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婚約破棄された公爵令嬢は、偽りの魔王を討ち果たす ―クズ王子に転生した俺、世界を騙して君を救う―  作者: ぱすた屋さん


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第15回:システムをハックして、こっそり資金調達



 エリザベートに軍用ブーツという名の「至宝」を送り届けてから数日。王宮内での俺の評価は、順調かつ絶望的なまでに右肩下がりを続けていた。

 婚約者を追放しただけでなく、わざわざ兵士の汚物を送りつけて嘲笑う血も涙もない王子。それが今の俺、ヴィンセントに貼られたレッテルだ。おかげで廊下ですれ違う文官たちの目は、恐怖を通り越して、道端の排泄物でも見るような冷たい色彩に進化している。


(……いいぞ、その目だ。もっと蔑め。もっと軽蔑してくれ。お前たちが俺をクズだと思えば思うほど、聖女様の監視の目は緩くなり、俺のデバッグ活動は捗るんだからな。……でも、やっぱり可愛いメイドさんにゴミを見るような目で見られるのは、精神的にくるものがあるな。後で隠し持っているエリザベートの刺繍ハンカチを吸って正気を保とう)


 俺は執務室の椅子に深く沈み込み、目の前に並んだ財務関係の書類を眺めていた。もちろん、普通の人間――いや、この世界の住人たちには、これはただの数字が並んだ退屈な羊皮紙にしか見えないだろう。だが、俺の視界には、俺だけにしか見えない青い透過ウィンドウが重なっている。誰にも見えず、誰にも触れられない。俺だけの特権、デバッグアイだ。


 デバッグアイ、財務ハックモード起動。項目、王室予備費、聖女ミリア寄付金、軍事維持費。

 網膜を走る無機質な文字列。俺が今直面している最大の問題は、金だ。エリザベートは北の地で生き延びているが、ただ生きるだけでは足りない。彼女がいつかこの国を奪還するために立ち上がるなら、武器が必要だ。仲間が必要だ。そして何より、活動資金が必要になる。だが、追放された公爵令嬢に王家から直接送金するなど、システムの検閲が黙っちゃいない。


(……普通に送れば一秒で『反逆』と見なされて脳を焼かれる。なら、この国の『腐敗』を利用してやる。このゲーム、設定上、財務局の役人どもは聖女に魅了される前から相当私腹を肥やしてやがったからな)


 俺はデバッグアイで、財務局が隠し持っていた裏帳簿のデータをスキャンした。あるわあるわ。架空の道路工事、水増しされた兵糧費、幽霊団員の給与。魅了されて思考が停止した役人たちは、ミリアに貢ぐための金を捻出するために、さらに露骨な横領を繰り返している。


「おい、財務卿。ここにある『聖女様のための祈祷塔建設費用』だが、予算が少なすぎるんじゃないか? これではミリアにふさわしい最高級の石材が使えんだろう」


 俺は部屋に呼びつけていた太った財務卿を、冷酷な目で睨みつけた。財務卿はミリアの支配スロットには入っていないが、彼女の広域魅了の影響で、もはや彼女の喜ぶことしか考えられない廃人と化している。


「はっ……ヴィンセント殿下! し、しかし、これ以上の予算捻出は……」


「黙れ。足りないならどこかから削ればいいだろう。……そうだ、この『辺境守備隊の冬期特別手当』なんてものは不要だ。あんな寒村で震えているだけの兵士に金をやる必要はない。これを全額削り、建築費に回せ。……あ、それから、建築資材の仕入れ先は、俺が指定する商会に変更しておけ。あそこなら『中抜き』がしやすくて便利だからな」


 俺の言葉に、財務卿は「おお、流石は殿下。素晴らしい悪知恵ですな!」と気味の悪い笑みを浮かべて頷いた。


(……よし、釣れた。これで『公式』に、辺境への予算をカットし、俺の息のかかった商会へ大金を流すルートが確定した。もちろん、その商会は俺がデバッグスキルで身元を偽装させた、エリザベートに協力的な旧アルトワ家派の商人たちが運営している。表面上は俺が金を横領しているように見えるが、その実はエリザベートの軍資金へのロンダリングだ)


 俺はペンを走らせ、承認印を叩きつけた。その瞬間、視界に警告が出る。警告、メインキャラクターによる大規模な公金横領を検出。判定、ヴィンセントの『傲慢・強欲』の性格に合致するため、ペナルティは発生しません。


(……ハハッ。性格に合致、か。システムにまで『こいつならやりかねないクズだ』と認められるのは、正直複雑な気分だな。……まあいい。これで一億ゴールド相当の資金が、数ヶ月かけてエリザベートの元へ流れる。彼女なら、これで傭兵の一団くらいは雇えるはずだ)


 一仕事を終え、俺がふぅと息をついたその時。扉が開き、あの不快極まる甘い香りが部屋に充満した。


「ヴィンセント様、お忙しそうですわね。……ふふ、また何か『悪いこと』を考えていらっしゃるのかしら?」


 ミリアが、音もなく俺の背後に忍び寄っていた。彼女の細い指が俺の肩に触れ、首筋の触手が満足げに拍動する。俺はデバッグアイの画面を思考一つで消去した。これは俺にしか見えない。彼女がどれだけ俺の瞳を覗き込もうと、そこに映るのは彼女への歪んだ情熱だけだ。


「ああ、ミリア。君のために最高の塔を建てようと思ってね。……そのためなら、末端の兵士が何人凍え死のうが知ったことじゃない。君の美しさを飾るための石材、最高級のものを手配しておいたよ」


「まあ、嬉しい! ヴィンセント様、本当に私を愛してくださっているのね。……あのお金、本当は私が使うつもりだったけれど、貴方のその『独占欲』がこもった石材なら、喜んで受け取りますわ」


 ミリアが俺の頬に口づけをする。彼女の影が、喜びで床の上をドロドロとのたうち回るのが見える。彼女にとっては、俺が民を苦しめて自分に捧げ物をするという構図そのものが、極上の蜜なのだ。


(食え、好きなだけ食え。……お前に捧げたはずのその塔は、いつかエリザベートが王都を攻め落とす際の、絶好の標的になるように設計図を書き換えておいてやるからな)


 俺はミリアを抱き寄せながら、心の中で財務局のサーバー……いや、この世界の帳簿データをさらに奥深くまで検索した。金の流れをハックするのは、物理的な攻撃力を弄るよりもMPの消費が少ない。書類の不手際や事務的なミスは、この世界において最も発生しやすいバグだからだ。


「そうだ、ミリア。……建築の進捗を確認するために、時々現場の報告書が届く。……中身は退屈な数字ばかりだろうが、たまにはエリザベートの現在の惨めな様子も紛れ込んでいるかもしれない。……君も一緒に楽しんでくれるかい?」


「ええ、もちろんですわ! あの方が飢えて、泥を舐めるような報告……楽しみに待っていますわね」


 ミリアは上機嫌で部屋を出ていった。一人になった俺は、デスクに突っ伏した。鼻から少しだけ、赤い液体が垂れた。


(……ハ。資金調達、成功。……でも、俺の『善意』が、すべて『悪意』として出力されるのは……。……やっぱり、ちょっとだけ、しんどいな)


 俺は袖で鼻血を拭い、デバッグアイでエリザベートの現在地を映した。彼女は今、俺が送り届けた軍用ブーツでしっかりと雪を踏みしめ、廃村の中に拠点を築き始めていた。彼女の瞳には、まだ絶望が残っている。けれど、その奥に「生き残る」という決意の炎が灯っているのを、俺は見逃さなかった。


 対象、エリザベート。所持金、ゼロから、商会経由の支援金着金待機中へ。思考、……この世界には、まだ私の味方がいるの? ……いいえ、そんなはずはないわ。……信じてはダメ。……でも、この温かさは……。


(信じなくていい、エリザベート。……俺を、死ぬほど憎み続けてくれ。……その憎しみが、お前を強くするなら。……俺は、いくらでも金を盗んで、お前に投げつけてやるよ)


 俺は、誰も見ていないところで、不器用に笑ってみせた。


 デバッグアイの経験値を獲得。レベルアップまで残り五百。


 レベルが上がれば、もっと大きなミスを仕込める。次は、王都の食糧庫あたりをデバッグして、彼女の拠点に誤送させてやろうか。クズ王子の孤独な財務ハックは、まだ始まったばかりだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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