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婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―  作者: ぱすた屋さん


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第22回:妹様、お姉様に「俺がクズだ」と伝えてください




 聖女ミリアの疑念を「狂気的な愛」という名のデバッグで強引に上書きしてから、数日が過ぎた。


 俺の肉体はもはや、立っているのが不思議なレベルでボロボロだ。

 内臓は焼けるように熱く、時折、視界が砂嵐のようにノイズで埋め尽くされる。


(……だが、止まるわけにはいかない。今の俺には、王都と北の地を繋ぐ『物理的な連絡役』がどうしても必要だ)


 システムによる遠隔操作には限界がある。

 ミリアの監視の網を潜り抜け、複雑な情報をエリザベートに届けるには、誰かの「手」を借りるしかないのだ。


 俺の脳裏に、泣きはらした顔で俺を睨んでいた、幼い妹の姿が浮かぶ。


(……あの子を使うしかない。俺を本気で憎んでいる、俺のたった一人の可愛い妹をな)


 俺は王宮の、手入れの行き届いた美しい庭園へと向かった。

 そこには、一輪の萎れた花のように、ベンチで項垂れるレティシアがいた。


 かつて、俺たちはこの場所でエリザベートも交えて、お茶を楽しんでいた。

 あの頃の俺は、デバッガーなんてクソな役職じゃなく、ただの兄でいられた。


「……何の用ですか、お兄様。また私をいじめて、あの聖女様に媚を売るつもり?」


 俺の足音を聞いた瞬間、レティシアが顔を上げた。

 その瞳に宿っているのは、逃れようのない憎しみと、縋るような悲しみが混ざり合った、歪な色彩。


「相変わらず可愛げのない口だ、レティシア。……実は、お前に『仕事』を言い渡しに来たんだよ」


 俺は冷酷な笑みを浮かべ、彼女の目の前に一通の封書を叩きつけた。

 

 視界の端でデバッグアイを走らせる。

 ――王宮のバルコニー。

 そこには、扇子で口元を隠しながら、こちらをじっと見つめるミリアの姿があった。


(……見てるな、バケモノ。俺が今から、この国で唯一残った身内さえも、無慈悲に踏みにじる姿を……特等席で眺めていろ)


「北の国境近くに、我が王家の古い離宮がある。……そこへ行き、管理状況を視察してこい。……追放されたエリザベートが、万が一にもそこを拠点にしないようにな」


「……っ! 私を王都から追い出すつもり!? あのお姉様と同じように、私を捨てるのね!」


 レティシアが立ち上がり、俺の胸元を叩こうとする。

 俺はその細い腕を、わざと乱暴に、痛みを感じさせるほど強く掴み上げた。


「追い出す? 違うな。……『厄介払い』だ。お前のその卑屈な顔を見ていると、ミリアとの愛の時間が汚される気がしてね。……さっさと行け、この役立たずのガキが」


「痛い……! 離して! お兄様なんて、お兄様なんて……!」


 レティシアの瞳から、大粒の涙が溢れる。

 その涙が俺の手にかかる。


(ごめんな、レティシア。もう少しの辛抱だ。……今、お前の手に握らせたその封書には、ミリアの目には決して映らない、最高に複雑な『暗号化バグ』を仕込んである)


 俺は彼女を突き放すフリをして、自分の方へと力一杯引き寄せた。

 

 今だ。

 俺は零コンマ零五秒のシステム・ディレイを全開にする。

 

 ミリアの視覚情報が、システムによって更新される一瞬の「空白」。

 その永遠にも等しい刹那に、俺はレティシアの耳元で、彼女にしか聞こえない、世界の検閲を潜り抜けた「真実」を囁いた。


「(……離宮の地下に、エリザベートへの支援物資を隠した。俺の私財をすべて換金した最高級の装備だ。それを彼女に届けろ。……そして伝えろ。ヴィンセントは救いようのないクズだ、だから早く強くなって、私を殺しに来い……とな)」


 レティシアが息を呑み、目を見開いて絶句する。

 その小さな身体が、震えを止めた。


 だが、俺はすぐに彼女を地面へと突き飛ばした。

 ミリアに、今の一瞬の「接近」を怪しまれてはならない。

 

 俺はレティシアを見下ろし、わざとらしく不快そうに顔を歪めた。


「……分かったら返事をしろ。それとも、今すぐその口を縫い合わせて、修道院へ叩き込んでやろうか?」


「……っ、分かりましたわ! ……行けばいいんでしょう、行けば! ……お兄様なんて、お兄様なんて死んじゃえばいいんだわ!」


 レティシアは封書を抱え、泣きながら走り去っていった。

 その背中に、俺は冷たい言葉を浴びせ続ける。

 

 周囲の侍女や騎士たちが、俺のあまりの冷酷さに怯え、顔を伏せている。

 バルコニーのミリアは、満足げに喉を鳴らしていた。


【判定:レティシアの追放を『精神的虐待』として受理】

【聖女ミリアの支配欲:92%充足。不審点なし】


(よし。……これでレティシアは合法的に王都を出られる。……彼女がエリザベートと合流すれば、俺の隠し財産という名の『最強のバフ(支援)』がようやく彼女に届く)


 俺は誰もいなくなった庭園で、鼻から垂れてきた血を、エリザベートの刺繍ハンカチでそっと拭った。

 

 胃の痛みは、もはや内側から刃物で掻き回されているような激痛だ。

 けれど、妹に託した希望の種が、北の大地で芽吹くのを信じて。


「……クズ王子の汚名か。……今の俺には、最高の宝石だな」


 俺は、一人静かに自嘲の笑みを浮かべ、再び地獄の王宮へと足を進めた。


【デバッグアイの経験値を獲得】

【レベルアップまで残り:百五十】


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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