096話 名探偵ミリアちゃんリターンズ 中編
「で、レティ。帝都のどこに行けばいいんだ?」
「ふぅー、助かったのです。とりあえず、あっちなのです」
助かったって、なんのことだよ?
それに「あっち」って、適当だよな。
帝都に来てしまったから、今日の調査は終わりなんだけどな。
レティの先導で西に向かって歩いて行く。転移用の花は東門近くに植えてあったから、今は帝城に向かっている感じだ。
でも、帝城には寄らずに迂回し、帝城を眺めながらさらに西に進む。
すると。
「何、あれ?」
「うはあ! 面白いことが起こっているぞ!」
西広場に至ると、そこには巨大なお菓子がいくつか落ちていて、それに子供たちが群がっている。
「ふんす、ふんす、ふんぬ。ふんす、ふんす、ふんぬ、ふんぬっ」
一人だけ、ニワトリパジャマで踊っている女の子は……。
「あのニワトリパジャマ、ベッティちゃんだ! ねえ、このお菓子何? どうしたの?」
エムが走って近寄り、声をかけた。
「食べすぎたから、お腹がすくよう、踊っているりん」
「お前の踊りについて尋ねたんじゃないだろ!」
バコンっ!
ここでもハリセンがいい音を奏でる。ベッティの首が真横に倒れた。
「ごきっ。今日のお菓子が大好きなロールケーキだったりん。それで、大きくしておなかいっぱいになるまで食べようと思い、お菓子を大きくする魔道具を開発したりん……」
すぐに両手で首を元通りに戻し、話すベッティ。
魔道具の試運転をここ西広場で行い、想定通りに動作したそうだ。
その結果が、散らばっているお菓子なんだな。
「しかーし! 今回の魔道具は失敗だったりん。ロールケーキを大きくしてかじりついたら、スポンジばかり食べることになったりん。クリームに届く前に満腹になったりん、げふっ……」
ああ、あのくるくる巻いているお菓子がロールケーキで、白っぽい部分がクリームか。って、あんなに大きくして誰が食べるんだ? 大きくしすぎだろ?
「それってもしかすると、私も食べてもいいよね? わーい!」
エムが子供たちに混ざってお菓子に飛びついた!
いつの間にか、マオとレティまでお菓子に取りついているぞ。
「茶がないと、少々のどにつっかえるのう」
「マオリーはババアなのです……、うぐ、ごほっごほっ」
「ほれ見たことか。スポンジばかり食べておるとそうなるのじゃ」
しゃーないな。子供たちだけじゃあ持て余すだろうし、私も混ざって食べるとするか。
ベッティも踊りを止めて食べ始めた。
はむはむはむ……。
これって、ケーキと同じ素材なんだよな?
はむはむはむ……。
滅多にケーキなんて食べないけど、これはケーキよりパサパサしている気がするぞ。
はむはむはむ……。
どれだけ口の中にいれても、なかなか減らないなあ。
はむはむ。んーっ。
たしかにクリームに辿り着ける気がしないぞ。
はむはむはむ、はむはむはむ……。
スポンジばかりで飽きてきたな……。
はむ、はむ、はむ……。
「げっぷ、もうムリ。これ以上食べられないぞ」
私が食べた部分は、自分の顔と同じくらいの穴になっている。
よくがんばったな、私。
そもそも、生まれてこのかた、大きなケーキなんて食べたことがない。そういう意味では幸せを堪能できたと思うぞ。ふぅー。
「同じく、もうムリだよ~」
「甘味を残すとは、人族は贅沢なのじゃ」
「マオリーが貧乏すぎるだけなのです。げふ」
「君たち、お腹をすかせるために踊るりん! ほら、立った立った。それ、ふんすっ、ふんぬっ、ふんすっ」
「え、えええ~? わわっ、とん、とん、とととん」
「我も、なのですか? ふんっ、ふんっ、ふんっ、おえ~」
「私も巻き込むのか! そら、それっ、よっと、とっとっと……、うっぷ」
「食べてすぐに激しく動くからそうなるのじゃ……」
ダウンしたのは私たちだけかと思いきや、ベッティも青い顔になって座り込んでいる。
ベッティはさっきまで大丈夫だったのに、急に気分が悪くなったのか? ……食べすぎには違いないからなあ。
「そうだ! ベッティちゃん、おっきな物が入る魔道具ってどこかにある?」
「おえっぷ。おっきな収納の魔道具……。それりん! ふんすっ。今すぐ作るりん!」
ベッティは目を光らせ、急に立ち上がると、どこかに走って行った。
私たちにはそれを追う元気がない。気持ち悪~。
石畳に尻と両手をつけ、空を眺めて気分を紛らわせる。絶対にロールケーキのほうには目を向けない。今は食べ物を見たくない気分だから。
「ふんぬっ! じゃじゃーん」
気持ちの悪さが峠を越えた頃。ベッティが走って戻ってきた。
その手には手提げバッグのような物が三つ、握られていて、それをエムに見せびらかすようにしている。
「君、素晴らしい発想りん。これで助手に怒られなくて済むりん」
「で、なんなんだ、それは?」
「収納の魔道具りん。大きなロールケーキを入れることができるりん」
今に始まったことではないんだけど、ベッティは会話の受け答えが少しずれていてなかなか理解に苦しむ。こちらから質問を重ねないと真意は伝わらない。
「ロールケーキを入れてどうするのじゃ?」
「怒られなくなるりん」
「なるほどー。このままロールケーキを西広場に置いたままにしていても食べきらないから、しまわないといけないんだね」
サムズアップをエムに向けるベッティ。どうやら当たりらしい。
「大きな容積の収納の魔道具。その発想はなかったりん。大きなロールケーキを分解する、小型化する、見えなくする、さらに大きくして帝都を包んで誤魔化す。助手の好物も大きくする。怒られないよう、いろいろ対策を考えたりん」
ロールケーキが放置されていることが問題なのなら、ベッティが考えた対策はどれも的外れのような気がしないでもない……。
「ふんす、それっ! ふんすふんすっ、それそれっ!」
「わあ! 綺麗さっぱり消えちゃったね」
群がっていた子供たちは満腹になって休むか、家に帰るかしていて、ロールケーキが消えたことを残念がる者はここにはいない。
「うむ。その収納の魔道具があれば、大きな岩を運ぶことができそうじゃの。ちと、試してみぬか?」
「大きな岩? どんな大きさりん?」
「こんくらいの大きさだよ!」
エムが両腕を広げて大きさを表現した。
「あー、それは無理りん。収納時に必要になるマナは、入れる物の質量に比例するりん。質量が大きすぎて魔道具側のマナ容量が全然足りないりん」
「マナ容量とやらを大きくすることは、できないのですか?」
「んー……。むー……。ふんすっ。不可能りん」
目を閉じて考え、空を見て考える。そして鼻から息を大きく吐いて不可能と答えた。
現存する素材をどう組み合わせても、私たちが望む容量には到達できないとのことだった。
「でも、ミーに見せるりん」
「何を見せればいいの?」
「岩りん」
ここで待ったをかけ、私たちは作戦タイムに入る。少し離れた位置で、ベッティにピオの転移を披露してよいかを話し合う。
その結果、ピオの承諾を得られたのでベッティを白虎岩のもとへと連れて行った。
「一瞬で景色が変わったりん!?」
「ピオちゃんの転移魔法で移動したんだよ」
「てんい、まほう?」
今はベッティにもピオの姿が見えるようになっている。
目を丸くして左右を頻りに見回すベッティに、エムが優しく言葉をかけた。
「わーお。大きな岩りん!」
今度は見上げて跳び上がるベッティ。
ニワトリパジャマの後ろ姿は、ニワトリが飛ぼうとしているようにも見える。
「そいつは違うぞ。足元に段差があるだろ? 収納の魔道具に入れたかったのは、そこに収まる大きさの岩なんだ」
「ここに置いてあった岩がね、盗まれたの。その犯人を捜しているんだよ」
「収納の魔道具を使ったのではないかと考えたのじゃが、お主としては、それは無理なのじゃろう?」
「ここで実際に大きさを確かめて確証を持ったりん。収納の魔道具には理論上、入らないりん。しかーし! ふんすっ」
「しかしどうしたのじゃ?」
「別次元に隠すことは理論上可能りん。それでも残念りん。魔道具の作成方法までは思いつかないりん」
「盗んだのではなく、隠したのか……。そういう発想はなかったな」
「ベツジゲン?」
エムはきょとんとした顔になっている。その気持ち、私も分かるぞ。最近よく聞くけど次元ってなんだよ。まったく意味不明だぞ。
「ここにあるけど、ここにない。それが別次元への転送りん」
「ぶるぶるっ。次元については、小人族と人面樹がいろいろ知っていたのです。こんな所からは早く去って、尋ねに行くといいのです」
おいおい。まだここに来たばっかだぞ。
まあ、ここでの調査はさっき打ち切ったばかりだから移動することに反対するつもりはないけどな。
「じゃあ、ベッティちゃんを帝都に帰してから小人の国に行こう!」
「小人りん?」
ベッティの目が星のようになって輝いている。小人族に興味があるようだ。
「内緒中の内緒だから、今度ばかりは連れては行けないよ~」
「ふふふ。一緒に行っても、いいですよ♪」
「これからじゃと、町で一泊しないといけない時間になるのじゃが、大丈夫なのかの? 一旦、帝都に帰ってもらって出直すほうが……」
「大丈夫りん! わくわく……」
ベッティは大きな声で大丈夫と言い、踊り出した。
どうしてそこまでベッティを信頼するのか分からないけど、ピオの許可が下りたので、私たちはカレア王国のベリポークの町へと転移した。私たちが初めて出会った町だ。今日はここで宿泊することになる。
妖精の国へのゲートの近くにも花が咲いているのに、いつも一旦ここに来るんだよな。
「ここが、カレア王国りん!? 帝都とはまったく違うりん」
宿屋の中では、ベッティがはしゃぐはしゃぐ。遠出をしたのは今日が初めてらしい。そして、ぱたりと静かになったと思ったら、ぐっすり眠っていた。
なっしんぐ☆です。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。




