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婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―  作者: ぱすた屋さん


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第9回:聖女の瞬きを数える簡単なお仕事



 眩しい朝日が、精緻な彫刻が施された窓枠を抜けて俺の寝室に差し込んでいる。

 ふかふかの高級ベッド、絹のシーツ、そして隣から漂ってくる、脳を直接麻痺させるような甘ったるい死肉の香り。

 俺の一日は、隣に眠る「バケモノ」の寝顔を確認することから始まる。


(……おはよう、クソ聖女。今日も今日とて、お前は完璧に可愛らしく、そして完璧に人間じゃないな)


 俺は「ヴィンセント」としての穏やかな微笑を面に貼り付けたまま、意識の端でデバッグアイを起動した。

 網膜に浮かび上がるステータス。


【名称:ミリア(精神寄生体・幼体)】

【状態:擬態・睡眠中(エネルギー充填率:九十八パーセント)】


 睡眠中。だが、こいつに「休息」なんて概念があるのかは怪しいものだ。

 昨晩、彼女は俺の精神力(MP)をデザート代わりにたっぷりと啜っていった。おかげで俺の頭は、まるで安酒で酷い二日酔いを起こしたかのようにガンガンと痛む。

 だが、俺にはやらなければならない「仕事」があった。


(よし。計測開始だ。一、二、三……)


 俺は心の中で秒数を刻みながら、ミリアのまつ毛の動きをじっと観察し続けた。

 これが、俺が最近自分に課した日課――「聖女の瞬きを数える」という、最高にスリリングで、最高に不気味なルーチンワークだ。


 ミリアがゆっくりと目を開ける。

 ルビーのような赤い瞳が俺を捉え、彼女は無邪気な子供のように微笑んだ。


「ヴィンセント様、お早うございます。……あら、そんなにじっと見つめて。私、お顔に何かついていますか?」


「おはよう、ミリア。……いや、あまりにも君の寝顔が美しくてね。目覚めた瞬間から、また君に恋をしてしまったようだ」


 最悪の朝の挨拶。自分の口から吐き出される言葉が糖分過多すぎて、喉が焼けそうだ。

 俺は彼女の頬に触れ、優しく指を滑らせる。

 その間も、俺のカウントは止まらない。


(六十秒……瞬き、ゼロ。百二十秒……瞬き、ゼロ)


 普通の人間なら、一分間に十数回は瞬きをするはずだ。

 だが、この「ミリア」というガワを被った存在は、意識的に「人間らしく振る舞う」ためのリソースを割いていない時、こうした細かい生理現象を完全に無視する。

 彼女にとって、瞬きは「人間らしく見せるためのオプション」に過ぎないのだ。


(百八十秒……。よし、ようやく一回だ。……いや、今のもしゃがむような動作に合わせて無理やり瞼を落としただけだな)


 デバッグアイのログ・ビューアによれば、彼女の「肉体」は、微細な細胞一つひとつが絶えず震動し、人の形を維持しようとエネルギーを消費している。

 俺がこうして彼女の瞬きを数えているのは、単なる趣味ではない。

 瞬きの頻度が減る、あるいは不自然に増える瞬間は、彼女の「演算リソース」がどこか別の場所に使われている証拠なのだ。


(……今、瞬きを忘れた。つまり、どこかを侵食しているか、あるいは別のスロットに負荷がかかっているな)


 俺はデバッグ画面の端で、他の占有スロットを確認する。

 国王、騎士団長、魔導軍総帥。

 彼らの支配維持に、今朝はより多くのリソースが割かれているらしい。

 おそらく、エリザベートを追放したことで生じた貴族社会の「歪み」を、強制的な魅了で押さえ込もうとしているのだろう。


「ミリア、今日は顔色が一段といいね。何か良いことでもあったのかい?」


「ふふ、分かりますか? ヴィンセント様。……ええ、とっても。昨日、北へ向かったあの『汚れた女』の心が、さらに絶望に染まった気配がしたんです。ああ、なんて心地よい響きかしら」


 ミリアはうっとりと自分の肩を抱いた。

 彼女の影から伸びる触手が、歓喜に震えて俺の足首に絡みつく。

 俺は彼女を抱き寄せながら、視線の先にある「小窓」をチェックした。


(……絶望? どの口が言ってやがる。見てろよ、こっちの画面を)


 俺の視界の隅、エリザベートの現在地。

 彼女は今、俺が仕込んだ「不法投棄場」という名の物資集積所に辿り着いていた。

 そこには、俺が財務局の書類をハックして「廃棄」扱いにした、最高級の防寒毛布と、日持ちする高栄養の保存食が、山のように積み上げられている。


 画面の中のエリザベートは、震える手でその「ゴミ」の中にあった、アルトワ家の紋章が入った毛布を拾い上げていた。

 彼女は、それを不思議そうに見つめた後、そっと顔を埋めた。


【対象:エリザベート】

【思考:……お父様? いいえ、そんなはずは。でも、この香りは……】


(……よし! 気づいたな。それでいい、エリザベート。それはゴミじゃない。俺がシステムという名の検閲官の目を盗んで、必死に送り届けた『愛』の一部だ)


 ミリアは「絶望の色がした」と言った。

 おそらく、エリザベートが泣いたことをそう解釈したのだろう。

 だが、デバッグアイが見る真実は違う。

 彼女の「生存欲求」の数値は、さっきまでの絶望的な底値を脱し、僅かに上昇に転じている。


「ヴィンセント様、どうかなさいました? また、ぼんやりして」


「ああ……すまない。君が美しすぎて、つい意識が遠のいてしまった。……今日は少し、レティシアの様子を見てこようと思う。あの反抗的な妹も、そろそろ自分の立場を理解した頃だろうからね」


「まあ、素敵。ヴィンセント様は本当にお優しい。……でも、あまり深入りしすぎないでくださいね? レティシア様の心も、いつか私が綺麗に『お掃除』してあげますから」


 お掃除。つまり、魅了による廃人化か、あるいはスロットへの登録。

 俺は背筋を走る悪寒を押し殺し、「楽しみにしているよ」と微笑んで寝室を後にした。


 廊下に出た瞬間、俺は大きく息を吐き出し、デバッグ画面のレベルゲージを確認した。

 まだLv.2。

 瞬きを数え、隙を見て数値を弄り、聖女の機嫌を取る。

 地味で、精神を削り取るような、孤独な潜入工作。

 けれど、この「簡単なお仕事」の積み重ねだけが、今の俺がエリザベートに繋がる唯一の糸だった。


(待ってろ、エリザベート。俺がこの城で聖女の瞬きを数えている間は、お前の安全は俺がハックし続けてやる)


 俺はふらつく足取りを隠し、冷酷な第一王子の足音を響かせながら、妹が引きこもる部屋へと向かった。


【スキル:デバッグアイの経験値を獲得】

【レベルアップまで:残り750】

【現在のシステム・ディレイ:0.05秒】


 一歩ずつ。一秒ずつ。

 俺は、このクソゲーという名の現実を、内側から食い破ってやる。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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