婚約者大好き令嬢の受難
初投稿です。異世界転生して恋心に振り回されるお話。
楽しんでいただけると嬉しいです!
恋に憧れがないと言えば嘘になる。
けれど、私には縁遠いことだとも思っていた。
何故なら思春期を過ぎ大人になっても尚、初恋すら経験したことがなかったから。
中学の頃はいずれ恋するんだろうなとドキドキしていたし、高校になれば彼氏ができるんじゃないかと期待した。大学生活でだんだん違和感を覚え、社会人になってもまったく訪れず、アラサーになってようやく諦めがついた。
私が誰かに恋をするなんて、生涯ありえないと。
ただ憧れは捨てきれないのか、恋愛作品は好んで読んでいた。流行っていればとりあえず目を通したし、最近では令嬢系がお気に入りだった。
自分が経験したことのない感情も楽しめる作品って素晴らしい、サブカル文化万歳!
そんなことを思って生きていたから、驚いた。まさか私が、当事者になってしまうなんて。
***
目が覚めたら、知らない天井。
あれ? 私、なんでこんなところに居るんだっけ?
ぼおっとする頭をなんとか起こし、辺りを見回すと、そこは西洋系の綺麗なお屋敷だった。
よくよく見れば触れるシーツは上質で、寝巻きのような服は細部まで上品な刺繍やレースがあしらわれている。
これは、もしかして、と思った。
と同時に、いやいやそんなわけないでしょ、とツッコミをいれる。異世界転生するなんて、まさか、そんな非現実的なこと……。
「クラリッサお嬢様!お目覚めになられたんですね!」
あるかもしれない!
どうやらお水を運んできてくれたメイドが、上半身を起こして辺りを見回す私に驚いて声をかけた。
メイド、えーとそう、確か名前はマリー。クラリッサ──もとい私の、専属メイドだったはず。
うんうん、だんだんクラリッサの記憶とやらを思い出せてきた。よかったよかった。
「お嬢様……? まだお加減が戻らないですか?」
マリーが返事しない私を心配そうに見つめる。ああ、申し訳ない。
「いいえ、今起きたばかりだったから、ボーッとしていて……。もう大丈夫そうよ」
とりあえず当たり障りないことを返せば信じたらしく、すぐに皆様をお呼びしますと部屋を出て行った。
その隙に私はクラリッサの記憶をできる限り探り出す。
クラリッサ・エイデン。いわゆる侯爵令嬢で、両親は健在。兄が一人。家族仲は普通で、特別愛されてるわけでも冷遇されてるわけでもない。つまり悪質な家庭に育つ不遇のヒロインの線はナシ。
ただ、クラリッサには婚約者がいて──……
コンコン。
考え事の途中で、ドアをノックする音が聞こえた。どうぞと促せば、クラリッサの両親が心配そうに顔を見せる。
「ああ、目が覚めてよかったわ。貴女、一週間も寝込んでいたんだもの」
「一週間もですか?」
「そうだよ。熱も下がらなかったから心配していたが……体調も戻ったようだな、本当によかった」
両親はどれほど心配したかをしきりに話し、最終的にお腹の音が鳴ってしまった私にミルク粥を用意させようと言って部屋を出て行った。
どうやら病み上がりだったらしい身体には、あたたかいミルク粥がとても沁み入った。
***
さて、問題は婚約者である。
同じく侯爵家のカーティスは、眉目秀麗と名高い男性だ。
うつくしい銀髪に紫色の瞳をきらめかせ、それが知的さを印象付けていたが、実際その身のこなしは優雅で会話にも知性が感じられる。
それに並んでクラリッサも、あまいピンク色の髪をふんわりと揺らし、顔立ちもかわいらしく、お似合いの二人だと周囲からよくいわれていた。
それは、いい。そこだけ聞けば何も問題のない展開だ。
けれど──
クラリッサの愛が重過ぎる!!!!!!
思い出せば思い出すほど、クラリッサの言動には重さがあった。
異常行動とまでは言わないけど……毎日のように綴られるラブレターや、会うたびマシンガントークのごとく行なう求愛、そして少しでもそっけない態度を感じれば詰め寄る始末。
完全に暴走機関車だ。
これを一人の人間が受け続けるのはかなりつらいだろうことは想像に容易い。
現に恋の熱に浮かされたクラリッサは気付いてなかったようだけど、記憶上のカーティスはやや笑顔が引き攣っている。
それでも婚約者としての役割をきちんとこなそうとする努力が見受けられ、かくいう今日も、体調が戻ったという報告を受けたらしいカーティスが見舞いに訪れる予定になっている。
まずい、非常にまずい。
何にせよ私は恋心のこの字も知らない女。以前のクラリッサのような言動なんて一ミリも真似できる気がしない。
そもそも目を覚ましてから3日間、私はカーティスに手紙の一つも書いていない。報告をしたのはおそらく父親だろう。
急にそっけなくなったクラリッサをどう思うだろうか。訝しまれるのは当然で、けれどどう対応すればいいか分からない。
さあ、どうする。
ドキドキしながら、カーティスの来訪を待っていた私だけれど。
「クラリッサ、体調はどうだい? 長らく床に伏せていて心配していたよ」
え。
待って、待って、……待って?!
「カ、カーティス…様…?」
「ん? どうしたのクラリッサ」
「いえ、その…………、…………かっこよくて……」
「……そっか、ありがとう」
いや、何言ってんの私!
というか何なのこの感情!!!!!
カーティスの姿を目に入れた瞬間、光が溢れたみたいに煌めいて、胸がばくばく高鳴って、相手の所作ひとつにドキドキしてしまって。
これ、絶対クラリッサの感情を引き継いでる!どんだけ執着が残ってるのこの子の身体!!!!!
確かに、恋に憧れてはいたけれど。
他人の感情に乗っかってまで経験したいと思ってなかったよ──!!!!!
***
そしてその後、初めての恋心に狼狽える私に対して、逆に興味を示されるなんて想像もしてなかった。
さらにはクラリッサじゃない、私自身もカーティスに恋をするようになるなんて、本当に、これっぽっちも、想像してなかったのだけど……。
それはまた、ずいぶん先のお話。
end