第36回:エリザベートが拾った古い靴下の中身
王宮の自室、俺は一人で虚空に向けて指を動かしていた。
右半身の感覚はもはや「他人の肉」を無理やり繋ぎ合わせたかのように冷え切っているが、左手だけは怒涛の勢いでデバッグログを叩き続けている。
視界の端に映る、魔窟と化した街「アイゼンガルド」のゴミ捨て場。
そこには、俺が事前に『管理者権限』を使って配置した、ある「ゴミ」が存在していた。
(……よし、同期完了。アイテムID:999『古い靴下』。中身を『王国極秘行政書類』から『特級冒険者用・生存マニュアル』に偽装置換。さらに空きスロットに『エリクサー級ポーション』を三本ねじ込む)
画面の中、空腹と寒さに震えるエリザベートが、路地裏のガラクタの山に足をとめた。
彼女の目が、山の上に無造作に捨てられた、一足の薄汚れた靴下を捉える。
『……レティシア、見て。あんなところに、誰かが落とした書類の束が靴下に詰め込まれているわ』
『えっ、お姉様、そんな汚いもの触っちゃダメよ! 誰かの脱ぎ捨てた靴下なんて、お兄様と同じくらい不潔だわ!』
レティシアの辛辣な言葉が俺の心臓にクリティカルヒットしたが、俺は血反吐を飲み込んで操作を続行した。
頼む、エリザベート。拾ってくれ。それはゴミじゃない、俺が血尿を流しながら書き上げた、この街で生き残るための「攻略本」なんだ。
エリザベートはためらいながらも、剣の先で靴下を突っつき、中から丸められた羊皮紙を引き抜いた。
『……「北方辺境における税収管理と、井戸の清掃記録」? ただの事務書類ね。でも、裏側に何か書いてあるわ。……「魔窟の歩き方:其の一、亡霊には焼きたてのパンを与えよ」?』
「……クハッ、ハハハハハ!!」
俺は執務室で、椅子をひっくり返して笑い転げた。
実際には、あまりの緊張と魔力消費で内臓がよじれている。
「いいぞ、エリザベート! それを読め! 表向きは退屈な行政書類だが、その行間には俺がデバッグで解析した『安全地帯』と『隠しショップ』の情報がびっしり書き込まれているんだ!」
ミリアが部屋に入ってきたら、間違いなく「靴下を見ながら笑い狂う変態王子」として通報されるレベルの不審者だが、そんなことはどうでもいい。
画面の中では、エリザベートが書類を読み進めるうちに、その瞳に驚愕の色を浮かべていた。
『……信じられない。この書類、ただの事務連絡に見えて、この街の呪いを回避する方法が全て網羅されているわ。……それに、靴下の奥にこんなに綺麗な魔力ポーションが……。ねえこれ、きっと「管理ミス」で捨てられたものよ!』
『お兄様のミス? あはは! 大事な書類を靴下に詰めて捨てちゃうなんて! 』
レティシアが腹を抱えて笑っている。
エリザベートも、呆れたように笑いながら、大切そうにポーションと書類を懐に収めた。
(……ああ、そうだ。俺はバカだ。救いようのない、大バカなクズ王子だよ。……だがな、その書類があれば、お前たちはこの街で飢えることも、凍えることもない)
俺は、血の味がする唾液を飲み込み、震える指でステータスを確認した。
【デバッグアイ:経験値を獲得】
【レベルアップまで残り:一千五百五十】
【魔王変異率:十六パーセント】
身体を巡る魔力が、徐々に人間のものではない、どす黒い波動へと変化していく。
画像プロットにあった通り、事務書類に見せかけた生存マニュアルは、彼女たちの手に渡った。
俺は右半身の麻痺に耐えながら、次の「悪行」の準備を始めた。
彼女たちが俺を殺しに来るその日まで、俺は最高の「バカなクズ」を演じ続けてやる。
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次回お楽しみに。




