092話 人面樹の森 後編
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふぅー。さすがにここまでは届かないみたいだな」
「ピチピチの体でも、この距離はきつかったのぅ……」
腰を折り、肩で息をするみんな。武器は既にしまっている。
『ワシ、見ていた。危険なことをするぞぞん』
「ここから見えたのですか?」
『フラトックの近くにいるモリリンの目を通して、一部始終を見ておったぞぞ。ん……? もしかすると、そちらの次元世界の者は目を借りることができないぞぞ?』
フラトックさんとは呪われている黒い人面樹のことで、その近くに生えている(?)のがモリリンさん。
人面樹は、仲間の誰の目に映っているものでも自由に見ることができるらしい。ここでは隠れんぼで遊べないね! 人面樹を混ぜたら一発で見つかっちゃうよ。
「フラトックには悪魔が憑いておったゆえ、これから妾たちは強力な助っ人を呼びに行く。ボックキッキよ、もうしばらくの辛抱ゆえ、眠れる冒険者の面倒、よろしく頼むのじゃ」
「助っ人? 誰か助けてくれるの?」
「私には当てがないぞ」
「あの方ですね。すぐに会いに行きましょう♪」
「ピオピオには当てがあるのですか?」
私たちはマオちゃんの先導で人面樹の森から出て元の次元世界へと戻り、そこからミリアちゃんの故郷、グレンツの町へと転移した。
まだ記憶に新しい町並み。でも今は感傷に浸っている暇はない。
「急ぐのじゃ」
向かった先はフリーデちゃんの家。以前、生贄の件で結果報告に行ったことがある。
「フリーデ。すまぬが妾たちを助けてくれぬか、フリーデ!」
マオちゃんは扉を何度もノックながら叫ぶ。
すぐに扉が開き、フリーデちゃんが顔を出した。
「あら? ドラゴンスレイヤーの方々。先日はありがとうございました。慌てているようですが、どうなされました?」
ドラゴンスレイヤーの方々って……。
実際にドラゴンを懲らしめたのはレティちゃんで、私たちはそれを見守っていただけなのに、なんと、冒険者カードのパーティー名の上に「ドラゴンスレイヤー」と表示されるようになったんだよ。
この間、バタロン王国の王都バータの冒険者ギルドで情報収集のために冒険者カードを提示して初めて気づいたんだ。受付のお姉さんが驚いていたよ。私たちはもっと驚いたけどね。
レティちゃんのには個人名の上にも「ドラゴンスレイヤー」って表示されていて、全部で二つ表記されている。でも、この称号は気に入っていないみたい。
「緊急事態なのじゃ。お主の力で、瀕死の冒険者の命を救ってほしいのじゃ」
「ご冗談を。私にはドラゴンスレイヤーの方々を手伝える力なんて、何もありません」
今、フリーデちゃんは初めて会ったときとは比べ物にならないくらいに明るい顔をしている。それでも泣いていた印象が強くて、か弱いイメージを拭えない。
そんなフリーデちゃんが何をできるっていうの?
「うむ。ここでは誰かに聞かれるかもしれぬゆえ、中に入って話してもよろしいかの?」
「ええ、どうぞ」
扉の向こうはリビングで、私たちはソファーへと案内された。
フリーデちゃんがティーカップを人数分テーブルの上に置き、ミリアちゃんが最初にそれを手にしたところでマオちゃんが話しだした。
「驚かないで聞くのじゃぞ。妾はそれなりの上級の識別の魔法を使える。それで、初めてお主に会った際に、お主には特別な能力が宿っておることを見抜いたのじゃ。それを今まで黙っておったことについては謝罪する」
「特別な能力?」
フリーデちゃんには心当たりはないみたい。
「うむ。お主の過去の経験を思い出して欲しいのじゃ。これは兄から聞いた話になるのじゃが、夜中に、半透明な何者かを撃退したことがあるじゃろ?」
「あのときは気を失って倒れただけです。私は何もしていません」
「そうじゃの。おそらく恐怖で目を閉じて発動したのじゃろう。しかし兄は見ておったのじゃ。お主の手の平が輝いたと」
「そんな……」
「それと同時に半透明な何者かは白い炎に焼かれ、燃え尽きたのじゃ……。つまり、半透明な何者かはお主が撃退したのじゃ」
そっか。それがフリーデちゃんの特別な能力なんだね。
昔撃退した半透明な何者かは、さっき見てきたスピリットデビルと姿の特徴が似ているから、悪魔だったのかな? 同じような存在なら、焼いて倒すことができそうだね。
「半透明な何者か。それが今、冒険者三人を呪い殺そうとしておる。お主の力で救ってくれぬか? お主だけが頼りなのじゃ」
「……わかりました。ドラゴンスレイヤーの方々に救っていただいたこの命、誰かの命を救うために使いましょう」
フリーデちゃんは一度天井を眺めた後、決意のこもった顔でマオちゃんを見据えて返事をした。
「お主の秘密だけを知っておるのは不公平じゃから、我らの秘密をここで明かすのじゃ。ほれピオピオ。姿を現すのじゃ」
「はーい。ピオピオでーす。よろしくね♪」
「あら? 何? もしかして妖精ですか? 可愛い」
それまでの真剣な顔が一瞬で崩れ、フリーデちゃんはほわっとなった。
うん。ピオちゃんは可愛いよ。
「妖精はこの世界では人族によって絶滅に追い込まれておるから、ピオピオの存在は極秘なのじゃ」
「それでは行きましょう。フラワーテレポート♪」
バタロン王国、人面樹の森の次元世界への入り口に咲いている黄色い花の前に転移した。
「あれ? ここはどこでしょう?」
「ピオちゃんは、花の前に転移できるんだよ。ここはバタロン王国。そして今から向かうのは人面樹の森」
「木の幹に顔がある人面樹は魔物ではないから、驚かないでくれよ。瀕死の冒険者を助けてくれているいい奴らなんだ」
「さっさと行くのです」
「うわあ! 森です! 森が現れました!」
やっぱりここに初めて来たらこんな感じになるよね。
数歩歩いただけで、突然森が視界いっぱいに広がるんだもん。
そのまま森に向かって歩いて行くと。
「目が! 口が!」
「この辺におるのは魔物ではなく、すべて人面樹じゃから安心するのじゃ。襲ってくることはないからの」
うん。驚くなって言われてもそれは無理な話だよ。
さっきまでコブだった物がパッチリと目になっちゃうんだからね。
「話をできるようにしますね。カイワ・セイリーツ♪」
『どうだ? フラトックは助かりそうか?』
森の入り口から少し進んだ場所で、キーノさんが話しかけてきた。
この森には人面樹が大勢いるのに、話をする人面樹は限られているっぽい。
「善処はするのじゃ。初めてのことゆえに確約はできぬからの」
さらに奥に進み、ボックキッキさんの後ろの葉っぱの山の前で立ち止まる。
「なんですか? これはなんですかあ?」
「ほら。ここに埋まっているのは眠れる冒険者だぞ。奥に進むより先にこいつらの呪いを解いておけばいいのか?」
葉っぱの山が不気味に見えたのか、フリーデちゃんは警戒している。そこでミリアちゃんが少しだけ葉をかき分け、冒険者の顔を掘り出して見せた。
『ぞぞん。今ここで眠れる者の呪いを解いたところで、呪いをかけた者の気が変わらぬ限り、また呪いにかかってしまうぞぞ』
「つまり、フラトックを倒せばいいのです」
「それは違うじゃろ。フラトックに憑りついておる悪魔を浄化すればよいのじゃ」
みんなの視線がフリーデちゃんに向く。
「あら? 私?」
「ここから先は危険なのです。フリーデは我の後ろに隠れるように進むのです」
「悪魔退治に向かいましょう♪」
「ピオちゃん、乗り気だねえ」
「やっぱ人面樹も木の一種で、妖精から見れば保護対象みたいなものなのか?」
「半分当たりですが重要なことが抜けています♪ 悪魔はこの世界にいてはいけない存在だからです♪」
ふわりとミリアちゃんの隣まで飛んで行き、答えたピオちゃん。
「人面樹から名声を得るために戦うのです」
「レティシアの戦闘理由はいつも通り不純じゃのう」
「あのぉ、戦うのですか? 私、何もできませんよ?」
「フリーデちゃんは戦わないよ。それに私たちも戦う気はないよ」
「ある程度近づいたところで、お主には浄化の特技を発動してもらいたいのじゃ」
「ここまで来てから思ったのですが、私、浄化の特技って、どうやったら発動できるのか、知りません。大丈夫でしょうか?」
「おそらく、大丈夫だと思うぞ。過去の経験がそれを証明しているからさ」
そうなの? 私も少し不思議な感じがしていたんだ。
特殊な能力の存在に気づいていないフリーデちゃんを連れてきて、どうやって浄化をしてもらうのかなって。言いだしっぺのマオちゃんのことだから、何らかの方法があるんだろうって任せていたんだけど。
「そろそろ視界に入るのです。警戒を厳にするのです!」
応戦にしか使う予定のない武器を構え、やや腰を低くし、真剣な眼差しで少しずつ前進する。
「見えたのです。およ? おとなしくなっているのです」
黒いフラトックさんは、初めて会ったときのように元気なく枝を垂れ下げ、葉はしおれている。
「ピオピオ。また頼むのじゃ」
「りょうかーい。皆さんは武器を構えていてくださいよ。それでは、行きまーす。ミ・エール♪」
前回同様ピオちゃんが一人で飛んで接近し、魔法を唱えた。
すると幹に半透明なナニカが重なって見えるようになり、幹には赤い目、赤い口が出現した。
直後、周囲が黒いモヤに覆われた。
「きゃああぁぁ! いやぁ!」
目を固くつぶって斜め下を向き、絶叫と同時にその場にペタリと座り込んだフリーデちゃん。その右腕は真っ直ぐフラトックさんに向いていて、手の平から眩しい光が発せられる。
「おお!」
半透明なナニカは、下の方から白い炎が引火したようになって燃えだした。
『グオォォォ!』
ねじれるようにクネクネしながら、半透明なナニカの体が焼失していく。
「やったのか」
半透明なナニカ、すなわちスピリットデビルは完全に消え去った。それから少し遅れて、黒かったフラトックさんの幹が、枝が、通常の木の色に戻っていく。
「フリーデ、お手柄なのじゃ。お主はその手で見事に悪魔を退治したのじゃ」
「私が悪魔を? 本当に?」
「そうです。フリーデさんは見事に悪魔を浄化しました♪」
「ほら。怖いナニカは、綺麗さっぱりいなくなっているよ」
私はフリーデちゃんの手を引いて立ち上がらせ、視線をフラトックさんのほうへと誘導する。
「浄化はできたけどさ、元気がないままだよな。これはいつものようにピオがなんとかできるのか?」
フラトックさんの色は戻ったよ。でも、枝は垂れ下がり、葉はしおれたまま。
「はい、任せてください。マブシク・ニッコーリ♪」
ピオちゃんが前方に飛んで行き、スティックを掲げて魔法を発動した。私は条件反射で踊ってしまう。
すると、枝がぐぐっと持ち上がり、葉が一斉にピンピンになった。
『うおっす!? オ、オラぁ悪い夢を見ていただ……』
閉じていたまぶたを開いたフラトックさん。
マオちゃんが、悪魔が憑りついていてそれを浄化したと説明をした。いくつかのやりとりの後、
『ありがとう、ありがとう、本当にありがとう。死んでいく仲間を見ていたつらい日々。オラもああなるのかと恐れていたってよ。それが知らないうちにオラまで黒くなっていたみたいでなあ。死んでないのが夢みてーだ』
周囲にある枯れてしまった人面樹は、ピオちゃんの魔法でも復活はしていない。完全に死んでしまっているみたい。
「元気になってなによりなのです。我らにはまだ用事がありますから、ボックキッキの元に行くのです」
「フラトック、達者でな」
幹を揺らし、枝を動かして葉をザワザワ響かせて私たちを見送るフラトックさん。治ってよかったね。最初に来たときに迫ってくる枝や根を何本か切ったり折ったりしたけど、影響はなかったみたい。
私たちは冒険者の眠るボックキッキさんの元へと急いだ。




