第3話「凍てつく城と白い毛並み」
馬車の扉が開いた瞬間、皮膚を切り裂くような鋭い寒風がルミナの頬を打ち据える。
息を吸い込むと、肺の奥まで凍りつくような冷たさが入り込んでくる。
ルミナは身震いし、毛布を肩に深く引き寄せる。
雪を踏むたびに、足元からキュッと鳴る甲高い音が響く。
ヴィンセントはルミナの歩幅に合わせるように、ゆっくりとした足取りで城の入り口へ向かう。
重厚な木の扉が開かれると、空気の温度が劇的に変化する。
城の玄関広間には巨大な暖炉があり、真っ赤な炎が勢いよく薪を舐めている。
パチパチと木が爆ぜる乾いた音が広間に響き、燃える薪の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
凍えていた指先に、じんわりと血が通っていく感覚が戻ってくる。
「冷えただろう。少し火のそばにいるといい」
ヴィンセントの言葉に甘え、ルミナは暖炉のそばに近づく。
炎のオレンジ色の光が、ルミナの青白い頬を柔らかく照らす。
そのとき、広間の奥から地鳴りのような低い音が響いてくる。
床の石畳が微かに振動し、ルミナは驚いて振り返る。
広間に続く薄暗い回廊の奥から、巨大な白い影がゆっくりと姿を現す。
それは、馬よりもさらに大きな体躯を持つ獣だった。
全身を覆う白い毛並みは、外の雪よりも純白で美しい。
しかし、その足取りは重く、荒い息遣いが静かな城内に響き渡っている。
獣の脇腹のあたりには、黒く濁った霧のようなものがまとわりついている。
ドロドロとした暗い気配が、美しい白い毛を汚している。
「ブラン、起き上がっては駄目だ」
ヴィンセントが低い声で言い、大きな獣の首元に手を添える。
獣はヴィンセントの手のひらに頭をすり寄せ、苦しげな鳴き声を漏らす。
「この領地を守る聖獣だ。だが、北の森に満ちる呪いを一身に受け、傷ついている」
ヴィンセントの瞳には、冷徹な公爵という肩書きからは想像もつかないほど、深い痛みの色が浮かんでいる。
ルミナはゆっくりと獣に近づく。
恐怖は全く感じない。
むしろ、その苦しそうな呼吸音を聞いていると、胸の奥が締め付けられるように痛む。
ルミナはそっと手を伸ばし、汚れのない白い毛並みに指先を触れる。
想像していたよりもずっと柔らかく、ふかふかとした感触が指を包み込む。
獣の体温が、手のひらを通してじんわりと伝わってくる。
獣はルミナの手を拒むことなく、金色の瞳でじっと彼女を見つめ返す。
その瞳の奥にある深い悲しみのようなものが、ルミナの心に直接流れ込んでくる気がする。
「私に、薬を作らせてください」
ルミナの口から、自分でも驚くほどはっきりとした声が出る。
ヴィンセントが静かに目を見開く。
「この呪いの霧を浄化する薬の調合なら、私にできるかもしれません。いえ、やらせてください」
王都では誰にも認められず、ただ裏で利用されるだけだった技術。
しかし今、目の前で苦しむこの優しい獣を救えるのなら、自分のすべてを注ぎ込みたいと強く思う。
ルミナの真っ直ぐな視線を受け止め、ヴィンセントは静かに頷く。
「……頼む。君の力を貸してほしい」
その声には、微かな震えが混じっている。
ルミナは獣の柔らかな毛をもう一度撫でる。
手のひらに残る温もりを確かめるように指先を握り込み、彼女は深く静かに息を吸い込んだ。




