第35回:魔王変異率、現在十五パーセント
辺境の街アイゼンガルドが、俺のデバッグによって「ちょっと見た目が怖いだけの観光地」に変貌してから数時間が経過した。
深夜。王宮の自室。
俺は寝台に横たわることもせず、ただ一点を見つめて椅子に座り続けていた。
(……おかしい。疲れているはずなのに、全く眠気が来ない)
どれだけ脳を酷使しても、どれだけ肉体が悲鳴を上げても、意識だけは冷徹なほどに冴え渡っている。
俺はまぶたの裏で、自身のステータス画面を呼び出した。
【システム通知:魔王変異率、十五パーセントに到達】
【項目:睡眠機能の削除】
【状態:二十四時間のフル稼働が可能になりました。おめでとうございます、プレイヤー!】
(……おめでとうじゃねえよ! これじゃただの超絶ブラック企業の社畜じゃねえか!)
画像プロットにあった通り、俺の変異率は十五パーセントの節目を迎えていた。
味覚に続き、今度は睡眠という「人間としての休息」までもがシステムによってバグとして処理され、削除されたのだ。
俺は鏡に映る自分の顔を覗き込む。
右目の奥には、かつてなかった不気味な赤い燐光が宿り始めている。
さらに、右肩のあたりからは、皮膚を内側から押し上げるような異物感があった。
(十五パーセントで睡眠喪失。……二十パーセントになったら、今度は呼吸でも止められるのか? 勘弁してくれよ、俺はまだ人間でいたいんだ……少なくとも、彼女に斬られるその瞬間まではな)
俺は血の混じったため息を吐き、右手の麻痺を誤魔化すように拳を握りしめた。
身体が着実に「魔王」へと作り変えられていく恐怖。
だが、それを逆手に取るのがデバッガーだ。
(寝なくていいなら、その分、作業時間が増えるってことだ。……ポジティブに行こうぜ、俺。二十四時間体制でエリザベートをストーキング……いや、守護してやれるんだからな!)
俺は狂ったように独り言を漏らし、左手で空中に仮想キーボードを展開した。
アイゼンガルドの街に潜伏したエリザベートたちは、現在、俺が浄化した井戸の近くで休息をとっている。
しかし、今の彼女たちの装備はボロボロだ。
ミリアが次に放つであろう「本気の絶望」に耐えるには、どうしても新しいアイテムが必要になる。
(今の俺が直接何かを贈れば、ミリアに即座にバレる。……だったら、街の『ゴミ捨て場』のデータを書き換えて、そこに支援物資をポップさせるしかない)
眠る必要のない深夜の特権を使い、俺は膨大な街のオブジェクト・リストをスクロールしていく。
一つ書き換えるごとに、脳を直接ナイフで削られるような痛みが走るが、俺の唇は自然と歪んだ笑みを作っていた。
(いいぞ、この痛み。……俺が人間を辞めていくほど、彼女たちの生存率が上がる。……最高の等価交換じゃないか)
その時、廊下からミリアの気配が近づいてきた。
彼女は俺が眠っていないことを不審に思っているのか、扉の隙間からこちらを伺っている。
「ヴィンセント様……。こんな夜更けまで、何をしていらっしゃるの?」
俺は即座に仮想ウィンドウを閉じ、わざとらしく椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
「……フン、あいつがどう苦しみ抜いて死ぬか、そのプランを練っていたら興奮して眠れなくなってね。……見てくれよミリア、この冴え渡る目を! あいつへの殺意が、俺を最高のコンディションに保ってくれているんだ!」
俺は右目の赤い燐光を隠しもせず、狂気に満ちた表情でミリアを振り返った。
ミリアはその俺の姿を見て、ゾクゾクとした喜びを隠しきれない様子で頬を染めた。
「まあ……。寝食を忘れてあの方への憎しみを募らせるなんて。……ああ、素晴らしいわ、ヴィンセント様。貴方は本当に、私が見込んだ通りの魔王ですわ」
(チョロい。……本当にチョロいぜ、バグ聖女様。……お前が俺の狂気を喜んでいる隙に、俺はエリザベートへの『最高の手土産』を靴下に詰め込んでやるよ)
俺はミリアの細い肩を抱き寄せながら、心の中で次のデバッグ手順を組み立てた。
十五パーセントの変異。
それは、俺が「人間」という弱さを捨て、より確実に、より残酷に、彼女を救うための「装置」へと近づいた証でもあった。
【デバッグアイ:経験値を獲得】
【レベルアップまで残り:一千六百】
【魔王変異率:十五パーセント(加速中)】
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次回お楽しみに。




