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094話 ジューシー族の村

 冒険者ギルドから出ると、その入り口の前で救出者三人が私たちに向かって改めて涙を流して感謝を述べ始めちゃって、それが多くの人の目について少しだけ照れくさかったよ。

 三人とはそこで別れたんだ。彼女らはもう一度ブラーク商会に赴くって言ってたよ。ブンノートの町での謝罪に同行する予定なんだ。

 私たちは、一度ミリアちゃんの故郷へと転移し、フリーデちゃんと別れた。その際、最大限の感謝の気持ちを伝えておいた。

 フリーデちゃんがいなければ、呪われた冒険者が助かることはなかったし、かといって呪われた冒険者を見捨てて先に進むこともできなかったから、あの空間で長い間足踏みしていたかもしれない。だから、フリーデちゃんあっての救出劇だったと思う。

 私たちは再び王都バータに戻って宿を取り、次の日、ジューシー族の村に向かった。



「ここがジューシー村? 広いねえ」


「広さは王都に引けを取らぬようじゃが、家々の造りが原始的じゃのう」


 名前は村なんだけど、そこらの町にも負けないとんでもない広さ。

 外から見ると城壁で囲ってあって内部の村はきっと発展しているだろうと思っていたのに、いざ門をくぐると超原始的な光景が広がっていた。

 通りは石畳にすらなっていなくて泥の状態。交差する通りに沿うように小川が何本も流れていて、そのほとりには草が生え放題になっている。

 建物に目をやると、柱と屋根だけの家が多く、壁のある家はあまりない。言い換えると、中にいる果物ズ、もとい、ジューシーさんが丸見えになっている。


「依頼主の巫女様ってのは、どこにいるんだ?」


「前に、『ジューシーレインボー』の奴らが、この国では巫女は国王よりも上位だとか言っておったからの。城にでもおると思ったが、どこにもそのような建物は見当たらぬのう」


「れいんぼーって、果物ズのこと? 私たちを盗人呼ばわりするし、言ってること信用できるのかなあ?」


「くんくん。うまそうなのです……」


 誰かに尋ねればいいとは思うんだけど、みんな家の中にいて、それでいて家の中からこちらを見ていて、近づいて行くには勇気がいる。


「よく見れば、床が家の中の半分にしか設置されていないぞ。残りの半分は泥のままだ」


 その泥の上に突っ立っているジューシーさんが結構いる。

 家々がこんな状態だから、当然、私たちが泊まれるような宿屋は見当たらない。店すら一軒もない。もちろん、人族は一人もいない。だから私たちは物凄く場違いな状態。

 これは早く依頼を済ませないと、野宿が続くことになっちゃうよ。


「あ! 盗人ぬすっとがいるろ!」

「盗人!? 捕まえるぞ、ごるぁ!」

「あたいらの前に現れたのが百年目。お前たち、逃がすんじゃないよ!」

「ぼぼぼぼ~」


 わわわっ!?

 さっき噂をしたから果物ズが現れたの?

 ベーグ帝国から帰ってたの?

 まだ遠いけど、明らかに追いかけて来ているよ?

 追われると逃げたくなる。

 みんな気持ちは同じで反対方向に走りだす。

 すると。


「わふっ!?」

「うひゃっ!」


 家々から飛び出したジューシーさんに囲まれ、あっと言う間に取り押さえられてしまった。


「いい加減、盗んだ物を洗いざらい出しやがれ、ごるぁ!」


「まだ言ってるの? 何も盗んでなんかいないよ~」


「私は違うだろ? お前らにはベーグ帝国で兵卒として会っただけだぞ?」


「盗人の友達は盗人の始まりろー。盗人に決まっているろー」


「ならばお主らも、盗人の知り合いで盗人の仲間の始まりじゃろ、痛っ」


 マオちゃんは頭をレモンに殴られた。


「ふん。お前たち、盗人を巫女様のもとへ連行しな。巫女様に裁いてもらうよ」


 私たちは両手をきつく縛られ、果物ズと大勢のジューシーさんに囲まれた状態で土の通りを連行されて行く。

 東の奥のほうに、やや高い土台の大きな建物が見えてきた。

 赤い柱に白い漆喰の壁、銅板ぶきの緑色の屋根。

 その建物の前は石畳になっていて、私たちはそこでペタンと座らされた。


「巫女様、噂の盗人をとっ捕まえてやったよ。裁いておくれ」


 建物に向かってリンゴが大きな声で叫んだ。

 すると、建物の引き戸が開き、中からモモのジューシーさんが出てきた。


「あらったまん、きよったまん。かしこみかしこみもうす~。豊饒神様、盗人は死刑でよろしいモモ?」


 先端に連なる白い紙切れのような物がついている棒をバサッバサッと振って何かを呟いている。どうやらあのジューシーさんが巫女様らしい。


「ちょ、あいついきなり死刑とか言いやがったぞ!?」

「盗みを疑われたら死刑って、意味が分かんないよ~」

「ロープをちぎってギャフンと言わせてやるのです」

「待て待て。まだ決まってはおらぬ。もうしばらく様子を見るのじゃ」


 みんな小声で話し合う。


「よくわかんないけど、神様に尋ねているっぽいから、私たちも祈って無罪を主張しようよ」

「手を縛られておるから、瞑想しかできぬがの」

「めんどくさいのです」

「あ~無罪、無罪。私は端から関係ないしな」


「あらったまん、きよったまん。ぴ-ぴぴぴぴ……、盗人は死……」


 また棒を左右に振ったかと思ったら、顔に力を入れて震わせ始めた。そして死刑の「死」まで声にしたところで、それをかき消すように、


『ほーじょー。無罪!』


 どこからか、残響音を含む大きな声が響いた。


「な、なんだい、今のは!?」

「豊饒神様のお声か、ごるぁ!?」

「ありがたいろー」

「ぼぼぼぼ~」


 果物ズを始めとし、ジューシーさんたちは皆、その場で片膝をついて手を組み合わせている。「ありがたや~」的な声が方々から聞こえてくる。


「へ? ひょっとして神様の声だったの?」

「巫女様とやらは、そのような事が起こせるのかの?」

「いや違うだろ。巫女様は驚いて大きく口を開けて固まっているぞ」

「無罪だから、ロープをちぎるのです。ブチッ」


 レティちゃんは自身の手首を縛っているロープを腕力だけで千切って外し、ミリアちゃん、私、マオちゃんのロープもそれぞれ掴んで千切った。


「はっ!? ひぃひぃふぅー。ひぃひぃふぅー。あらったまん、きよったまん。今のお声、豊饒神様でよろしいモモ?」


 巫女様は我に返り、一風変わった深呼吸を二回してから木の棒を左右に振り、空に向かって尋ねた。


『ほーじょー。我はワクワクもりもりフサフサぼんぼん豊饒神なり~』


「「「「「「ははあ~っ」」」」」」


 謎の声が豊饒神様だって名乗ったら、この場にいるジューシーさん全員が平伏しだした。私たちはあっけにとられて周りを見回している。


「奇跡だ、奇跡が起こった、ごるぁ!」

「まさかの豊饒神様のご降臨さ。お前ら、末代まで語り継がれる一生モノの出来事だよ。耳の穴かっぽじってよく聞いておきな」

「ありがたいろ~」

「ぼぼぼぼ~」


 神様が判決を伝えるのは、いつものことじゃないみたい。

 ということは、神様が私たちを助けてくれたんだね!


「もう茶番はこれくらいでいいだろ? 無罪なんだからさ」


「相変わらずサルどもは分かっちゃいないねえ。いくら豊饒神様のお声が届いても、巫女様が判決を下さないと何も決まらないのさ」


 リンゴが平伏の姿勢のまま顔だけをこちらに向けて話した。

 スライドする顔って便利だね。


「ならば巫女様よ。早く判決を言い渡すのじゃ」


「はっ!? あらったまん、きよったまん。ぴーぴぴぴぴぴぴぃ、無罪モモ!」


 巫女様は無罪だと宣告した。無罪は当然のことなんだけど、巫女様が言ってくれたことで安心できたよ。最初は死刑にしようとしていたからね。


「我らは、最初から無罪だったのです」


「くやしいけど、巫女様が無罪と判決を下した以上は、あたいらは従うよ」


「ごるぁ! 盗人は無罪ごるぁ!」


「盗人言うな!」


 これまでのうっぷんを晴らすかのように、ハリセンがレモンの体をクリーンヒット。レモンはどこかに転がって行った。


「あらったまん、きよったまん。かしこみかしこみもうす~。来年の収穫はどうなるモモ?」


『ほーじょー。凶作!』


「「「「ぐわぁぁあ」」」」


 この場にいるジューシーさん全員が一斉に頭を抱えて叫んだ。

 周辺にはとくに畑とかはなかったけど、遠くに農場とか持っているのかな?


「お前ら、水と光と土があれば生きていけるって言ってただろ。凶作関係ないじゃん!」


「ぼへっ。転がるろ~」


 ハリセンのフルスイングで、今度はメロンがどこかに転がって行った。よっぽどうっぷんが溜まってたんだね。


「そうなのですか?」


「ああ。ジューシー族って何も食べなくても生きていけるって聞いたぞ。葉で光を受けて、口から水、足から土の養分を吸収するだけでいいらしい」


 何それ。便利な体だね。


「そうであれば、凶作はそれほど悩むことではなさそうじゃのう」


「ふんっ。これだからサルどもは……。あたいらはね、ここに実をつけて子孫を増やすのさ。だから、実がなりにくい凶作の年は、子宝に恵まれないってことになるのさ」


 リンゴが、頭についている葉の辺りを指差して説明してくれた。盗人の件が解消されたから、今後は「果物ズのリンゴさん」に格上げしようかな。


「へー。頭の上にも、もう一つの顔ができるんだね」


「ぼぼぼ。顔じゃないぼん。子供だぼん」


 どっちにしても顔が二つになるよね。実ができたらきっと賑やかになるんだよ。……手足が生えていたら、ちょっと不気味に見えるかも。


「両方とも、我が食べるのです。じゅるり……」


 レティちゃんの目が向いた先のジューシーさんたちが、恐れるように後ずさる。レティちゃんの顔の向きが変わると、そちらでも同様に下がって行く。中には尻を地面に擦るようにして後ずさるジューシーさんもいる。


「エムや。そろそろ依頼の話をするのじゃ」


「あ、そうだね。あなたが巫女様だよね? 私たちは王都バータの冒険者ギルドで巫女様の依頼を受けてここに来たんだよ」


「あらったまん、きよったまん。わては巫女様モモ」


 私は、建物の扉の前、高い位置にいるままのモモのジューシーさんを見据えて尋ねた。判決を下したから巫女様に間違いないとは思っているけど、念のため。

 すると、モモのジューシーさんは大きく頷いて自らを巫女様と名乗った。……モモの体が前方に傾斜し、顔が下にスライドしたから頷いたように見えたんだ。


「それなら、現場を見せてくれよ。なくなったのが祭壇岩って話だから、この広場に置いてあったのか?」


「あらったまん、きよったまん。現場は村の北になるモモ。案内するモモ」


 祭壇岩は、ここにあったんじゃないんだね。

 巫女様自らが、盗難事件の現場まで案内してくれることになった。

 果物ズが、その護衛としてついて来る。

 大きな村だから、現場までの道中、いろいろ話をした。

 そもそも、果物ズの目的は何、とかね。果物ズは巫女様が選んだ勇者だって前に聞いていたから。


「あたいらの目的? そりゃあ、異次元迷宮に潜ってお宝を回収してくることさ」


 リンゴさんはこう答えたんだけど、巫女様が言うには、果物ズが回収した宝物を王都に売りに出し、それで得たお金で村を運営しているんだとか。

 そんなちっぽけなことが勇者の目的なんだと落胆していたら、なんと、もっと大きな目的があって、それに立ち向かうための修行を兼ねているんだって。大きな目的ってなんだろうね? 魔王を倒すことかな? 違うって言われたけど……。とにかく秘密らしい。


「お主らは豊饒神様とやらを信仰しておるのかえ? 失礼なことを尋ねるのじゃが、聖クリム神国の者どもから、その、邪神扱いをされてはおらぬのかえ?」


「あらったまん、きよったまん。豊饒神様は、正式に拝奉神の一柱として認められているモモ」


 巫女様って、いちいち紙切れのついた棒を左右に振らないと話ができないのかもしれないね。


「はいほうしん? それは何なのですか?」


「私が前に帝都で聞いた話だと、なんか神様はいろいろいて、いくつかの種類に分けられているらしい。拝奉神ってのはその種類分けの一つだろうな。聖クリム神国の聖職者が邪神相当の種類に属していない神様だと認めれば、どんな神様を信仰しても問題ないらしいぞ。詳しく覚えていないけどな」


 へー。クリム神様も、男神のカスタ様と女神のフレシュ様の二人の総称なんだし、神様ってたくさんいるんだね!

 つい、話がはずんじゃった。

 ずっと歩きながら話していたから、私たちは既に村の北門から外に出ている。


「ぶるぶるっ。謎の寒気がするのです……」


 レティちゃん、風邪でもひいたのかな?

 珍しくマオちゃんの後ろに隠れるようにして歩いている。


「あらったまん、きよったまん。かしこみかしこみもうす~。わてを、その一族を護りたまえ~、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽん」


 北門の外には見上げんばかりの巨大な岩があって、その西側に移動してから、巫女様はいきなり棒を振り、祈りを捧げ始めた。


「あの巨大な岩も神様なのか?」


「んー。あたいは深く考えたことはなかったけど、神様と言えば神様だねえ。あれはジューシー族を古来より護ってきた護り神の白虎様さ」


「エルフに襲われぬようにするためかえ?」


「違うぞ、ごるぁ! ドラゴンだ、ごるぁ!」


「ドラゴンも捕食しに来るろー」


「ぼぼぼぼ。白虎様は昔、凄く小さかったぼん。願いを叶えてドラゴンを遠ざけるたびに大きくなったと言い伝えられているぼん」


「ふーん。歴史ある岩なんだね。なんとなく虎のように見えてきたよ……」


 西を向いて立っているトラの石像。灰色っぽく濁っているけど白虎様。灰虎様じゃないよ。むかーしは白かったらしい。


「あらったまん、きよったまん。古来より、白虎様はドラゴンが忌避するナニカを発しておられるモモ。そのご利益によって被害はめっきり少なくなったと言い伝えられているモモ」


「ぶるぶるっ……」


 レティちゃん、熱があるのかもしれないね。早く調査を済ませてテントの用意をしなきゃ。それとも、どこかの町に転移して宿屋に泊まろうか?

 とにかく調査開始だよ!

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