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009話 誘拐事件を解決するのです 後編

 妾たちは、作戦を実行に移すため、一旦宿屋に戻った。

 作戦は夜、実行する。

 それまで仮眠しておくのじゃ。


「ん? もう夜?」


 疲れておったのじゃろう。エムはぐっすり眠っておった。

 草木も眠るような時間になったので、妾が起こしてやった。

 おそらく、起こさなかったら朝まで目を覚まさなかったに違いないのじゃ。


「既に夜中じゃぞ」


「領主を懲らしめに行くのです!」


 宿屋から出て、領主の館へと向かう。

 町の中は暗く、誰も歩いてはおらぬ。

 月明かりを頼りに進む。


「あれが領主館だね。それじゃあ、ピオちゃん、お願い」


「ふにゃ? ん? ああ……、妖精変化♪」


 ピオピオはエムのポケットの中で眠っておったようじゃの。

 寝ぼけ眼でポケットから飛び出ると、スティックを振って皆の姿を妖精へと変えた。

 これで領主館に乗り込むのじゃ。

 昼間、娘の救出にこの手法を使わなかったのは、見張りが多過ぎたからじゃ。

 領主館には見張りはおらぬのかじゃと?

 それはおるに決まっておる。

 しかしじゃ。

 領主の部屋の中には見張りなどおらぬのが相場じゃ。妻や側女と寝ておるかもしれぬがの。おっても、それは邪魔にはならぬじゃろうて。

 じゃから、領主の部屋に直接乗り込むのじゃ。


「最上階の、日当たりの良さそうな部屋から当たりをつけるのじゃ」


 門など通らずに、柵を越え、庭を飛んで進む。

 屋敷の近くまで行くと、そこで急上昇する。


「ベランダのある、あそこが怪しいぞ」


 最上階の三階、しかも南にベランダがある。

 領主が寝室にするにはもってこいの部屋じゃ。

 そこにおらなんだとしても、その隣におる可能性が高い。

 妖精の姿のまま、ベランダに乗り込む。


「お! 窓が開いているぞ」


 三階だから泥棒が来ぬと思っておるのか、屋敷の警備が万全だと思っておるのか、窓は開いておった。

 飛んだまま突入する。


「ビンゴ! 当たりなのです」


 豪華なベッドの上で寝ておるのは、領主で間違いないじゃろう。


「それじゃあ、作戦通りに行くよー」


 ミリアが領主の足元に飛び、残る面々はベッドの下に潜る。

 少々ホコリっぽいが、我慢じゃ。


「信心深くなる旋律、ご清聴ください♪」


 ピオピオが、メロディア・キタラで音楽を演奏し始めた。

 一人だけの演奏なのじゃが、いろいろな楽器の音が重なり合っておる。

 荘厳で、それでいて、どこか感謝したくなるような、スローテンポの曲。

 聞いておると、雲の上を飛んでおる気分になる。

 実際はホコリの上じゃがの。


 パシン!


「うはっ! な、ななな、何かが足に当たった?」


 ミリアがハリセンで領主の足裏を叩きおった。

 その衝撃で一瞬浮き上がるようにして領主は目を覚まし、やや腰を起こして左右を確認する。


「何か音楽が流れているのか? ん……。眠くなるような、母に抱かれているような……」


「我はクリム神……。領主ブワデーよ、眠るな! なのです」


 へたくそな演技で、レティシアがクリム神を名乗った。これじゃから、エムにやれと言ったのじゃ。レティシアが立候補したから仕方がないのじゃがの。


「く、クリム神様!? い、いや、女神様のお声だから、女神フレシュ様!」


 人族の国では、男神カスタ、女神フレシュ、その夫婦の神を合わせてクリム神と呼んでおる。

 魔族の国ジャジャムでは別の神を信仰しておるから、妾はこやつらには「様」などつけぬ……。じゃが、今の妾は人族の姿じゃから、「様」をつけないと異端審問にかけられるやもしれぬの。声に出すときには注意するとしよう。


「フレシュ様、今、お声は届いているのですが、お姿が見えません。どちらにおられるのでしょう?」


 領主ブワデーは、レティシアの声を女神フレシュのものと思い込んだようじゃ。ピオピオの信心深くなる演奏が、そういう場を作り出しておるのじゃろう。

 領主は左右を見回して女神フレシュを探しておるに違いない。


「我ですか? 我は貴様の心の中にいるのです。だから、貴様の悪事が詳らかに見えているのです」


 心の中とは、ナイスアドリブじゃ。よく思いついたものじゃのう。ベッドの下を覗かれなくて済みそうじゃ。


「おお、どおりで下のほうから響いているのですか。で、あの、その、ワ、ワシの悪事とは一体……」


「とぼけるな、なのです。貴様は、商人の娘を誘拐し、監禁しているのです」


 いきなり答えを言うのかえ?

 本人の口から白状させるほうがよかったのじゃがの。


「そ、そ、そ、そ、それは……。フレシュ様はすべてをお見通しですか……。大変申し訳ないことをしました!」


 バタンと音がした。土下座でもしたのかの。

 それに、体が震えておるようで、ベッドが小刻みに振動しておる。


「クリム神が命じるのです。今すぐ娘を解放し、貴様の罪を謝罪するのです」


「はっ、ははーっ。今すぐ娘を解放いたしますー」


「貴様は余生、懺悔だけしていればいいのです」


「おおっと、ちょっと待った。私もクリム神だ。お前に話がある」


「女神様がお二人? きっと、このお声は男神のカスタ様!」


 これまたヘタクソな演技でミリアがクリム神を名乗った。

 都合のよいことに、領主ブワデーはそれを男神カスタだと思い込みおった。

 ミリアの声はレティシアより若干低いだけなのじゃがのぅ。


「そ、そうだ私はカスタだった。で、お前、この町の北にある山に盗賊団のアジトがあるのを知っているだろ?」


「だった? いえ、は、はい。それは存じております」


 ミリアは、この町におる知人とやらから、誘拐事件のみならず、にっくき盗賊団の情報まで得ておった。

 それで、どうやら盗賊団の規模が、妾たちだけでは対処できないくらいの大きさらしいとのことじゃったから、領主の力を借りることにしたのじゃ。

 一連のヘタクソな演技も、宿屋で仮眠をとる前に決めたことじゃ。

 うまくいかぬようなら、領主を力でねじ伏せる強硬手段を採るつもりじゃった。それをすればこちらが犯罪者になるがの。


「そこに衛兵を送り込み、盗賊団を全員捕らえろ。お前が必要だと思う人員を向かわせればいい。それと、これには私が選んだ冒険者を監視役として同行させる。抜かりのないようにするんだぞ」


「ははー。明日朝一番に、衛兵どもをかき集め、向かわせますー」


 ここからでは見えぬが、声の響きからすると、領主は平伏しておるようじゃの。


「それでは早速、娘の解放と、謝罪をば……」


 領主はベッドから降り、隣の部屋で着替え始めた。

 執事を呼び出し、「ご神託を受けた」と明かしておる。あとは任せておけば大丈夫じゃろう。

 妾たちは窓から外に出て、宿に戻った。


 日が昇る少し前。

 再び領主館へと向かう。

 今度は、堂々と正面口から訪問する。


「どちら様でしょう? 今、ブワデー様はとてもお忙しく、誰にもお会いにはなりません」


 この声は、執事じゃの。


「ご神託を受けてやって来たよ。私たちは、衛兵が北の山にある盗賊団のアジトに行って盗賊団を根こそぎ捕まえる姿を監視するよう託されたんだよ」


「左様でございますか。ご神託を受けられた冒険者の話は聞いております。それでは、裏庭に衛兵を集めておりますので、そちらへどうぞ。案内致します」


 領主館の中を通り、裏庭へと行く。

 そこでは、既に三十人ぐらいの衛兵が集まっておった。

 荷車や荷馬車なども用意されておる。


「ブワデー様、準備が整いました」


「うむ。あとは、クリム神様から遣わされる者を待つのみ……、お? お前たちが、ご神託を受けた冒険者か?」


 領主は、衛兵の隊長らしき者と話した後、妾たちの気配に気づいて斜め後方に顔を向けた。


「そうだよ。北の山まで一緒に行くからね」


「盗賊団全員を早くひっ捕らえて牢屋にぶち込むのじゃ。その場で全員殺しても構わぬぞ」


「冒険者殿、そう熱くなるな。北の山の盗賊団など、大した罪も報告されておらぬ。余罪をよく調べねば、絞首刑にはできぬからな」


 罪が報告されておらぬとはどういうことじゃ。

 故郷ジンジャー村のことを知らないとは言わせないのじゃ。

 ジンジャー村はこやつの領地に属する。絶対に知っておるはずじゃ。


「お主。盗賊団がジンジャー村を襲ったのは知っておろう?」


「それは知っているが、何か?」


「何かとは何じゃ。そこまで知っておって、なぜ領主は動いておらぬのじゃ」


 領内の罪人を捕らえるのは領主の役目じゃろ。


「ん? それはだな。北の山の盗賊団など数こそ多いが烏合の衆。どこぞの村の三男四男が農家を継げずに流れて集まった集団だ。食う物、着る物、それと金を盗むだけで、人殺しを率先して行えるほど肝の据わった者はいないはずだ」


「つまり、ジンジャー村を襲ったのは別の盗賊団だと?」


「その可能性が大いにある。だからこそ、捕らえてから取り調べをしないといけないのだ」


 妾は短絡的じゃった。

 たしかに、烏合の衆の盗賊団ならわざわざ村人を抹殺すまい。

 殺してしまえば、それ以降、その村で盗みができなくなってしまうからの。盗賊として生き永らえたければ、村人から盗み続けるほうが割がいいはずなのじゃ。


「それに今回はクリム神様が見ておられる。ワシは、ワシ自身が牢に入る前に、公平な裁きをせねばならぬ。そういうことだ」


 妾たちは衛兵どもに混ざって町を出た。

 領主は町に残り、領主館で吉報を待つ。

 妾たちは、娘が解放済みであることを先に確認してきた。あとは領主の良心次第じゃが、完全に神託だと思い込んでおるゆえ、大丈夫じゃろう。


「ご神託をお受けになられた冒険者様だ」


 道中、ヒソヒソと声が聞こえてくる。

 衛兵どもまでも騙されておるのじゃ。

 少しこそばゆいが、今回の作戦はうまくいくことじゃろう。


「冒険者様、あの山です。冒険者様は一旦ここでお待ちください。先行隊が見張りの者を捕らえて参ります。それが完了しましたら、後続の者と一緒にお越しください」


 衛兵の隊長は、先行隊とともに山へと進んで行った。

 見える所では、林の入り口、木の上にいた見張りの者を矢で落とし、捕縛する。

 岩陰に隠れておる者も、あっさりと捕まった。


「衛兵のみんな、捕まえるの上手だね」


「それが仕事なのです」


「悪いことをしたら、あんなふうに捕まえられるぞ」


 領主や執事の前では黙っておったレティシアとミリアが口を開いた。

 領主に声を聞かれると演技がバレてしまうので、仕方がなかったのじゃ。


「それでは後続隊、出発します。冒険者様、ここから先は林になります。先行隊が除去してはいますが、足元や頭上の罠にご注意ください」


 副隊長の指示で後続の者が前進を始めた。

 妾たちも一緒に林の中に入って行く。

 荷馬車や荷車はここで待機じゃの。

 先行隊は妾たちを待つことなく先に進んでおる。


「山登りだね」


 林の中。足元の傾斜がきつくなり、時々手を使って枝を掴んだり、岩を蹴ったりして登って行く。


「盗賊団のアジトは、あれじゃな」


 木々に隠れるように、石造りの家、それと丸太を組み合わせた家が何軒か建っておる。

 先行隊が既に突入しておるようで、争う声が飛び交い、剣戟の音、テーブルを倒す音などが聞こえてくる。


「衛兵第三隊、第四隊、突入! 第五隊、第六隊は後方に回って逃亡を阻止しろ!」


 後続隊が散開し、突入して行った。

 突入して戦う者、裏に回る者、捕縛に専念する者、見張る者。きちんと役割分担がされておる。


「早い、早いね。もう、十人ぐらい、捕縛されているよ」


 捕縛された者が次々と外に連れ出される。ここでさらに足を縛られる者もおる。

 それから木箱を運んでおった後続の者が、盗品、証拠品を木箱に入れておる。


「うへー。盗賊は二十人ぐらいいるんだな。衛兵に任せてよかったぞ」


 最初、妾たちは盗賊団の人数を、十人を少し超えるくらいだと見積もっておった。ところが、縄目に遭っておるのは、既に二十人を超えておる。

 それには痩せた小さな子供も混ざっており、殺しをするような集団ではなさそうに見える。実物を見ることで、領主の言っておったことが理解できたのじゃ。


「なんで町から衛兵が来るんだよ! 俺たち、お前らに戦利品を分けてやっているだろ?」


 石造りの家から担ぎ出された若者が叫んだ。

 あやつが盗賊団のリーダーなのかの?

 まあ、ジャジャムでも賄賂は絶えなかった。妾の力をもってしても、賄賂を根絶することなどできなんだ。

 ここでも、日常的に賄賂が行われておるのじゃろう。

 賄賂については、領主に公平に裁いてもらうしかないのう。

 爆弾発言によって、何人かの衛兵が挙動不審になっておるゆえ、帰り道は注意が必要じゃ。寝返るかもしれぬからの。


「あっという間だったな」


「ちょっとリーダーとやらに尋問してくるかの」


 妾はせわしなく動く衛兵たちの間を通り、両手両足を縛られて地面で横になっておるリーダーと思われる若者の前に行き、話しかけた。


「お主。妾たちはクリム神様のご神託を受けてここに来ておる。正直に答えるのじゃ。お主らが、ジンジャー村を襲撃したのかえ?」


「は? ジンジャー村を襲撃? そんなことするわけねーだろ! 俺たちだって稼ぎの場所が荒らされて困惑してるんだ。それにな、ここにはジンジャー村出身の者もいる。村を焼き払うなんてするかよ!」


「クリム神様に誓うのかえ?」


「ったりめーだ」


 クリム神を「様」づけで表現した妾自身に嫌悪感を抱きつつも、つつがなく尋問を完遂した。

 やはり、ジンジャー村を襲った盗賊団は他におる。

 絶対に妾が懲らしめてやるのじゃ。

 尋問から一時ほど経過して。


「冒険者様。盗賊団の捕縛、並びに証拠品の確保、完了しました。これより下山します」


 盗賊団の捕縛はあっけなく終了した。

 捕縛された盗賊団員は荷馬車に乗せられ、町へと連行される。

 この捕物任務で、盗賊団が一つ、消滅したのじゃ。

 この周辺が平和になることじゃろう。

以下のように修正しました。

誤:「我か? 我は我は貴様の心の中にいるのです……」

正:「我ですか? 我は我は貴様の心の中にいるのです……」


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