089話 ブラーク商会
「お客様でしょうか? どうぞ、中へ」
しばらくすると扉が開き、黒いベストに赤い蝶ネクタイのおじさんが怪訝そうな顔をして現れた。特定の人との取引ばかりをしているのか、客が来るとは思っていなかったのか。
扉の向こうは応接スペースで、隣が事務所になっている。
そちらでは四人、事務仕事をしている。
私たちは応接スペースのソファーに座る。
「今日は、買い取ってもらいたい物があるんだ。これなんだけどさ。高く引き取ってもらえそうかなあ」
レティちゃんが魔法収納から鉄の剣を取り出しミリアちゃんに渡すと、剣は鞘ごと顔の隣に掲げられ、手首のひねりで鞘の表と裏を見せられている。
「左様でございますか。それでは私、アデルモが鑑定いたします。それでは品物をそちらに置いてくださいますか」
剣はテーブルの上の白いクッションの上に置かれた。このクッションは、アデルモさんが用意した物。
それと時を同じくして、アデルモさんの斜め後ろに女の人が立った。事務スペースにいた人ではなく、奥から出てきた。
「こちらは……。ほぅ……」
白い手袋を嵌め、剣を鞘ごと手に持って鑑定をするアデルモさん。
悪徳商人の一味だから呼び捨てにしろって? まだそう決まったわけじゃないからね。
「残念ですが、こちらの品は買い取りできません」
「ええーっ!」
いきなり作戦がとん挫しちゃったよ。
「紋章付きだぞ? こんな珍しい剣、滅多に売りに出されないだろ? 高く買い取ってくれよ」
「私どもは、この紋章がどちらの貴族様のものなのか存じておりませんのでご容赦ください」
「カレア王国のアルグレン家の紋章なのです。我はレティシア・アルグレンなのです。領都キャロンはカレア王国で一二を争う規模の町なのです」
「たとえ、それが事実でありましても、現存する貴族様の紋章付きの剣など買い取れるはずがありません。没落し、使われなくなった紋章でしたら問題はないのですが」
「どうしてダメなんだ? 本人がいいって言っているから鑑定ぐらいしてくれよ」
「紋章つきの品は身分証明として使用できますから、こちらでは買い取りはできません。大変失礼な表現で言いますと、裏稼業の方なら買い取ることがあるかもしれません。しかし、すぐに足がつくことでしょう」
ここが裏の組織、悪徳商会じゃないの?
うーん、困ったなあ。レティちゃん、代わりにミスリルの剣を出してくれないかなあ? 新品だし、ラルゴーさんが打った物だからとっても高値になるはずなんだけどなあ。
あ。添い寝に使っているのは内緒だよ。それは鞘に入ったままだから大丈夫、大丈夫。
「エムや。あれを出すのじゃ」
「あれ?」
何のことだろう?
以前、私の鉄のレイピアは異次元迷宮産の珍品だけど価値は低いってマオちゃんが言っていたし……。
だから、ラルゴーさんの弟子が打ってくれたミスリルのレイピアのことかな?
あれって私専用に調整されているから、大して高値にはならないと思うよ?
他に出す物もないから、とりあえず取り出してみる。
「違うのじゃ。まあ、よいか。まずはそれを鑑定してくれぬかの?」
マオちゃんは私の顔を見て違うと言ったのに、すぐに顔の向きを変え、鑑定を依頼した。
「こちらの品でしょうか? それでは見させていただきます」
アデルモさんは白い手袋でレイピアを持ち、鞘から刀身を抜き出して真剣に見つめる。おそらく、これで鑑定の魔法が発動している。マオちゃんも鑑定するときは魔法名とか声にしないし。
「素晴らしい出来栄えの剣です。もしも、これがなければ金貨三百枚といったところでしょうか……」
後ろに立っている女性が頷いている。彼女も、立ったまま鑑定の魔法を使っていたのかもしれない。
「これってなんだ?」
「こちらです」
アデルモさんが刀身の根元の部分に手をかざすと、文字が浮かび上がった。
「わわっ。私の名前だ」
えっと、なになに……。「未曽有の危機から世界を救った英雄エムの剣」って書いてある。
こんなの頼んでないよー。ちょっと恥ずかしいんだけど。
「何かの記念品なのでしょうか。所有者名が明記されている剣ですから、金貨五十枚に価値が下がります」
私専用の調整よりも、名前が明記されていることが査定に響いちゃったみたい。
それでも金貨五十枚で買い取ってくれるんだ?
いやいや、買い取ってもらったらダメだからね。
マオちゃんは、高額なら必ず上役の判断を仰ぐって言っていたんだよ。それなのに金貨五十枚だと、アデルモさんの判断だけで動かせるみたい。私にしてみれば超大金だよ~。
「高々金貨五十枚では売れないのぅ。エムや。あれを出すのじゃ」
「だから、あれって何?」
「ババァはアレとかソレが多いのです」
呆れているレティちゃんをよそに、マオちゃんは両手で何か丸い物を表現している。名前を言わないのは、たぶん忘れたんじゃなくって、鑑定に影響が出るから。……本当に忘れていたりして?
で、その形状からピンと来たよ。私が持っている中で、丸くて高値の物は……、
「これだね。これっていくらになるのかな?」
レイピアをしまい、メモリートレーサーを白いクッションの上に置く。
「次はこちらでございますか。早速鑑定させていただきます」
アデルモさんは、やはりこれまでと同じように白い手袋を嵌めた手でメモリートレーサーを持ち、見つめるようにして鑑定を始めた。
「これは魔道具ですね……。いや、しかし……。うーん……」
首を傾げて唸りだしちゃったよ。
そして、斜め後ろの女性にメモリートレーサーがよく見えるよう、手を体の横に移動させると、女性は腰をかがめてそれに見入る。
やっぱり後ろの女性も鑑定していたんだね。
「こほん。こちらの魔道具は一級品またはそれ以上の価値があるようですが、買い値は金貨百枚とさせていただきます」
女性が初めて声を出した。
「どうしてだ? もっと高いはずだぞ?」
「うむ。超一級品じゃからの」
「それは、当商会にこちらを鑑定できる者がおりませんので、機能を判別できないからです」
あれれ? マオちゃんでも鑑定できたんだよ? それなのにここの人たちって鑑定できないの? あんま魔法が得意じゃないのかな?
ギルドマスターのヘレンクさんでも価値を理解していたのになあ。あのときは最初っから買い値が金貨千枚だったよ。その後に金貨一万枚に上がったけどね。
しょうがないから、機能を実演してあげよう。少しは価値を理解してもらえるかな?
「こんな機能があるんだよ」
ぱぱっと動く絵を映し出す。
『織物の買い値を毎年下げられて、いや、買い取りごとに下げられて、ワシら生活が厳しいんじゃ』
『それなのによォ。一度下げた買い値をずっと維持しやがるんだ』
『暑い季節と寒い季節には品質が劣るからといって必ず買い値を下げますのよ。それでも上げることはありませんから、買い値が下がる一方なのですわ』
『だから商会の奴らが買い取りに来るたびに買い値が下がって行くんだ』
『商会は汚いんじゃ。絹織物を売らないと生活できない、ワシら職人の足元を見ておるんじゃ!』
あああ!
あまり意識せずに絵を出したら、ここがブラーク商会だったこともあって、つい最近の出来事が絵になってしまったよ。
「エムや……」
マオちゃんが額に手を当てた。
私でも分かる。これはやらかしたと。
「こ、こ、こここ、これは……」
女性がプルプル震えているよ。アデルモさんは頭を抱えて小さくなっている。
絵の内容はともあれ、きっと動く絵が表示されて驚いているんだね。
「ブンケースの町の様子、実際の町民の声じゃ」
「職人たち、買い叩かれているって、うるさかったぞ」
「嘘です! そのような指示を出した覚えはありません!」
はて?
この女性が指示を出すことがあるのかな?
「指示? 貴様、もしかすると会長のクロックなのですか?」
「……はい。申し遅れましたが、私はブラーク商会の会長をしておりますクロックと申します」
えええー!
若く見えるのに、商会の会長なんだ?
「こいつが悪の根源か! そら、衛兵に突き出すぞ」
「待て待て。まだ罪を認めておらぬじゃろ」
「罪も何も、このようなでっち上げを……」
「でっち上げじゃないよ。実際に見て聞いたことが絵になって表示されるのが、メモリートレーサーなんだよ」
うん、嘘じゃないよ。この目で見、耳で聞いたことが絵になって表示されているだけなんだよ。
「嘘だと思うのなら、近年の絹織物関係の帳簿を妾たちに見せるのじゃ。それをブンケースの職人どもにも確認してもらい、真偽を明らかにするとよかろうて」
「帳簿、ですか……。アデルモ、帳簿を調べに行きましょう」
「あの、その……」
さっきまでの紳士然とした態度から一変し、おどおどしているアデルモさん。すると、
「会長、申し訳ありませんでした! すべて、私アデルモが独断で指示を出したこと。罪のすべては私にあります」
ソファーから立ち上がり、クロックさんに向かって深々と頭を下げた。
「会長の笑顔が早く見られるよう、それだけを考えての愚行でした」
「お主、独断だと言っておきながら、この期に及んで会長に罪を被せるのかえ?」
罪を被せる? そっか、会長のための愚行だとなるとそうなっちゃうんだね。
「いいえ、違うのです。あの、会長。会長の過去のことをここでお話してもよろしいでしょうか?」
「アデルモ、頭を上げなさい。あなたが利益至上主義になったのには私にも責任があります。ですから、私の口から言わせてください――」
会長のクロックさんは、商会を立ち上げる前はBランク冒険者だった。
ある日、いつものように仲間たちとともに討伐依頼をこなし、王都に帰還する途上でどこかの森に迷い込み、その奥で一本、黒い木を発見した。
識別の魔法ではそれが何なのか判別できず、ただ不気味な気配だけが、ひしひしと感じられる。
その気配は命の危険を感じさせ、接近戦に持ち込むことは愚と考え、魔法使いだったクロックさんはその不気味な木に火魔法を当てた。
すると、木の周囲が黒いモヤで覆われ、幹には赤く裂けたような目と口が現れた。
火魔法では倒すことができないと判断したクロックさんの仲間は急いでこの場から逃げることを選択した。
頭上の無数の枝がしなって突き刺しや鋭利な葉による切りつけ。さらには地面から黒い根が飛び出してムチのように叩きつけてくる。
「人を襲う黒色の木のう。ウッドウォーカーの上位種か、またはそやつらが凶変化した魔物じゃったのかの?」
「それは……。私の識別の魔法で判別できなかった以上は、高位魔物としか……」
全員Bランクの、五人パーティーだった。
それなのになすすべなく、逃げることすらまともにできなかった。
枝に貫かれ、根に巻きつかれる。
地面に倒れ、捕まった者は引きずられて黒いモヤに飲み込まれていく……。
それでも助ける余裕なんてなかった。飛んで来る葉を避け、飛び出る根を躱して走るのに精いっぱいだったから。
「必死に逃げました。走りながら気がついたのは、不気味な風音がひっきりなしにしていて、周囲の木にも、コブのように見えていたのはまぶただったり、折れた枝に見えていたのが鼻だったりと、幹に顔が現れていたことです」
「ますますウッドウォーカーに思えるのです。でも、奴らは低位魔物ですから、擬態していてもBランク冒険者なら識別の魔法で探知できるはずなのです。そこが腑に落ちないのです」
Bランク冒険者なら、実際に幹にある顔を目にするまで擬態に気づかないのは、おかしいかもしれないね。
「後になって思ったのは、モヤをまとった木だけが攻撃をしてきて、他の木々は動かず、私たちが逃げるのを見つめているだけでした。魔物なら、襲い掛かってくるはずです。見逃してくれたと考えるのもおかしな話なのですが……」
無我夢中に走り、森から抜け出して振り返ったところ、背後に森はなく、仲間の姿もなかった。生還できたのはクロックさんただ一人だけだった。
「仲間を見捨て、私だけが助かったこと、今でも悔やんでいます……」
何もできなかった。とはいえ、逃げることしかできなかった自身を、責め続けた。
王都に戻ってすぐさま、冒険者ギルドに仲間の捜索依頼を出した。
しかし、仲間の消息はもちろん、ウッドウォーカーの森すら発見できなかった。
捜索依頼にはお金がかかり、何度も依頼をかけた結果、すぐに資金が底をついた。
「捜しても捜しても見つからない仲間の痕跡。私が仲間を殺害し、それを隠蔽するための工作なのではないかという疑いをかけられるようにさえなったのです。もちろんそのようなこと、するはずがありません」
手元の資金は尽きた。それでも一日でも早く仲間の痕跡を見つけないといけない。
クロックさんの実家は商家をしていて、クロックさんにはその知識があった。その知識を頼りに王都でブラーク商会を興し、仲間を捜索するための資金を稼ぐことにした――。
「仲間の捜索のため、私は焦っていたのです。いかに短期間で資金を稼ぐことができるかと……。その気持ちが部下に伝わっていたのでしょう。結果として、部下が絹織物職人にいろいろ酷いことをしてしまったようです」
「誠に申し訳ありません! 実は……」
アデルモさんは、買い叩きのほかにも悪事を働いていたと暴露した。
他の商会が絹織物を買い取りできないよう、妨害工作を行ったこと。行商人にも同じように圧力をかけたこと……。
「アデルモ。すぐに帳簿を用意なさい。あなたがこれまでに買い叩いた職人に対し、差額の支払いをしなければなりません」
「はい、今すぐ調査いたします」
クロックさんとアデルモさんが事務スペースへと向かう。
「急用が入りましたので、お客様はお引き取り下さい。本日の業務はこれで終了といたします」
こちらに向き直り、深々とお辞儀をするクロックさん。
「ちょ、待つのじゃ。職人にはちゃんと謝罪するのじゃぞ」
「無論のこと。私自らが出向き、誠心誠意謝罪をいたします。そして、すべての職人への謝罪と補填が完了した時点で、衛兵に報告し、バタロン王陛下に罪を裁いてもらう所存です」
「そっか。そこまで考えているのなら、私たちの出番はこれで終わりだな」
職人に差額が支払われることになったし、これで終わりでいいんだよね?
でも、心の中では何かが引っかかっているよ……。
「うーん……。クロックさんは謝罪と王様への報告とかで忙しくなるんだよね? それなら、仲間の捜索は、私たちがしてあげようよ」
「エムにしては気が利くのです。我らで仲間の遺留品を探し出してみせるのです」
「レティシアや。縁起でもないことを言うでない」
「いいのですよ。もう五年以上経っていますから。覚悟はできています」
クロックさんの仲間の特徴と、ウッドウォーカーの森の大体の位置を聞き出し、私たちはブラーク商会を後にした。




