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3 〜 ダッドトイ 〜

 実技演習は科目の中でももっとも参加する生徒が多い。

 理由はシンプルに実戦経験を積める数少ない科目であるということ。そして、参加することで討伐報酬を獲得できるということ。

 更に演習エリアは事前に告知されるので、学園内の簡易ギルドで別途討伐依頼を受けることも可能となっており、並行して報酬を獲得できるシステムになっている。

 これを利用すれば学費に加えて生活費なども賄うことが可能なため、自然と参加者は多くなる。

 それを見越して、行われる時間帯も午後からが多く、今日も時間近くになれば指定された集合場所には数多くの生徒が集まっていた。

 多くの参加者がいることもあり、説明は極力省かれ、事前に告知された内容を確認しておかなければ参加できないという仕様になっている。

 今回の参加条件は三人一組のチームを組んでおくこと。

 組んだチームを講師に報告すればあとは自由にエリア内の魔物を討伐して良いというルールだ。

「私たちが組めば楽勝ね!」

 三人一組ということであれば、奏はだいたい鞍刃、紅人とチームを組むことが多い。

 というよりも、紅人はともかく、鞍刃とチームを組める人材が希少だった。

 この気分屋はこれでもかというほどのじゃじゃ馬ぶりなのもあって、組んでくれる相手が少ないのである。

 もちろん、櫻美組の知名度もあるだろうが、鞍刃に友人が少ないのは間違いなく前者が理由だろう。

 ただ、幼少期からその手の人物たちと関わってきたこともあり、精神年齢が掛け離れてしまっており、親分肌が染み付いてしまっているのである。

 それがダメなわけではない。

 しかし、彼女のソレは少しばかり癖が強すぎる。

 櫻美組の組員たちはいずれも荒くれ者の集まり。

 大人しいだけのリーダーシップでは務まらないのである。

 その点について、本人にはその自覚がない上に、気にもしていないのだから、彼女と生徒たちとの距離感は埋まるわけもない。

 だが、今日に限っては集合場所の空気がいつもとまた違う理由で騒がしかった。

 参加者たちの中に異様な威圧感を纏っているチームがもう一組。

 それは威圧感と呼ぶにはあまりにも物騒すぎた。

 近づく者に根こそぎ牙を立てそうな明確な殺意。

 放つのはその中心にいる一人。

 マグマのように燃える赤い髪。

 自らの風貌に興味がなさそうな乱雑な癖毛は燃え盛る炎のよう。足元でくつろぐ巨大な戦斧は鞍刃でも扱うのに一苦労しそうなほどだ。

「狼炎、もう少し落ち着いたらどう? そんなんじゃ周りの学生さんたちが萎縮してしまうわ」

 不機嫌そうな彼に、傍に立つ長身の女性が気にせず話し掛ける。

 編み込まれた銀色の長い髪に魔術師のような佇まいの黒いロングローブ。

 しかし、彼女が生粋の魔術師ではないことはその出立ちから直ぐに分かる。

 ローブの上から装着された軽鎧に、長身の彼女の身の丈を超えるほどの大鎌。

 さながら死神のような印象だった。

「この程度で萎縮するならそこまでだろう? 冒険者などやめておいた方が良い」

「良いじゃない別に。それくらいの実力しかなくても、害獣駆除くらいはできるわよ、きっと。誰しも自然と分不相応なところに落ち着くものよ」

「そうじゃない者もいるだろう?」

「それはそうじゃなかったその場所が落ち着くべき場所だったってことよ」

 冒険者は夢のある職ではあるが、当然リスクも大きい。

 もちろん、中には実力を見誤り、命を落とす者もいる。

 しかし、それだけではないはずだ。

 受けた依頼中に不慮の事故に巻き込まれる可能性は当然あるし、人々を助けたいという想いが先行した結果ということもあるだろう。

 彼女の口にしたことは極論としては間違っていないのだろうが、それで片付けるのは違うのではないだろうか。

 理屈ではなく、感情が勝つことなんて、いくらでも起こりうるのだから。

「ねぇ、あんたたちが噂のヘカトンケイル?」

 だから彼女にとってこの二人の会話には少し思うところがあったらしい。

「こんにちは、お嬢ちゃん。私たちに何かご用?」

 鞍刃にお嬢ちゃんなんて言葉を投げかけられるのは、余所者の証だ。

 少なくともこの街にある程度携わっている人間であれば、彼女の顔くらいは少なくとも知っている。

「私は櫻美 鞍刃」

「あぁ、あの極道の――」

 流石に名前くらいは知っていたらしく。

 女性は面白そうに鞍刃を上から下に目をくれる。

 何かを品定めするような視線だが、それは直ぐに嘲笑へと変わる。

「それで、その櫻美のお嬢ちゃんが何かご用かしら?」

 表面上は穏やかに見える笑み。

 だが、その目は侮蔑を含んでいた。

 圧倒的強者が弱者を見下すときのようなアレ。

 ある程度、武を嗜んできた者からすればそれは不快以外の何物でもない。

「何てことないわ。私たち小娘たちの学舎に、ババアが何しに来たのかって思ってね?」

 皮肉には皮肉で返す。

 彼女から見れば、鞍刃など小娘かも知れないが、その小娘の社会経験はそこらの大人と比べても遜色ない。

 当然、その道においても鞍刃自身は小娘扱いされるのは当たり前。

 この程度の辛酸など、何度も味わってきている。

「まさか、誰かの授業参観にでも来たわけ? ここは保護者が来るようなとこじゃないんだけど?」

 女性の見た目は奏たちと比べれば明らかに年上だろう。

 しかし、奏たちと同年代の子供がいるような年齢では決してないだろう。

「悪いけど、私は未婚でね」

「何、行き遅れ? 気を落とすなよ、ババア」

「ジャンヌ・アルメリアだよ、小娘」

 一触即発。

 溢れ出る殺気と殺気。

 おかげで集合場所の空気は戦場さながらの緊張感に支配されていた。

「長生きしたければもう少し目上への態度を学ぶんだね」

「はっ! ご忠告どうも。知ってる? 新顔は殊勝な方が可愛げがあるわよ?」

 ここまで行くともう根本的な相性が悪いのだろう。

 互いの手に握られた獲物に力が込められていた。

 いつ、殺し合いが始まってもおかしくない。

 それを横目に狼炎はすっかり毒気が抜かれたように、近くの大木に背を預け、目を瞑っていた。

 先ほどまで彼自身が放っていた殺気はどこへやら。

 すっかり周囲への興味が削がれてしまったようだった。

 逆に言えば、何が起ころうと、彼がそれを気にかけることはないだろう。

「忠告はしたぞ、小娘――」

 そう、例え今この場で、誰の首が宙を舞おうとも。

「はい、それまで」

 奏の短刀が大鎌の刃を受け止めていた。

 あと一秒でも遅ければ、この場で一人、死人が出ていたかもしれない。

「いくらあんたがヘカトンケイルのお偉いさんだとしてもやりすぎだ」

「そうかしら? ちょっと魔女の疑いがあったものでね?」

「嘘ならもう少し上手くつけよ。悪ふざけにしても、流石に見逃せない」

 もし、ジャンヌがヘカトンケイル内でそれなりの権力を持っていたとしたら、そんな戯言でも罷り通ってしまうのだろうか。

 その是非を確認する術を奏は持ち合わせていない。

 しかし、確実なのは、彼女の殺意が本物だったこと。

 彼女はきっと帰り道の蟻を踏み潰すかのような気分で、大鎌を振り切っただろう。

 別に冒険者として活動する者の命が安く見られることは珍しくない。

 だが、だからといって、気分一つで刈り取って良いモノではない。

「ふふ、面白いわね、君。名前は?」

 そんなジャンヌはすっかり鞍刃に興味がなくなったようで、次のターゲットをどうやら奏に定めたらしい。

「忍霧 奏――」

 愛想良くする必要はないだろう。

「忍霧、なるほどあの忍霧か。次代はなかなか良いモノを持っているとは聞いていたけれど、なるほどこれはなかなか面白いじゃない」

「知らねえよ。勝手に面白がってろ」

 嬉々として捲し立ててくるジャンヌを奏は相手にしない。

 それよりもまずやらなければならないことがある。

「おい、鞍刃――」

 とりあえず問答無用で奏は空いていた左手を握り締め、思い切り鞍刃の頭へと打ち下ろした。

 ゴツン――

 周囲で見ていた全員に聞こえるほどの打音が響き渡る。

「いったぁッ!」

 思わずその場に蹲る鞍刃。

「ったく、この馬鹿がッ」

 涙目で見上げてくる鞍刃に奏は再び拳を振り下ろす。

「だから、痛いってばッ!」

「分かっててやってんだよッ!」

 懲罰は三度繰り返された。

「いぎっ!」

「ったく、この馬鹿たれが! 鍛錬サボってるからこんなことになってんだぞ? 分かってんのか!」

「ごめん! ごめんてばっ!」

 鞍刃の目尻からは今にも涙が溢れそうだが、それこそ命あっての物種である。

彼女はこの場で命を落としていてもおかしくない状況だった。奏が間に割り込んでなければ、その首は今ごろ地面を転がっていただろう。

 それこそ、ジャンヌの気紛れが本気であったなら、間に合わなかったかもしれない。

 鞍刃の選別眼がもう少しまともであれば、対立こそすれ、喧嘩を売るまでは行かなかっただろう。

 否、それでも喧嘩は売ったかもしれないが、多少はマシな展開になっていただろう。

 結果はどうあれ、全ては自業自得。

 後先考えずに口を滑らせた鞍刃が全部悪い。

「本当に全く、この馬鹿は!」

 煮え切らない感情を吐き出さんと、奏は今一度容赦なく拳を撃ち落とした。

 都合、計四度。

 鞍刃が落ち着くまでしばらく掛かるだろう。

 やはり音に頼んで二人でみっちり仕置き、もとい、しごいて貰った方が良いらしい。

 自衛とまでは行かないでも、せめて喧嘩を売って良い相手の良し悪しくらいは判断できてもらわないと困る。

 本人のためはもちろん、忍霧流の門下生としても正直、恥ずかしい。

「痛い、痛い……」

「まぁ、こればっかりは自業自得ですよ、お嬢」

「うるさい! ボサっとしてないでタオルでも濡らしてきて!」

「はいはい……」

 ため息をつきながらも、大人しく懐から手拭いを取り出して水場へと向かうのだから紅人はお優しい。

 お目付役ではなく、世話係と呼ばれるのもしょうがない。

「はぁ……、そういう訳なんでな。悪いが、これでこの件は手打ちにしてくれ」

 強かに奏は告げる。

 口調こそお願いではあるが、返答の是非は問わない。

 これで終わりだと、宣言しているのである。

 騒ぎをこれ以上大きくされるのも面倒臭いし、何よりもそろそろ午後からの授業が始まる時間だ。

 演習とはいえ、実戦は実戦。

 命のやり取りはどんな時だって軽くない。

 こんな馬鹿騒ぎのせいで誰かが命を失うなんてもってのほか。

「ふふ、やはり面白いわね。どう? 忍霧の、ヘカトンケイルに入る気はない?」

「はぁ……?」

 どうしてそうなるのかさっぱり分からない。

 今この瞬間に大鎌が振られていたら、奏の首は飛んでいたかもしれない。

「いや何。戯れとはいえ、これでも殺しても良いつもりで、コレを振ったのよ。それを冷静に防いで見せたその手腕。実力的にも問題はないだろうし、ねぇ狼炎?」

「さぁな……」

「ほら、好きにしろって」

「いや、どう聞いてもそうは言ってねぇだろ……」

 きな臭い連中とは聞いていたが、それ以上にトンチキな連中でもあったらしい。

「良いじゃない。きっと君も気にいるわよ? だって君、私たちと同じ、戦闘狂でしょう?」

 告げるジャンヌの目が妖しく光る。

「実戦経験には事欠かない。それこそ強者とやり合うことなんて日常茶飯事。きっと楽しいはずよ」

 言いたいことは分かる。

 そして、彼女の指摘は間違っているわけではない。

 確かに奏は強者との戦いを望んでいる。

 切望していると言っても良いかもしれない。

 そして、その感覚は鞍刃や紅人ではなく、ジャンヌやおそらく狼炎が持つ感覚に近いのだろう。

 とはいえ、彼女と同類呼ばわりされるのはいくらなんでも遠慮したい。

 強者との手合わせは望むところではあるが、殺し合いがしたいわけではない。

 あくまでも自身を高めるのが目的なのだ。

 彼女たちとはその目的が完全に異なる。

 どうあっても相入れることはないだろう。

「就職先としても悪くないわよ、忍霧の」

「お断りだ」

 何度言われても答えは変わらない。

 それこそ上司なり、同僚がこれである。

 一緒にいるだけで気が滅入る未来が見える。

 元々世話焼きな性格なのを自分でも自覚はしているが、そうしたいわけではない。わざわざ自分から気が滅入るような場所に飛び込むなんて、馬鹿げた話だろう。

「残念ねぇ。せっかく、この私が声を掛けてあげたっていうのに」

「頼んでねぇよ」

「まぁ、良いわよ。気が向いたらいつでも声を掛けてちょうだい。これでも気は長い方なのよ」

「大丈夫だ。オレは意志が固い方なんだ」

 例えどれほど状況が変わろうとも、彼女の誘いに応じることはない。

「そーだ、そーだ! 奏はウチの組に永久就職するって決まってんの!」

「しねぇよ……」

 どうやらまだお仕置きが足りてなかったらしい。

 あと、五、六発はぶん殴っておいた方が良さそうだ。

「まぁ、親父殿は大歓迎だけどな?」

「マジで勘弁してくれ……」

 櫻美組のことは別に嫌いではないし、それこそ家族ぐるみでの付き合いではあるが、それとこれとはまた別だ。

「はぁ……」

 まだ演習は始まってもないのに、ドッと疲れてしまった。

 もうサボってやろうかとすら思ってしまう。

 とはいえ、そういう訳にもいかない。

 来たるべき時のために、できる準備はやっておくに越したことはない。実技演習で貰える報酬は通常に比べて少ないとはいえ、悪くはない。

 普通にバイトするのと比べればずっと高額だ。

「はぁ、しょうがねぇな……」

 幸いにも今日は実技演習以降、取っている講義もない。

 終わったら少しばかり美術準備室でダラダラするとしよう。どうせアリシアのことだから、ろくに食事も摂っていないだろう。

 何だったらあのまま惰眠を貪り続けている可能性も十分にあり得る。

 差し入れくらい買って行ってやろう。

「おまけにサラダくらいはつけてやるか……」

 そう考えると少しはやる気も出るというものだ。

 アリシアと知り合ってから一年程になるが、学園において唯一、気の抜ける相手が彼女だと言える。

 彼女と講義が一緒になったことは一度もないが、それでも彼女がそれなりの実力者であることは分かる。

 アリシアは奏に対して、どこまでもフラットな状態で接してくる。

 それがまた心地良い。

 奏の背景を知った上で、変わらず接してくれるのは彼女くらいだ。

 もちろん、鞍刃や紅人も奏の事情は理解している。

 だが、彼女たちは幼馴染であると同時に、師弟のような関係でもある。

 対等ではあるものの、少し事情が特殊だろう。

 忍霧家と無縁でかつ、奏の背景を知る者は大抵アリシアとは真逆の態度を取ってくる者がほとんどだ。

 故に、奏はこの学園では気が抜けない。

 たった一度のミスが致命的。

 周囲に強者であるということを常に理解させ続けなければならないのだ。

 それは今後、奏が冒険者として生きていく上でも必要になってくることでもある。

 何がそこまで彼女を信用するに足るモノとしたのかは、明言できないが、それでも彼女が信用できるという点においては、奏の中に確固たるモノがあった。

 そう思えるようになったのはいつからだっただろうか。

 気付いたら互いに遠慮なくモノを言い合える関係になっていた気がする。

 きっと友人とはそういうモノだろう。

 魔女、それもメイギスを自称する彼女が、奏に対してあれだけ無防備な姿を見せているのだから、悪くは思われていないはずだ。

 こちらと同じように友人だと思ってくれていれば良いが、わざわざ確認することではない。

 色々と思案している間に、実技演習までもう間も無くという時間だった。

 参加する生徒の数もかなり増えており、自然と空気もピリついていた。

 冒険者という人種は総じて血の気が多いモノだが、志望者の時からそれは変わらない。

 もっぱらいつもならその中心にいたのは鞍刃だったりするのが、今回は違う。

 生徒たちの視線は変わらず噂の二人へ。

 奏、鞍刃と一悶着があってもそれは変わらない。

 ジャンヌは周囲に興味津々といった殺意を振り撒いているが、狼炎の方は無愛想を貫きつつも、誰も寄せ付けない雰囲気を崩さない。

 実技演習は大抵が学園の大多数を占める森林エリアにて行われる。

 課題は主に森林エリアに生息する魔獣または魔物の討伐。

 課題とは銘打っているものの、毎回討伐する対象が指定されることはなく、討伐数がモノが言う。

 だからこそ、奏のように事前に並行してギルドで依頼を受けるのが通例だ。

 また、それとは別に課題を達成する方法もある。

 それは他の参加者が討伐した成果を横取りすること。

 要するに他の生徒を強襲し、討伐した魔物の部位を強奪するのである。

 冒険者になれば、対人戦になることも珍しくない。

 当然、そうなった場合は命懸けだ。

 実技演習ではそれすらも前提として組み込まれている。

 課題の達成手段は問われない。

 結果を出せば何も問題ないのである。

 シンプルな弱肉強食がここではまかり通るのだ。

 そして、そのターゲットになるのはもっぱら、奏たちのチーム。課題を確実にこなすだけの実力を持ち、他の生徒たちから目の敵にされる奏たちは格好のターゲットだ。

 いつもなら講義半ばからは他の生徒の襲撃をいかに捌くかという時間になる。

 ただ、今日に限ってはその面倒な対応から解放されるかもしれない。

 そう思うと、少しくらいは魔女狩り機関の二人に感謝しても良い気もする。

「さて、どうなることやら……」

 実技演習の講義は開始時間と同時に二、三分程度の簡単な説明が行われた後、あっさりとスタートする。

 一応、集合場所がセーフポイントして機能しており、また手隙の講師が巡回もしているため、最悪の事態は避けられるように配慮もされている。

 とはいえ、参加者間の強襲、強奪についてはルール上、問題ないので、講師も関与はしてこない。

 強いて言うなら人死にが出るか否かというタイミングについては割って入ってくるだろう。

 ただ、今日に限ってはヘカトンケイルがいる。

 彼らがその状況に関与している、またはその原因となっている場合、講師陣でも止めることは不可能だろう。

 参加者の大半が冒険者希望である都合、誰もが死と直面することは覚悟している。

 とはいえ、それは間違いなく今ではない。

 どうせ冒険者として死ぬのであれば、ソレとして死と直面したいと誰もが思うだろう。

 気掛かりは消えないが、集中を途切れさせるわけにもいかない。

 自分の身は自分で守らなければならないのだから。

 奏の心配を他所に、演習は粛々と進んでいく。

 ノルマを早々に達成した奏たちは、時間いっぱいまで受けた依頼をこなすことに従事していた。

「鞍刃、左前方から二体来るぞ。紅人、フォローを頼む」

 チームのリーダーは本人が何が何でもとやりたがるということもあり、鞍刃ということになっているが、いざ始まってみればどうしても奏が主導する形になる。

 探索能力に長けているというのはもちろんだが、それ以上に森林という環境は奏の独壇場だ。

 忍守山の樹海に比べれば、このエリアは森と呼ばれるのすら憚られるレベル。

 加えて鞍刃は戦いにおいて、非常にムラがある。

 本人がノッている時であれば問題ないのだが、今回のように事前に一悶着あったりするとアテにするのは難しい。

 その点、紅人であればそつなくこなせるだろうが、それこそ彼の本文は鞍刃の補佐である。

 こういう時こそ、彼は鞍刃のサポートに回らなければならない。

 結局、どちらにしろバランスを取るのは奏の役割になる。

「おい、鞍刃前に出過ぎだ! 戻ってこい」

 特に鞍刃は状況がどうあれ前に出たがる傾向にある。

 実技演習レベルであれば、それほど問題にはならないだろうが、ここでできないことが実戦でできるはずもない。

「猪突猛進にも程があるだろ……」

 正直、猪でもここまで馬鹿ではないだろう。

 あとでまた数発殴った方が良いかもしれない。

 いや、それよりも多少強引にでも道場に連行するべきか。

 勢いがあるのは良いことだが、もう少し周囲に気を配れるようになって欲しい。

 彼女もまた唯一無二。

 櫻美組の跡取りなのだから。

 流石に陣頭指揮をいつも他人任せというわけにもいかないだろう。奏以上に締めるところを締めなければならない場面は間違いなく多い。

 せめて要所は抑えられるようになって欲しい。

 そんな鞍刃の訓練をしながら、演習の時間は残り三十分程度となっていた。

「そろそろ戻るか……」

 セーフエリアまではゆっくり戻っても十五分程。

 しかし、実技演習はここからが本番だと奏は思っている。

 これまではシンプルに魔獣・魔物を討伐しているだけで良かったが、ここからはそれだけではない。

 それ以上に警戒すべきは同じ生徒たちである。

 今の奏たちは彼等にとって、間違いなく最高級の獲物。

 ネギどころか文字通り黄金を背負っているようなモノだ。

 それが自分たちと同じ場所に向かっているのである。

 当然、狙わない手はない。

 そろそろかと思った矢先にこちらを伺う気配。

 無言で視線を紅人へ向ける。

「お嬢――」

 こちらに気を配ってくれていた紅人は瞬時にこれに反応。

 先行していた鞍刃を止めた。

「何よ、紅人」

「何よじゃないんですよ、お嬢」

 その瞬間、木々が揺れた。

 強襲――

 その数、六。

 ギラついた目には明確な殺気。

 とはいえ、あまりにもやる気が先行し過ぎている。

「もう少し、警戒して頂かないと――」

 既に手は打ち終えている。

 所作は軽く右手を上げただけ。

 たったそれだけだが、その所作を行わせてしまったことが彼等の敗因である。

 飛び出してきた六つの人影は地上に降り立つことなく、木々の合間に縫い止められていた。

 櫻美 紅人、彼は櫻美組の跡取り、鞍刃のお目付役だ。

 そんな彼の役割は鞍刃のバックアップ。

 そして、それは戦闘時も変わらない。

 紅人の使用する武器は暗器。

 その中でも特に愛用しているのがワイヤーである。

 材質は魔蜘蛛の糸と合金を混ぜた特別製。

 その特性は魔力への高い親和性を併せ持ち、魔術を繰る者の意思に沿ってある程度のコントロールが可能なこと。

 風魔術が得意な紅人とこのワイヤーは非常に相性が良い。

 奏の目配せと同時にワイヤーを展開。

 鞍刃を呼び止めたのに合わせて、彼女を中心として網を張った。

 獲物が網に掛かれば、あとは簡単。

 事前に組み上げておいた魔術を起動するだけ。

 起動した魔術は非常にシンプル。

 ワイヤーに触れたモノに絡みつくだけ。

 だが、シンプルが故にアレンジが効く。

 ワイヤーは紅人の意思に従い、複雑に獲物に絡みつき、動きを確実に阻害、または拘束する。

 止められる時間としてはごく僅か。

 それでも不意打ちによってその時間は更に数秒上乗せされる。

 たった数秒。されど数秒。

 積み重ねられた彼の技術が大きな刻を生む。

 そして、それだけあれば彼女のスイッチが入るには十分だった。

「ようやく楽しくなってきたじゃない!」

 薙刀の大太刀を鞍刃は全力で振った。

 ゴウッ――

 その場にだけ強風が駆け抜けたかのように轟音が哭いた。

 嘶きは三度。

 一度の嘶きで捉える獲物は二つ。

 それが三度、しっかりと縫い止められた人影を撃った。

 鞍刃が特殊な薙刀を使うのは、師である音に影響を受けたからではない。

 彼女の剛力をもっとも活かせる武器がこれだったからだ。

 普通の薙刀ではダメだった。

 彼女の振る破壊力に、武器自体が耐えられない。

 そのため、彼女はオーダーメイドで薙刀と大太刀を組み合わせたような一振りをこしらえた。

 彼女の剛力と乱暴な扱いに耐えられる強度。

 シンプルに斬るというのではなく、叩き切るという感覚。

 雑な斬撃であっても彼女の剛力は木々もろとも人影を打ち払った。

「が、ぁ…………」

 六人は等しく行動不能レベルのダメージを負っていた。

 それでも彼女なりに手加減はしたのか、息はあった。

 放っておけば死は免れない状況だが、そこは巡回している講師陣がどうにかするだろう。

 問題はこれはまだ先兵でしかないということ。

 鞍刃の動きが止まったのを見計らって、それぞれ対極の方向から人影が二つ飛び出してくる。

「貰ったぁ!」

 鞍刃の武器はその重量からどうしても初動が遅い。

 どれだけ彼女が剛力であったとしても、ナイフのように扱うわけにはいかない。

 そのせいで彼女は実技演習のような乱戦環境では後手に回らざる得ない。

 そう、彼女が一人であったなら。

「まぁ、そう来ると思ってたよ」

 強襲してくる生徒たちはいつだって一枚岩ではない。

 それは奪い取ったモノがそれこそ早い者勝ちだからだ。

 功を焦る者たちから姿を見せてくる。

 今日こそはと滾る戦意を見せてくる者。

 第一陣の後、一息付いた瞬間を狙う者。

 そして、その更に後を狙う者――

 連携は取れているようで、てんでバラバラだ。

 おかげで第二陣の気配はバレバレ。

 動くよりも先に奏には見えている。

 要は鞍刃を囮にした陽動作戦である。

 その数として、たったの二つはあまりにも少ない。

 この程度であれば歩武術を使うまでもない。

 飛び出してきた影の一つに向けて一歩、地を蹴った。

 二歩目は隙だらけの鞍刃の薙刀の腹を。

 たったそれだけで、奏の姿は影の一つへ切迫していた。

 引き込まれたのは彼等の方。

 分かり切っている強襲を返り討ちにすることなど、正面から打ち合うよりも遥かに容易い。

「シッ――」

 放ったのは蹴り。

 鋭い一撃は隙だらけの刺客の下顎を容赦なく撃ち抜く。

 日々、山を駆け抜けて鍛え上げた奏の脚力はたった一蹴で顎を砕き、意識を刈り取る。

 その反動を殺さず、もう一つの影よりも先に大地へ跳ぶ。

 着地と同時に更に一歩を踏み、駆ける。

 演習エリアの森林は忍守山ほどまでとはいかずとも、十分に深い。

 それ故に陽の光は十分に届かず、少しばかり薄暗い。

 普通に歩く分には何も問題はない。

 しかし、そこを駆けるのが奏であれば話は別だ。

 影の濃淡を忍ぶように疾走する。

 忍霧流歩武術――疾黒。

 暗がりに潜るように駆けるその姿を正確に視認するのは至難の業。

 歩武術の基礎の基礎ではあるものの、不意を突かれた相手には十分効果的だ。

 案の定、もう一つの人影は既に奏の姿を見失っていた。

 たった数秒。

 けれども、それだけあれば獲物を仕留めるには十分だ。

「数日は粥でも食ってろ」

 潜り込んだ懐から掬い上げるように天を蹴る。

 地面スレスレまで低くした体勢から放たれたサマーソルトは再び、下顎を砕き、相手の意識を一瞬で刈り取った。

 疾く、鋭く、しなやかに。

 一つひとつの所作は極めて丁寧に。

 ただ、寸分の隙もなく敵を撃つ。

「まだ来るぞ」

「分かってるわよ」

「ああ」

 木々が騒めくのを肌で感じる。

 少なく見積もってもまだあと五十程は来るだろうか。

「ふぅ……」

 数としては少し物足りないくらいだ。

 いつもならこの倍は来ている。

 それは他でもないヘカトンケイル両名の存在だ。

 それこそ値踏みでもするくらいの感覚であちらを襲撃しているのだろう。

 正直、気持ちは分かるが悪手でしかないだろう。

 奏としては死人が出ないことを祈るのみである。

 事前に講師側から注意は受けているだろうが、立場的にはジャンヌたちの方が上である。

 実際、鞍刃は殺されかけていただけに、どれだけ効果があるかは不明だ。

 講師陣の奮闘に期待するしかない。

 そういう意味ではこちら側における講師陣の負担は減らすのがベストではあるのだが、こちらは襲撃されている側である。

 申し訳ないが、手加減こそすれ、容赦はしない。

 変に手を抜いて復活されてもそれこそ手間だ。

 やるべき折衷案は最速最短で駆逐するのみである。

「鞍刃はここで足止め。紅人はサポートを頼む」

「しょうがないわね」

 そう言いつつも、鞍刃の顔は満更でもない。

 彼女の性格上、最前線に立つのは嫌いではないのである。

 それを理解している分、奏も彼女に難しいことを言うことはない。

 ある程度こちらでコントロールできる範囲で自由にさせるのが一番良いのだ。

 そういう細かいことは他でもない紅人の得意分野である。

「紅人!」

「応――」

 奏の呼びかけに応じて、紅人が懐から手のひらサイズの球体を取り出すと、それを思い切り地面に叩き付けた。

 球体は一瞬で砕け、中から大量の煙幕を撒き散らして一面を覆う。

 暗がりの森林に、一層深い闇が広がっていく。

 視界はゼロではないものの、相手の姿を明確に捉えるのは明らかに難しい。

 それでも多くは冒険者を志す者たちである。

 こういう状況も想定して訓練はしているだろう。

 それでも、紅人の煙幕までを想定して訓練しているかどうかはまた別の話だ。

 そもそも視界の悪い中でもある程度の姿さえ見えていれば、鞍刃には関係ないのである。

 彼女の武器の特性上、当たればそれだけで十分なのだ。

 煙幕の使用者である紅人は言わずもながな。

 使用者本人がまともに動けないようでは話にならない。

 自由に動きつつ、ワイヤーなどの暗記を駆使して敵を誘導し、鞍刃の間合いに誘導してやれば良い。

 そして、奏にとって、この程度の視界の悪さは問題にもならない。

 視界はなくとも、気配は読み取れる。

 煙幕のおかげで逆に風の流れが読みやすい分、周囲の変化は楽に感じ取れる。この環境下において、奏だけが不自由なく森林を駆け回れるのである。

 そんな奏の役割は遊撃。

 ヒットアンドアウェイで確実に敵の数を減らしていく。

 自分たちがターゲットとして集中的に狙われるからこそ取れる一手。

 連携も取れず、一対一を強要されるこの環境下は奏たちの独壇場だった。

 周囲一帯から人の気配が感じられなくなるまで、要した時間は十分ほど。

 想定していたより随分と短時間で片付けることができた。

 奇しくもそれは間違いなくヘカトンケイルたちのおかげだろう。

 良薬は確かに苦かった。

 セーフエリアまであと少し。

 距離的にもう数分も掛からないだろう。

 しかし――

 目前で先行していた奏は足を止めた。

 無言で手を横に差し出して、鞍刃と紅人を制する。

「どうしたの、奏?」

「いる」

「え――」

 奏が向けた視線の先、数メートル先の木陰から人影が姿を見せた。

 その数は二。

 離れたところにもう一人いるようだが、それは彼女等に同行している講師のようだ。

「何か用か? 確か、狼炎とか言ったか」

「私もいるわよ」

 木陰から姿を見せたのはジャンヌと狼炎の二人。

 静謐を従えてはいるが、一仕事終えてきたのは明らかだった。

「……それで、何の用なんだ?」

 とりあえず面倒な方は無視する。

 どうやら用事があるのは狼炎の方らしい。

「お前は強いのか?」

「さあな?」

「強いに決まってんでしょ! 奏はこの学園で一番の実力者よ! 実技演習では一回も失敗したことないし、対人戦でも負けたことないし、先生にも勝ってんだから!」

「なんでお前が答えてんだよ」

 隣からしゃしゃり出てきた鞍刃の顔にノーモーションでアイアンクローをプレゼント。

 代わりに答えてくれてありがとう。

 鞍刃の言ったことは確かに事実だが、ひけらかすようなことではない。

「へぇ、やっぱり強いじゃん、忍霧の」

「ジャンヌ――」

「はいはい」

「ここでどれだけ強くても意味はない」

「そうだな」

 レコードはあくまでも授業の範囲内である。

 そこにどれほどの意味があるのか。

「だから俺が確かめる――」

 その刹那、狼炎の姿は奏の眼前にあった。

「――――っ!」

 掴んでいた鞍刃を紅人の方にぶん投げながら、バックステップ。

 次の瞬間、奏のいた場所を狼炎の戦斧が抉った。

 ――大地が爆ぜた。

 大量の土砂が視界を多い、熱波が周囲を薙ぎ払う。

「――っぶねぇ!」

 口に入り込んだ土を吐き出しながら、奏は風を見た。

 疾い――

 視線を投げたのはやや右側面の前方。

 そこへ向かって、奏は短刀を繰り出した。

 ギャリン――ッ!

 一瞬で汗が吹き出しそうな炎を纏い、狼炎の戦斧が空間を薙ぎ払う。

 戦斧と短刀。

 まともに撃ち合えば、短刀など一瞬で砕け散るだろう。

 それだけの威力を兼ね備えた実力が彼にはあった。

 狼炎・ヴォルフガング。

 魔女狩り機関のメンバーというのは伊達ではない。

 何よりも異なるのは彼から迸る激しい殺気。

 これまで味わったことのない本物のソレ。

 心臓を鷲掴みするかのように、奏の胸を内側から激しく鳴らす。

「さぁ、見せろ。お前の強さを」

「上等――」

 一撃の重さは明らかに向こうの方が上。

 だったら取るべき手は限られている。

 大地を踏む。

 一歩を蹴る――

 忍霧流歩武術――転円。

 最適解はインファイトの更に奥。

 戦斧の振るえない超々接近戦。

 ほぼピッタリと背中合わせにくっついた状態からの攻勢。

「「…………」」

 沈黙は一瞬。

 動いたのは奏。

 左の肘打ちから反転。

 短刀を振るう。

 一方で、狼炎もそれに柔軟に対応して見せる。

 肘打ちには自らも同じ動作をすることで相殺し、反転。

 ゼロ距離での対峙における最善を取った。

 武器を放棄した徒手空拳。

 この距離において、武器を持つことにおけるメリットは少ない。

 奏のような短刀でもあれば別だが、狼炎のような戦斧使いであればむしろそれは邪魔だった。

 迫り来る短刀を空いた手で迎え撃つ。

 手には簡易ではあるが、鉄甲を装備しているため、短刀程度であれば受け止めるのは何も問題はない。

 インファイトであれば多少なりとも有利を取れると思った奏だったが、意に反して狼炎の腕前には驚嘆せざるえなかった。

 流派こそ違えど、彼の力量は素手であっても他の生徒たちを遥に凌駕している。

 何よりも一撃が重い。

 鞍刃と同じパワータイプなのは明らかだが、彼女とは違い、衝撃がこちらの体にまで響いてくるのだ。

 おそらく何かしらの強化魔術によるものだろうが、残念ながら詳細までは分からない。

 しかし、警戒しようにもそれだけに意識を割くわけにはいかない。

 魔術はあくまでもサポートであり、彼自身の技術あってこそのモノだ。

 しかし、イニシアティブを握られているのかと言えば、そういうわけではない。

 撃ち合いは五分。

 素手での攻防は一進一退という状況。

 だが、奏の実力を確かめるように、狼炎のボルテージが上がっていく。

「――っらぁ!」

 鉄甲に炎を纏わせて、奏の頭上から拳を撃ち下ろした。

 回避は問題ないものの、狼炎の一撃は大地を穿ち、大きく揺らした。

 大きく空いた距離のせいで、一息付かざるを得ない。

 狼炎は手放した戦斧を再び手に取り、首をポキポキと左右に軽く鳴らした。

「確かに、悪くない。強いな、忍霧」

 ゆっくりと戦斧に炎が絡みついていく。

「しかし、だからこそ解せん」

 眩いくらいに輝く超高温の炎。

 それでも彼の戦斧は溶解する気配はない。

 魔術師としても彼の技術は間違いなく一流だ。

「なぜ、魔術を使わない――」

「…………」

 それに対する答えは一つしかない。

 しかし、それを口に出すのは憚られた。

「なるほど――」

 狼炎が戦斧を振る。

 迸る炎の波が一帯を焼いた。

 炎の熱が大気を揺らす向こうで、ただ一人、奏だけは無傷でそこに佇んでいる。

「は――――っ!」

 そこへ、狼炎は初めて感情を露骨に表しながら切り掛かった。

「なるほどっ! そういうことか――っ!」

「何? どうしたのよ、狼炎。ご機嫌じゃないの」

「そうもなるだろう! ジャンヌ、こいつはダメだ! 話にならねぇ!」

「どういうこと?」

 鍔迫り合う奏に向かって狼炎は言葉を吐き捨てた。

「こいつ、ダッドトイだ――」

 嘲笑と侮蔑が奏に向かって叩き付けられる。

 ダッドトイ。

 それはこの世界における魔術的弱者へのスラングだ。

 神の失敗作、存在価値のない無能、役立たずの玩具。

 魔術が当たり前の現代において、それは社会的弱者の象徴である。

「しかも、こいつはその極めつき。オールダッドだ!」

 魔術の才において、その優劣は当然付く。

 オールダッドはその中の最悪。

 完全無能を意味する。

「おかしいと思っていたんだ。この演習中でも、こいつだけが一度も魔術を使わない! だが、それは本人の実力あってのモノじゃない! ただ、純粋に魔術が扱えないだけだったってことだ!」

「お前――っ」

「違うのか! だったら見せてみろ。貴様の使える魔術を! この俺に見せてみろッ!」

 そして、狼炎の言葉は事実だった。

 奏には魔術の才がない。

 それも壊滅的なまでに。

 魔力はあった。

 目を瞑り意識を内へと向ければ、自身の中には膨大な量の魔力が駆け巡っているのが分かる。

 おそらく、その量は他者より圧倒的と呼べるレベル。

 だが、奏にはその魔力を繰り、魔術師として行使するための才能が致命的なまでに欠如していた。

 外部へと魔力を吐き出す術が総じて無効となるのである。

 それには冒険者向けに市販されている魔術スクロールなども含まれる。

 そういった自らの魔力をベースにして起動するアイテムさえ、奏は使用することができないのだ。

 しかし、そんなオールダッドである奏にも、一つのメリットがあった。

それは先ほどのような魔術による攻撃を一切受け付けないということ。

 あらゆる属性のあらゆる術式を奏の体質は無効化する。

 その中には当然、支援系統魔術も含まれる。

 バフ系の術式は当然だが、回復系統の魔術ですら奏の体は拒絶する。加えて、ソレには魔力を帯びた市販の回復ポーションやバフアイテムも該当してしまう。

 故に、冒険者を目指す奏にとって、薬学系の学問が多く学べるこの学園は最高の環境だった。

 怪我や病気の治療が魔術に行われるのが一般的となっている今、薬学系統の学問は衰退する一方だ。

 それでも数少ないその道の専門家の講義がこの学園では数多く受講できる。

 奏にとって夢のような環境だった。

 その一方で奏の事情を知ることで差別的な視線を向ける者たちは無数にいた。

 それこそ数えるのが億劫になるほどに。

 それを知った上で、奏と普通に接しているのは幼馴染である鞍刃と紅人、そしてアリシアくらいだ。

 薬学系の講師はまだマシではあるが、それでも中には侮蔑を向けてくる者もいる。

 そんな奏が学園で穏やかに過ごすにはそれらの全てを圧倒するしかなかった。

 実技演習で喧嘩をふっかけられるのは日常茶飯事だ。

 それら全てを奏は逃げることなく受け、完膚なきまでに勝利してきた。一対一はもちろん、相手が複数だったことも幾度もある。

 それでも奏は負けなかった。

 結果として、実技演習の時に集団で襲撃を受けることはあれど、それ以外で目の敵にされることはほぼなくなった。

 どう足掻いても勝ち目がないからである。

 無能にして最強。

 無能のオールダッドはいつしか奏の二つ名としてひっそりと囁かれるようになっていた。

 差別的なモノではなく、畏怖の対象として。

 それでも――

 目の前で吐き捨てられたその言葉は、向けられて決して気持ちの良いモノではない。

「惜しいな! オールダッド! もし、貴様に僅かばかりでも才があれば、間違いなく俺たちの同志に迎えられただろうに!」

「くだらねぇ!」

 誰も周囲に寄せ付けないまでの激しい撃ち合い。

 余波で大気は震え、弾かれた狼炎の斬撃が周囲を喰らう。

 鞍刃も紅人も、どうにかサポートしようと隙を探すも、そんな粗は微塵も見つけられない。

 それだけの圧倒的な実力差があることを痛感させられる。

「くっ――」

 自分の力量に歯痒さを覚えずにはいられない。

「へぇ、一応、それくらいは分かるのね?」

 そんな鞍刃を面白そうにジャンヌは眺める。

「何よ、やる気?」

「まさか。もう私はあなたに興味ないもの。あの子にも邪魔するなって言われてるしね」

 あれだけの実力を持つ狼炎を『あの子』呼ばわり。

 それだけでジャンヌの実力は改めて察せられる。

 この女はおそらく狼炎よりも強い。

 そして、鞍刃とは更に大きな差がある。

 可能性は実技演習前に奏が示唆していた。

 もし、そうなった場合は早々に撤退し、セーフエリアを目指すこと。

 それが奏との約束だった。

「別に何もしやしないわよ。大人しくしてるならね?」

 口調こそ穏やかではあるが、拒絶を許さないという意思があった。

 そう言われては警戒しつつも、動けるわけもない。

 鞍刃は大人しく、奏と狼炎の戦いを見守るしかない。

 しかしながら、二人の戦いは理解できずとも、見るだけの価値があるモノだった。

 本能で理解するタイプの鞍刃にとって、体験したり、実際に見ることが一番の刺激になる。

 本人にその自覚はないものの、視線は数メートル先で繰り広げられるソレから逸らされることはなかった。

 そんなジャンヌと鞍刃のやりとりは視界に入りつつも、奏はソレに意識を割くことはできなかった。

 拮抗しているような形ではあるが、状況としては僅かに押されているというのが正直なところ。

 その要因の一つが互いの武器。

 狼炎の使う戦斧は彼自身の自前。

 それもかなりの業物だろう。

 対して、奏の使う短刀は学園の購買部で誰でも買うことのできる程度。悪い品ではないものの、少し質が良いくらいの量産品だ。

 切れ味はともかくとして、その耐久性に大きな差がある。

 まともに撃ち合えば、それこそあっという間に奏の短刀は砕け散ってしまう。

 なんとかいなしてはいるものの、短刀の耐久力は確実に削られていく。

 加えて、それを大きく加速させるのが狼炎の繰る魔術である。

 彼の戦斧には燃え盛る炎が絡みつき、こちらを焼き尽くそうと迫ってくる。

 魔術自体が奏に効果を与えることはない。

 だが、武器はまた別だ。

 超高音の熱で何度も叩かれれば、金属には効く。

 同じようなことをする生徒は学園の生徒にもいる。

 しかし、明らかに練度が異なる。

 どれだけ直接的な撃ち合いを避けようとも、炎による短刀への影響は避けられない。

 もし、自分に魔術が使えたとしたら――

 たらればを考えたことがない言えば嘘になる。

 だが、それを考えても仕方がないことは他でもない奏自身が一番よく分かっている。

 何度も。嫌というほどに。

「さぁ、どうする! オールダッドッ!」

 乗り越えるしかない。

 これまでのように――

 大地を踏む。

 一歩を踏む。

 自分の呼吸を、心音を聴く。

 狼炎からの攻撃を受けてはいけない。

 だったら避ければ良い。

 当たらなければ良い。

 そのためには今のままではダメだ。

 もう一段、上のギアでなければ。

 一瞬、たった一瞬だけ。

 ただの一度だけ。

 そうであれば良い。

 ただ、それだけのこと――

「「――――ッ!」」

 その瞬間、両者は大きく、飛び退いた。

 直後、二人の間に大鎌が突き刺さっていた。

「ふふ。お楽しみのところ悪いんだけど、これでおしまい」

「「…………」」

 無言の抗議に、ジャンヌは大袈裟に両手をあげて降参をアピール。

「そんな怖い顔しないでくれるかしら? このままだとどちらかが死んでたわよ?」

 そのどちらかが自分だとは両者微塵も思っていない。

「命拾いしたな?」

「どっちが?」

 不完全燃焼はどちらも同じ。

「奏、名残惜しいのは分かるが、そろそろ時間だ」

「分かってる」

 紅人に嗜められて、奏は大きく息を吐き出した。

 実技演習はセーフエリアに戻って初めて成功とみなされる科目である。

 例え、どれだけ成果をあげていようとも、その成果を持ち帰り、報告を完了して初めてソレを認められる。

 どのような状況であれ例外は認められない。

 狼炎のせいで時間は余り残されていない。

 急ぎ戻る必要があった。

 それにこれ以上の戦闘継続はよろしくないのも分かっていた。

 使っていた短刀に目を向ける。

 刃こぼれはもちろん、刀身には無数のひびが見て取れる。

 あと数回でも打ち合っていれば、間違いなく砕け散っていただろう。

「こいつも新調しねぇとな……」

 余計な出費がかさむとため息が出る。

「奏! 行くわよ!」

「あぁ、今行く――」

 鞍刃に呼ばれて我に返る。

 今はひとまず、目下やるべきことをやるのみ。

 背中に張り付くひりつくような視線を無視して、奏は鞍刃と紅人の後を追った。

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