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婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―  作者: ぱすた屋さん


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第6回:システム『役柄に反しています』俺『知るか!』



 聖女ミリアという名のバケモノに深層心理まで覗かれそうになった翌日。俺は財務局の役人どもを自室に呼びつけ、エリザベートの生家であるアルトワ公爵家の「資産没収」に関する最終確認を行っていた。

 部屋には重苦しい空気が漂っている。役人たちはミリアの魅了によって感情を失った人形のようで、ただ事務的に没収リストを読み上げている。


「……以上が、公爵邸より接収した財産の一覧でございます。これらはすべて王室直轄、あるいは聖女様への寄付として処理されます。ヴィンセント殿下、こちらの最終承認を」


 差し出された書類には、エリザベートの大切な思い出の品々が「無価値な不用品」として、あるいは「競売対象」として無慈悲に分類されていた。

 俺の心臓が激しく波打つ。

(……クソ。よりによって彼女が大切にしていた母親の形見のブローチまで『廃棄』扱いかよ。ミリアの奴、本当に性格が悪いというか、寄生体としての悪意が煮詰まってやがる)


 俺はペンを握り、署名しようとした。

 だが、俺の意識の半分は「デバッグアイ」を全開にして、書類の余白に隠された『バグ』を探していた。


(直接『廃棄を取り消せ』と言えば、システムが強制介入してくる。なら、理由を書き換えればいい。俺はクズだ。冷酷非道な王子なんだ。なら、その『クズさ』を利用してやる)


 俺は冷笑を浮かべ、わざとらしく鼻を鳴らした。


「……待て。このブローチを廃棄だと? そんなのは甘すぎる。追放された女が、自分の母親の形見がゴミ捨て場に転がっていると知ったら、どれほど絶望するか想像してみろ。これは廃棄ではなく……彼女が向かっている辺境の地に、あえて送り届けてやれ。目の前で粉々に砕いてやるための『餌』としてな」


 俺の言葉に、役人の一人が虚ろな目で頷いた。

 その瞬間、俺の視界に激しいノイズが走った。


【警告:メインシナリオの役柄ヴィンセントに反する利益供与の疑い】

【判定:対象へ物品を輸送する行為は、追放という罰則を軽減させる恐れがあります】


(来やがったな、クソシステムが!)


 脳を直接万力で締め上げられるような痛みが走る。視界が真っ赤に染まり、俺の意志を強制的に上書きしようとするプログラムの奔流が襲いかかる。


【修正案:ブローチをその場で溶かし、その金をミリアへの献金とする】


(うるせえ! 俺の指を動かすな! 『利益供与』じゃねえよ。これは『精神的苦痛を与えるための演出』だ! あいつを徹底的に絶望させるための、クズ王子にふさわしい嫌がらせなんだよ!)


 俺は歯を食いしばり、脳内でシステムの論理と戦った。

 デバッグアイが火を噴くように高速で思考を処理する。

 今の俺に与えられた『システム・ディレイ』は零コンマ零五秒。その極小の隙間に、俺は自分の「悪意(偽装)」を滑り込ませた。


(いいか、システム。あいつをただ追い出すだけじゃ物足りないんだ。ボロボロになったあいつの目の前に、一番大事なものを届けてから壊す。それがヴィンセントという男の『ドS』なこだわりなんだよ! これは慈悲じゃない、究極のいたぶりなんだ!)


 俺の必死の強弁が、システムの深層部に届いたのか。

 パチリ、と赤い警告灯が消え、緑色のログが流れた。


【再判定:対象への精神的嫌がらせの一環として受理】

【事象:ブローチを含む一部没収品の辺境輸送を許可】


(……勝った! 勝ったぞ、論理戦で!)


 俺は額から流れる汗を、優雅な仕草で拭った。

 役人たちは俺の豹変に気づくこともなく、事務的に書類を書き換えていく。


「承知いたしました。では、これら『嫌がらせ用物品』として、エリザベート様の追放先へ輸送する手配をいたします」


「ああ、頼んだよ。ああ、それから……彼女に届ける際に、俺からの『呪いの手紙』も添えておこう。絶望のスパイスとしては最高だろう?」


 俺は再びペンを取り、便箋に文字を書き殴った。

 ここでもシステムとの戦いだ。俺が「体調はどうだ、どうか死なないでくれ」と書こうとすれば、ペン先は勝手に「地獄で野垂れ死ね」という文字を刻もうとする。


 俺はシステム・ディレイの限界に挑みながら、暗号を組み込んだ。

 表面上の言葉はこうだ。


『地獄の底まで落ちるがいい。二度と私の前に姿を現すな。この醜い豚め。お前にふさわしいのは、この汚泥と氷にまみれた北の地だ。そこで一生、自分の無価値さを噛み締めながら、私がミリアと幸福になるのを眺めていろ』


 だが、デバッグアイで特定の単語の頭文字だけを抽出し、さらに「アルトワ家に伝わる古い詩」の韻律に当てはめると、別の意味が浮かび上がるように工夫した。


(エリザベート、頼む。気づいてくれ。北の地、三番目の村に、俺が隠した物資がある。そこへ行け……!)


 書き終えた瞬間、俺の指から力が抜け、ペンが床に落ちた。

 一通の手紙を書くために、これほどまでのMPを消費するとは。

 だが、これでいい。

 俺の評価が「最低最悪のクズ王子」に更新されればされるほど、聖女ミリアの警戒心は薄れる。


 役人たちが退室した後、俺は窓の外を眺めた。

 空はどんよりと曇り、冷たい風が王宮を吹き抜けている。

 エリザベートは今、俺が差し向けた冷酷な兵士たちに囲まれ、北へと運ばれているはずだ。


「……システム。お前は俺を『悪役』にしたがっている。なら、俺は最高の悪役を演じてやる。主役である彼女を、誰よりも過酷に、誰よりも執拗に……『救い出す』ためにな」


 俺は自嘲気味に笑い、デバッグ画面を開いた。

 エリザベートの座標を確認する。彼女の移動速度が少し落ちている。どうやら休息の時間らしい。

 俺は周囲の気温データを弄り、彼女の周囲だけを数度高く設定した。


【警告:環境データの不自然な変動を検出】

【判定:不具合修正を実行します】


「……ちっ、バレたか。じゃあ、こっちはどうだ?」


 俺は気温ではなく、彼女が座っている岩の『熱伝導率』を書き換え、地面の熱が逃げにくいように設定した。

 これなら「微細なバグ」として、システムの検知を潜り抜けられるはずだ。


【判定:許容範囲内。適用します】


「よし。これで少しは暖かく休めるだろ」


 画面の中で、エリザベートが少しだけ身を縮めて、暖かそうな岩に背を預けた。

 彼女の顔は相変わらず悲しみに沈んでいるが、俺にはそれが、ほんの少しだけ安らいだように見えた。


 システムに反逆する、孤独なデバッグ。

 俺のレベルが上がれば、もっと大胆なことができるようになるはずだ。

 いつか、この世界そのものをコメントアウトして、彼女と一緒に笑い合える日まで。


「知るかよ、役柄なんて。俺がプロデューサーで、俺がデバッガーだ。……このゲームの結末は、俺が決める」


 俺の瞳に、青白いシステムウィンドウの光が反射する。

 夜の王宮で、クズ王子は今日も、最愛の敵を救うためのハッキングに没頭していった。


【スキル:デバッグアイの経験値を獲得】

【レベルアップまで:残り900】

【新機能解放の予兆:○○・○○○○】


 新しいスキルの名前に、俺は微かな希望を感じながら、キーボードを叩くような速度で空中に指を動かし続けた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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