第1話 初めての痛み
それはある朝、突然始まった。
なにかそうなる前兆があったわけでも、そうなるような原因があったわけでもない。
ただ、心なしか最近、妙に母親や父親が自分に優しいようなそんなおかしな感覚はあった。
特に母親は「だいじょうぶ?」とか「お腹を冷やして寝ちゃだめよ」とやや過保護とも取れるような優しさを見せていたものだが・・・・・。
それはたぶん、この今自分に起きている異変にはなんら関係がないことだろう。
いや、そう思いたい・・・。
それにしても・・・。
ズキン
なんなんだろうか、この痛みは。
今日が土曜日の朝であったことがまだ良かったのかもしれない。
目を覚ました途端に腹部に妙な違和感を感じたのが始まりだった。
ズキン・・・。ズキン・・・・。ズキン・・・・。ズキン・・・・。
そこから断続的にそれでいて強い痛みが俺の腹部を襲ってくるのだ。
それも外側から来るような痛みなんかではない、内部からの痛み・・・。それも抉るような今までの人生の中で受けたことのない。そんな痛みだった・・・。
ズキン・・・・。「うっ」ズキン・・・・。「うっ!}ズキン・・・・。「うっうっ」
未だに布団の中から出ることのできないおれは、その何度目かわからぬ痛みの末に弱弱しい声を漏らしてしまっていた。
(なんで・・・。こんな痛みが・・・。おれ、なんかの病気なのか?それとも単にお腹を壊しているのか・・・。)
なんにもわからない
この痛みの正体もその原因すらも・・・。
そして・・・・・・。
ズキリッ
またしても訪れる痛み。心なしかどんどんその痛みの度合いは強くなっていっているようなそんな気さえしてくる。
「うっうっ、どうしえ、どうして・・・。」
痛みが強くなるにつれ、それが来るたびに、弱弱しい、まるで女のような声が口をついて出てしまう。
未だに布団から起き上がることはできなそうだった。
それどころか、起き上がったが最後、さらに強烈な痛みが襲ってきそうな、そんなただただ嫌な予感があり、起き上がるという行為、それ自体に恐怖すらを感じてしまう始末。
「どうしようどうしよう・・・。おれ、このまま、死んじゃうのかな・・・・・。」
こんな原因不明の痛みが断続的に前触れもなく襲ってきたとしたら、みんなこう思ってしまうのではないだろうか・・・。
気が付くと俺の瞳からは涙が一杯に零れていて、死ぬかもしれないという不安がよぎるたびに、胸中を襲う悲しみの感情は増していくばかり・・・。
「とうさん・・・。かあさん・・・。」
そして・・・。
ズキンっつ!!!!!!!!
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ひと際大きな痛みが俺の胎内を襲った途端、思わずさっきまで必死に我慢していたものが、叫び声になって出てしまった。
その瞬間・・・・・・・・・。
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ。バンッ
「瑞樹!!!!どうしたの!?」
あまりにも悲痛な叫び声だったからなのだろうか。
階段を駆け上がってくる音が聞こえたのも束の間、ドアを勢い良く明ける母。
その顔には心配の色が強く張り付いていた。
「か、かあさん・・・。おなかがいたい・・・。」
あまりの痛みで声が震えてしまう俺。
もう既にその声は自分の声のはずなのに弱弱しくて、助けを求める女のように高い声で・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そして、そんな俺の助けを求めるような声を聴くや否や神妙な顔になっていく母さん、
そんな顔をされたらますます不安になってしまうじゃないか・・・。
「お、俺、なにかの病気なのかな・・・?こ、こんな痛みを感じたの初めてで・・・。」
あまりにも不安が胸を覆いつくしたためなのだろう。
答えなんて医者でもない母さんにわかるはずがないのに思わず聞いてしまう俺・・・。
「あ・・・・・・。あのね・・・・・・・・・。」
しかし、予想外にも母さんには思い当たるなにかがあったのかもしれない。
ポツリポツリと何かを言おうとしているようなそんな口の動きをしては、やめることを目の前で繰り返している。
(もしかして・・・。単純に食あたりとかなんじゃないよな・・・?)
冷や汗が額から落ちていく。
そして・・・・・・・・。
「ごめんなさい・・・・・・・・。」
母さんがやっとの思いで発した言葉、それはなぜか謝罪だった。
なにがなんだかわからない。
母さんはどうしてこんなにも泣きそうな顔で謝ってきたのだろう、そして、この未だに持続する心をへし折りに来ているようなこの痛みの正体もなんなのか・・・。
色んな分からないとともに続く痛みの中で疲弊していく精神。
「うっうっ・・・。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
そして、さらに謝罪の言葉を連ね続ける母さんの声。
なにがごめんなさいなのだろうか・・・・・。
ズキンっ
「うっ!!!」
その痛みは先ほどの痛みよりもまた強くなった感じだった。
思わず声を漏らしてしまうほどの衝撃が再度、俺の内臓を襲ってくる。
そして・・・・・・・・・。
「!!!!!!!!!!!!!」
何が起きたのだろう。
今の痛みが来たその瞬間、言いしれようのない不快感が俺の股間らへんを包み込む。
なにかドロドロしたものが溢れて、それが皮膚に伝わったようなそんな感触だ。
(え・・・・・・・、もしかして俺・・・・・・。この年になって、うんこを・・・・・・。漏らした・・・・・?・・・・・・・・・・・・・。いや・・・・・・・・・・。なんか違う・・・・・・・?)
なにかが股間のあたりからあふれ出した事は間違いなかった。
ただ漠然とそれはお腹を下した便などではないようなそんな不思議な感覚だった。
しかし・・・。
(・・・・・・・・・・・・・。気持ち悪い・・・。)
それが便であるのか、はたまた別のなにかなのか、そんなことがすごく些末なことだと感じるほどの不快感を感じてしまう俺
それもそのはずだろう。
幼稚園の頃だったり、もっと幼い頃であった頃ならまだしも、トイレ、それも大きいほうが間に合わずに、下着の中でしてしまうということなど、この年になってあるわけがなく、そんな中で、この何かが漏れて、それが股間やお尻を伝うという感覚はめったに経験しない感覚であるといっても差し支えないだろう・・・。
(うっうっ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)
気が付くと、またもや無意識にも涙が零れ落ちていた。
どうもこのいままで経験したことのないお腹の中を抉るような痛みが来てからというもの、いつにも増して感情の抑えが効いていない・・・。
今までこんなにも人前で泣くことがあっただろうか・・・。
「瑞樹・・・・・。ほんとにごめんね・・・。」
そして、そんな俺に触発されるように母さんは大粒の涙をこらえきれなくなったのか流し始める。
(なにがごめんなんだよ・・・・・。ほんとにもう・・・。)
今、母さんに聞きたいこと、問い詰めたいことはたくさんある。
なんでこんなにもしつこく謝り続けているのか、どうしてこんなにも俺よりも涙を流しているのか・・・。
(泣きたいのはこっちなんだけど・・・・。)
ただ、今はそれどころではないというのも確かな事実。
腹部を抉るような断続的な痛みにこの何かが股間のあたりにある不快感がただ事ではない現実を痛感させるようで・・・。
「う~お~」
まだ収まりきらない痛みの中、覚悟を決めた俺は、まずはこの不快感が何なのかを確かめようと布団から出て、トイレに向かおうと、その一心で布団から這い出ようとする・・・。
この痛みが数分後になれば、収まったり、少し和らいだとするのであれば、待つだろう・・・。
しかし・・・。
ズキンズキッ
「うっお!!!」
一向にその痛みが治まる気配はなく、むしろ悪化しているのだ。
そうであれば、この先、もっと強い痛みに苛まれることだってありうるわけで・・・。
善は急げとはまさにこういうことをいうのではないだろうか。
未だに涙を流し続けている母さんを傍目に見ながら、ズリズリズリズリと、腰を上げては少し前に下ろすを繰り返して、布団から出ようとする。
「う~お~・・・・・・。うっ!!!う~」
未だ、こんなにも布団から出るのに時間を要したことがあっただろうか・・・。
少し体を動かすだけなのに、腹部を抉る痛みが続く中、俺は頑張った・・・。
そして・・・。
「よし、あとちょっと」
大袈裟に聞こえるかもしれないが、長い道のりの先のゴールがやっと見えたような感じがしたと共に、なんとか腰のあたりまで這い出ることに成功した俺。
しかし・・・。
(な、なに!?この変な匂い!?)
瞬間、今まで嗅いだことのない匂いが鼻を突いてきて、ひどく嫌な気分にさせられてしまう。
なんというか独特な匂い。
魚が腐った時のようなそんな腐乱臭に加えて、そこに混じる血の匂いのような・・・。
そんな・・。
「う、おぇ・・・。」
そして、これは生理的にはなんらおかしな反応ではないだろう。
嗅覚に直に刺激してくるそんな匂いのせいで思わず、吐き気を催した俺はそのまま嗚咽を零してしまっていた。
(痛いし、しんどいし、気持ち悪いし、変な匂いするし・・・。なんなんだよ!!!ほんとにもう!!!)
もうほんとになにがなんだか自分でもわからない。
今、自分の身に起きている全てのことが今までの経験からしても理解不能で・・・。
ただ・・・。
しかし、そんな風に今まで嗅いだことのない気持ちの悪い匂いに襲われたとしても、このまま引き返すことが出来ないというのも確かな事実といえるだろう。
もしも、仮にこのまま目を閉じたり、布団の中に下半身を戻したら、きれいさっぱり昨日寝る前の状態に戻っているのだとするなら、いいだろう。
だけど、そうはならないことはさっきまでの強い腹部の痛みからしてみても間違いがないし、むしろ時間が過ぎれば過ぎるほど、この痛みやしんどさやより強く濃くなっていくわけで、放置しておけば治るというものの類ではない。
だとしたら・・・・。もうここまで来たのだから・・・。
最後まで行ってみるしかもう道はなかった。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおお」
俺は覚悟を決めた
そして、まるで戦士が戦地に向かう前のように雄たけびを上げ、自身を鼓舞し・・・。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!・・・・・・・・・・・・・・・は?」
本当に意味が分からない・・・。
必死に力を振り絞り、布団を勢いよく剥ぎ取った先にあったものを見た瞬間、おれの頭は完全な思考停止へと追い込まれてしまった・・・。
「な、なんだよ・・・・・・・。なんだよ!!!これ!?なんで俺・・・・。こんなに・・・。」
「ち、ち、血だらけなんだよ!?!?」
こんなにも狼狽えてしまったのは人生で初めてのことかもしれない。
さっきまでの痛みの衝撃やあの生臭い匂いなんて目じゃないほどの大きな衝撃・・・・。
それが、今、目の前に、それも下半身にあったのだ。
「え、え、血!?なんで!?なんで!?」
「え、病気!?え。は。え・・・・・・。」
「やばい・・・。こんなのぜったいやばい・・・。って!!!」
「え、え、え!?!?!?!?」
もうすっかりパニックに陥ってしまう俺・・・。
あまりの衝撃に途中から呼吸の仕方さえも忘れたように、その呼吸は怪しく、過呼吸気味になっていく・・・。
そして・・・・・・
「うわぁぁぁぁぁあああああああああああんんんん」
こんなのもう耐えられるわけがなかった。
今までの人生の中で多分一番になるだろう。思いきり大きな声を上げて泣いてしまう俺・・・。
母さんの目があるというのに、この悲しみをどうにも抑えることなどできはしなかった。
そして・・・・・・・・・。
あまりのパニックで呼吸を途中からするのを忘れていたのだろう。
おれの意識はあっけなく暗闇の中へと落ちていった。
・
・
・
・
・
『瑞樹は大丈夫なのか?』
「たぶん・・・。でも、わたしもそうだったけど、受け入れるのにはまだ時間が掛かりそうね。ごめんなさい、あなた。わたしがもっと早くあの子にこのことを伝えておけば良かったのよ・・・。」
『いや、お前に任せっきりだった俺も悪いから・・・。あの子が起きたら一緒に伝えよう・・・。』
なにやら母さんと父さんの話声が聞こえてくる。
母さんはひどく悲しげな声で、そんな母さんを父さんは慰めているようだったが、どうもその場を流れる空気は重々しい。というか、どうやら俺についてなにかを話しているようで・・・。
(・・・・・・・・・。というか、あれ?おれはどうして、寝ているんだ?そういえばなにかがあったような・・・・・・。)
頭の中はもやがかかっているようでどうも考えが働かない。
しかし・・・。
ズキン
現実とは時に無情。
その痛みが腹部を襲った途端、おそらく数時間前に自分の身に突然何の前触れなく起きた様々なことが一気にフラッシュバックして蘇っていく・・・・。
(そ、そうだ!!!そうだった!!!おれは大量の自分の血を見て意識を失ったんだ!!!)
どうして、そうなったのかも、どこから出た血なのかもわからない。
ただ・・・・・・・・・・・。
おそらく、意識を失っている間に母さんが片付けをしてくれたのだろう。
先ほどまでのあの生臭い匂いは消えていて、その上、血まみれになってしまっていたはずのベッドカバーは違うものへと取り替えられ、あのなにかが股を伝っている感触も・・・。
(いや、それはまだあるな・・・・・。でもなんだ・・・・・・・。この感触)
なにかがおかしい。
そんな不思議な感覚に囚われてしまう俺
さっきまでのドロドロしたようななにかが股を覆っているような不快な感覚のほかに別のなにかがあるようなそんな感覚・・・。
(なんか紙みたいな・・・・。なんかゴワゴワしているような・・・・・・・・。え、まさか・・・・・・・・・・)
まだ意識が完全にはっきりしないもののその感触の正体を探ろうとする俺は一瞬、これはオムツなんじゃないだろうかとそう思ってしまう。
この紙のような感触も、この少しごわついた感触もなんとなく身に覚えがあったから・・・。
しかし・・・・。
(う~ん、いや、それはなんか違うような・・・・・・・・。)
なぜかはわからない。
ただ、明らかにこれはオムツなどではない気がしてならなかった。
第一、もしもオムツであるとするのならば、股間だけに感触があるとは考えられない。
物心つく前の記憶だからはっきりと断定はできないものの、オムツの場合は全体的に下腹部を覆うように付けられるのに対して、これは股間の一部分に宛がうように付けられているような気がした。
(なんなんだ・・・・・・。これ・・・・・。)
なにかが股を覆っているのはわかる。
ただ、それが何なのかがわからないという不思議な状態だった。
ただまあ・・・・・。
これがもしもオムツであったとしても、あるいは違うなにかであったとしても、とてつもない安心感を感じているのも事実だった。
というか・・・・・。
思い返してみれば、俺の最後に見た光景から察するに、シーツ一面に大量の血液があったわけなのだが、それがなくなっていることに加えて、このオムツのようなゴワゴワとした感覚から容易にあのさっきの俺の不始末というか後始末をしてくれたのはまぎれもなく母さんなのだろう。
(ってことは・・・・・。あ、もしかして/////////)
一瞬にして恥ずかしいという感情を抱いてしまい、顔が熱くなってしまう俺。
未だに股間を伝うなにかがあるのは確かだが、このゴワゴワとしたものがそこにある以上、多分というか絶対に、パンツの交換ひいては陰部を母に見られたということで・・・。
(/////////////////恥か死ぬ///)
思春期の男子にとって、それがどれほど恥ずかしいことなのか母さんはわかっていないのだろうか・・・・。
あまりの恥ずかしさを感じてしまったのか、もうそれしか考えることが出来ない
(やばいってほんとに///母さんに俺のちんちんを見られて///その上、オムツ替えとかどんな羞恥プレイだよ///)
こんなこと、友達や知り合いに知られたら、絶対に笑いものにされることだろう。
それくらいに思春期真っただ中の男子にとっては恥ずかしい出来事で。
「あ~~~~~~~~~////////////////もう////////////」
思わず、掛布団にそんな叫びをしてしまっていた。
しかし・・・・・・。
ズキリッ
「うぐ、また・・・・・・。」
痛みとは忘れたころにまたやってくるものなのだろうか。
先ほどまで俺を苦しめていた鈍痛がまたもや腹部に襲い掛かってくる。
ただ・・・・・。
「い、痛い・・・・・・・。けど、さっきのよりはまだましな気がする・・・。」
なぜ、そう思うのかはわからない。
ただ、漠然と痛みの度合いというか、程度が先ほど意識を失う前よりは明らかに軽い気がする。
それに・・・・。
「あ・・・・・・・・。こっちも・・・・・・・・。うっうっ」
痛みと共にじんわりと温かいドロッとしたものが股の奥底から流れ落ちるような感覚も健在なのではあるが、どうにもこうにも、下着越しに感じる不快感に比べると格段にましな気がするというか・・・・・・。
というか、しみこんでいっているようなそんなおかしな感覚すらそこにはあった。
そして・・・・・・・・。
「あ~これくらいなら・・・・・・。確認しに行けるかも・・・・・・・。」
このくらいの痛みとしんどさであれば、頑張って耐えられるような気がした。
俺は、未だに継続的に襲い掛かってくる腹部の痛みを抑え込むかのように、自身の手でお腹のあたりを抑えるとゆっくりとゆっくりとその足取りを部屋の外にあるトイレへと向けていく・・・。
「う、ぐぅ、痛い・・・・・・・・。」
ずきりと痛みが襲ってくるたびに、後ずさってしまうものの、その一歩は確かにトイレに向かっている・・・・・・。
ぬるり・・・・。
「うつうっ・・・・・。また出た・・・・・・。」
そして痛みと共に襲い来るこの股のあたりに不快感が襲ってくるこの感覚も健在で・・・。
さっきまで抑えれていたはずの涙が無意識のうちに頬を伝って行っている。
しかし・・・・・・・・・。
食あたりにしろ、なにかの病気にしろ、その原因をわかっておかないといけないというのも確かなことのはず。
まあ、俺は医者とかではないから、これが病気だったとしても、なんの病気なのかの判別が出来るわけないのだが・・・。
まずは今の自分の置かれた状況を確認しないことには何も始まらない。
「ふ~ふ~やっと、やっと着いた・・・。」
今までこんなにも自室からトイレに行くまでに時間が掛かったことがあっただろうか。
断続的に襲い来る痛みと、それによって齎される不快感も相まって、何倍もの時間と疲労感を要したような感覚だ。
トイレのノブを捻り、そのままいつもの自分であれば、ズボンとパンツを一気に下ろし、一物から放水するところであるが今日は違う。
ドアをゆっくり閉め、念のためにかぎを掛けて・・・・。そして・・・・・・。
「もうどうにでもなれ!!」
その掛け声とともにズボンとその下にあるであろう下着をきっちり摘まむと勢いよく下ろす俺。
ほんとうは、自分のものだとしても見たくはないが、一応の覚悟は決めていた。
しかし・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・。は?え?・・・・・・・・・・・・は!?」
目線を下にして、下着の中身を見た俺はあまりの光景に思わず言葉を失い・・・・。
そして・・・・・・・・・。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
次の瞬間には、本能の赴くまま、トイレ一体、いや家の中全体に響き渡る声で俺は叫んでいた。
ただ、まあ・・・・・。
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ
そんな風に自分でも信じられないほどの声量を持って叫んでしまったせいだろう。
数秒にも満たないわずかな間を置いて、階段をすごい勢いで駆け上がってくるような音が聞こえたかと思えば・・・。
「瑞樹!!!!!!大丈夫!?!?!?」
まるでデジャブかのように切羽詰まったような声が聞こえてきて・・・・・。
「大丈夫じゃない!!!!!血が血が血が!?!?そ、それに俺のあそこがない!?!?」
俺もまたそんな声に呼応するように、ありのまま起きたことを叫んでいた。
自分でも何を言っているのかわからない。
昨日までは確かにあったはずの男の象徴たる存在が跡形もなく消え、それなのに、お尻ではない穴から少し粘度の高そうな血の塊がぼたぼたとトイレの床面へと落ちていくのだ・・・。
もはや、パニック状態に陥っていた。
「俺の、おれのおちんちんがどこにもないんだよ!?どこに行ったんだ!?!?!?どこに・・・・。それに血もめっちゃ出てるんだよ・・・。ドロッとしてるし・・・。もしかして、おちんちんが取れて、それで!?え、なにこれ!?うわぁぁぁぁぁぁぁん・・・。」
パニックになりながらも、ありのままを叫んでしまって、思わず泣いてしまう俺・・・。
今日は何度泣いているのかわからないくらいだ。
でも・・・・・。
男の象徴たるおちんちんが忽然と目の前から姿を消してしまったとしたら、世の男性のほとんどはこうなってしまうのではないだろうか・・・。
それほどに今、自分の身に起きていることが衝撃的であり得ないことだった。
しかし・・・・・・。
「瑞樹・・・・・・・。あのね・・・・・・・・。」
気絶する前はいまの俺と同じくらいに狼狽し、その上、泣き出して何も言ってくれなかったというのに、それが嘘だったような落ち着いた声がドア越しから聞こえてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
その言葉の続きを聞かなきゃいけない気がして、一瞬だけ落ち着きを取り戻した俺に母さんの唾を飲み込むような聞こえ・・・・。
そして・・・。
「瑞樹、それは生理よ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。は?」