方と認めてくれるだろうか……?

 俺にはそれだけが不安だった。

 街の至る所に出現している木の根っこは、スルーの方向でいきたいと思う。ええ。

 おいアクセル・コア、バイザーに『敵性反応増大中』とか赤い文字を出すな、現実逃避できないだろ!

 互いに言葉を失う中(向こうは怯えているだけかもしれないが)、ぼそりと彼女の肩の上に乗っていた小動物――フェレットのような生き物が驚きの声をあげた。

「えっ、戦術士――!?」

「えっ!? えっ!? ル、ルカくん、この人もわたしと同じ戦術士なの!?」

 釣られるようにしてオロオロと驚く少女。

 ……いいなぁ、絵になるなぁ。可憐な少女と小動物の相棒ってさ。

 それに比べて俺ときたら……基本的に轟音のロケットタービンが友達だからな、ちくしょう!

『む、その星辰力波形は……理解しました。マスター、どうやら彼女が先日、我々に接近してきていたAAランクの戦術士のようです』

「ん……ああ、あの時の。あ、そうそう、神社に転がってた石、ちゃんと収容(リカバリー)してくれたかな?」

 怖がらせないよう、出来るだけ優しい口調になるように意識しながら声をかける。

 笑顔、笑顔――って、フルフェイスのバイザー越しじゃ意味がねぇっ!

「あ、あの星晶核(アストラル・ノード)、あなたのものだったんですか?」

 杖を両手でしっかりと握り、胸元に引きつけるようにしている少女が上目遣いで訊いてくる。

 こっちが浮いていて、向こうが地面の上に立っているんだから上目遣いは必然なのだが。

 ……べ、別にグッときてなどいません。

 俺が押し黙っていると、何を血迷ったかアクセル・コアが横から口を挟んできた。

『マスターのものなどではありません。大体、あれは第一級指定の失われた遺物(ロストロギア)。個人の携帯は到底許されざるものです。マスターはただ、あれに巻き込まれていた哀れな現地生命体を救出したに過ぎません』

 誇らしげに告げるアクセル・コア。

 俺はあの触手ボールが「哀れな現地生命体」のカテゴリに入るのか、それだけが気がかりだった。

「そうだったんですか。次元保安局ディメンション・ガードに代わって、礼を言います。災厄を防いでいただき、本当にありがとうございました。あの星晶核(アストラル・ノード)は僕たちが責任もって保管していますので」

「えっと、ありがとうございました!」

『いえ、礼など不要です。あの程度の輩、我がマスターの敵ではありませんでしたから。たった二撃。たった二撃の神速の突撃で、マスターは暴走体を打ちのめしたのです。かかった時間は一分足らず。文字通り、瞬殺だったと言えるでしょう』

 ……その一発一発に文字通り、俺の全身全霊と命がかかっていたことも付け足しといてくれないか?

「そんな――!? 星晶核(アストラル・ノード)は物理的な器を得るとその脅威度が跳ね上がるのに!?」

 素敵な解説台詞をどうもありがとう、フェレット君。

 君の言う通り、あの触手ボール、すっごく強かったです。

「あれ……? でも、じゃあなんで自分で収容(リカバリー)しなかったんですか?」

「それはたぶん……あの人の星辰力が原因だと思う」

『ご名答です。実を言いますと、マスターの星辰力はあなた方よりもずっと少ないのです。ですから、暴走体を粉砕することは出来ても、核を収容することは叶いませんでした。そこでマスターは他の戦術士に後を託した。それが偶然あなた方だったというわけですね』

 …………。

 いや、俺抜きで勝手に話を進めるのはやめてよ、寂しいじゃない。

「じゃあ、あなたは保安局の戦術士じゃないってことですか?」

 む、ようやく俺に話が回ってきたか。

 次元保安局ってのは警察と軍隊を足して二で割ったような組織なのだとか。

 いくつもの世界の存在を守るために行動していて、世界の根幹すら崩しかねないロストロギアの捜索及び回収に心血を注いでいるらしい。

 無駄に博識なアクセル・コアのおかげで、その辺の予備知識はバッチリなのだ。

「いや、俺は『マスターは特定の組織に属さない、フリーランスの戦術士です』――ちょ!?」

 偶然腕輪を拾っただけのフリーターだ、と言おうとしたのに……。

 フリーランス――つまりは傭兵。

 その言葉に反応したのがフェレットこと、ルカだった。

「フリーランスの戦術士!? ……それならお願いがあります。この少女、陽葵ひまりと一緒に星晶核(アストラル・ノード)の回収に力を貸してはいただけないでしょうか? 報酬は必ず、必ず払いますから!」

 そう言って、ペコペコと頭を下げるルカ。

 なんだか展開がものすごく早くないか……?

 それだけ切羽詰まった状況でも……いや、切羽詰まっているな、確かに。

「ル、ルカくん……?」

 少女――陽葵ちゃんは困惑気味の様子。

 そして、彼女以上に当惑している俺がいる。

「確かに、陽葵の戦術士としての素質は凄まじい。才能を知ってからまだほとんど日が経っていないのに関わらず、僕以上にこの『紅蓮の導杖(クリムゾン・ロッド)』を使いこなしていることからもそれは明らかだ」

『だが、実戦経験までは才能では補いきれないと?』

「はい。だからこそ、あなたのような凄腕の戦術士の助力が必要なんです。どうか、どうかお願いします!」

 ルカというフェレットと、ウチの迷惑AIは妙に相性がいいらしい。

 ついでに誤解の上塗りをするような情報提供はやめろ、このクソAI。

 ゴム鞠のように弾む会話を横目に、どうしようかと首を捻る。

 おっかしいなぁ、俺って一応マスターの筈なんだけどなぁ……。

 自分の立ち位置にそこはかとない疑問を覚えていると、アクセル・コアが声をかけてきた。

『マスター、どうしますか? 決定権はあなたにあります』

「あ、ああ……あったのか。よかった」

 ほっとしたよ。

 確か話題は、遺物集めに協力するかしないかだったか。

 ……う~ん、大人の男としては陽葵ちゃんを助けてあげたいけど。

 でも正直、俺は役立たずな気がしてならない。

 向こうは星辰力だって俺より遥かに多いらしいし、収容だって出来る。

 かくいうこっちは、頼りない両腕の防御壁と、付け焼き刃の回復術式、そして自爆特攻のみ。

 現場にいるだけで邪魔になりそうな予感がひしひしとする。

 やっぱり、彼らには悪いけどこの話は無かったことにしてもらおう。

 平凡な俺と非凡な彼等とでは、所詮住む世界が違うのだ。

「俺は『ええ、皆まで言わずともわかっています』――おまっ!?」

 俺の言葉はまたしても奴に遮られてしまった。

 そしてあろうことか、この狂気AIは我が耳を疑うような発言をしやがったのだった。

『マスターは災厄を穿つ神速の騎士です。罪なき人々が苦しめられているのに、どうして見て見ぬフリが出来ましょうか――!』

 それにしてもこのAI、ノリノリである。

「そ、それじゃあ――!」

 がばっと顔を上げるルカ。

 おいおい、お前も意外とノリ易い性格なんだな。

『勿論、我らもあなた方に力を貸しましょう。報酬など当然不要です。マスターの心は海より広く、山より高い。これだけの災厄を前にしながらなお、戦うことを決意したあなた方のその勇気こそが我らにとっては黄金にも勝る報酬ッ! そうですよね、マスター』

「……うん、そうだね」

 もういい、勝手にしろ。

 作戦は決まった。

 陽葵が広域探索術式によって星晶核(アストラル・ノード)の位置を特定し、紅蓮の導杖(クリムゾン・ロッド)の出力全開モードによる超遠距離砲撃で直接狙撃、そのまま収容するというものだ。

 それを聞いたルカは無茶だといい、俺は自分がいる意味はやっぱり無いじゃないかと密かに思った。

 ただ一人(?)、アクセル・コアだけは陽葵の心意気を大きく評価し、いざという時はマスターが物理的に障害を排除するから大丈夫だと賛同の意を唱えた。

 いや、そんな無茶な仕事を振られても困る、という俺の抗議が無視されたのは言うまでもない。

『――Area Search』

「探して、災厄の根源を!」

 陽葵の足元に幾何学的な術式陣が展開され、桜色の光が街に広がっていく。

 探索自体はさして高度の呪文ではないらしいが、それを行使する少女のエネルギー量が凄まじかった。

 瞬く間に策敵範囲を広げ、街の至る所に現出している木の根に干渉し、その本体の位置を掴まんとする。

 ルカがその光景を固唾を呑んで見守り、アクセル・コアは『マスターほどではないですが、いい素質を持っていますね』と幻覚じみた感想を口にし、俺は立つ瀬なさそうに空を行く雲などを数えていた。

「――見つけた!」

 集中するためか瞳を伏せていた陽葵が、目を見開く。

 その瞳には決意の光が灯っていた。

「ホント!?」

「すごいなぁ、ホントに……」

 驚きの声をあげるルカと、心底羨ましそうな声をもらす一人の大人(俺)。

 俺の声は背中のタービン音にかき消され、少女に届かなかったのは幸か不幸か。

 陽葵は大きく頷くと、杖の形態を変化させる。

『――Buster Mode. Set up』

 ヘッドが音叉状に変形し、柄が若干伸びた紅蓮の導杖(クリムゾン・ロッド)

 ヘッドの隙間から、陽葵の星辰力である桜色の光の刃が飛び出して変形が完了する。

「いっけええっ! 捕まえて!」

 ドギューン!

 戦車砲のような轟音を立てて、桜色の極太のレーザーが真っ直ぐ伸びていく。

 膨大なエネルギーを宿した光は一本の巨大な木の幹に直撃。

 その内部に囚われていた一組の男女と、その手に握られていた星晶核(アストラル・ノード)を照らし出す。

 ――だがしかし、ここで予想外の出来事が起こった。

 収容されることを恐れた星晶核(アストラル・ノード)が残る力を使って脅威――陽葵に、端末とも言える木の根を差し向けたのだ。

「陽葵、避けてっ!?」

 ルカの悲鳴にも似た声。

 無数の丸太のような木の根が、少女の眼前に扇形のような隊形で展開していた。

「――っ! ダメ! 今動いたら収容術式が止まっちゃう!」

 今の陽葵は、遠隔での封じ込めに全力を傾けている。

 下手に動いて術式を止めてしまっては、また一からやり直さなくてはならない。

 これが最初で最後のチャンスなのだ。

 先端を鋭く尖らせた木の根が、常時展開されている不可視の防壁に接触してバチバチと音を立てる。

 ガリガリと削られていく星辰力。

 しかし、陽葵は歯を食い縛ってそれに耐える。耐え続ける。

 その時――フッと、陽葵にかかっていた圧力が霧散した。

 目の前には、轟々と音を立てるロケットブースター。

 その周囲には何か物凄い力で引き千切られたかの如く、細切れになった木の根が散乱している。

『マスター。敵性体、数およそ四十――六十に増大。来ます!』

「……結局、こうなるのか」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、来るべき次の衝撃に備える俺。

 まだ幼いとは言え、後ろにいるのは女の子。

 女性の前ではいいところを見せたいという、悲しい男の性が発動した結果である。

 陽葵の障壁に敵の攻撃が接触した時、俺は敵に悟られないようそっと自分の立ち位置を移動させていた。

 ご存知の通り、俺の術式"Zero Overdrive"はただ愚直なまでに真っ直ぐに、物凄い速度で前方に向かって突き進むだけの自爆技である。

 アクセル・コアが自分のことを「長距離移動用」と言っているだけあって、航行能力(というか推進力)においてこのAIに比肩するものは存在しないだろう。

 だが、特技といえばそれだけだ。

 陽葵のようにオートで防御魔法を展開するわけでも、砲撃モードに変形するわけでもない。

 とまあ――それはともかく。

 陽葵を巻き込まない位置に移動した俺は、恐る恐る"Zero Overdrive"を発動させたのだ。

 どこかへといってしまう意識。

 短い気絶の後、感じるのは前回の触手ボールの時よりも多少はマシという程度の体の痛み。

 地面に物凄い勢いで激突するのと、硬そうな木の根っこに衝突するのでは、後者の方が身体的ダメージは小指の先くらいは低いらしかった。

『陽葵……と言いましたか。雑兵はこちらで処理します。あなたは収容プロセスを続行してください』

 散乱する木片。

 この一撃で俺の事を先に排除すべきだと思ったらしく、新しい根が地面から次々と這い出てきてはその切っ先を向ける。

 一度に襲いかからないのは、先の一撃の威力を警戒してのことだろう。

「は――はいっ! ありがとうございます! ……あ」

『なにか?』

「そ、その……あとでお名前教えてくださいね!」

 恥ずかしそうに――しかしこの状況において笑みを見せながらそう言う陽葵。

 俺は彼女に背を向けているので、残念ながらその向日葵のような笑顔を目にすることは叶わなかった。

 見ればモチベーションが大きく上がったかもしれないというのに……つくづく不幸な男だ。

『まあ、いいでしょう。ですよね、マスター』

「……そだね、うん」

 どことなく寂しさなどを感じつつ、両拳を握り締める。

 俺はある決意を固めていた。

 アクセル・コアが新たに登録したという、新スキルを使用するという決意を。

 正直に言えば、"Zero Overdrive"を二度と使いたくなかったのだ。

 陽葵の位置からは見えないが、俺の胸部装甲は微妙に……凹んでいた。

(痛みが少ないのは、上手く胸部の装甲がひしゃげて衝撃が吸収されただけじゃないか……!?)

 想像の中の自分の体がミンチになるのを幻視し、身震いする。

『武者震いですか、流石はマスター! あの暴走体のランクはAといったところでしょうか。収容することは叶いませんが、物理的に破壊するだけならばマスターの敵ではありません』

 ――いいから黙れ。

 その言葉を辛うじて飲み込み、俺は出来るだけ感情を込めずに告げる。

「アクセル・コア。例の新型を起動させるぞ」

『承知いたしました、マスター。――Stand by ready.』

「……今更だけどさ、お前ってそういう時だけ機械チックになるよな」

『仕様です、マスター。さあ、速やかに事象の指定を!』

「あいよー」

 もはや覇気の欠片もない声で言い、バイザー内に投影されている『Zero Overdriveに次ぐ自信作』とやらのスペルを読み上げる。

「『絶穿・螺旋相転移スパイラル・オーバードライブ』起動ッ!! ――って、結局オーバードライブじゃねぇか!!」

『――Ready, Spiral Overdrive!!』

「今度は安全だと言っ――ちょっ――おまぁぁぁぁ――ッ!?」

 ――ズドンッ!!

 俺の背負っている円筒形のブースターが一度大きくスライドしたかと思うと、大気を震わせるかのような爆音が辺り一帯にこだました。

 その音の発生源に陽葵とルカが慌てて目を向けるが、そこには既に俺の姿は無かった。

 何が起こったのか全く理解できない二人。

 そんな彼らの耳に入ったのは、紙風船を破裂させた時のようなパンッという軽い音。

 先の轟音と比べると、あまりに小さいその音量。

 だがしかし、次の瞬間、二人のその顔は驚愕の一色に染め上がることになる。

「にゃ、にゃあああ!? ル、ルカくん、トンネルが出来てるよ!?」

「これは……ッ!? あの人がやったのか……!?」

 ――そう。

 俺の行く手を遮らんと存在していた無数の木の根。

 その中心を穿つ『一本の巨大な穴』が、いつの間にか存在していたのだ。

 その穴は無数の木の根を螺旋状に貫き、文字通り一直線に、桜色の光に照らされた星晶核(アストラル・ノード)の待つ本体へと続いている。

「――陽葵! すぐに星晶核(アストラル・ノード)を収容するんだ! あの人がせっかく作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない!」

「う、うん! お願い、クリムゾン・ロッド!」

 ――かくして。

 少女の献身的な活躍によって、街を突如として襲った怪奇植物事件は収拾を迎えた。

 暴走の素体となっていた小学生の男女の身体にさしたる外傷は見受けられず、街にこそ深い傷跡を残したものの、人的被害を最低限に留めることに成功した。

 だが……陽葵の心は暗かった。

 自分があの時……素体の一人となっていた少年が奇妙な石を持っていたことを、気のせいだと決めつけていなかったら、この事件は前もって防げたかもしれないのだ。

 足に軽い怪我を負ってしまったのか、同じく素体となっていた少女に肩を貸してもらい歩く少年の背を見つめながら、陽葵は待機状態になった杖を手の内に強く握る。

 もともと責任感の強い彼女なだけに、此度の一件は少女の心に深い影を落としていた。

 ――その時。

 頭の上に僅かな重みを感じ、陽葵が驚いた様子で顔を上げる。

 彼女の頭に乗せられていたのは、コンビニなどでよく売っている小さなアンパンだった。

「え、え……?」

 当惑しながらも頭上の菓子パンを手にする陽葵。

 不意に自分に少し大きな人影が重なる。

 目をぱちくりさせながら視線を横に向けると、一人の男性がいつの間にかそこに立っていた。

 その手には、陽葵にとっても馴染みのあるコンビニの名がプリントされた袋が握られている。

 特徴があげづらい平均的な顔立ちでありながら、どこか優しい雰囲気を纏ったその男は、少女に目線を合わせるとニカッと笑ってこう言った。

「よく頑張ったな、偉かったぞ」

 陽葵の肩をポンポンと叩き、さらにこう繋げる。

「そのアンパンは頑張ったご褒美だ。まあ、いろいろと大変だとは思うけど、俺も出来る限り協力するから……そのなんだ、頑張ろうな」

 自分の発言が気恥ずかしいのか、言い終わるや否や男は立ち上がって少女に背を向ける。

 再起動した陽葵が男の素性を尋ねるより早く、ルカが念話で彼に声をかけた。

『先程はありがとうございました! おかげで星晶核(アストラル・ノード)も無事に収容することが出来ました』

『んお……? あ、ああ、まあ一番頑張ったのはそこの女の子だから、別に気にしなくてもいいって。俺はただ『あなたたちの障害を排除したにすぎません』……はぁ。――あ、そうそう』

 念話をいったんそこで打ち切った男は、再度陽葵に顔を向けた。

 軽く息を吸い込んでから、ゆっくりと言葉を口から出す。

「俺の名前は竹中駆。そしてこいつが『マスターの演算兵装、アクセル・コアです。以後お見知りおきを』……いや、もう勝手に喋るのいいけどね。慣れたから」

 右手首に巻かれたリストバンドを見やり、男――駆が溜め息を吐く。

 どこをどう解釈したのか、陽葵は二人(?)はとても仲良しさんなんだと思った。

 基本的に、駆の後半のツッコミは声量が小さすぎて相手には聞こえていないのだ。

 それが完全に裏目に出ているとも知らず……。

「わたし、陽葵っていいます。この子は紅蓮の導杖(クリムゾン・ロッド)です」

「僕はルカ。結界戦術士です」

 陽葵は杖を示しながら、ルカは二本の足で立ちながらそれぞれ自己紹介をする。

『なるほど、此度の事件の様相がだいたい掴めてきました』

「……はい。こうなってしまったのも、全ては僕の責任です」

 悔しそうに小さな肩を震わせるルカ。

「ルカくんのせいじゃないよ!? ルカくんは責任感が強いからそう思っているだけ。本当に悪い人なんてたぶん、どこにもいないんだと思う!」

「…………」

 陽葵の慰めもいまいち効果がないのか、彼は顔を上げようとはしない。

 そもそも、この世界に危険な遺物が散乱してしまったのは事故のせいだ。

 彼が所属する機関が管理していた星晶核(アストラル・ノード)が、次元輸送中の謎の事故によって外部へと流出してしまった……というのがこの事件の概要だった。

 確かに管理側にいたのはルカかもしれないが、本来ならば彼一人が負い目を感じることなど何一つとしてない。

 今の彼がここまで後悔の念に苛まれているのは、陽葵の言う通り、ルカの責任感が強すぎることが原因だろう。

 危険な代物を神社に放置して帰ったどこかの罰当たりにも、少しは見習ってほしいものである。

 一方、話の流れがシリアスになってきたことに内心、駆は冷や汗を流していた。

 絶穿・螺旋相転移スパイラル・オーバードライブという、要は「錐揉み回転しながらさらに速く突撃する呪文」を用いて木の根をくり貫いたのはよかったのだが、凄まじいGと硬い木の壁との連続衝突を体験した彼は、完全に気を失っていたのだ。

 星辰力もそこでほぼ尽きてしまったらしく、最後の根を貫いたあたりで彼は地面へと落下。

 その時の衝撃で強制的に覚醒された駆が目にしたのは、桜色の強大なエネルギーが遺物を封じ込めている場面だった。

 ひびだらけの機動装甲に戦々恐々としつつも、アクセル・コアを待機状態に戻してから、よろよろと頼りない足取りで歩き出す駆。

 彼の向かう先は当然陽葵たちのもと――じゃなく、自分のアパートだった。

 収容も無事終わったようだし、もはや自分が戻る意味もないだろう。

 という表向きの思考とは別に、これ以上彼らに関わったら命がいくつあっても足りないという本能的な危機意識が働いたのは言うまでもない。

 だが、そこで駆はある重大な事実に気がついてしまう。

 彼がこの事件に巻き込まれる前に持っていた筈の、大切な昼食の入った袋がどこにも見当たらなかったのだ。

 低賃金で働いている彼にとっては、例え菓子パンといえど馬鹿に出来ない貴重な食料だ。

 しかもあの袋の中には、いつもは店頭に並べられてもすぐに無くなってしまう超貴重な『てりやきハンバーガー』が入っている。

 すわ一大事とばかりに踵を返す駆。

 夕焼けに染まりつつある街を駆けずり回った彼は、ようやく自分の落し物を発見することに成功した。

 中身を確認し、過不足がないことに安堵して息を吐く。

 その時だ。

 彼の視界に、見慣れた一人と一匹の後ろ姿がとまったのは。

(まあ、もう終わった事だし、別にわざわざ声をかける必要もないだろ)

 そう判断を下し、駆は彼らに背を向ける。

 直後、風に乗って彼らの話し声が流れてきた。

「……色んな人に、迷惑かけちゃったね……」

「え……」

(えぇっ!?)

 前者の「え」がルカ、後者の派手なリアクションが駆である。

「な、なに言ってるんだ。陽葵はちゃんとやってくれているよ!」

「わたし……気づいてたんだ。あの子が持っているの。でも……気のせいだって思っちゃった」

 力なくそう言って、陽葵がその場にしゃがみ込む。

 最小限の被害で済んだと割り切ることが出来る人間なら、どれだけ楽だったろう。

 だがしかし、あいにくと駆は女子供には妙に優しい――というより、厳しく出来ないダメな大人だった。

 袋の中をゴソゴソと漁って、パンを一つ取り出す。

 無論、お目当てのハンバーガーは依然として袋の中だ。

 ここらあたりに、彼の中途半端な性格が滲み出ている。

 足音を響かせないよう慎重に彼等に歩み寄ると、しゃがんでいる少女の頭に持っていたアンパンをポフンと載っける。

 何事かと困惑する少女に、よくやった、頑張ったと声をかける。

 正直、駆は自分がどういう言葉をかけたのかよく覚えていなかった。

 人を褒めたり、人に褒められたりといったことを長年体験していなかったことに対する弊害だったのかもしれない。

 だから彼は知らなかった――否、気づかなかった。

 自分の口から出た言葉の中に、「俺も出来る限り協力するから」という危険極まりないフレーズが入っていたことに。

 そしてそれを、彼のAIがしっかりと録音・記録していたことに。

 陽葵を慰めることに成功し、ほっとしたのも束の間。

 今度はルカが自分の責任を感じて悩み始めてしまった。

 陽葵が慰めるもののさしたる効果はなく、その白い体毛に覆われた尻尾は力なく地面に横たわっている。

 どうしたものかと悩み、仕方なくもう一つの菓子パン(ジャムパン)をルカの前に置く。

 駆の行動の真意がわからないのか目を瞬かせるフェレットに、彼は人差し指で軽くルカの頭を突いてから言った。

「お前もあまり悩みすぎんな。お前も陽葵ちゃんもまだ子供なんだから、子供は子供らしく少しは大人を頼れっつーの。ほれ、それでも食べて元気出せ。子供はくよくよ悩まず、前だけ向いて全力で突っ走ればいいんだ」

「前だけ向いて全力で……」

 噛み締めるように呟く陽葵に、駆は大きく一度頷いた。

 無論、先の歯が浮きそうな台詞も彼の頭には残っていない。

 アクセル・コアはバッチリ高音質で保存していたが。

「そ。それでつまずきそうになった時は、大人がしっかりと支えてくれるからさ。……そういうもんだろ? 社会ってやつは」

 なお、この時彼等の中の「大人」の意味が大きく食い違っていたのに気づいた者は誰もいなかった。

 具体的には、駆のいう「大人」は保安局の偉い人や陽葵の親御さんを指していたのに対し、彼等の受け取った「大人」は話の流れから駆本人に変換されていたということに。

 また一つ、知らない内に駆は地雷を踏んでいた。

 しかも今度のは大きい、対戦車地雷クラスである。

「あ、ありがとう……ございます……」

 涙をポロポロと零しながら礼を言うルカ。

 彼の体を抱えた陽葵の双眸も、心なしか潤んでいる。

 右手首に巻かれたアクセル・コアの本体も、ブルブルと振動していた。

 言葉を発してはいなかったが、どうやらAIなりに感動しているらしい。

「ま、まあ、要は深く考えるなってことだ。君たちはよくやっている。それは俺が断言出来る。だからあんまり自分たちで抱え込みすぎるな、頼れる内はしっかりと頼っておくんだ。いいね?」

「「はいっ!」」

 笑顔で頷く二人を見て、駆はふぅと息を吐く。

 予想以上に説得がうまくいき過ぎた気がしたのが、少しだけ気がかりだったが。

「じゃあ、俺はもういくから。君たちも遅くならない内に帰った方がいい」

 背を向け、肩越しに手を振って歩き出す。

 子供の前だから我慢していたが、彼の体はボロボロだった。

 筋肉痛をさらに酷くさせたような激痛と戦いながら、よろよろとアパートに足を向ける。

 もう二度と名前に「オーバードライブ」とつく呪文は使うまい、そう心に固く誓っていた。

 不幸中の幸いといえば、無事にハンバーガーを守り抜いたことぐらいか。

 意識の大多数が痛みとハンバーガーに向けられている中、駆はまた一つ、重大なことを見逃すことになる。

『――あなた方の星辰力波形をシステムに登録しました。これでいついかなる時でも、マスター及び自分と念話を繋ぐことが出来ます。何か起きた場合、躊躇わずマスターへと連絡なさい。我がマスターは、あなた方のためならいかなる労苦も惜しまない、先にもそう仰いましたので』

『はい。その時は是非よろしくお願いします。駆さんのような歴戦の戦術士に出会えて、本当に良かった。ね? 陽葵』

『うんっ! 一緒に頑張って星晶核(アストラル・ノード)を集めていきましょうね! 駆さん!』

 彼が帰ってからのハンバーガーの温め時間を考えていた最中、このような内容の通信が勝手に行われていたことを、駆はまだ知らない……。

(そういや……ルカは子供だったのか? フェレットだから年齢不詳だな。……ま、いっか)


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