088話 バタロン王国の桑畑 後編
広い桑畑を治して回っていたら、夕方になっていた。
全部治したことだし、町に戻ろう。
桑畑から出て、町の人々に囲まれながら町の中に戻る。
「エムや。時々聞こえる話が、気にならぬか?」
「桑畑が元通りになったのはよかったけど、生活が元に戻らないとか、商人がどうのこうのってやつ?」
「おお! 旅の方! 桑畑に留まらず、商人のことも気にかけていただけるのですか!」
「この子たち、天使ですわ」
「天使様に悪徳商人のことまで任せられまい。汚いことはワシらでなんとか解決せねば、町の恥になるだけじゃろうて」
悪徳商人?
何かとても悪そうな商人だね。
「悪徳商人がいるのですか! 我が成敗してやるのです」
「本当ですか!?」
「助かります」
「おい、そんなことまで任せていいのか」
「どうにかできるかは分からぬが、詳しく聞かせてくれるかの?」
「面白そうになってきたぞ」
「ミリアちゃん、そこ喜んだらいけないところだよ」
商人の話を口にする際、苦しそうな顔をする人が結構いたから、興味本位の心構えはいけないよね。
「織物の買い値を毎年下げられて、いや、買い取りごとに下げられて、ワシら生活が厳しいんじゃ」
「そりゃあよォ。季節によって絹の品質に差が出るのは当たり前でよ、それによる下げなら文句は言わないんだ」
「暑い季節と寒い季節は、品質がやや劣るからなあ。そんなのずっと何年も買い付けに来ている向こうさんだって知っていることさ」
へー。絹織物って季節で出来栄えが変わるんだね。
「それなのによォ。一度下げた買い値をずっと維持しやがるんだ」
「暑い季節と寒い季節には品質が劣るからといって必ず買い値を下げますのよ。それでも上げることはありませんから、買い値が下がる一方なのですわ」
「だから商会の奴らが買い取りに来るたびに買い値が下がって行くんだ」
「商会は汚いんじゃ。絹織物を売らないと生活できない、ワシら職人の足元を見ておるんじゃ!」
何人もの人が一斉に声にして、その中で近くにいたから聞き取れたのがこの話。とにかくみんなが悩んでいることは分かった。
聞こえたうちでは商会って言葉が何回か出てきた。どうやら悪い商人は一人ではなく、ある商会に属している商人全員のことらしい。つまり、悪徳商会?
「今年なんて桑畑の影響で生産量が大幅に減っていますのに、それでも買い値を下げられて、とてもやっていけませんわ」
「桑の葉がなけりゃあ、絹なんてできないからなあ」
「生産数が減ったら値上げだろ、普通はよ! あの商会、おかしいんだ」
「値下げしかしない商人をなんとかしてくれ!」
えっと……。
絹織物を作るのにカイコのマユが大量に必要で、そのカイコがマユになるまで育てるのに無数の桑の葉が必要になるってことなんだね。
それで、桑の葉が少なくなると、絹織物が減る。そういう仕組みだね。
えへん。私、学んだよ。主にマオちゃんから。
「そのように困っておるのなら、特定の者ではなく、他の商人に売ればよいのではないのかえ?」
マオちゃんさすが。悪徳商人だから安値で買い叩くんだよね。それなら他の商人に売ればめでたしめでたしだよ。
「昔は、多くの商人が買い付けに来ていましたわ。しかし、近年は、ブラーク商会しか来ませんの。ですから行商人にお売りしようとしたこともありました。そのときは、何かを恐れるようにして断られましたの」
「需要の多い王都に直接売り込みに行ったこともあるぜ。それでも、どの商人も買い取りしてくれなかった。一軒だけ、買い取ってくれる店があって、すべてをそこに卸したんだ。そしたら、翌月には店主が行方不明になってよ。もう他には買い取ってくれる店はないんだ」
「匂うのです。悪の組織の匂いがするのです」
「その、悪徳商人とやらの詳細を教えてくれよ。どこのどいつだか特定しないとどうすることもできないしな」
左手で右拳をバシッと受け止めたミリアちゃん。
「ちょ、ミリアちゃん乗り込む気なの?」
「衛兵に突き出せばいいだけだろ?」
「まだ表向きには罪に問われるようなことは露見しておらぬがの。それでも悪しきは糺す。見過ごすことはできぬじゃろう」
「悪を成敗するのです」
町の人たちが困っているのは事実で許せないことなんだけど、私たちが乗り込むことでうまく解決できるようなことなのかな?
「あいつらブラーク商会は、王都にある新興の商会で……」
「会長の名前はクロックですわ。でもこの町に来たのは最初だけでした。以降は毎年別の商人が買い付けに来ていますわ」
「俺、王都に行ったことがあるから、商会の場所を知っているぞ。東門から入って北に行き……」
周りの人が悪徳商会の詳細を一斉に話しだした。
悪徳商会はブラーク商会で、王都バータにある。
ここまでいろいろ聞いたら、行くしかないよね。
でも、今日のところは遅いから、宿屋に帰るだけ。
話をしながら歩いていると、あっという間に宿屋の前に到着。大勢の人に感謝され、手を振って別れる。
宿屋に入ると、女将が無料で料理を振る舞ってくれることになった。別れたはずの町の人も、食堂に入れるだけ入って一緒に食事をすることに。ただしそっちは有料。
とにかくここではみんなお祝いムードで、悪徳商会の話は出さない。気を遣っているよう。
「いやあエムさんだっけか。すんごい魔法だったよ。あのようなことができるなんて、聞いたこともない。まさに奇跡。神の御業だ」
赤ら顔のおじさんが木製のジョッキを片手に話しかけてきた。
「エルフなら、同じことをできたかもしれないよ? 隣の国だし、尋ねてみなかったの?」
「エルフだと!? クソ尖り耳に頼るくらいなら、このまま飢え死にするほうがマシさ。うぃっく」
もうダメだと思っていた桑畑。エルフには診てもらっていないとのこと。バタロン王国とエルフ族は仲が悪いらしい。生活に困るくらいだったのにそこにこだわる理由がよく分からないね。
他の人も、エルフに頼るくらいなら植え直して一からやり直すって言っているし。
「民族間の相互理解は、とても難しいことなのじゃ」
「めんどくさいのです」
「エルフって悪い奴らじゃないのにな。何がいけないんだろうな」
「ああ、旅の方は知らないのか。そりゃあ、ずっと昔。この辺に人族がまだ住んでいなかった昔に遡るのさ……」
なんと!
むかーし、この周辺には果物ズ、もといジューシー族が広く住んでいて、エルフが森から出てきてジューシー族を捕食することがあったんだって。うそお? 本当なの?
その間に割って入ったのが人族。
魔族が北に追いやられ、人族の版図がこの辺りにまで伸びた頃。狩られるジューシー族のことを知り、人族がジューシー族を庇護するようになった。
エルフと対立する人族が増え、やがてそれらが結束してバタロン王国を興した。
つまり、バタロン王国は人族とジューシー族の集まりなんだって。
「エルフって、果物ズを食べちゃうの?」
「酷い話だろ? ジューシー族は魔法生命体だって言ってもな、意思の疎通もできる心の通う存在さ。それを捕食する野蛮なエルフは許せないに決まっているだろ」
「ジューシー族はうまいのです。ジュルリ」
「レティ、ややこしくなることを言うな!」
「俺たちが間に入るようになってからは、そういう事件は起きなくなっているけど、いつ再発するか分からないからな」
難しい話になってきたよ。
「ああ、暗い話になってすまんすまん。ここは祝いの席だ。明るい話題にチェンジだ!」
「そうだ! 回復した桑の木、花をつけていたぞ! あれも奇跡だ」
無理やり話題を変え、治した桑の木に花が咲いていたとの話になった。
もしかして、葉っぱの根元についていた緑色のブツブツっとした物体のことかな? 小さな花の集合体なのかもしれないね。
いろいろ話題が変わりながらも、笑顔の絶えない夕食タイムが進んでいく……。
★ ★ ★
私たちは悪徳商人を懲らしめるため、バタロン王国の王都バータにやって来た。
実際は会って話をつけるだけなんだけど、レティちゃんとマオちゃんの鼻息が荒いし、ミリアちゃんも面白がってイケイケなんだよね~。
「ここはレンガ造りの家が多いな」
「建物の形も立体的じゃの。ただの平面の壁とは違うていろいろ手の込んだ造りをしておるのう」
「どの建物も、入り口の扉が横に広い気がするのです」
柱となる部分を出っ張らせたり、出窓っていうのかな、窓周辺が外側に張り出していたりする。
扉は横幅が広く、両開きのように見えて実は片開きな建物もある。
「先に見えるのは王城かの? 変わった屋根をしておるのじゃ」
「尖塔のてっぺんに樽を寝かせたような屋根がのっかっているぞ。なんなんだ、あれは」
寝かせた樽の両端にちょっとだけ出っ張りをつけてあるような形状。樽のように継ぎ目はなく表面は滑らか。色は上の方ほど濃い茶色で、下の方は城に近い黄色。
そんな屋根だか部屋だか分からない物体が、塔の頂上と城の最上階に設置されている。
所変われば城の造りまで変わるんだね。
「あ! 果物ズ!?」
「あれは別人なのです。『ジューシーレインボー』はリンゴとかだったのです。柿とバナナは含まないのです」
「ほれ、リンゴも歩いておるがの」
「前にお会いした方々とは、葉の大きさが異なります♪」
人の往来をよく見れば、巨大な果物に細くて関節のない手足が生えた存在が混ざっている。
私にはジューシー族の顔を見分けることができないから、リンゴとレモンがいたら果物ズにしか見えないよ。
他の国ではジューシー族が歩いていることなんてなかったから、バタロン王国はジューシー族と人族とで興した国だってのがよく分かる。異次元迷宮で見かけ、ベーグ帝国にいた果物ズは例外だね。
「この辺りかな?」
何度か角を曲がり、悪徳商人を擁する悪徳商会の建物を探す。
ブンケースの町の人に大まかな場所のことを聞いていたのに、実際に王都バータの中を歩くと、全然見つからない。
「……うーん、なさそうだぞ」
左右を見回し、歩き出して近くの角を曲がり、もう一度左右を見回す。
「やれやれなのです。きっと、もっと向こうにあるのです」
「通路が直角に交わっておらぬからの。迷いやすい構造をしておる」
北に曲がってから東へ、それから南に戻って東へって聞いていたから、その通りに曲がったつもりだったのに、実際は北東だったり南東だったりして意図しない場所に辿り着いちゃったみたい。
「いつものようにレティちゃんに任せるしかないね」
「ここは異次元迷宮ではないのじゃがの」
異次元迷宮では頼りになるレティちゃんの勘。それに任せ、町の中を進んで行く。
あれ、そっちに行くの?
今度はこっち?
予期しない方向にばかり進むレティちゃん。というより、今、どっちを向いているんだろう? 東? それとも西?
「あったのです。看板にはブラーク商会と書いてあるのです」
「レティ、でかした!」
「冷静に、作戦通りに進めるのじゃぞ」
ブンケースの町にはいつも違う人が買い付けに来るって話だったから、商会の会長がどの人か特定しないと糾弾できない。
それでマオちゃんが編み出したのが、高値売り込み作戦。
レティちゃんの鉄の剣を売りに出し、高額過ぎて買い取り担当者では判断できずに会長に判断を仰ぎに行くって流れにする。
レティちゃんの鉄の剣は高いのかって? それには貴族の紋章が入っていて一般には手に入らない高級品。高値がつくとミリアちゃんが予想していた。
本当はミスリルの剣を提示すれば一発なんだろうけど、絶対にイヤだって駄々をこねたからね。実際には売らないから見せるだけなのに。
「準備はいいか? 行くぞ。すんませーん」
みんなの顔を確認してから扉をノックするミリアちゃん。
「お客様でしょうか? どうぞ、中へ」
しばらくして扉が開き、白いシャツ、黒いベストに赤い蝶ネクタイのおじさんが怪訝そうな顔をして現れた。




