098話 旅の準備をしよう
魔族の国ジャジャムを目指して道なりに北上した結果、辿り着いたのがコルドの町。
辺境の町で乗合馬車の本数が少なく、ほとんど歩いて移動したよ。
さらに北に見えているのが氷河連山って名前の超寒そうな山脈で、そこを越えるための準備をここでしないといけない。
「おい、本当にあの真っ白な山を越えて行くのか?」
「今のところ、その予定じゃの」
「ドラゴンは寒さに弱いから通れないのですが、人族は恒温動物だから大丈夫なのです」
「やっぱり寒いの? 寒いんだよね? あの白いのって氷なのかな?」
この町にいる限りでは、これまでのどの町よりも涼しいなとは思うけど、さほど寒さは感じないよ?
でも、目の前に並んでいる山々が真っ白なんだよね。絶対寒いに決まっているよ。
「あの山頂付近には氷もあるのじゃろうが、妾たちが進む経路は低地が多くなるゆえに基本的に雪になるかの」
「雪? 氷とは違うの?」
「雪は氷のように硬くはないのじゃ。そうじゃのう、泥沼のように足が埋もれて歩きにくい状態だと言えばよいのかのう。妾も実際に雪の降る場所には行ったことがないゆえに、正確なことは言えぬのじゃ」
とても歩きにくいんだね。
「へー。物知りなマオでも分からないことがあるんだな。レティはどうなんだ?」
「我は知らないのです。寒い所に行ったら死ぬのです」
「え、死んじゃうの? そうだよね、十分に準備しないといけないよね」
「きっと、体を温かくする魔道具などを売っておるはずじゃ。いろいろ探して揃えるしかなかろう」
こういった経緯で、まずは冒険者ギルドでどんな物が必要になるのか聞き取り、そこで無謀だから止めろと言われはしたんだ。でも、勇者の私は魔王を倒しに行かないといけないから、雪山越えを断行するよ。
位置の確認ができる魔法使いがいないと迷子になるとか、濡れた服と体を乾かすことのできる者がいないと凍え死ぬとか、食料は予定日程の三倍分は持って行けとか言われたけど、どれもマオちゃんがいれば問題ないよね!
あと、ピオちゃんがいるから、迷子になってもすぐに帰ることができるからね。
「うむ。雪山越えはなかなか大変なようじゃな。そうじゃのう……。妾に数日、時間をもらえるかの? 雪山登山に必要となりそうな魔法を、大至急考案してみるのじゃ」
「そんなことができるのか?」
「妾は魔王じゃからの」
「それは目的地にいる悪者だよ。マオちゃんはいい人だから、全然違うよね」
「ただのロリババアなのです」
冒険者ギルドから出ると、マオちゃんには魔法の開発に専念してもらうため、私たちとは別行動になる。ピオちゃんはマオちゃんの手伝いをする。なんでも、魔法の開発には素材が必要で、その採取にピオちゃんがいると早く集まるんだとか。
「最初はあの店に寄ってみよう」
私、レティちゃん、ミリアちゃんの三人で雪山登山に必要な物資を買い揃える。
この町は氷河連山が近いから、雪山登山に必要な物を扱っている店がそれなりにある。どの店に行けば何を売っているかは冒険者ギルドで教えてもらっているから、順に回るだけ。
「らっしゃい」
「うわあ。毛皮のブーツだよ。もさもさしてるよ」
「重いのです」
「ごっついブーツだなあ。普通のブーツよりも丈があるし重くもなるよな」
毛皮のブーツはふくらはぎを覆うくらいの丈があって、入り口に紐がついていて縛れるようになっている。そこから雪が入らないように縛るみたい。
「あんたら、雪山で素材の採取でもするのかい? 雪山は危険だからやめときな。あんたらみたいな若いのが、これまでに何人も帰らぬ人となっているんだよ」
さっきまで椅子に座っていた店主のおばさんが私の隣に歩いて寄ってきて、雪山は危険だと言う。
「ちょっと山を越えて向こう側に行くだけだから、大丈夫だよ」
「はぁ……。そんなハイキング気分で行けるような甘っちょろい所じゃないよ、雪山は。一歩進むのも大変、二歩進めば戻るのも大変。動けなくなって立ち止まれば雪に埋もれる。極寒の地獄さ」
「おばさん、心配してくれてありがとな。私たちは雪山で寒さをしのげるように魔法を使いながら進む予定だから、なんとかなるつもりだ」
マオちゃんが何か役に立つ魔法を開発してくれる予定だからね。
「そうかい……。それならこれも買っていきな。かんじきっていって、足が雪にめり込まなくなる。ほら、このように装着して使うのさ」
かんじきは、木の枝を丸い輪にしてロープを通した道具。ブーツを輪の中心に置き、ロープで縛って固定して使うみたい。
毛皮のブーツを人数分と、かんじきも人数分購入した。
あまり足の大きさを気にしないで全員分同じサイズの毛皮のブーツにしたんだけど、分厚い靴下を履くことを想定してそれなりに大きなのを選んだから、どうにかなるよね。
「次は手袋屋だね」
近くにあるのは手袋屋。何をするにしても手はよく使うため手袋の中が濡れやすく、また穴があくこともある。最低でも二組用意するほうがいいって冒険者ギルドのお姉さんが言っていた。
毛皮の手袋にはいろいろあって、悩みながらも保温性重視の物を選んだ。
「帽子も扱っているのです」
「お。これ可愛いな。しっぽがついているぞ」
後部にもふもふのしっぽのついた帽子。耳当てもついている。
「本当だねー。こっちのはてっぺんに丸い毛玉がのっかっているよ」
毛糸で編まれた帽子。下までおろせば耳を覆うこともできる。
帽子には多くの種類があって、目移りしてとても迷う。
いろいろ悩んだ結果、しっぽつきの中で最も可愛いと思った物を選んだ。も、もちろん、機能性を重視したんだよ。
紐である程度サイズ調整ができるようになっているから、頭の大きさを気にせずかぶれるしね。
「二店舗しか回ってないのに、結構時間が経ったな。今日は次の店が最後になりそうだな」
三店舗め。それは毛皮のコートを扱っている店。その前まで行き、扉を引こうとすると。
「あれれ? 鍵がかかっているよ?」
「もう閉店時間なのですか? 早すぎるのです」
「そりゃあないだろ。店主が用事で出かけているだけかもしれないし。隣の店に聞いてみようぜ」
隣は雑貨屋。何か必要な物があれば買うつもりだし、寄って尋ねるのもいいかもしれない。
「すみませーん。ちょっといいかな? 隣の毛皮の服の店って、なんで閉まっているんだ?」
「ああ、お隣さんのことかい? 先日、店主のウルデリコが倒れてしまって……。医者に診てもらったら不治の病だったそうだ。気の毒なことにな」
店番のおじさんは、うつむき気味に話した。
「それは困るのです。毛皮のコートを扱っている店はそこしか聞いていないのです」
「ああ。この町でコートを扱っているのは、今ではウルデリコだけだな。奴は弟子をとってはいたが、まだ商品を製作できるほどにはなっていないだろうし。残念な話だ……」
「そっかー。おじさん、これとあれを買うよ。あ、薪も扱っているんだね。薪は多めに買うよ」
頑丈な杖四本と、ランタン一個、薪を大量に購入した。
先端に輪っかのついている杖が雪山を歩くのに必要だって聞いていたし、雪山での夜は長いらしいのでランタンも購入予定に入っていた。
薪は暖をとるにも温かいスープを作るのにも必要だから多めに買った。
「まいどあり」
雑貨屋を出てから、みんなと相談する。
毛皮のコートなしで雪山に挑むのか、それともウルデリコさんが回復するのを待つのか。
「冒険者ギルドでは毛皮のコートが必須だって言ってたけど、実際のところどうなんだろうな」
「店を開いてもらえばいいのです」
「うーん。寝込んでいるのなら、ちょっとそれはまずいと思うよ」
結局、このまま中央広場に向かうことになった。そこでマオちゃんと合流し、宿屋に行く約束になっているから。
「おおう、待たせたようじゃの」
「うん、ちょっと早く来ちゃった。毛皮のコート屋が閉まっていて、買うことができなかったんだ。困ったよ」
中央広場でちょっと待ったけど、マオちゃんとピオちゃんが帰ってきた。マオちゃんの服が少々汚れているのは、いろいろと採取をしていた証だね。
「なんじゃ? 明日になったら開いておらぬのか?」
「それがな、店主が不治の病とやらで寝込んでしまったようなんだ。ふぅ」
ため息をついたミリアちゃん。
「不治の病のう。それは気の毒じゃの……。役に立つかは分からぬが、一度妾に診せてもらうことはできぬかの? いずれにしても今日は遅いから明日になるがの」
今日はこのまま宿屋に泊まり、明日の朝、出直すことにした。
「マオちゃんのほうは、目的の素材は集まっているの?」
「うむ。順調そのものじゃ。素材集めの際、薬草として使える物もいくつか採取しておる。もしかすると、明日、役に立てることができるかもしれぬ」
「不治の病だぞ? 薬草で治るなら不治の病じゃなくなるぞ」
「実際に診てみぬとなんとも言えぬが、妾の薬草の知識はそこらの医者には負けぬのからの。そもそも医者が薬草と認識しておらぬから、薬草が生え放題になっておったのじゃろうしの」
「明日になれば結果が出るのです」
宿屋で一泊し、朝、毛皮のコート屋の前に行った。
相変わらず扉には鍵がかかっていて開かない。
「すみませーん。開けてもらえないかなあ?」
扉をノックし、声を上げるミリアちゃん。
だいぶ遅れて、奥から返事があった。
「ごめんなさい。当店は閉店しました。再開のメドは立っておりません」
「店主が病気と聞いたのじゃ。顔だけでも拝ませてくれぬかの?」
「すみません、ウチを贔屓にしてくださっているお客様でしたか? どうぞ、中へ」
ガチャリと鍵が外れて扉が開き、若い男性が顔を出した。
「あれ? 常連さんにしては若いような……」
「細かいことは気にするな、なのです」
この男性は店主の弟子で、最近はずっと店主のウルデリコさんの看病をしているそうで。ウルデリコさんには家族がいなくて、誰も面倒を見る人がいないらしい。
「店主はその……、意識がありませんので……」
私たちは奥に案内された。
そこでベッドの上で横になっているウルデリコさん。おじさん以上おじいさん未満の見た目。ただ、苦しそうにしかめっ面になっている。
「気の毒にのう。医者はなんと言っておったのじゃ?」
「ケタルド病と診断されました」
それを聞くとマオちゃんは「少しだけ触れてもよいかの?」と言って、ウルデリコさんの頬、腕、腹、ふくらはぎを順に触れた。
「なるほどの。人族では治療法が確立されておらぬ病、ケタルド病に間違いないようじゃな。これなら、妾の知識で改善はできる。どうじゃ、妾が薬を煎じること、許してもらえぬかの?」
「病が改善するのですか? それは本当のことですか? あ、あの、対価を支払う余裕がありませんので……」
弟子の男の人は、マオちゃんのことを押し売りか何かと勘違いしている模様。
「対価など要らぬ。手持ちの薬草を煎じるだけじゃ。副作用も出ぬから安心いたせ」
「都合よく薬草を持っているから、それが胡散臭く聞こえるんじゃないのか?」
「そっか。マオちゃんは確かに薬草を持っているけど、それはたまたま昨日採取して持っているだけなんだよ。何か悪いことを企んでいるわけじゃないよ」
「不治の病なのです。試すほうがいいのです」
みんなで畳みかけるように弟子の男の人を説得し、遂に、
「お医者様からはもう手の施しようがないと言われておりました……。少しでも師匠の苦しみを和らげることができるのでしたら、どうか、薬草をお分けください」
と、弟子の男の人はお辞儀をした。
「では、キッチンを借りるのじゃ。早速煎じるからの」
みんなキッチンへと移動し、マオちゃんは野営用の鍋とフライパンを出していくつかの薬草を煮たり焼いたりする。
一度すべてを集めて木の棒ですり潰し、さらに焼いて粉にする。
「できたのじゃ」
「まだですよ。それだと遅効性ですから、即効性に変えましょう。マブシク・ニッコーリ♪」
「わわっ」
ピオちゃんがスティックを掲げていつもの魔法を発動し、私は条件反射で踊りそうになる。粉薬が輝き、それが徐々に収まっていく。
いろいろな効果があって便利な魔法だね。
マオちゃんは粉を小皿に盛り、ウルデリコさんのもとへと運ぶ。
「意識がないゆえに、飲ませるのには苦労しそうじゃ。さて、どうしようかのう」
水の入った木のコップに粉を入れ、木の棒でかき混ぜてはみたものの、マオちゃんはどうやって飲ませるかで悩んでしまった。
意識がない人に無理に飲ませると、肺に入っちゃうらしい。
「ストロー変化♪」
「うわっ! 葉巻? いや、葉っぱ!?」
突然現れた長ーい筒状の葉っぱに、弟子の男の人は動転していてピオちゃんの声には気づいてない。
「これを使えばよいのじゃな? では」
筒は口の中、おそらく喉よりも奥まで入り込んでいる。
マオちゃんは筒の入り口でコップを傾け、薬を流し込んだ。
「変化解除♪」
ピオちゃんの魔法によって、筒は一枚の葉っぱとなり、ウルデリコさんの胸元にひらりと落ちた。
「ん…………、ぁ?」
「師匠!?」
それまで閉じていたウルデリコさんの目が開き、顔が弟子の男の人のほうに傾けられた。
「ワシは……」
「師匠、意識が戻ったのですね! 嬉しい。こんなに嬉しいことはありません」
「どうじゃ。指は動くかえ?」
「はて? 初めて見る顔じゃが、お医者様かの? それともここは天国かの?」
ウルデリコさんはいろいろ疑問に思いながらも、マオちゃんの指の動きを真似するように指を動かしてみせている。
「ロリババアが近くにいるのですから天国ではないのです」
「あれ? 師匠の知り合いの方だとばかり。失礼ですが、あなた方はどちら様でしょうか?」
「私か? 私は名探偵ミ……、もごっ」
「私たちは通りすがりの旅人だよ。ここには毛皮のコートを買いに来たんだよ」
「そうか。では……、ぐっ」
「ちょっ、無理しないで。急がなくていいから」
上半身を起こそうとして、体のどこかに痛みを感じて断念したウルデリコさん。私はベッドの隣でドギマギしている。
「まだ安静にしておるのじゃ。即効性の薬を飲んでもらったとは言ってもの、瞬間にすべてが良くなるわけではないからの」
「すぐにお医者様を呼んできます」
「それがいいのです」
弟子の男の人が外に行き、戻ってくるまでの間、私たちが看病をする。
「ワシが倒れるとは、不覚だった。まだ弟子には多くを教えねばならん。目が覚めたからには、バリバリ教え込むぞ」
「そう慌てるな。しばらくは安静に、じゃぞ」
「もう治ったんだろ? 動いてもいいんじゃないのか?」
「ワシには分かる。軽い貧血だったのだろう。何か食べれば全快だ」
倒れてから意識がなかったのなら、病名とかも知らないんだよね? 不治の病だって教えたらまずいよね?
「師匠! 無茶言わないでください。日頃からあちこち痛いって言ってたじゃないですか。それのどこが貧血ですか!」
弟子の男の人が医者を連れて戻ってきた。
「ほ、本当にウルデリコ君かね? 軽口を言えるほどに回復しているのかね!? す、すぐに診察だ!」
医者が服をまくり始めたから、私たちは一度部屋の外に出る。そこにいても声だけは聞こえてくる。
「顔色良好。呼吸正常。心臓の鼓動、良好。手足の動き、正常。どうだ、ここは痛いか? ここは? 次、ここは? ……」
いろいろ触診しているようで、ウルデリコさんはどれも痛くないと答えた。
「まさかとは思うが、症状が軽くなっている。いや、症状が消えたと言ってもいいくらいだ。一体何があったのかね? 君は典型的なケタルド病の症状を発症していたんだぞ。不治の病が快方に向かうなんて見たことも聞いたこともない。前代未聞だ」
医者は興奮しているのか、凄い早口で説明した。
「は? まさかワシがケタルド病なわけないだろ。こうして元気にしているじゃないか。ただの貧血だよ、貧血」
「馬鹿も休み休み言いたまえ。ありったけの痛み止めを処方しても治まることのない全身の痛み。それで君は意識を失って倒れたのだよ。ケタルド病特有の斑点も出ていたしな」
「師匠。私は、お医者様から余命宣告を受けていたのです。どんなに悲しかったことか……。うううぅ……」
「それで、何が起きたのだ? クリム神様の奇跡が起きたのか?」
「ぐすっ。先ほどの冒険者の方が、薬草を煎じて、ぐすっ、師匠に飲ませたのです……。その途端、師匠は元気に……」
「馬鹿な! 薬草がそんなに急に効くわけが……。診察だ、もう一度診察だ!」
混乱しているのか、医者はもう一度診察を始めた。
弟子の男の人が涙を拭いながら私たちを再び部屋に迎え入れ、マオちゃんに手を差し向けて「この方が薬草を……」と説明した。
「薬草とは、何を使ったのかね? 毒ではないのかね?」
「薬効成分としてはサザギリソウ、ラブッコロ、カイロウの三種類じゃ。まだ一回しか服用させておらぬから、あと数日続ける必要があろう。煎じた薬はキッチンに残しておる」
ほかにも草を使っていたのは、苦みを抑えたり味を調えたりするためだったとのこと。
「サザギリソウがケタルド病に効く? そのようなこと、聞いたことがないが」
私も聞いたことがないよ。雑草だよね。
「そうじゃろうのう。これから詳しく教えてやるから、お主が責任を持って世間に広めるのじゃぞ。妾は今後忙しくなるゆえ、そのようなことはできぬからの。あと、通常は遅効性じゃ。即効性に変えたのは魔法なのじゃが、それについては教えることはできぬ」
こうして、マオちゃんが医者にいろいろ薬草の知識を教えることになった。
あー。難しい話も混ざっているよ。
私には理解できないことばかりだけど、「この話が本当なら多くの人が救われる」とか、「まさかあの草が薬草になるとは、誰も知らない」など、感嘆の声がいくつも聞こえてくる。
で、最後のほうでは「まさか、君は薬の知識を広めるためにクリム神様から遣わされた使徒様ではないのかね?」と、変な方向になっていたよ。




