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093話 行方不明者、無事生還

 葉っぱの山が三つ。

 その前に並んだ私たち。


「奥の黒いのを浄化したから、もう冒険者を掘り起こしてもいいよな?」


『ぞぞ。眠れる者の呪いは解けているぞぞ』


 ボックキッキさんに確認すると同時に、みんなで一斉に冒険者の人たちを掘り起こす。

 手に触れる葉っぱはどれもふんわりとしていて柔らかい。

 香りも甘いような、それでいて柑橘系果物のようなスッとする成分が混ざっていて、この葉っぱのベッドの中なら、どれだけでも眠っていられそうだよ。掘り起こしたら、代わりに私が寝ちゃおうかな。


「完全に掘り起こしたのに、まだ眠っているのです」


「おーい。起きろー……。はぁ。ぐっすりだぞ」


 揺らしても起きる気配はない。


『傷はとうの昔に癒えているぞぞ。連れて帰るぞぞ。ぞぞんぱぱん』


「はっ!? 眠って、いた、の?」

「……なっ。ここは天国ですか……?」

「葉っぱ? ん? アタシは天国にいるのか?」


 ボックキッキさんが呪文を唱えると、三人が同時に目を覚ました。


「君たちは?」


 私は三人が行方不明になっていて、それを捜しに来たと説明し、一緒に森から出ることを提案した。


「そうか……。って、ウ、ウッドウォーカー!」

「きゃあああああ!」

「地獄だったあ!」


 気を利かせて目を閉じていたボックキッキさんがチラリと目玉を覗かせると、それに気づいて転がるように慌てふためく三人。

 よっぽど怖いみたい。


「落ち着くのじゃ。お主らを助けたのは、このボックキッキとその仲間たちなのじゃ」


「ウッドウォーカーではないのです。人面樹なのです。ピオピオ、奴らにも声が聞こえるようにするのです」


「はーい。カイワ・セイリーツ♪」


『ぞぞ。ワシ、人面樹。隣も人面樹。その隣も人面樹ぞぞ』


 周囲の人面樹も隠していた顔を現した。


「お、おば、おば……」


 冒険者は、まだ落ち着きがない様子。


「お化けじゃないよ。それに魔物でもないよ。人面樹だよ」


「ほら、こいつがお前らを助けたボックキッキだぞ。感謝しとけよ」


 ミリアちゃんが、三人の中でリーダー的振る舞いをしている人の背中を押した。


「そうか……。醜いところを見せて申し訳なかった。君が私たちを助けてくれたのか。礼を言う。本当にありがとう」


「「「あ、ありがとう!」」」


『ぞぞ。こちらもフラトックを助けてもらったぞぞ。ありがとう』


「でもね、フラトックさんの周りの人面樹は間に合わなかったよ。ごめん」


『それは随分前から知っていたこと。気にするなぞぞ』


「そっか、覚悟はできていたのか。じゃあ、私たちはこれでやることはすべて終えたんだな」


「ボックキッキよ。妾たちはこれで帰還するのじゃ。達者でな」


『ぞぞ。気をつけて帰るぞぞ』


 私たちは森から出て、さらに元の世界に戻り、そこからピオちゃんの転移魔法で王都バータに飛んだ。

 三人にはピオちゃんの存在については極秘ということを約束してもらった。


「ま、まあ! アドリア、カデリーナ、ドロティア! 会いたかったわ!」


「クロック?」

「お前も生きていたんだな」

「老けましたか?」


 ブラーク商会に行き、扉が開いた途端、目玉がこぼれ落ちそうなくらい目を大きく見開き、三人に抱き着いたクロックさん。

 まだブンケースの町に謝罪には行っていなくて、ここにいた。

 三人は五年も経過しているとは夢にも思っていなかったようで、クロックさんの変わりようを指摘してクロックさんの機嫌を損ねはしたけれど、それはご愛敬。

 なお、三人は髪の毛すら伸びていなくて、老化、ごほっ、時間経過は見られない。クロックさんだけが五年分、老け、げふっ、時間経過したんだね。


「多くの冒険者が捜索に携わっても手掛かりすら見つからなかったのです。あなたたち、どこに隠れていたのですか?」


「私たちはずっとあの森の中にいた。ウッドウ……、人面樹の森だ。そして、どうやらその人面樹が私たちの命を救ってくれたらしい。眠っていたので詳しいことは知らないのだが」


「五年も眠り続ける人がいますか、もう! ……よかった。本当によかった。また会えて……」


「ここは天国ではないようだが、天国にいる気分さ……」

「ぐづっ。う、うわぁぁあ。グロッグ~。怖がっだですぅ~」

「みんあ、じんだど、おぼってだんだぁ……」


 それからしばらく涙を流して喜び合い、落ち着いたところでクロックさんはみんなを応接室へと誘った。

 ソファーには救出した三人とクロックさんが座り、私たちはその側面に立つ。


「礼を言うのが遅れました。あなた方が仲間を救出してくださったのですね?」


「もちろんそうなのです。えへん」


 こういう場面になるといつものことだけど、レティちゃん、腕を組んでとても偉そうにしてるよ。


「ブンケースの町の件といい、仲間のことといい、皆様には多大なお世話になりました。ありがとうございます。今は謝礼すら出せない状態で心苦しいのですが、どうか、ご容赦ください」


「謝礼なら、パーティー資金から出したらいい」


 リーダー格の女性が言った。

 しかし、クロックさんは首を横に振った。

 どうやらこのパーティーは資金をクロックさんが管理しているみたい。それを全部、捜索費用に充てちゃったんだね。


「パーティー資金どころか、クロックは、お前らを捜索するために身銭を切っていたんだぞ。それが底をついて……」


「続きは私自らが説明します……」


 クロックさんがこれまでの経緯と、これからの償いについて話した。


「これから衛兵の世話になる!?」

「冗談でしょう?」

「アタシらが不甲斐なかったのに、どうしてアンタが……」


 三人はとても驚いている。


「罪を犯したのは事実です。それを償わなければなりません。そうすることで、あなたたちを見捨てて逃げた私の贖罪にもなるのです……」


「あれは全員逃げるしかなかった。クロックだけが逃げたわけじゃない」

「そうです。見捨てたと思うのは間違っています」

「アンタ、そこまで思い詰めることはない。むしろアンタだけでも逃げ出すことができたから、こうしてここにアタシが立っていられるんだ」


 そうだよ。クロックさんが逃げ出せたからこそ、行方不明者を捜索することができて、結果として全員助かったんだよ。


「そうですね……。すべては、ここの冒険者の方々あっての救出劇でした。改めてみんなで感謝を述べましょう」


「「「「どうもありがとうございました」」」」


「もっと称えてもよいのです」


「お主が偉そうにしてはいかんじゃろ。今回一番活躍したのはレティシアではなく、フリーデじゃからの。どうじゃ、フリーデ。お主の能力がこれだけの人を救ったのじゃ。凄いことだと思わぬか?」


「私は……、まだ夢を見ているような気分です。多くの出来事が一度にあって……。しかもここは外国で……」


「そっか。町から出たのも初めてだったか。フリーデにはいろいろ無理をしてもらったよな」


「うん。フリーデちゃんは頑張ったよ」


 しばらくの歓談を経て、私たちはブラーク商会から出て冒険者ギルドへと向かう。

 冒険者ギルドが常設で行方不明者となった三人の情報提供を呼び掛けていたから、その報告に行くんだ。

 もちろん、証拠として救出した三人を連れて行く。フリーデちゃんも一緒に行く。クロックさんは忙しいから行かない。


「行方不明者について報告に来たよ」


 冒険者ギルドの受付で私の冒険者カードを提示し、さらに、救出した三人にも提示してもらう。


「ああ、ドラゴンスレイヤーのパーティーですか。えっとどのような情報でしょう……。あ、行方不明者の冒険者カードを発見されたのですか。どちらで発見されましたか?」


 地図を受付テーブルの上に広げるお姉さん。


「冒険者カードを見つけたんじゃないよ。この三人が、行方不明だった人たちだよ」


「まあ! 生きていらして……」


 お姉さんは驚きながらも右手は冒険者カードを魔道具の上にかざして何かを確認している。

 それが終わると「ギルドマスターがお会いになります。応接室Aでお待ちください」と、お姉さんは右後方に手を差し伸べた。私から見たら左前方だね。

 応接室Aに入り、しばらく待っていると、クルクルパーマ頭で、派手な服装の女性が入ってきた。


「救出された行方不明者はお前らか?」


 三人の前に行き、順番に上から下まで観察する。

 そして本人に間違いないと確証を持ってからソファーに腰かけた。ここのソファーは大きくて、全員が座ることができている。


「で、元気そうだが、どこに隠れていたんだ? それともどこかに監禁されていたのか? こちとら何度も捜索隊を派遣したんだ。返答次第では、分かっているな?」


 拳を握り、コキコキと音を鳴らすギルドマスター。とっても怖い。派手な衣装のせいで、その筋の人みたいだよ。


「私たちは隠れていたのではない。呪いを受けて瀕死となり、眠り続けていたのだ」


「ギルティ!」


「コルネリア、ま、待て! アタシらは本当に眠っていたんだ」


 振り上げられた拳がテーブルを叩き割らんとしたところで、救出された一人がギルドマスターを止めた。

 三人はこの冒険者ギルドに通っていたからギルドマスターの名前を知っているよう。名前はコルネリアさんらしい。


「ラチが明かぬのじゃ。エムや。いつものやつを見せてやるのじゃ」


「いつもの? あ、あれだね」


 メモリートレーサーを魔法収納から取り出し、人面樹の森での出来事を思い出す。


「うわっ! ウッドウォーカーの大群か!」


「ウッドウォーカーではないのじゃ。こやつらが眠っておったのは人面樹の森じゃ」


「人面樹の森だと? 聞いたことがない。場所はどこだ?」


「異次元世界なのです。入り口がどこにあるかは言えないのです。バタロン王国のどこか、なのです」


「そうだよな。人面樹はいい奴らだったから、不用意に知らない人が行くと迷惑がかかるしな」


 動く絵は、森の中を進み、葉っぱの山を映し出す。

 絵の中ではミリアちゃんが葉っぱをかき分け始めた。

 ピオちゃんの姿は映り込んでいないね。


「こ、これはお前らか? 死んでいたのか……」


「呪いだ。私も後で聞いて知ったことだ。どうやらそこで五年間眠り続けていたようだ」


 それから呪いの原因とか、どうやって解除したのかなど、話は多岐に渡った。フリーデちゃんの能力については口外無用ということで折り合いがついた。


「悪魔なる存在……。今回は人面樹の森とやらで助かったが、またいつどこで起きるか分からんな」


「ん? ブンノートの町の桑畑におった悪魔はもう退治しておいたのじゃ」


「あれも悪魔だっけ?」


「カレア王国にいたのと同じ悪魔だったのです。どちらも魔石にはならなかったのです」


 そっか。ずっとヒマワリの魔物だと思っていたよ。


「そちらも浄化とやらで燃やしたのか?」


「ううん。違うよ。ミリアちゃんのハリセンと、マオちゃんの魔法で退治できたよ」


「妾も詳しくはないのじゃが、こちらの次元世界に実体がある悪魔には、物理攻撃と魔法攻撃どちらも効くようなのじゃ。実体がないものは浄化することになるの」


「ほほぅ。それは有益な情報だ。記憶に留めておこう」


 さらに桑畑の悪魔についても聞き取りが行われ、なんだか疲れてきたなーって頃に。


「お前ら『うさぎの夢』は、今回の件をもってCランクに昇格だ」


「まじか! 昇格って、凄く久しぶりの響きだぞ」


「我の活躍あってこそなのです」


「活躍したのはフリーデじゃぞ」


「五年間、誰も痕跡さえ見つけられなかった事件を解決したんだ。そこは誇ってもよい。それで、お前らには特別に指名依頼を出したい」


 コルネリアさんは豊満な胸の間から折り畳んだ紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


「こちらも難事件でな。いくつものパーティーが調査依頼を受けたが、手掛かりの一つも見つけられていない案件だ」


 なになに……。

 ジューシー村の北にある祭壇岩が盗まれた。犯人を特定し、祭壇岩を取り返して欲しい。

 祭壇岩の絵が描いてある。一緒に描いてある人の大きさからすると、幅が私の両腕を伸ばしても届かないくらいあって、高さは私の身長と同じくらい。腰の辺りの高さでテーブルのように張り出していて、そこを祭壇として利用していたらしい。


「大きな岩が盗まれたのですか?」


「売れる物でもなさそうなのにな」


「まあ、価値についてはジューシー族にとっては貴重な物で、我々人族にしてみれば無価値な岩さ。どうだ、もちろん引き受けてくれるよな? ああん?」


 近い、顔が近いって!

 みんなに目配せをし、異論はなさそうなのでこの依頼を受けることにした。


「よし。朗報を期待する」


 私たちは、行方不明者の情報提供料にさらに金貨五十枚を上乗せでもらった。

 救出までしたから本来はもっと出すべき案件だとは言いながらも、依頼元からの報奨がゼロだからこれがコルネリアさんの裁量で出せる限界なんだとか。

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