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087話 バタロン王国の桑畑 前編

 国境の砦を通過し、バタロン王国に入った私たち。

 ミリアちゃんが諜報機関本部から通行証を発行してもらっていたこともあって、国境の通過自体はスムースにできた。

 今、乗合馬車に乗って東へと進んでいる。

 もうすぐ日が沈む時間になり、今乗っている乗合馬車としても次の町が終点なので、今日はそこで泊まることなっている。


挿絵(By みてみん)


 ブンケースの町。

 私たちは乗合馬車から降り、宿屋を探して通りを歩く。

 商業的に栄えている町ではなさそうで、人通りは少なく、露店も少ない。


「木造の家が多いね」


「レンガ造りの家も混ざっておるが、少数じゃのぅ」


「窓から煙が漏れ出てないか? 夕食の支度をしている湯気だとしても、うまそうな香りが全然しないんだよなあ」


「きっと、まだ煮物を作り始めたばかりなのです」


 木窓は開いていて、そこから絶え間なく白い煙が上がっている。そんな家がいくつもある。


「ギッタンバッコンって、音が聞こえます♪」


 その音は、いろいろな方向から聞こえてくる。

 料理の音なのかな?

 外に響くくらいの音を立てるって、どんな料理なの?


「旅の方かしら? 機織はたおりの音は珍しいでしょう? この町の名物なのよ」


 両手を耳に当てて顔を左右に向けていたら、通りをすれ違う女性が声をかけてきた。


「機織り?」


「はい。この町の特産品は絹織物。町中に響いているのはそれを織る音です」


「活気があってとても良いことじゃの」


「それが……」


 女性は暗い顔になって話を続けた。

 絹織物は商人が高値で仕入れてくれて、この町の住民のほとんどは絹織物を売って生計を立てている。

 絹織物は他の町でも作られてはいる物なんだけど、この町で作られた物が各地の貴族様に人気で、作れば作っただけ売れるらしい。王様もこの町で生産した物を指定して愛用しているそうで。


「凄えな。王様が気に入っているのか」


「はい。それはとても喜ばしいことなのですが……」


 ところが。

 最近になって桑畑の桑の木が枯れだして、絹織物の生産量が激減している。

 それで、町のみんなは生計が苦しい状態らしい。


「最盛期には、それこそこの通りなどは水蒸気で真っ白になって、耳が痛くなるほどに機織りの音が響いていたものです……」


「桑の木が枯れるような、日照りか何かがあったのかえ?」


「いいえ、思い当たることはありません。桑の木が枯れる原因が分からないのです。日々、枯れる木が増えていまして、どれだけ手を施しても、どんどん枯れていってしまうのです」


「明日にでも、見に行きましょう♪」


 ピオちゃんが耳元でささやいた。ピオちゃんなら何か原因を突き止めることができるかもしれないね。


「その桑畑って、どこにあるの? 明日、様子を見に行くよ」


 女性に桑畑の場所を聞き、別れた。

 町の周辺どこを見ても桑畑が広がっていて、おそらく乗合馬車の中から見ていた風景は全部桑畑。

 枯れているのは主に町の南側と東側。最初に枯れ出したのが東側だったみたい。今は南側に被害が拡大しつつある。

 最後に女性が「楽しい旅の最中に、暗い話をしてごめんなさいね」と謝っていたんだけど、「きっとなんとかするからね」と返しておいた。ピオちゃん、明日はよろしくね!


 翌日。早朝に宿屋から出て南門を通過する。

 すると一面、桑畑が広がっていた。

 等間隔に並んでいる緑の木々。緑なんだけど、元気がない。


「うわあ、しおれているね」


「枯れてはいない感じだな。葉は緑色のままで枝がぐったりしているって言えばいいのか」


 幹は真っ直ぐに立っている。でも枝が不自然な感じに垂れ下がっていて、それにしおれた緑色の葉がついている。黄色く枯れた葉は見つからない。


「もっと近くに行って調べましょう♪」


 飛んで進むピオちゃんを先頭に、桑畑の中へと入る。

 どこを見ても桑の木だらけ。いろいろ剪定されているようで、樹高は私より少し高いぐらい。


「うむ。今のところ、害虫は確認できぬの」


「犯人の形跡は見当たらないぞ」


 しおれた葉を手にして、表と裏をよく観察しているマオちゃん。ミリアちゃんは虫眼鏡を持って幹や枝などを調べている。

 みんなで調査しながらどんどん奥へと進み、ようやくしおれていない桑の木を見つけた。


「この木は元気だね」


「隣の木はしおれているのです。とっても不自然なのです」


 まるで間に結界でもあるかのように、元気な木の隣の木がしおれている。


「これはおそらく……」


「ピオちゃん、何か分かったの?」


 ピオちゃんには心当たりがあるようで、この境界となっている付近を重点的に調べることになった。


「こんな葉っぱが絹織物になるんだね」


 三つに分かれた葉っぱ。指でつまんで引き寄せ、観察する。

 しおれている木だと葉の形状がはっきりとはしなかったけど、ここならよく分かる。


「エムや。それはちごうておるぞ。カイコのマユが絹糸になるのであって、桑の葉はカイコのエサなのじゃ」


「カイコ?」


「桑の葉を食べる蛾の幼虫じゃ」


 蛾の幼虫?

 想像したら背筋が寒くなっちゃった。

 蛾の幼虫って故郷の畑で見たことがあるよ。うにょっとしててとても触ることができない存在。種類によっては尻尾みたい出っ張りがあったりして謎の生き物。


「へー。蛾の幼虫がマユを作るのかあ。サナギになるんじゃないんだな」


「いや、サナギになるのじゃが、それがマユの中でなのじゃ。マユは繊維でできておって、加工すると絹の糸になるのじゃ」


「マオリーは、ムカつくほど何でも知っているのです」


「妾は魔王じゃからの」


「こういうところもムカつくのです」


 雑談しながら桑畑の中を進んでいると、


「いました。ミ・エール♪」


 ピオちゃんが何かを発見し、すぐに魔法を唱えた。

 すると、桑の木の幹に抱き着いている、黒い存在が私の目でも見えるようになった。

 どこかで見たような……。

 背中を見せているんだけど、ヒマワリの花に手足が生えた形状。茎や葉はない。


「サックデビルかの?」


「そうです。花木の生気を吸いとる悪魔です♪」


「カレア王国の王城の庭園にいた奴か!」


 退治したと思っていたのに、まだいたんだね!

 えっと、たしかこの魔物に勇者技を当てたら大きくなっちゃうんだよね。勇者技を使わずに退治しないと。

 後ろからレイピアで!


「えい!」


 突き出したレイピアをひらりと右に避け、サックデビルは走って逃げ出した。

 私たちもそれを追って桑畑の中を走る。


「かー。枝が邪魔でどんどん離されていくぞ。あいつ背が低いから枝に当たらないの、ずるいぞ」


 元気な木は枝が水平方向に伸びていて、私たちの走行の邪魔になっている。

 それなら!


「プリムローズ・ブラスト!」


 花の生気の乗った勇者技を、走る背中に向かって撃ち出した。

 サックデビルは避けることなく闘気玉に当たり、腰くらいの大きさになった。


「大きくしてもいいのですか?」


「もう一発、行くよ! プリムローズ・ブラスト!」


 レイピアを突き出すようにして射出した闘気玉は、やはり避けられずにサックデビルに命中した。


「やべえ。また大きくなったぞ」


「うむ。大きくなることで機敏さが失われ、さらに木の枝にぶつかって真っ直ぐ逃げることができなくなったようじゃの」


 マオちゃん、説明ありがとう。

 私と同じくらいの背丈になり動きの遅くなった魔物には、すぐに追いつくことができた。

 魔物は逃げるのを断念したのか、体の向きをこちらに変え、戦う意思を表した。


「イージスなのです!」


 盾技で盾の有効範囲を広げ、飛んでくる無数の種を地面に落としたレティちゃん。


「もう逃がさないぞ! ピュッ!」


「万物を穿つ魔王の氷柱、メガ・アイシクルランス! どうじゃ、貫いたのじゃ」


 ミリアちゃんが吹き矢を飛ばし、マオちゃんが氷の槍を撃ち出して魔物を貫いた。

 魔物は黒い煙となって消えた。


「大きくなったのに、あっけなかったのです」


「それは皆さんが強くなったからですよ♪」


 前にこの魔物と戦ってからだいぶ経つ。私たちは多くの困難を乗り越え、強くなっていたんだね。


「マヒ毒で弱らせてからハリセンで殴ろうと思ったのにな。残念だったぞ」


「強化したハリセンは、次回にお預けだね」


「さて。ピオピオや。この桑畑もお主の力で復活できそうかの? 結構広そうなのじゃが」


「はい。ゆっくり進めれば魔力の枯渇は大丈夫です。サックデビルが他にもいないか探しながら治療をしましょう♪」


「まだ桑畑全体を見たわけではないのです。東にもあるのです。ですから、マオリーの質問は意地悪なのです」


 そうだよね。まだ南側の一部しか見ていないし、東側はほぼすべてがしおれているって聞いているしね。桑畑全体のことなんて聞かれても分かんないよね。


「しおれた木を元気にしましょう。マブシク・ニッコーリ♪」


 ピオちゃんがスティックを振って魔法を発動すると、周辺の木々が垂れていた枝を持ち上げ、ぐしゃっとなっていた葉が開いて瑞々しくなった。

 少し進んでは魔法を唱え、また進む。

 今日は私は踊らないよ?

 だって、誰も見ていないんだもん……。


「畑が! 桑畑が! 枯れていた桑の木が!」

「おお! 元通りになっている! なんと! 今あの周辺が元通りになった!」

「魔法かしら? どんどん元気になっていくわ」

「あの子たちよ! あの子たちの魔法よ!」


 桑畑で働く人たちが南門から出てきたみたいで、ピオちゃんの魔法に驚いている。

 桑の木があって向こうからは見えないと思っていたのに、私たちの姿を発見されてしまったよ。しおれている木々の間にいても、隠れられていないんだね。


「エム。踊るのです」


 仕方ないよね。

 ピオちゃんの魔法に合わせ、私はレイピアを突き上げるように踊る。


「おお! また枝が浮き上がり、葉が張ったぞ!」

「やっぱりあの子の魔法だわ!」

「これで絹の減産を元に戻せる。とても嬉しい。う、ううっ……」

「ちょっとアンタ。私までもらい泣きするじゃない。ぐすっ」


 涙を流す人もいるようで、それだけ困っていたってことなんだね。


「えへん。この町でも名誉を得られたのです」


「ピオピオと、エムの踊りに対してじゃがな」


「マブシク・ニッコーリ♪」


「わわっ」


 広い畑の中を歩き回り、何度も踊ってなんとか町の南側の桑の木を元気にできた。

 桑畑から外に出ると、作業開始から相当時間が経過したこともあって、数え切れないくらいの人がそこにいた。とんでもない人だかり。背伸びしたり、跳んだりして私たちの姿を見ようとしている人もいる。


「桑畑を荒らす魔物がいたから退治してやったのです。えへん」


「しおれておったのは魔法で治しておいたのじゃ」


「東側も酷いって聞いているから、今からそっちに行くよ」


「はい、どいたどいた」


 ミリアちゃんがどくように指示すると、人垣に細い道ができた。私たちはその中を進む。


「まあ、東の畑も!」

「ありがとう、旅の人!」

「やっべー。こんなに感動したの、オラ初めてだ」

「まさか魔物の仕業だったなんて……」

「こんな女の子が魔物を退治して、さらに枯れた桑の木を元通りにしてくれたのか!」

「私にはできないわ。きっと特別な力を持つ人たちよ」

「東もやってくれるんか、ありがてえ!」

「ワシらの生活が、これで元通りになるかもしれんな。ありがたや、ありがたや」

「爺さんや、それはどうかのぅ。商人さの心変わりはどうにもなんねーだ」


 私たちに向かって感謝を述べる人、ただ囃し立てる人、起こった現象について考え込む人、自身の今後について話す人……。

 多くの人が集まれば、いろいろざわつく話声になる。

 あれ? なんか最後のほうで、まだ悩んでいる感じがしなくもなかったけど、今は元気のない桑の木を治すことに集中する。どちらかというと踊ることに。

 人垣を抜け、東側の畑へと踏み込む。


「ここは聞いた通り、全部しおれているな」


「周囲がザワザワしていて気になるのです」


「妾たちは歩いておるだけじゃしの。どこかにもう一体、サックデビルがおらぬかのう」


 町の人たちは私たちの後ろをついてきて、今は東側の畑に隣接する農道に並んでいる。全員、私たちを見るために移動したみたい。……自意識過剰だったね。治っていく桑の木を見ている人もいるからね。


「マブシク・ニッコーリ♪」


「わっ」


 見渡す限りしおれているから、早速ピオちゃんが魔法を発動した。

 すると周囲の枝がもこっと盛り上がり、葉がピンっとなる。


「「「「おおー!」」」」

「奇跡だわ!」

「ありがたや、ありがたや」


 歓声が上がった。南側でも、見物する人が増えだした最後のほうでは上がっていたんだよ。

 魔法を発動するたびに歓声が上がる。

 木々が元気になると私たちの姿が見えにくくなるのか、人々は農道上の、私たちが見える場所を取り合うようにして、私たちの移動に合わせて動いている。


「マブシク・ニッコーリ♪ ふぅ……」


「ピオちゃん、疲れたの? 少し休む?」


 魔法収納から鉢植えの花を出し、ピオちゃんはその上に浮かんで休憩をする。

 私たちも地面に座って休む。

 私も、右腕が筋肉痛になりそうだよ。こんなにレイピアを突き上げたことなんてないからね。

 ……ミスリルのレイピアを見せびらかしているわけじゃないんだよ。ピオちゃんの存在を隠すための踊りなんだから。


 その後、小休憩を二回挟みながら、東側の桑畑を完全復活させた。結局、新たな魔物は見つからなかった。

なっしんぐ☆です。

単語の入れ替えを行いました。

旧:花のエネルギー

新:花の生気

この作業にあたって、以前話題にあげたExcelの文字列検索マクロが大活躍しています。

原文全ファイル中から指定文字列を含むファイル名と、指定文字列使用回数を表示するだけのものですが、一瞬で探せて気楽に改訂できます。手動で同じことをすると気の遠くなる作業となりますから……。

もちろん、普段の文章作成時にも大活躍しています。

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