羽衣の恋の真相は
勇者、母
父とのなれそめの真相です
天女、―――。
羽衣の白く淡い衣を白絹の単衣にゆるりとさしのべて。
天を仰ぐそのさまをみつめて、言葉を失っていた。
あれは、―――天女か?
幻なのか。
「そなたは、…―――」
踏み出したのは、いまにも消えていきそうな幻をその手につかみたかったからかもしれない。
おもわず、相手の警戒もこちらの防御も、常に行なうなにひとつ考慮せずに、唯茫然としながら足を踏み出していたのは。
白い美貌が、鋭い眸を此方に寄越すのに、ああ、もしかして少なくとも幻ではなかったのか、と安堵した。
「何者だ。此方は、案内されたものしかこれないはずだが」
鋭い視線に、もはや先程までの儚く幻のような気配は微塵もなく。
そのことに、話しかけながら安堵していた。
「すまん。…どうやら、おもっていたのとは違う処に出てしまったようだ。此処は何処になるのだろうか?」
「――――…迷い人か?本家の客人ではないようだが」
訝しむ視線を隠しもせず、問う相手が薄く柔らかな衣を腕に掛けているのをみて。
ああ、これは舞の稽古でもしていたのか、と理解した。
推測を確かめる為に問い掛ける。
「すまない。舞の稽古をしていたのか?あまりに美しくてつい話しかけてしまった」
微笑んでいうと、その眉が嫌そうに寄せられるから、意外におもった。
「確かに、稽古だ。だが、人にみせる為のものではない」
「…――神に納める為のものか、…そうだな、それはすまなかった」
あらためて周囲をみまわす。おそらく庭であろう美しい池と緑の配置に、長い木で作られたのだろう橋と、天女の舞っていた舞台。
確かに、天に納める類いのものだな、…。これは、神殿に不法侵入してしまったという処か。
不審人物扱いされても仕方が無いな、と。
納得して、あらためてはなしかける。
「天女殿、わたしは不法侵入をしてしまったようだな。すまなかった。――」
「誰が天女だ。おれは男だ。それと、いい加減に何者か答えてもらおうか?」
険のある視線でみてきても、美人というのはかわいいものだな、と。
つい、ながめながらおもっているのがばれたのかどうか。
「―――いや、もう答えなくてもいい。退去してもらおう。そちらのいう通り、既に不法侵入だ。本来、舞を奉じるときにこんな不審人物にきてもらっては困るのだがな。―――何処から現れた?」
端然と白絹の単衣を着て、黒髪に白い美貌で鋭い視線でみつめて問う。その腕に淡くかけられた薄衣が、この人物を先に天女かと思えるほどに儚げにみせていたとは。舞いといまとでは別人だな、と思いながら、うれしくなって応える。
「私は、…――理解できるかはわからないが、里から門を潜り、目的の都へといく処だったんだ。それが、どうやら調整が間違っていたのか、――此方へ出てしまったらしい。何者かといわれると、…そうだな。此方で通用するかはわからないのだが」
少し考えるようにしていうのを、訝しげに見返す鋭い視線。
「私の職業は、勇者だ。代々これを継いでいる。名は、シズカ―――。そなたの名を教えてくれないか?」
微笑みかけるシズカ、に。さらに訝しげに眉を寄せる。
「…―――シズカ?まるで、日本人のような名前だな」
「ニホン?ああ、もしかして、此処はニホンなのか?…先祖にニホン人がいるんだ。その名を代々受け継いでいる」
うれしそうにいうシズカに、おおきく溜息を吐く。
「…――本当に迷い人か?それなら、…訊くが、その腰に下げている剣は何だ」
「この剣か?勇者の剣だ。まあ、そういうことになっている」
腰の剣を軽く叩いてシズカがいう。
「実際は、先祖代々の剣は仕舞われていて、これはそういうことにしている偽物だがな。実際に使っていては、刃毀れなどありすぎて、同じ剣をずっと使っているわけにもいかん。だが、まあ、――わたしが使っているのだから、そういうことでもいいのだろう」
「つまりは実用か。腰から外して下におけ。武装解除させてもらう。おまえは不審者だからな」
「…構わないが、不審者には、名を教えてもらえないのか?」
くどきたいのに、と。
一応、それはくちに出さずに思っているシズカに気付いているのかどうか。
本当に警戒すべき不審者をみる視線で、地面を指し示していう。
「剣をおいてもらおう。おそらくだが、短剣も身につけているな?他にも、武器の類いがあればおいてもらおうか」
「――――…わかった」
両手を挙げてみせてから、この仕草は通じるかな?とおもいつつ。
地面に、武器を置き始めたシズカに、相手が眉を寄せて――近づかないままみつめていう。
「まだあるのか」
「ああ?今日はこれでも少ない方なんだがな、…。都に呼出しをくっていくことになっただけだから、特に竜を退治しろとかもいわれていないから。多少、身軽にはしてきたのだが。ああ、でも、今後はこうして不測の事態もありうるのだから、やはり武器は減らしてはいけないな」
「…少しは減らせ」
あきれた風にいう視線が見る先には。
地面に置かれた武器の数が。
帯剣――幅広のバスタードに類する主剣。それに、短剣が十数本。クイナのように金属で出来ていて、細長い釘の頭がないような形態で先が鋭く尖っているもの、十数本。さらに、細引きの鎖と思われるものが長くとぐろを巻くものと。金属の小さな礫と思われるものが、袋に入って、―――これは、数もわからない。
「もしかして、その金属の粒のようなものは、…―投げるのか」
「そうだ。これだけを投げてもいいし、なにかに紛れさせて礫として投げると」
実演しそうにするシズカに短く。
「止めろ。実演するな」
「ええ?良い機会だとおもったのに」
「何のだ」
「…――ええと、きみにわたしの力をアピールして、お嫁さんになってもらうとか?」
「…――――」
完全に無表情で沈黙した相手に、心配になって顔をあげてみる。
「どうした?」
ちなみに、地面に置かれていく武器はまだ増えている。
何処からか、弓矢まで出て来た日には。
返事がないので、仕方なくシズカは命じられた通り、武装解除できるまで武器を地面に積んでいく。
うずたかく積まれた武器に、一息吐いてみあげて。
「うん、よし!これくらいかな?…もうもってなかったとおもうが」
自身で積み上げた武器を見あげて、明るい瞳でいうシズカに。
「…――おまえ、…自分で憶えていないのか」
「うん?ああ、…この携帯バッグが便利でな?いくらでも入るから、つい欲張ってしまう。まあ、結局は手慣れた武器に頼ってしまうんだがな」
と、満足気に山をみあげて。
それから、振り向いて云う。
太陽のような輝かしい笑顔で。
「どうだ?これで、武装解除したぞ?」
うれしそうに申告する相手に、そこはかとないつかれを憶えながら息を吐いて。
「…―――シズカ殿。では、これから案内する」
「うん!でもまだ、きみの名前は教えてもらえないのか?」
訊ねるシズカを無視して、きれいな背をみせて歩き出すから。
「…そりゃ、案内してくれるなら、先導だが、…―――」
こんな美人なのに、無防備じゃないか?此方の世界ではこれで大丈夫なんだろうか、と。心配になって見守ってしまう勇者シズカの前を。
音も立てず、ながい架け橋を先導していく白絹の単衣の背を。
「きれいだなあ、…」
おもわずつぶやいてながめながら、シズカは庭園の地面に立っていた身を、ひょい、と軽々と橋の上に移して。
無言で、それに何もいわず先をいく背に見惚れながらついていく。
「…かあさん、――それ、ストーカーっていうんじゃ、…一歩まちがうと、…」
由樹乃の心底、遠慮のない感想にも、当時を思い出している母はまったく堪えるようすもなく微笑んでうなずいている。
「そうだな。あのときは、本当に不審者扱いで、…――うん、本当につれなかった。そこがまたかわいくてな?」
「…のろけはいいから、―――かあさん、…」
これって唯の危ない人なんじゃ、とおもいながらきく。
由樹乃としては、家族が勇者とか聖女とかわかってしまってから。
両親の出逢いについて、もしかしてきいてないこともあるんじゃ?と気になってまずそこからきいてみたのだが。
出て来た述懐がこれである。
父を初めてみて、天女だとおもっただの、速攻くどこうと努力しただの。
本当に、唯の危ない人である。
「それにしても、よく結婚できたよね?それに、…普段は、とうさんの方が母さんに会えないって泣いてたりするんだけど?」
この初対面から、どこをどうしてここまでもってきたの?とおもいつつ訊ねる由樹乃に。母が、にっこりと太陽のような笑顔でいう。
「普段のあれは、わたしが我慢しているんだ」
「…がまん?とうさんにあわないのが?」
不思議そうにいう由樹乃に、おもむろに深くふかくうなずく。
「無論だ。わたしが、本多に会いたくないわけがなかろう。一目惚れした嫁だぞ?ああ、此方の世界では夫というのだったか、―――。わたしの性別が女で、本多が男だとわかったときにはうれしかったな。…これで嫁にできるとおもったものだ」
「…わかったから、普段はがまんって?」
「ああ?無論、我慢しているに決まっている。本多は、残念ながら此方の世界を安定させるためには必須の人材でな、…。救世の巫女の血をひいているから仕方が無いのだが」
非常に残念そうにいう母に、由樹乃がいぶかしげにみる。
「あの、それって、――とうさんも巫女なの?男だけど?」
「巫女というのは、職業だからな。男でもいるぞ?それはともかく、本多は滅多にいない人材でな。あの能楽を通じて神に舞いを奉じることで、此の世界に安定をもたらしている。あれは本当は、世界を保つ為には前線などに出さず、この本家か他の神殿などでいいから、厳重に保護しておくべき存在なのだがな、…。エイリアン対策などに持ち出す神経がわからん」
「…―――えっと、」
真面目に愚痴をいっている母をみあげて。
ええと、…。
「それで、我慢って?」
「うん。本多を連れ帰るわけにはいかないだろう?あんな風に、いつも逢いたくてきてくれるなんて可愛らしいところをみせられたら、攫って帰りたくなるじゃないか、…」
「…か、かあさん?」
やっぱり、かあさんって危険人物?と。
つい、ひいてしまっている由樹乃にまったくかまわずに。
うんうん、とひとりシズカが頷いている。
「かわいいからなあ、…。さらってかえりたい、…」
「そ、そうなんだ?がまん、してるんだね?」
由樹乃がなんとか絞り出した言葉に、母がうんうんとうなずいている。
―――かあさん、…。
「それにしても、よく、…とうさんと両思いになれたよね?」
結婚が無理矢理じゃないことは、現在の父の様子をみていれば理解はできるけれど。この経緯で、何処をどうしたら、あの父と結婚して現在地にいるのか全然わからない、と。戸惑いながら由樹乃がいうのに。
勢いよく、母が振り向いていた。
「そうなんだ!きいてくれるか?本多を落とすまでの苦労がな、…由樹乃にだけはまだ話してなかったから、いいたくてな?」
「…―――う、うん」
かあさん?とおもいながら。
輝いている母の笑顔に。
―――失敗した、…。と、おもっていた。
そうだよね、…密ねえ達も変だったものね、…。
そういえば、朝。
由樹乃が母に父との出逢いについてききたい、なんて。
そういったときに、密ねえの納豆を掻き混ぜる手が止まっていた気がする。
弓香に至っては、大好きなプリンに真剣に視線を注いで、スプーンをいれる処を考えているようなふりをしていた。
あれだけ、あの二人が変だったのに、…。
「大丈夫、じっくりきかせてやるぞ?」
はしょったりはしないからな、と。
にこやかに笑顔でいう母に。
ぜひ、はしょってほしい、と微妙な微笑みになりながら、由樹乃は思っていたりしたのだった。
そして、考える。
邪だったよね?と。
そう、ちょっとだけ。
参考にしたかったのだ。―――
「本多はそれからな?」
実にうれしそうに語り始めるシズカを前に。
ちょっとだけ、黒城との何というか、…なにかに参考にしたかった、なんて。
夢をみたその日。
翌日、黒城と二人で浜辺を歩くことになった、だから前日で。
だから、何というか、…。
きいてみたかったのだけれど。
見事に全然まったく参考にならない、長いながいお話を一日使ってきくことに。
ちなみに、何故、父がこの母と結婚を了承して、現在は父も母が大好きに見えるのか、なんてことは。
まったく、シズカの話からはわからなかった由樹乃である。――――
羽衣は、天女が地に降りて松の木に天へ昇る為の羽衣を掛けていたときに、漁師に羽衣を隠されて天に還ることができなくなり。
地上ですごすも、隠された羽衣を天女がみつけて天に還っていくという筋書きが大半なのだが。
能で奉じられる舞となる際には、特に物語の面ではなく、その舞に焦点があてられている。
羽衣を得て天に還る天女の美しき舞いが主題である。
そして、その羽衣を主題とした舞いを。
羽衣を舞う天女の舞を神に奉じる際に見初められた父と。
見初めた母が勇者だったりと。
「考えても、無駄なのかも、…」
当事者にしかわからない世界だよね、と。
理解を放棄した由樹乃である。
結局、まったく。
黒城と浜辺で逢う際にはまったく役に立たなかった話をきいて。
――邪なこと考えちゃだめだよね?と。
人の出逢いとか恋話とか。
きかないに越したことはないのかも、と悟った由樹乃がいるのだった。
羽衣にはいくつかのバージョンがある。
天女が本当になにをおもっていたか。
羽衣を奪い天女を地に引き留めようとした漁師はなにを。
それは、同じく当事者に訊くしかない話であるのかもしれない。
羽衣の恋の真相は、…――歴史の彼方にねむっている。
羽衣の恋の真相は
了
本多、がんばれ…
本多父ががんばっている?短編
「地球を救っても、家庭内問題が解決するとは限らない」
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