第19回:レベルアップおめでとう。俺の胃に穴が空きました
俺の胃は、昨晩から断続的に焼けるような痛みを訴え続けていた。
理由は明白だ。聖女ミリアという名のバケモノの相手を二十四時間態勢でこなしつつ、北の地にいるエリザベートの安全を確保するために、過剰なまでのデバッグ作業を繰り返しているからだ。
(……痛い。マジで胃に穴が空きそうだ。いや、この世界のステータス異常に『ストレスによる胃潰瘍』なんて項目があるかは知らないが、俺のメンタルはもう限界突破してボロボロだよ)
俺は王宮の豪華な私室で、ミリアに膝枕をされながら、内側では死に物狂いでデバッグアイの調整を行っていた。
ミリアは俺の髪を愛おしそうに撫で回している。その指先が俺の頭皮に触れるたび、ゾワゾワとした嫌悪感が背筋を走るが、俺の顔は蕩けるような多幸感に浸ったクズ王子の表情を完璧に維持している。
「ねえ、ヴィンセント様。あの方が、あの錆びたゴミを大切そうに抱えて廃坑に引きこもっているなんて……。ふふ、本当に滑稽ですわね。ねえ、そろそろ『トドメ』を刺してあげてもよろしいかしら?」
ミリアの赤い瞳が、嗜虐的な光を帯びて俺を覗き込む。
彼女は、エリザベートが錆びた剣を拾ったことを「絶望の始まり」だと解釈しているが、その実、あのアホな弟カイルたちを使って、本気で彼女を排除しようと画策し始めていた。
(……マズい。ミリアが直接手を下す気になったら、今の俺の権限じゃ防ぎきれない。なら、こっちから『仕掛け』を提案するしかない)
俺はミリアの手を取り、その指先に恭しく口づけをした。
「……ミリア、君はどこまで慈悲深いんだ。あんな女、放っておいても寒さで野垂れ死ぬだろうが……。君がそこまで望むなら、俺が最高の『処刑人』を送り届けてあげよう。……ただし、ただ殺すだけじゃ面白くない。あいつが手に入れた『偽りの希望』を、目の前で粉々に打ち砕いてから、絶望の中で死んでもらうんだ」
「まあ……! ヴィンセント様、本当に素敵なアイデアですわ。……で、誰を遣わせるおつもり?」
「王立魔導研究所に封印されていた、自律型のゴーレムだよ。……あいつは錆に反応して攻撃力を増す特性がある。……あの錆びた剣を握っているエリザベートにとっては、天敵と言ってもいい存在だ」
ミリアは「素晴らしいわ!」とはしゃぎ、俺の首に抱きついてきた。
(……よし。交渉成立だ。……実際には、そのゴーレムの内部プログラムをこれから書き換える。……錆に反応して強くなるんじゃない。錆びた剣を感知した瞬間、全防御力がゼロになり、莫大な経験値を吐き出して自爆するようにな!)
俺はミリアが眠りに落ちるのを待ち、深夜、一人でデバッグアイを全開にした。
視界が青い幾何学模様に埋め尽くされる。
【対象:自律型防衛兵器・アポストル】
【状態:起動準備中】
【デバッグ権限行使:特殊フラグの設定変更】
【フラグ:『錆びた鉄』による接触を検知した際、HPを1に固定、防御力を-9999に変更】
【追加報酬:撃破時の獲得経験値を通常時の10倍にバグ修正(オーバーフロー寸前まで)】
カタカタと、脳内でキーボードを叩くような激しい衝撃が走る。
俺のMPが滝のように削り取られ、心臓が痛いほどに脈打つ。
鼻から垂れる血を拭う暇もない。俺は必死に、エリザベートがこの試練を乗り越えられるように、世界の数値を歪め続けた。
(……行け、アポストル。……お前は処刑人じゃない。……エリザベートを勇者へと引き上げるための、最高級の『経験値袋』だ!)
翌日、エリザベートが潜伏する廃坑に、巨大な鋼鉄のゴーレムが姿を現した。
俺はミリアと共に、遠視の水晶球越しにその光景を眺めていた。
エリザベートは、腰に差した錆びた剣――バルムンクを引き抜き、絶望的な体格差のあるゴーレムを真っ向から見据えた。
『……退きなさい。私は、まだこんなところで終わるわけにはいかないの……!』
彼女が叫び、錆びた剣を振り抜く。
ミリアは「あら、あんな鉄屑で何をするつもりかしら」と嘲笑ったが、その直後、奇跡が起きた。
錆びた剣がゴーレムの装甲に触れた瞬間、まばゆい光が溢れ出し、巨大な鋼鉄の体躯がまるでガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。
「……なっ!? 何が起きたのです!? あんな、あんなゴミで、どうして!?」
ミリアが驚愕の声を上げ、椅子から立ち上がる。
水晶球の中では、砕け散ったゴーレムから溢れ出した魔力が、すべてエリザベートの身体へと吸収されていた。
【対象:エリザベート】
【獲得経験値:MAX(ボーナス適用済み)】
【レベルアップ:Lv.13→Lv.25】
【称号:ゴーレムキラー、不屈の守護者 獲得】
(よっしゃあああああ! レベルアップおめでとう、エリザベート! これで中盤までの雑魚敵なら一撃で粉砕できるスペックを手に入れたぞ!)
俺は心の中で快哉を叫んだ。
だが、その代償はすぐにやってきた。
世界そのものを歪めるほどの『不自然な勝利』を強引に確定させた揺り戻し。
システムからの凄まじい反動が、俺の身体を襲った。
「――っ、ガ、ハ……ッ」
俺は突然、激しい吐血と共にその場に崩れ落ちた。
胃を内側から刃物で切り裂かれるような激痛。
視界が真っ赤に染まり、意識が遠のいていく。
「ヴィンセント様!? どうしたのです、急に!」
「……ああ……。何でも、ない……。……ただ、あの女が……あんなゴミで、俺の用意した兵器を壊したことが……腹立たしくて、……血が昇っただけだ……」
俺は口元を拭い、血に濡れた顔で醜悪に笑ってみせた。
実際には、胃壁に本気で穴が空きかけている。システムの強制修正による肉体へのダメージだ。
「……ふふ、あいつめ。……余計に、いたぶりがいがある……。……楽しみだなぁ、ミリア……。あいつの首を、どうやって跳ねてやろうか……」
俺の演技に、ミリアは再び陶酔したような笑みを浮かべた。
「まあ……ヴィンセント様ったら、そんなに興奮なさって。ふふ、貴方のそういう苛烈なところ、本当に大好きですわ」
彼女は俺を抱きしめ、吐血した血さえも愛おしそうに指で拭った。
俺はその冷たい感触に耐えながら、デバッグ画面の隅を確認した。
【対象:エリザベート】
【状態:全ステータス大幅上昇、バルムンクとの同調率上昇】
【思考:……力が、湧いてくる。……ヴィンセント様。貴方は私に、この剣を使って『死ね』と言いたいの? それとも……】
(……勘が良すぎるのも困りものだな。……でも、それでいい。強くなれ、エリザベート。……俺がこの胃痛で死ぬ前に、早く俺を殺しに来てくれよ)
俺は薄れゆく意識の中で、自分自身の体力の限界を感じていた。
デバッグの対価は、日に日に重くなっていく。
けれど、画面の中でバルムンクを握りしめ、かつての気高さを取り戻した彼女の姿を見ているだけで、この胃痛さえも心地よい勲章のように思えた。
【デバッグアイの経験値を獲得】
【レベルアップまで残り:三百】
【現在のプレイヤー状態:重度の内臓損傷、精神汚染深度上昇】
「……ハ。……まだまだ、死ねるかよ」
俺は誰もいない心の闇で、一人、中指を立てて笑った。
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次回お楽しみに。




