7 〜 姫守 〜
櫻美組の黒塗り高級車に揺られて辿り着いた学園はいつもと少し様子が違っていた。
「結界か……」
深夜でも誰かがいる学園から人の気配が消えていた。
分かりやすいほどの人払い。
幸か不幸か、肝心のアリシアはまだここに止まってくれているらしい。
ただし、そこには当然、彼女らもいるということ。
「おいおい、何だこれは?」
「何か気持ち悪いわね……」
紅人と鞍刃にもわかるレベルの明らかな違和感。
「もうなりふり構う必要もないってことか……」
邪魔する者は当然排除されるだろう。
「これだけ分かりやすいと、普通は誰も中に入ろうとは思わねぇわな」
敷地内には無数のガーゴイルが徘徊していた。
「入ったら襲ってくるってところか」
「だろうな……」
ガーゴイルはそれなりにメジャーな魔法生物だ。
ゴーレムに近い存在ではあるが、ゴーレムよりも高水準の命令を遂行できる知性があり、高い防御力を兼ね備えている。人手の足りない城塞などでは防御機構の一つとして組み込まれることもあるレベルだ。
「お前らはここまでで良いぞ」
ここまで送ってくれただけで十分だ。
「まぁまぁ、そんなこと言うもんじゃないわよ。ほら、言うじゃない猫の手も借りたいって」
「いや、それは忙しい時に忙しいヤツが使う言葉だ」
「諦めろ、奏。こういうカチコミはお嬢の大好物だ」
やる気十分の鞍刃と言葉とは裏腹に満更でもない紅人。
「お前らなぁ……」
「まぁ、良いじゃない。何があんのか知らないけど、ちょっとくらいは手伝わせないさいよ」
「そういうことだ」
「まったく……」
お節介な幼馴染を持つと困ったモノだ。
「露払いだけで良いからな。ケガするなよ?」
「オッケー」
「了解だ」
「じゃあ、ここは任せる――」
そこまで言うのであれば、頼れるモノは頼らせてもらうとする。
一直線で、校内に入る。
「姉さん、使わせて貰うぜ」
短刀を、抜く。
ソレは学園に来る前、山の麓にある彩葉の家に寄った時に授けられた一振り。
「はい、お師匠様から伺ってます。これですね――」
鍛治打家は代々、忍霧家の武器を鍛造してきた家である。
彩葉はその正当な後継者であり、その武器を授けられるのは忍霧流の武人として一人前と認められた証である。
奏についてはかなり前より、その資格はあったのだが、彼の武人としての腕に対して、彩葉と他でもない音が妥協を許さなかった結果、未だにその一振りが与えられていなかった。
その一振りがこれだった。
「まだ完全に納得できた一振りではありませんが、お師匠様からも合格は頂いていますし、今の私が打てるモノとしては最高の業物に仕上がりました。どうぞ、持っていってください――」
抜いた時の感触、重さ、グリップのフィット感。
全てにおいて、これまで握ったどの短刀よりも、遥かに馴染むクオリティ。
これを業物と呼ばずに何と呼ぶのか。
「その子にはまだ名前がありませんから、ちゃんと奏くんが付けてあげてくださいね――」
その銘は――
「行くぞ、姫守――」
奏の足捌きに応じて、姫守が閃く。
まるでバターでも切り裂くように、その刃はガーゴイルを切断した。
高い防御力を誇るガーゴイルを切ってなお、刃こぼれは一切なく、どころか、奏自身の動きも阻害しない切れ味。
「これは――」
決戦にあたり、もっとも懸念していた点が解決された瞬間だった。
「ありがとう、姉さん」
戦うにあたり信頼のおける武器。
この一振りは間違いなくソレに該当する業物だった。
「やっば、何あれ……」
「良い武器だな」
道を遮るガーゴイルをさっくりと切り捨て、奏は校舎の入り口に到着する。
「二人とも、ここは任せても大丈夫か?」
正直、この先のことを考えると、ガーゴイルの群れに追撃されるのは面倒だ。
「「任せろ!」」
気合いの入った二人の返事に奏は思わず笑ってしまう。
そんな彼が走り去って行くのを背中で感じながら、鞍刃と紅人は武器を構える。
「全力で行くわよ、紅人」
「もちろんです、お嬢」
ガーゴイルの大群を相手に、たった二人の大立ち回りが始まる。
アリシアがどこにいるのかは分かっていなかった。
とはいえ、ひとまず目的地としていつもの美術準備室を目指す。
校舎内にもガーゴイルやゴーレムの類は徘徊していたが、入り口ほどではなかった。この程度なら移動速度を落とすことなく、進むことができる。
それでも、何となく予感はあった。
道中、校舎と校舎を繋ぐ廊下の踊り場。
「来たか……」
「狼炎・ヴォルフガング――」
たった数時間前の敗北が、奏の脳裏に蘇る。
思い出すと少しばかり傷跡が疼くような気がした。
「せっかく拾った命だろう。今、ここで引き返せば、見逃してやるぞ?」
「あー、いらんいらん。そういうのは」
姫守を構えて、軽く腰を落とす。
「確かにオレはあの時、命を拾ったし、アリシアに助けて貰った。でも、だからといって、逃げ出す理由にはならないんだ――」
こんな感覚は自分でも初めてだった。
ドッ、ドッ、ドッっと心臓が少しばかり早くリズムを刻んでいるのを感じる。
緊張しているのではない。
これは高揚だ。
「惚れた女の一人くらい助けられねぇなんて、武人として生きる意味がねぇ」
「魔術も使えない無能が武人を名乗るのか?」
「じゃあ、オレに今から負けるお前は無能以下だな」
「今度は、確実に殺すぞ?」
「やってみな――」
一歩を踏み出したのは同時。
ガギャ――――ッ!
踊り場一帯に、短刀と戦斧の撃ち合う音が響き渡った。
衝撃で周囲のコンクリートが軋む音が耳に届くが、そんなことは気にならない。
懸念していたのは課題だった武器の強度。
敢えて正面から撃ち合ってみたが、問題は皆無。
これが確認できたのはかなり大きい。
おかげで全力で戦える。
確かに、力は狼炎の方が上だろう。
しかし、それだけで戦況が左右されるほどではない。
「来い、焔!」
炎が舞い、瞬時に戦斧に絡み付く。
熱せられた戦斧の刃は、時間が経てば経つほどに切れ味が増していく。
それでも、奏の姫守は変わらぬ切れ味を伝えてくる。
彩葉が打ち、音が合格を出したという一振りは伊達ではない。
このレベルまで問題ないのであれば憂はない。
あとは勝つだけだ。
戦場は踊り場から、隣の校舎へと移動する。
狼炎の炎舞は校舎の壁や柱を容赦なく破壊し、瓦礫や破片を奏に向かって弾き飛ばしてくる。
とはいえ、それは些細なモノ。
特に気にするほどでもない。
今の奏には周囲に目を走らせるまでの余裕すらあった。
何が変わったのか、奏にも明確に示せるモノはない。
それでも、確かに数刻前の自分とは違うと断言できる。
今までと違うモノが見えている。
そんな自覚があった。
狼炎が戦斧を横薙ぎに振るう。
対して奏は姫守を斜めに構えて受ける。
それは完全に受けるためではなく、滑らせるため。
戦斧の勢いを利用して、奏はその上を転がった。
それはただ回避行動を取っただけにはならず、彼の特異体質を活かした一手。
オールダッド。
あらゆる魔術を無効化させるという、この時代に見放され、忌み嫌われた特異体質。
そんな彼の体が触れれば、どうなるのか。
その結果は他でもない奏自身が一番良く知っている。
「お得意の炎はどうした、狼炎?」
「ちっ――」
先ほどまで戦斧が纏っていた炎が霧散していた。
どころか、重ね掛けされていた強度増加や攻撃力上昇などのバフまで、全ての付与魔術が消し飛んでいた。
「終わりだ、狼炎!」
狼炎が魔術を行使するよりも先に、奏は一歩を踏む。
忍霧流歩武術――流川舞。
踏み出したリズムは他の誰のモノでもない、奏のリズム。
振り翳された戦斧へ向けて、姫守を振り抜いた。
勝負は一瞬。
そして、その結果は一目瞭然だった。
「カリは返すぜ――」
月光を弾き、短刀が閃いたその数は計六度。
その内、二閃は巨大な戦斧をあっけなく切断し、残りの斬閃は狼炎が纏う鎧ごと、彼を切り裂いた。
「がぁ――っ!」
勝敗は決した。
奏の完勝である。
狼炎の傷は深く、出血も多いが、今すぐに治療を施せば、命は助かるだろう。
「立つなよ。立ち上がれば戦闘の意思ありと見なす」
そうなれば今度こそ、トドメを刺さざる得ない。
無意味な殺生は好まないが、まだこの先にはジャンヌが控えている。
ヘカトンケイル両名による挟撃という可能性は排除しておかなければならない。
「ぐ、あ――。何故、貴様なんぞに……っ!」
向けられる殺意はまだ消えない。
「そんなこと言ってる内はきっとお前はオレに勝てねぇよ」
今の狼炎にはきっと何度戦っても負けない。
他人を認められず、奏をオールダッドだと蔑むことしかできない彼に勝機はない。
きっと人が強くなるためには、自身に欠けた何かを自覚し、埋める必要があるのだろう。
ソレは簡単なこともあるし、とても難しいこともある。
奏にも数刻前までは足りてなかった。
覚悟が――
命をやり取りするということ。
そして、誰かを守る為に命を賭けるということ――
全てにおいて、奏は足りていなかった。
戦うことに対する覚悟が。
それが正しいかどうかは関係ない。
「ガッ――」
自分の中で確固たるモノであれば良い。
きっとソレは既に彼の中にあるのだろう。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!」
だからまだ立ちはだかる。
「――――ッ!」
忍霧流歩武術――影貫。
その一歩は相対する者を影ごと抜き去る。
一閃――同時に姫守が閃く。
容赦のない、決着の一撃。
鮮血が舞う。
紅く、紅く――
その一撃は深く、狼炎に刻み込まれる。
「狼炎・ヴォルフガング、お前は確かに強かったよ」
倒れゆく戦士の姿を背に、奏は前へ進む。
残すはジャンヌ・アルメリアのみ。




