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090話 行方不明者を捜索しよう

 王都バータから桑畑の中へと転移した私たちは、一旦ブンケースの町に入り、先日宿屋で一緒に食事をした職人に会いに行った。

 そこでブラーク商会での事の顛末を話し、会長のクロックさんがいずれ謝罪と差額の支払いをしに来ることを伝えた。

 この職人は職人代表のような位置づけの人で、他の職人への連絡は任せて大丈夫とのことだった。


「さあ、出発するぞ!」


 北門から町の外に出る。

 ウッドウォーカーの森は、この町の北にあるらしいと聞いたから。


「大まかな場所のことしか聞いておらぬから、骨が折れそうじゃわい」


「捜査の基本は現場へ出向くことだぞ。とにかく足で稼ぐんだ。くぅー。探偵魂がうずくぞ。どんな些細な手掛かりでも、見逃さないからな」


「まだ虫眼鏡は早いのです」


「そうだよね。まだ町の北側の桑畑の間の道を歩いているだけだもんね」


 桑畑は広く、私たちの向かう先は遠い。

 一応ここに来る前、王都の冒険者ギルドで、過去の捜索内容を見せてもらった。いずれもブンケースの町の北、一日から二日ぐらいの距離にある林や森を重点的に調べていたことが分かった。

 だから、本格的に調査を開始するのはまだまだ先だよ。


「森や林など、場所が限られておろう。総当たりで捜索すればいずれ発見できるはずなのじゃがの。なぜまだ発見されておらぬのじゃろう?」


「目的地はドラゴンの領域からそう離れていないのです。ウッドウォーカーがいっぱいいる森があるのなら、ドラゴンが知っているはずなのです」


「なんだ? またドラゴンに会って尋ねようってのか? 勘弁してくれよ。命がいくつあっても足りないぞ」


 そうだよ。前回はたまたまレティちゃんのハッタリで難を逃れられたけど、またうまくいくとは限らないよ。


「残念なのです。ドラゴンは知らないのです。だから会う必要はないのです」


「どっちなんだよ!」

「ぼへっ」


 ハリセンがレティちゃんの後頭部を捉えた。それでもレティちゃんは何事もなかったかのように歩き続ける。姿勢は崩れたんだけどね。


「あの林から調べるとするかのう」


「そうしましょう。ぜひ、行きましょう♪」


 桑畑を抜けると、遠くに林が見えた。

 ピオちゃんが勧めることもあるし、寄ってみようか。

 目的地はずっと先なんだけど、何もしないよりいいよね。

 私たちはその林を第一の調査地と定め、立ち寄ることにした。


「至って普通の林なのです」


 街道から外れ、川沿いに広がる林。

 鳥のさえずりが耳に届く。


「痕跡かあ。何か出てこないかなあ」


 虫眼鏡で地面や雑草を調べるミリアちゃん。そのまま近くの木の根元まで行き、屈めていた腰を伸ばして幹を調べる。

 幹についているコブや傷などが顔になっていないか、念入りに調べているよう。


「そう易々と出てくるものであれば、とっくに見つかっておるわい」


 マオちゃんは木々を一本ずつ凝視し、識別の魔法を発動している。今のところ、ウッドウォーカーは見つかっていない。


「うふふ。そちらの木に尋ねますので、待っててくださいね♪」


 出た、ピオちゃんの特技。植物と会話できちゃうんだよね~。

 五年も昔のこと、しかも目的地から凄く離れているこの場所で、何か情報を得ることなんてできるのかな?

 木にスティックをコツンと当てて何かを話しだしたピオちゃん。私はそのまま視点を上げて空を見る。木漏れ日が気持ち良さそうに輝いているよ。


「なるほどー。つまり、そうなのですね♪ 教えていただきありがとうございます♪」


 会話が終わったみたいで、ピオちゃんはみんなの正面となる位置に浮かんだ。


「教えてもらった情報では、ここから一日ほど北に進み、六つ目の林の東側の草原に、不思議な仕掛けがあるそうです♪」


「場所を変えるのか? ちょうど捜査活動に乗ってきたところだったのにな」


「ミリアちゃん、まだ心置きなく調査してていいよ。不思議な仕掛けが行方不明と関係あるとは限らないんだし」


「ダメなのです。善は急げなのです。怪しい場所を優先するべきなのです」


「そうじゃのう。行方不明者の捜索なのじゃ。可能性の高い場所を先に調べるほうがよかろう」


 結局、ここでの調査を打ち切り、先に進むことになった。

 街道を北上し、途中で野営を挟む。

 これまでに遭遇した魔物は弱い者ばかりで、苦もなく倒せている。


「うひゃー、冷てぇ。まだ六つ目の林に着かないのか?」


「びしょびしょなのです」


 野営明けの朝は雨だった。

 濡れながら街道を早歩きで行くと、昨日からの数えで六つ目になる林が右前方に見えてきた。


「おそらくあれじゃの。サーチ……。うむ、近くに魔物はおらぬようじゃ」


「走ろう!」


 林の中に入れば雨をしのげる。冷たいから早く行きたい。

 みんな一斉に走り出し、ミリアちゃんが林到着一等賞。


「ふぅ。結構濡れたな」


 頭をぶるぶる振るってから、皮鎧や肌についている水滴を手で払う。


「この林も外れじゃな」


 マオちゃんは濡れたままの姿で、近くの木がウッドウォーカーかどうかを調べている。


「ピオピオは草原に何かがあると言ったのです。この林ではないのです」


 最後に到着したレティちゃん。ぶるぶると頭から体、足へと順番に振るって水滴を飛ばしてから話しだした。あれ? 体も振るうの?


「怪しいのは隣の草原です♪」


 ピオちゃんは、いつも戦闘中に使っている体全体を覆う球状のシールド魔法で雨をしのいでいたから濡れていない。


「雨宿りを兼ねて、林の中を進もう」


 葉に雨が当たってザワザワと音が響いている林の中を東へと進む。

 湿った空気はどんよりとしていて、それに含まれる木々の匂いが尖って感じられる。

 時々水滴が肩や頬に当たるのは、直接雨に打たれるよりもずいぶんマシだから仕方ないよね。

 あれ? もう終わり?

 濡れた肌が乾く間もなく、すぐに林の切れ端に到達した。

 林の外では、まだそれなりに雨が降っている。


「林から出るのは、もうしばらく待つのじゃ。じきに雨は上がるじゃろうて」


 空を見上げると、頭上の黒い雲は東から西へと流れていて、やや離れた東にある雲は薄い色をしている。その薄い雲がここに来る頃には、雨足は弱まっているとマオちゃんは考えている。


「それなら、このままここで雨宿りだな」


「雨雲など、我のブレスで吹き飛ばしてやるのです。ふぁああぁ、ふぁっくしっ!」


「レティちゃん大丈夫? 風邪ひいちゃった? 温かくしていてね」


 思い切り息を吸い込んでからのクシャミ。そんなに盛大にしなくてもいいのにね。


「冷たい雨よのぉ」


「ん? 待てよ。おい、あそこ、あの黄色の花のようなものがある場所。あそこだけ雨が歪んでいるように見えないか?」


 早く雨が止まないかなあって、立ったままずっと雨粒を眺めていたら、ミリアちゃんが何かに気づいた。

 この林は隣の草原よりもちょっとだけ地面が高くなっていて、広い草原の様子を見渡すことができる。


「え? どれ? 全然分かんないよ?」


「へくしっ。よく見るのです。我にも違いが見えたのです」


 違い? とても広い草原。どこも草が生えていて雨に打たれて揺れているだけなんだけどなあ……。

 あの辺? 黄色い花? うーん……。

 遠すぎて黄色い点にしか見えないよ。


「うむ。確かに何かがあるようじゃの」


 マオちゃんにも見えたの?

 よーし。気合を入れて見るぞー!


 …………。

 ……。


「あ! 見つけた! 雨粒が空中で弾かれることがある感じ?」


 空から降ってくる雨粒が、黄色い花の手前で、何かに当たって弾けているように見えた。

 それに、雨粒は普段は直線的に落ちるのに、その周辺だけ歪んで落ちているようにも見える。

 言われて凝視しないと絶対に見落とすくらいの、ほんの少しだけの些細な違いだよ。


「とーっても怪しいです♪」


「そろそろ雨が上がりそうなのです。今度は我が一番乗りになるのです」


「探偵魂が超熱く燃えているぞ! うっひゃー!」


「わ、草原を走るとびしょびしょになるよー」


 レティちゃんが盾を傘代わりにして草原へと飛び込んだ。その後ろを走るミリアちゃんは腕で頭を覆っているだけ。

 頭が濡れなくても、草についている水滴が体を濡らすよ。

 それに、濡れた泥を跳ねて走っているから、背中や足元がドロドロに。


「レティシアの体調を少し心配しておったのじゃが、元気そうでなによりじゃ。もう十分濡れておるから、どうってことはなかろう。汚れは後で魔法で落としてやるから気にせずエムも走るのじゃ」


「行きましょう♪」


 クリンアップの魔法だったっけか。汚れを魔法で落とせるのは知っているよ。いつも野営のときにマオちゃんが使ってくれるから。

 ピオちゃんは球状のシールドがあっていいよね。雨が完全に弾かれているよ。

 私は最後尾を行く。


「うーん、ここには行方不明者の痕跡はなさそうだ」


 さっきよりも弱くなった雨の中、虫眼鏡を濡らしながら黄色い花の周辺を念入りに調べているミリアちゃん。


「めんどくさいのです。今、雨粒が弾けた場所を、ミリアが足を使って調べればいいのです」


「うわぁっ、何すんだよ!」


 いきなり背中を押され、ミリアちゃんは体勢を崩しながらも、持ち前のバランス感覚で転ばずにやり過ごした。


「うむ。転送も転移も起こらなかったのう」


「ここにいますからね♪」


「まじか! お前らには見えないのか!?」


「何か見えてるの? さっきと何も変わってないよ」


 周りを見回しても、あるのは雨に濡れた草花ばかり。

 背後にあるのはさっき抜けてきた林。結構遠い。


「ほら、森だぞ森。さっきまでなかっただろ?」


「ミリアは寝ぼけているのですか? それとも幻影なのですか? 森なんてどこにもないのです。マオリーも足で稼いで幻影を見るのです」


「うぼっ。な、何をするのじゃ。突然背中を押しおってからに……。おお! なんじゃあれは! 森じゃ、森があるのじゃ!」


 勢いで転びかけた姿勢から三歩、と、と、とっと歩いて前を見た途端、マオちゃんは森が見えるようになったって言っている。

 私には見えないよ?

 マオちゃんが指差している方向なら、さっきの林からも見えていたはずだからね。


「またまたあ。今度はレティちゃんが行く番だね」


「わふっ。エムも道ずれにするのです」


「行きましょう♪」


 レティちゃんの背中を押したら、その腕を掴まれて私も一緒に前に出る。

 あれあれあれ?

 付近はさっきまでと同じ風景なのに、前方やや右方向に森が広がっている。後ろを見れば、林が見える。やっぱり転送とかではなさそう。

 どういうこと?

 見えなかった森が見えるようになったの? それとも幻影?


「サーチ……。魔物ではないのじゃが、森の中にはよく分からぬ存在がいろいろひしめいておるようじゃ」


「怪しい森です♪」


「えええ? よく分からない存在? どうしよう、逃げる?」


「面白そうだぞ。魔物じゃないのならここで逃げる選択肢はないだろ?」


「きっと、あの森が関係しているのです。行方不明者を捜索するのです」


 私たちは、周囲を警戒しながら、怪しい森に踏み入ることにした。

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