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「約束の夏」  作者: 高領 つかさ(TSUKASA・T)


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約束の夏――8 救世の封呪




 和室の障子を隔てたやわらかい光が室内に射している。

 畳の匂いに、陰になった室内にねむるのは由樹乃。

 布団に横にされて、意識を失ったまま眠り続ける由樹乃を前に、密は正座した膝に堪えるように拳を握り話していた。

 声をちいさく留めるのは、由樹乃の為だ。

「…――私は、無論、剣の道では修行もしていましたが、…。呪封の力は弱く、いまだに封呪の符に力を借りねばなりませんから」

蒼白な面でねむる由樹乃を前に、悔し気に密が拳を握る。

「そうですね、――…まさか、力の顕現が無かった由樹乃が、封呪の力を継いでいるとは」

 これも抑えた声が語るのは、先のこと。

 闇より、異界より漏れ出でた闇の雫。

 魔の雫ともいわれるそれは、本来なら異界の闇より此方の世界へと零れ出でれば、尋常でない力と共に、その力を得たものを滅ぼす闇を身にもたらす。

 さらに、その魔を呼び込む際に何の防御もしていなければ、喩え魔を呼び込んだ術者であろうとも、命を落とすだけでは済まない呪われた身となるは必定と。

 気が触れ、狂い、或いは、闇と魔に犯され操られる鬼と成り果てると。

 だからこそ、必死になり密は由樹乃と弓香に闇が取憑かぬよう白刃を振るっていたのだが。

 無言で座す黒城海将補が、眠る由樹乃を見つめる。

 黒髪に深い黒眸でしずかに座して。

 正座した膝に乗せる手が作法を守り手を密のするように握らずにいるのは、自制を修めた故のことか。

「…―――由樹乃が、封呪を継いだのですね、…おそらく、それはわたしのせいでしょう」

しずかに先に密に応えた声の主が告げるのは、一体なにか。

「母上」

密が顔を向ける相手は、逆光に淡く揺れる眩しい光を纏う髪が肩から背に落ちること以外は、障子を隔てた光によくみえない表情をしているが。

 美しい声が、しずかにいう。

「わたしの家系のもつ血が邪魔をして、封呪の力を密に継がせなかったのでしょう。あなたはわるくありません。密、あなたはわたしの血を強く継いで、だから剣士としての力を得たのです」

「…―――母上、それは」

「そして、その血は末の弓香にも受け継がれた、――あの子に継がれたのは別の血ですが、――おそらく、わたしの血が邪魔しなかった由樹乃には、本多の血が強く継がれて」

「―――母上、それでは由樹乃は」

密の問いに、しずかにうなずく。

「この子が、いままで顕現しなかったのは、ときをまつ為、…―――」

僅かに眉を寄せ、心配に眠るむすめをみつめて想う視線が。

「本多の刻が、きてしまった、…――――。わたくしの予知が当たってしまいました」

しずかな淡々とした言葉には、ひそかな悔いが。

「わたくしの血が強くありすぎなければ、もっとはやく血が顕現して、準備をさせることができていたかもしれない、…―――」

「わたしに、血の定めを報せ、準備をさせたようにですね」

「その通りです」

「ですが、わたしは剣の道にこそ適性はあれ、本来、この本多家に伝わるはずの封呪の力が殆ど無かった、…―――」

「だからこそ、いまだ刻至らず、花嫁を差し出すことで、封の破れを回避できるとおもわれていたのです」

密が拳を握り、声の主――密達の母であるだろう相手が悔いを告げるのに。

 黒城海将補が、頭を下げていた。

「申し訳ない、――――我が身が」

頭を下げ、謝る黒城に声の主が穏やかにいう。

「いいえ、あなたが謝ることではありません。これは、約定。古の刻に定められた、子孫である我々が成さねばならぬ約定にすぎません」

「…――静殿」

苦しいようにくちを結び、視線をあげていう黒城海将補に。

穏やかに本多静――三姉妹の母は応えた。

「黒城海将補殿。我らの約定を果たす刻が来ただけのこと。貴君はむしろ、それを留めたことで犠牲となられたのです。贄を捧げることを代わり、身替わりとしてその身に必要のない責を背負った」

黒城海将補が首を振る。

「いいえ、必要の無い責はありません。あの刻、私は彼女の夫として当然のことをしたまでです」

言い切る黒城には、何処にも躊躇いも後悔も微塵もみえない。

「私は、彼女の夫として当然の事をしました。それは私の権利であり、貴方方が彼女の血族であろうとも」

姿勢を正し、黒城が言い切る。

「彼女が本多家の封呪を負う為に巫女として生まれてきたのだとしても」

静かに泰然と揺るがないものをもって。

 黒眸は鋭くも穏やかに当時の決断に後悔はひとつもないと告げる。

「私は、確かに彼女が受けるはずの呪を受けました。ですが、それにより彼女が封印されるのではなく」

 そっと、しずかに黒城は微笑んでいた。

 視線に抱くのは、その面影。

 唯一人を、いまも抱いて。

「彼女を護ることが出来たことは、私にとり幸いなのです」

 確固たる信念と。

 単純な唯ひとつを、身に深く。

 その面影を、いまも。

「黒城海将補殿、失礼しました」

 謝る静に、黒城が首を振る。

「いえ、…――いずれにしろ、いまは」

そして、視線を眠る由樹乃へと向ける。

「お嬢さんを、救わなくては」

 封呪の力が発動し、闇の雫を受けて―――。


 身を守る為に発動した力の為か。

 眠りから還ることなく、闇の雫を受けこうして七日。

 いまだ眠り続けている由樹乃を。





 しばしして、本多静が離れに帰り。

 残された黒城海将補と本多密の二人は、本来ならこの二人が対処することになっていたはずの魔の封印――或いは異界よりの雫を封じ、破れを還すという役目のうち、闇の雫を封じたことで眠りから醒めない由樹乃を見つめていた。 

「狂いや、身体の変形といった闇の雫に犯されたものたちが辿る経緯は起きていないが」

 黒城が思わし気に眠る由樹乃をみる。

 密も頷いて、心配する心持ちを面から隠すことも出来ずに由樹乃をみて。

「―――魔の雫を受けてすぐに、異常が起きなかったときはよかったとおもったのですが」

「――封呪の力がある巫女殿は、このようにして目覚めなくなることがあるときいている、…――密殿」

「はい」

黒城海将補が膝に拳を握り、何かを堪えるようにしていうのを。

少しばかり驚いて視界にして。

「私は、こうして貴方達の誰かが、封呪の為に犠牲となることを防ぎたかった。…―――それが間に合わないばかりか」

苦しむように寄せられる黒城海将補の眉を。普段はけして感情を僅かにも覗かせず、穏やかにだけある人物の奥に隠した激情の欠片を零すのをみた気がして、密はその動揺を表情に出さないよう自制していた。

 白いおもてで、眠り続ける由樹乃をみつめて。

「こうして、闇の雫を受けさせたが為に、彼女は眠りから醒めることができないでいる。…――――」

 ああ、そうか、とおもった。

 彼女と、―――百年以上前に本多家から封呪の為に、かれに嫁いだ。

 そう本多家に伝えられる女性のことを、いまもかれは想い。

 だからこそ、由樹乃を襲った運命に、そのいまはない女性のことを重ねて己を責めているのだと。

「――彼女の家系にあるものを、…――護れないとは」

 その悔いる言葉に、密は苦笑する。

「随分と、欲張りですね、あなたは」

「…――密殿?」

振り向いた黒城の顔に無防備に乗せられた疑問の色にさらに苦笑を隠さずに密が乗せる。

「黒城殿。我らは貴方に護られるほど弱い存在ではありません。千年を超える歴史を我らはときにより、役目を果たし続いてきた。その誇りがあります」

「…密殿」

「貴方は、前の封呪の巫女を救い、その命を終えるまで添い遂げられ、護られた」

微笑んで密は黒城をみる。まるで、少年のようにみえる無防備な黒城海将補を。

「その刻、貴方は本来なら巫女が負うはずの呪をその身に負い、…―――彼女の身替わりとして呪いを受けた」

 その呪いは。

「ですから、…――今代の巫女まで護れなかったと悔いるのは、傲慢ですよ」

「―――…密殿、…失礼した」

謝る黒城海将補の姿に、違和感に気付き、ああ、とおもう。

 そうか、と。

 そして、運命が告げるように。―――

「…ゆきの?」

 視線を向ける。

 わずかに、うめくようにちいさく声がきこえて。

 緊張して、そちらをみやる。

 布団から、身を起こして、―――。

「…だあれ、?だれか、はなしてる、…?」

まだ目はとじて、かるく目を閉じたまま手で頬をおさえて。

 ふう、とおおきく息をつく。

「だれか、…いるの?」

おさなくもきこえる声で、まだ目をあけずに由樹乃が問う。

手を、探るように動かして。

 それに。

「私が、此処にいる」

 黒城が額を垂れ、その手に額ずいて。

 そっと敬うように。

 眸をとじて、押し頂く手の甲を額にふれる。

 安堵するように、眸をとじて。

「…――だれ?」

 首をかしげる由樹乃に、黒城海将補が。

 痛みを堪えるように、しずかに額ずき眸を伏せて応える。

「わたしがいる、…―――黒城という。…きみを護る」

 鋭い熱を呑む視線が振り仰ぎ、由樹乃を見つめる。

 ぼんやりと、由樹乃がくちをわずかにひらき、―――。

 そして、ゆっくりと瞳をひらいた。

 はじめて、黒城を由樹乃がみる。



「くろき、…――さん?」

「そう、私が黒城だ」

 答える黒城海将補に、由樹乃が視線をあわせて。

 不思議そうにいっていた。

「貴方が、…―――?」

「そうだ、貴方を必ず護ると約束しよう」

誠実に言い切るかれを、黒城海将補を首を傾げて由樹乃がみる。

「黒城、さん、―――?密ねえのお見合いの相手?」

首を傾げて瞬きいう由樹乃に、苦笑して密がくちを挟もうとしたとき。

「でも、どうして、―――そんなに若いの?」

海将補だってきいたのに、と。

自身に何が起きたかはまったくこのとき由樹乃の思考にはなく。

唯、見合いをしているはずの姉に関して考えていたことの地続きとなるような疑問を単純に返していた。

 それは、真実を突いた疑問だったのだが。

「由樹乃?」

そして、密もまた黒城海将補であるはずの人物をみて、驚きにちいさく目を瞠る。

「…いや、これは、」

「どうした?」

問い掛ける黒城海将補の声にも言葉にも、それまでになかった鋭さが無いだろうか?或いは、それまで穏やかに何もかもを抑えていた感情を遮るものがなくなったかのような。

「黒城――殿」

密のためらう呼びかけに、首を傾げる。

「どうなされた?密殿」

その呼びかけもまた鋭く。

抑えていた熱情が、或いは。

「ええと、…―――黒城海将補と同じひとなの?」

「…由樹乃どの?」

振り向いて訝しむ感情を隠すことなく訊ねる黒城に、確信を持って密がいう。

「確かに、若返っておられるようだな、…―――もとより、あまり年齢がそれほどいっているようにはみえなかったが」

「密殿?…――それは、」

言い掛けて、驚き。

黒城海将補が己の手をみて、声をなくす。

手の指が、その外観が。

「…黒城殿、貴君が本多家の封呪を身替わりに引受けられたとき、幾つであられた?」

「…あれは、私は十九才だったが、…」

驚きに目を瞠り、掌を黒城が見つめる。

それまでも、年齢不詳といわれる通り、年齢による変化を感じさせない容姿だったが。

「偽装が、解けている?」

黒城が疑問を隠せずくちにするのを。

由樹乃も、密も驚きながらみつめる。


 ――――黒城海将補、その容姿は青年といっていいものになっていた。


 十九才、当時の容姿に戻ったとしかみえない黒城の姿。

 封印が解け、戻るように。

 刻を越えて、当時の若者としての姿に戻った黒城を前に、由樹乃達は言葉を無くしていた。








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