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6 〜 魔女の証明 〜

「奏――ッ!」

 刹那、まだ美術準備室にあった彼女の姿は階下にあった。

 そこは放置された資料室。

 ヘカトンケイルの戦士の魔術によって大量の資料が燃え、灰となって教室を舞っている。

 息をするのも億劫になるような超高温の部屋でアリシア・エイトテイルは勤めて冷静であるように自らを諭す。

 状況は一目見て分かるほどに絶望的。

 外傷は巨大な戦斧による右腹部への裂傷。

 出血は大量。内臓も零れ落ちている。

 どう見ても致命傷なのは明らかだった。

「奏、しっかりしてください。奏っ!」

 現代であれば、致命傷であっても治癒は可能だ。

 それだけの歴史を医療魔術は積み上げてきている。

 しかし、彼――忍霧 奏にとって、その歴史は意味を成さない。

 彼はダッドトイ、それもオールダッドと呼ばれる魔術の才能に恵まれないどころか、その影響すらも受け付けない存在だ。

 もちろんそれは、回復魔術も例外ではない。

 彼にとって、魔術による医療の発展は全くの無意味。

 致命傷は文字通り、彼にとっての死を意味する。

「ガハッ――」

 口からの吐血量も多い。

 早急な止血が必要だった。

「くっ――」

 意味がないと分かっていても、回復魔術を施す。

 行使された魔術は一瞬、奏の体を覆うが、彼の特異体質によって瞬時に霧散してしまう。

「これではダメですね……」

 だったら、と更に上位の回復魔術を行使する。

 それでも結果は同じ。

 ただ、僅かに霧散するまでの時間が延びただけだった。

「全く、意味が無いというわけではなさそうですが……」

 焦りはある。

 しかし、ここで取り乱すわけにはいかない。

 勤めて冷静に。

 奏を救うことだけに集中する。

 とはいえ、できることはそう多くはない。

 思考を停滞させないようにしながら、自身が行使できる最上位の治癒魔術を繰り返し行使する。

 傷を快癒させることはできないまでも、魔力が霧散するまでの一瞬、出血が止まるのをアリシアは見逃さなかった。

「完全に魔術が無効化されているというわけではないのですね……」

 ほんの僅かな時間ではあるとはいえ、それを無制限に繰り返すことで、延命に繋げる。

 常人が見たら驚くレベルの効率の悪さだろう。

 何よりもそれを実行に移せるだけの魔術師がこの世界にどれほど存在するだろうか。このレベルの魔術を連続で行使できるだけで、間違いなく世界トップレベル。

 それを彼女はもう二十は繰り返している。

 それでも彼女の表情はケロッとしているのだから、その無意味な光景を傍観しているジャンヌは驚嘆しつつ、畏怖すら感じていた。

 魔女という称号は伊達ではない。

「ふふ、面白いわね。本当に……」

「おい、どうするんだ?」

「そうねぇ。どうしようかしらね」

 ジャンヌはおもむろに大鎌を振るう。

 巻き起こるのは鎌鼬。

 向かう先は治癒魔術を繰り返すアリシアの背中。

 しかし、それはあっけなく障壁に阻まれて散ってしまう。

「とはいえ、この有様じゃあねぇ」

「防御障壁か……」

「そう、それもとびっきりの。硬すぎて私たちにはどうしようもないわ」

 それを最上位レベルの治癒魔術を連続で行使しながらの片手間で。

 二人は魔女という存在の力量を無自覚に見せつけられていた。

「おい魔女――」

「…………」

 狼炎が声を掛けても相手にすらしない。

 無視というよりは、奏への治療に全神経を集中しているような状態だった。

「どうせそいつは死ぬ。意味のないことはやめておけ」

 アリシアが魔女と呼ばれる存在であろうとも、奏の特異体質の前ではやっていることは無意味だ。

「お前がやっていることはただ苦痛を長引かせているだけだ。さっさと死なせてやるのがそのゴミのためだ」

 狼炎の言っていることは概ね間違ってはいない。

 どうにか魔術によって延命できているとはいえ、状況は悪化の一途を辿っている。

 出血量は既に常人なら死んでいてもおかしくない。

 傷口ですら即死レベルである。

 まだ意識が残っているだけでも奇跡に近い。

 アリシアのスカートも大量の血を吸ってしまっている。

 残されている時間は幾許もない。

 急ぎ、傷口を塞ぎ、止血しなければならない。

「ねぇ。原初の、どうしてそんなにソレを助けたいの? 別に良いじゃない。今更、目の前で誰が死のうとも、あなたにとっては些末ごとでしょう? あなたが引き起こした大厄災で死んだ人数を思えば、ソレなんて数万分の一。いえ、それどころではないわね。そんな無能、捨て置いてもいいくらいだわ」

「……」

 確かに、ジャンヌの言うことはもっともなのだろう。

 自分のせいで命を落とした人たちの数は数え切れない。

 今更、一人増えたところで、客観的に見ればどうということはないだろう。

 しかし――

「……る、さいですよ――」

「――は?」

「うるさいですよ。少し黙っていてください!」

 だから何だと言うのか。

 永遠の孤独を覚悟していた最中、ドカドカと自分のテリトリーに入り込んできた図々しいお節介焼きの一人くらい、助けたいと思って何が悪いと言うのか。メイギスと蔑まれ、世界中から追われ、誰にも心を許すことができなかった数百年。

 唯一と言っても良い、たったの一人。

 魔女と恐れられ、メイギスとして無数の殺意に見舞われても、ただの一人を助けたいと思うことの何が悪いのか。

 それで悪名が増えるというのであればそれでも良い。

 何とでも呼べば良い。

 今更それで自分の感情が揺れ動くことは、きっとない。

 それよりもこのたった一人を見殺しにしてしまうことの方がずっと嫌だ。

「絶対に助けますから……」

 原初の魔女として生きてきた六百年以上の刻を、今活かさずしてどこで活かすというのか。

 閉ざしていた無数の記憶のページを捲る。

 ダッドトイと呼ばれた人々に会ったことは数こそ少なけれど、実際にはある。

 ここまでのレベルには初めて出会ったが、それこそ魔術という技術の素養が普及してきたのは、この数百年の話。

 昔は魔術の才があった者の方が珍しかったのだ。

 ここまでの惨状ではないものの、似たようなケースには何度か遭遇したことがあった。

 あの時は、確か――

「あれなら……」

 可能性はなくはない、だろう。

 初めての試みではあるが、できるはずだ。

 魔女とは本来、そういうモノなのだから。

 術式を急ぎ構築する。

 焦ってはならない。

 並行して、奏には治癒魔術をかけ続けなければならない。

 もちろん、ヘカトンケイルからの邪魔が入らないように防御障壁も張り続ける必要がある。

 三重並行の魔術詠唱。

 並の魔術師なら魔力は一瞬で枯渇し、下手をすれば体内の魔力経脈が焼き切れるレベルだろう。

 それですら、彼女にとっては少し手を焼く程度。

「ふぅ……」

 集中、集中――

 やることは変わらない。

 組み上げられる最高レベルの治癒魔術を構築。失った血液の補填。欠損部位の再生。これらを組み上げるのは難しくない。これまで数千、数万と組んできた術式だ。片手間でも完璧に構築できる。問題はここから、発動させる方向性を逆へ、外からではなく、内から発動させるように改修していく。

 これが少しばかり難しい。

 何せ、どこか一つでも失敗すれば、たったそれだけで奏の人体は人として間違った形に再形成されてしまう。同じ系統の術式ではあるが、組み上げていく難易度は桁違いだ。

 右から左へと水を流したいのに、その流れの向きは逆でなければならないと言われているようなモノだ。

 何ともトンチキな話ではあるが、それを可能にするのが魔術である。

 例えそれが理を外れた誤であったとしても、それを正へと書き換える。

 それが魔術という奇跡のあり方だ。

 ――術式構築完了。

 あとは行使するだけ。

「…………」

 抵抗がないと言えば嘘になる。

 奏は許してくれるだろうか。

 朦朧とした意識の奏をそっと抱き起こす。

「アリ、シア……」

「はい。すいません、奏。こんなことに巻き込んでしまって――」

 どうか、彼が覚えていませんように――

「ん――」

 血で紅く染まった唇に自らのソレを重ねた。

 そして、組み上げた術式を一気に流し込む。

 忍霧 奏は確かにオールダッドである。

 しかし、彼の体内には魔術師という視点で見ても、圧倒的に多量の魔力が存在していた。

 もし、彼が本当に魔術という才に微塵も恵まれていなければ、きっと彼は生まれた時点でその魔力に殺されていたはずである。

 だったら可能であると、アリシアは結論付けた。

 外側からではなく、彼の体内から回復魔術を行使させれば良いと。

 術式がゆっくりと奏の体に浸透していくのを感じる。

 焦ってはならない。

 少しずつ、彼の体のキャパシティを超えないように、確実に精密に魔力と術式を流し込んでいく。

「へぇ――」

 感嘆の声を漏らしたのは蚊帳の外だったジャンヌだ。

「本来、魔術を無効化してしまうオールダッドにでさえ、魔術を施せてしまうなんて……」

 それこそ、魔女という冠に相応しい。

 ヘカトンケイルが管理する魔女の中でもこんなことができるのはきっと彼女だけだろう。

 これが原初の魔女――最悪にして災厄の魔女、アリシア・エイトテイルの魔術。

 そのレベルは間違いなく群を抜いている。

 この瞬間を目撃できただけでも価値がある。

 体質により、治癒魔術の効きは遅い。

 だが、確実に奏の傷は癒えていた。

 跡形もなく、体の傷が癒えるまで要した時間は約十分。

 これを奇跡と呼ばずに何と評するのか。

「はぁ……」

 いくら魔女と呼ばれていても、即興で構築した魔術の行使には神経をすり減らさずにはいられない。

 どうにか一命を取り留めることには成功したようだ。

 顔色は悪いものの、奏の胸は規則正しく上下運動を繰り返している。

「とりあえず一安心というところですね……」

「いやぁ、素晴らしいモノを見せてもらったわ」

「……」

 ジャンヌの言葉はお世辞ではないのだろう。

 ただし、言葉そのままに受け取って良いモノではないのは確実だ。

「ところで原初の、私から一つ提案があるのだけれども?」

「脅迫の間違いでは?」

「いえいえ、偉大なる魔女様にそのようなことは」

 そう口にするジャンヌの態度は大袈裟でわざとらしい。

「先ほどの魔術は素晴らしかったわ。まさかオールダッドに魔術を行使できるなんて、研究者たちが知ったらこぞって研究したがるでしょうね?」

「知りませんよ、そんなこと」

 他の誰がどう思おうと関係ない。

 そもそも魔女として在る者の多くは他者への興味が薄い。

 大抵は独自の術式構築を編んでいる者が多く、ソレへの研鑽に時間を費やすのに忙しいのだ。

 アリシア自身もどちらかと言えば、そのタイプである。

「そんなあなたにご提案があるのですよ。きっと満足して頂けるような」

「…………」

「報酬はシンプル。そこで今瀕死になっている魔女様のお気に入り、忍霧 奏の身の保証。何でしたら、彼の親族までもそのお約束に入れましょう。期間はそうですね。分かりやすく、彼が死ぬまで、とか?」

「その代償は――?」

 報酬というからには対価が必要だ。

 そして、魔女相手に傲慢な態度を取る相手が提示してくる代価など、大抵がろくでもない。それが魔女狩り機関のエージェントともなれば、なおのこと。

「大したことありませんよ。ただ、あなたの体とお時間を頂ければ――」

「変わらないのですね。あなたたちは……」

 いつからだっただろうか。

 この機関が名ばかりの殺戮集団になってしまったのは。

「なに、そう大した時間は頂きませんよ。ざっとあなたのお気に入りの寿命が尽きる程度です。原初の魔女様、いえ、死なずの魔女様――」

「別に名前なんてどうでも良いんですよ」

 予想通り、要求された代金はゲス極まりない。

 けれども――

「良いでしょう。ただし、約束は必ず守って頂きます」

「もちろんですとも」

 たったその程度で彼の安全が保証されるのであれば、安いモノだ。

 時間など、メイギスであるアリシア・エイトテイルにとってはあってないに等しいのだから。

「では、早速その約束を守って頂くとしましょう」

 一命を取り留めたとはいえ、奏の状況はまだ芳しくない。

 できれば直ぐにでもまともな環境で安静にして欲しい。

 しかし、それをこの二人に望むのはあり得ない。

 であれば、取るべき選択肢は一つ。

 彼のことをもっとも良く知り、彼のことを安心して任せられる場所へ、彼を送る。

場所は確か、忍守山の山頂と言っていましたか……

 初めて聞いた時は流石に驚いたモノだが、それも今となっては懐かしい。

「奏――」

「う、ぁ……」

 失った血の量が多すぎたのだろう。

 血色はかなり悪い。

 親族に多少なりとも医学を嗜んだ者がいることを願う。

「すいません、奏。巻き込んでしまって。でも、もう大丈夫ですから――」

 どうか、彼がこの先、安寧の時を過ごせますように。

「ありがとう。さようなら――」

 二度目の口付け。

 名残惜しく思いながらも、再び術式を彼の体内に流す。

「流石――」

 その一秒後、奏の姿はその場から消え去った。

 治癒魔術ではない。

 転送魔術である。

「さて、それでは商談を始めましょうか」

 独りになって魔女は久方ぶりに穏やかに笑った。


 忍守山山頂、忍霧神社境内――

 そこには見回りを行なっていた忍霧 音の姿があった。

 いつもならもう既に帰宅しているはずの奏からの連絡がなく、遅いことを訝しんでのことである。

「まったく、どこをほっつき歩いているのやら」

 そう毒づきながらも、余り心配はしていない。

 まだまだ甘いところはあるが、孫ながらに弱くはない。

 何らかのトラブルに巻き込まれている可能性はあるが、馬鹿でもない。

 その内帰ってくるだろう。

 余りにも遅くなるようなら多少の折檻は考えてはいるが。

「ふぅ……」

 我ながら子煩悩ならぬ孫煩悩も良いところ。

 他の弟子には見せられない姿だ。

 そう思っていると、境内の隅に違和感が現れた。

「魔術かね……」

 忍霧家の人間は総じて魔術が得意ではない。

 それでも補って余りある武術の才が、その気配を逃さずに感じ取る。

 立てかけてあった竹箒を手に、音はそちらに向かう。

 自身の気配を消すことはしない。

 別にその必要もないだろうからだ。

 近付けば、その気配は明確になっていった。

「やれやれ……」

 遅いとは思っていたが、まさかこんな帰宅の仕方になるとは流石の音も思っていなかった。

「唄! 薬を用意しな! 急ぎだよ!」

 ここまで声を張り上げるのは久しぶりだ。

 最近だと、どこぞの組のサボリ魔に折檻したくらいしか記憶がない。

 とはいえ、状況は良くはない。

「まったく。年寄りに力仕事をさせるんじゃないよ!」

 久方ぶりに担いだ孫の体は存外重かった。


「うっ……」

 体が自分のモノではないのではないかと思うくらいに動かすのが億劫だった。

 こんな目覚めは初めてである。

「起きたかい――」

「婆ちゃん……」

 布団の傍には見慣れた祖母の姿。

「オレはどうやって帰ってきたんだ……?」

「さあねぇ。境内を散歩してたらいきなり帰ってきたんだよ。どうやったかは知らないけど、あれは魔術だね」

「魔術……」

 自身の特異体質については理解している。

 それでもそんな自分に魔術をどうこうできる人物といえば、思い当たるのは一人しかいない。

「ボロボロだったからなんかあったのかと思ったが、綺麗に治療されてたよ。かなり出血してたみたいだから、調子は良くないだろうがね」

「あぁ、確かに最悪の気分だよ。それでオレはどれくらい寝てたんだ?」

「そうさね、だいたい二時間くらいだね」

「そうか……」

 思っていたよりも時間が経っていなかったのは朗報だ。

 とはいえ、この場に彼女がいないということは、そういうことだろう。

「手を引けってことか……」

 アリシア・エイトテイルは魔女だった。

 それも討伐対象となるメイギス認定の。

 原初の魔女、災厄の魔女と言えば、誰でも話くらいは聞いたことある存在だ。

 それがあのアリシアだと言う。

 美術準備室の引き籠りで、放っておいたら飯も食わないし、掃除もしない、あのぐうたらが、である。

 にわかには到底信じられない。

 が――

「これを見せられるとな……」

 自分の腹部に触れる。

 そこはつい数刻前まで欠損していた場所。

 何となくまだ違和感があるのは再生したばかりだからだろうか。

 認めよう。

 アリシア・エイトテイルは魔女である。

 それもとびっきりの。

「……」

 そして、自分の命の恩人だ。

「はぁ……」

 彼女の本心には背くことになるだろうが、仕方がない。

 どうにも自分は彼女を放って置けないらしい。

「行くのかい?」

「うん」

 昔から肝心なところで音は察しが良い。

「なら、とりあえず飯はちゃんと食っていきな。唄が腕によりをかけてるからね。増血剤も用意させてるから持っていきな」

「うん」

 唄の製薬技術は非常に高い。

 彼女の精製する薬は小さな時からオールダッドだった奏を何度も助けてくれた。

「あと、櫻美の所に連絡しておいたから足はソレを使いな」

「良く受けたなアイツら……」

「鞍刃に今すぐ一日鍛錬受けに来るか、足出すか選ばせたからね」

「なるほど」

 正直、足があるのは助かる。

 移動時間は掛かるが、その分休める時間が増える。

「あとはそうだね。行く前に彩葉の所に寄っていきな。少し早いが、今のあんたには必要だろう」

 既に根回しは完璧だった。

 事情を話さずとも察してくれる祖母には感謝しかない。

「ありがとう、婆ちゃん」

「……」

 それだけ言うと音はすっかり冷めてしまった玉露を飲み干して立ち上がる。

「奏、あんたが決めたことだ。私は特に何か言うつもりはないよ。好きにやりな」

 そう口にする祖母の背中は、奏が大好きで尊敬してやまない背中だった。

 そんな彼女が言う。

「負けんじゃないよ」

「あぁ――」

 最大限のエールは強く奏の背中を押した。


 車に乗るのは久しぶりだった。

 目立ちたくなかったので、できれば普通のが良かったのだが、何がどうしてヤの付く人種というのは高級車に乗りたがるのか。

「これで師匠からのお仕置きが軽くなるのであれば安いもんよ!」

「一応、言っとくけど、俺は止めましたからね……」

「世話をかける。正直、助かるよ」

 足を伸ばしてくつろげるのはありがたいが、複雑な気分の奏である。

 そんな彼は唄から持たされた重箱を突いていた。

 中身はシャケやおかか、ツナマヨなど具材たっぷりのおむすびをはじめ、唐揚げに卵焼きに焼き魚など、奏の好物をたっぷりと詰め込んだ特製弁当である。

 飲み物には具沢山の豚汁と、唄お手製の増血剤ドリンク。

 眠っている間に増血剤を投与されたおかげでかなり体力は回復できたとはいえ、まだまだ万全には程遠い。

 今は少しでも多くの時間を体力回復に充てたい。

「あまり深入りするのも良くはないと思っているが……」

「あれでしょう? どうせヘカトンケイルでしょう?」

 デリカシーという言葉を鞍刃はもう少し覚えた方が良いだろう。

「お嬢……」

 隣の紅人がもう疲れた顔をしている。

 櫻美組での教育が少し心配になる奏である。

「まぁ、良いじゃない。私たちと奏の仲なんだから!」

 フンスフンスと鼻息荒く、鞍刃は誰よりもやる気十分だった。

「とはいえ、だ。これはオレの用事だからな。お前らはあんまり深入りしないでくれよ」

 それこそ櫻美組まで魔女狩り機関に目を付けられるわけにはいかない。

「学園の入り口まで送ってくれればそれで十分だよ」

「そういう訳にはいかないわ」

「いかねぇんだよなぁ……」

「ん――?」

「いや、親父殿がな。その張り切っちまってよ……」

「あぁ……」

 櫻美組と忍霧家の仲は深い。

 特に鞍刃の父である組長は鞍刃の件で音にも多大な恩を感じているらしく、こちらからの頼み事に期待以上の勢いで応えてくれる。

 正直、ありがたいが、ほどほどでお願いしたい所である。

「まぁ、なんだ。無理はしないでくれ」

「何でよ?」

 それはもちろん、危険だからと言っても二人は引き下がってはくれないだろう。

 こういうところは組の、というよりも人柄だろう。

 良い友人たちだと思う。

 しかし、だからこそここは引いて欲しいとも思う。

「これはオレが返さないといけないカリだからな」

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