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【1部完結】婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―  作者: ぱすた屋さん


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33/40

第33回:ようやく辺境の街。でもここも魔窟でした



 王都の魔力を吸い尽くし、どす黒く変貌した聖女ミリアの私室。

 俺はそこで、もはや恒例となった死のティータイムに付き合わされていた。


 右半身が鉛のように重い。

 視界の右半分には、砂嵐のようなノイズが絶えず走り、システムメッセージが非情な数値を叩き出している。


 魔王変異率、現在十五パーセント。


 画像で確認したプロット通り、俺の身体は着実に人間を辞め始めていた。

 味覚はとうに失われ、最高級の茶も熱い泥水のようにしか感じられない。

 だが、俺は震える左手で優雅にカップを口に運び、目の前の化け物に冷酷な笑みを向けた。


「……ククッ。ミリア、君の顔はいつ見ても愉快だ。……あの女がようやく辺境の街へ辿り着いたというのに、そんなに不機嫌な顔をするなよ」


「ヴィンセント様、笑い事ではありませんわ。……あの方は、私の放った刺客も、魔物も、毒薬さえも潜り抜けて生き残っているのです。……まるでおぞましい生命力の塊ですわ」


 ミリアの背後から伸びる影の触手が、床を苛立たしく叩く。

 彼女は手元の水晶球を俺の方へ向けた。

 そこに映し出されているのは、エリザベートとレティシアがようやく辿り着いた北方の辺境都市、アイゼンガルドだ。


 かつては鉄鋼業で栄えたその街は、今やミリアの魔力によって汚染され、住人の半分が異形へと成り果てた魔窟と化していた。


「あそこはもう、私の庭ですわ。……街の井戸水には呪いを混ぜ、パン屋の釜には亡霊を住まわせました。……あの方が一歩でも街に入れば、そこにある全ての『生活』が牙を剥いて襲いかかるはずです」


 ミリアが邪悪な笑みを浮かべる。

 画像にある通り、辺境の街は彼女によって用意された巨大な罠、まさに魔窟だった。


(……やらせるかよ。井戸水に呪い? パン屋に亡霊? ……あいにくだが、俺はその街の全データを昨晩のうちにデバッグ済みだ!)


 俺は心の中で毒づきながら、まぶたの裏でデバッグアイを走らせる。

 確かに街は地獄のような見た目だ。

 だが、エリザベートたちが門を潜った瞬間、俺が仕込んだ隠しパッチが発動するようにセットしてある。


 画面の中。

 エリザベートが恐る恐る街の井戸へ近づき、喉を潤そうと桶を汲み上げた。

 本来なら、その水に触れた瞬間に肉が腐り落ちるはずの呪毒。


【デバッグアイ:環境属性置換実行】

【項目:呪いの井戸水、データ書き換え】

【変更後:超高純度バナジウム天然水(弱アルカリ性・美肌効果付き)】


 一口飲んだエリザベートが、驚いたように目を見開く。


「……冷たくて、美味しい。……なんだか、肌の調子まで良くなった気がするわ」


「本当だわ、お姉様! この街、見た目はちょっと怖いけど、お水は王都よりずっと綺麗ね!」


 レティシアがキャッキャと喜び、井戸水で顔を洗っている。

 その様子を水晶球で見ていたミリアは、椅子から立ち上がって絶叫した。


「なぜ!? なぜ死なないのです!? あの水は、触れるだけで魂が汚れる最高級の呪毒だったはずですわよ!」


「……ハ、ハハハハハ!! 流石はエリザベートだ!」


 俺は血の混じった笑い声を上げ、ソファに背中を預けた。

 胃の奥から込み上げる熱い塊を、紅茶と一緒に強引に飲み干す。


「……あいつは、あまりにも不浄な存在だから、毒さえもあいつの体に馴染まないのさ! 毒を毒とも思わない、まさに呪われた女だよ! ……ミリア、君の呪いが弱かったんじゃないか?」


「……っ、そんなはずはありませんわ! ……いいえ、まだです。……パン屋の釜には、触れたものを焼き尽くす獄炎の亡霊を――」


 画面の中で、エリザベートが空腹に耐えかねて、放置されたパン屋の釜を開けた。

 そこから飛び出したのは、赤黒い炎を纏った亡霊……のはずだった。


【デバッグアイ:AI認識バグ適用】

【項目:獄炎の亡霊、行動ロジック変更】

【内容:自分を『親切な全自動ベーカリー』だと思い込み、最高級のクロワッサンを焼くことに全魔力を注ぐ】


「……あら? この幽霊、なんだか美味しそうな匂いのするパンを差し出してくるわ。……食べていいのかしら?」


「お姉様、これとってもふわふわよ! 外はカリカリ、中はモチモチ! ……この街の人たち、実はとっても親切なんじゃないかしら?」


 エリザベートとレティシアが、亡霊から焼きたてのパンを受け取り、幸せそうに頬張っている。

 亡霊は嬉しそうに「パチパチ」と火花を散らし、おかわりを焼き始めていた。


 ミリアは、あまりの理解不能な状況に、持っていた扇子をへし折った。


「……あり得ません。……あり得ませんわ、こんなこと!! 私の魔窟が、私の地獄が、ただの観光地のような扱いを受けるなんて……!」


「……ククッ、面白い……実に面白いぞミリア! ……絶望を届けたつもりが、最高のおもてなしになってしまったな! ……あいつら、あまりの運の良さに、自分たちが魔窟にいることさえ忘れているぞ!」


 俺は狂ったように笑い続けた。

 実際には、街全体のオブジェクトを同時にハックした負荷で、心臓が今にも止まりそうな衝撃に襲われている。

 視界のノイズが、右目から左目へと侵食を始めようとしていた。


 魔王変異率、現在十五パーセント。

 俺の身体が、少しずつ人間を辞めていく。

 

 味覚が消え、痛覚が麻痺し始め、俺の心臓はもはや生物のそれとは違う、不規則なリズムを刻んでいる。

 それでも、水晶球の中でエリザベートが少しだけ笑ったのを見て、俺の凍りついた心が僅かに跳ねた。


(……今は、食べて、飲んで、休め。……そこは魔窟だが、俺がいる限り、世界で一番安全な隠れ家だ)


 俺は、血に濡れた手で次のパッチを構築しながら、ミリアの怒号を子守歌のように聴いていた。


【デバッグアイの経験値を獲得】

【レベルアップまで残り:一千七百】

【魔王変異率:十五パーセント】


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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