085話 帝都観光
ミリアちゃんの故郷の町に戻った私たちは、フリーデちゃんに会って生贄はもういらなくなったって宣言したんだ。そしたら、ホルストくんを介して町中に話が広まって、その晩は町をあげての祝賀会になったんだよ。
主役はもちろん、レティちゃん。なんてったって、素手でドラゴンを懲らしめたんだから。この町に住む領主様はこのことは伝説として歴史に残るだろうって言って褒め称えていたよ。
それと、マオちゃんがフリーデちゃんの特別な能力を魔法で調べていたんだけど、結果は教えてくれなかった。何か持っているのは事実のよう。
生贄事件を解決した私たちは、バタロン王国に向かうため町を出た。国境を跨ぐことになるから大きな街道を行くほうがいいねってことになって、ミリアちゃんの勧めで帝都ゼトラを経由して行くことにしたんだ。
乗合馬車に揺られること数日。
帝都ゼトラに到着した。
「悪いな。また寄り道させて」
「なに。妾は急いではおらぬ。ベーグ帝国内をいろいろ見ることができて満足じゃぞ」
ここはミリアちゃんが育った町。
それでも、ほとんど町の中を出歩いたことがないようだから、一緒に町並みを眺めようということになっている。
どこを見渡しても、石造りで頑丈な感じのする建物が並んでいる。町の色合いは、灰色と茶色がほとんどを占めていて、白い壁は少なめ。
「ちょっと報告に行ってくるわ。この辺で待っていてくれ。そこの角の店で売っているテイコクッキーは、私でも知っているくらいの帝国名物だから見ておくといいぞ」
ミリアちゃんは仕事の報告をしないといけなくて、北広場まで来たところで城のほうへと走って行った。
「テイコクッキー? 有名なんだ?」
「味わうのではなく、見ておくとよいのかえ?」
「早く見てみたいですね♪」
「クッキーごときで……。うわっ、なんなのですか!」
店先まで行くと、大きなガラス張りのショーウインドウの中で、クッキーが踊っていた。
「ク、クッキーが浮かんでいるよ?」
「ほほう。なるほどの。うまくできておるのじゃ」
丸いクッキーが空中で跳ねたり、回転したり。
いくつも宙に浮かんでいて、一つおきに上下に動いている。
「どうなっているのですか?」
「魔道具じゃの。風魔法でも殺傷力のない、衝撃緩和系のものをいくつも使用して操作しておるのじゃろう」
「クッキーって、割れないの?」
風を当てているのなら粉が飛んでいそうなのに、一粒も飛んでいないよ。衝撃緩和系って、ずいぶん前に投げ出された私を受け止めてくれた魔法のことだよね? エアシールドだっけ? うーん、あれはレティちゃんが発動した盾技だったかも?
「繊細な調整がなされておるようじゃが、いずれ割れるじゃろうから……、ほれ、右端が出口になっておるじゃろ? 一個ずつ右にスライドさせて、定期的にあそこから出しておるのじゃ」
「面白いね、凄いね!」
「凄いのは、妾たちから見えぬ場所にある制御装置じゃ。複数の魔道具が順番に動作するよう、制御しておるのじゃ。いわば魔道具を制御する魔道具じゃ。よく考えついたものよのう」
そっかー。誰かが隠れて動かしているわけじゃなさそうだし、魔道具が魔道具を動かしているんだね!
「エム。一箱購入するのです」
クッキーの動きをずっと眺めていたら、店員が店先に出てニッコリほほ笑んでこちらを見ていた。
面白い物を見ることができたし、一緒に見ていた他の客も購入してたから、一箱ぐらいならいいよね。
「まいどあり!」
テイコクッキーの店の前から移動し、三軒隣の店先でまたショーウインドウに釘付けになる。
「串焼き肉が、自動で焼かれているのです」
「帝国では、先進的な魔道具をいろいろ開発しておるようじゃの」
火の上でゆっくり回転しながら焼かれる串焼き肉。
ただ焼いているだけだと面白くないのか、焼き上がったら垂直に立ってそのまま高く打ち上げられ、弧を描いて落下する先で、木製のコップのような物が左右に動いてそれをキャッチした。
そして三本入ったら、次のコップが登場する。
面白いね!
ずっと見ていても、一度も外すことがないよ。
「まいどあり!」
はむはむ……。
結局焼きたてを三本、買ったんだよね……。
「貴重な食べ物を放り投げるようなことはしてはいけないのじゃが、この焼き加減は上々じゃの……」
「ミリアの分は買ってないのですから、早く食べるのです」
店の中で食べ、外に出る。
さっき、漠然と通りを歩いたときには建物の外観ばかりを見ていたから気づかなかったけど、近づいてよく見てみると、魔道具を使って動く展示をしている店がいくつもある。
服屋だったら、服が風に揺れ、色とりどりにライトアップされたかと思ったら、一瞬で着替え。さらに踊りだす。
どれを見ても感動するほどの出来の良さ。
「おまたせ。おっ、これは凄えな!」
店前でショーウインドウを眺めていたらミリアちゃんが戻ってきて、一緒に眺めることに。
「早かったの」
「諜報機関本部は城の敷地の北側にあるし、簡単な報告しかしなかったからな」
報告って、何を報告しているんだろうね。それが仕事だって話だし……。
あれ? 冒険者が仕事じゃないの? 冒険者をやっていることを報告するのが仕事なの?
「テイコクッキー、どうだった? そっくりだっただろ?」
「そっくり? 何がそっくりなのですか?」
クッキーが浮かんで踊っていたんだよね。あの動きが何かの動きを再現していたの?
「あちゃー。その反応だと見ていないな。テイコクッキーってのはだな……」
テイコクッキーは店の中に飾ってある、クッキーで精巧に作られた帝城のミニチュアのこと。
小さなクッキーを部品として、一つ一つ丁寧に組み立てられていて、帝城そっくりにできているんだとか。
年に一度、この時期にしか展示されていなくて、非常に高値で取り引きされる名物なんだって。
「動くクッキーのほうが面白いと思うのです」
「いろいろな国を見てきたのじゃが、動く展示をしておるのはここ帝都が初めてじゃ」
「それはそうなんだけど、凝った食べ物のほうが興味が湧かないか?」
「動かないクッキーより、動くクッキーのほうが面白いよー」
テイコクッキーはどんな物なのか大体想像がついたから、もっと別の名所や名物などを見たいよ。
「仕方がないなあ。テイコクッキーは諦めて、観光名所巡りでもするか。ここから近いのはっと……」
向かったのは東区画。ここ帝都は城を中心とした造りになっていて、城の四方に広場がある。その、東広場の南側を東西に川が流れていて、それに架かっている橋が観光名所なんだって。
「人がたくさんいるね」
「私も来るのは初めてなんだけど、やっぱ混んでるなあ」
名所となっている橋は、白くてとっても綺麗な円弧状の石の橋で、側面には雲と子供の天使の彫刻があり、欄干の上などには立体的な天使像がいくつも設置されている。
きっと、橋の上を歩くと、天上界って所に行った気分になれるんだね。
「ここに住んでおったのなら、どれだけでも見る機会があったじゃろうに」
事前に、ミリアちゃんは帝都の北区画と西区画しか行ったことがないと聞いていた。でもその理由までは聞いていない。
「前に言った通り、私は強制的に帝都に連れられてきて、諜報員になるよう毎日厳しい訓練を受けていたんだ。一応、休みの日もあったけど、それはほぼすべて、疲れ切って部屋で寝ていただけだからな」
「我もその気持ち、理解できるのです。高級な剣は宿屋でしか収納から出せないのです。ずっと宿屋で剣を眺めていたいのです」
「レティシアは、宿屋で剣を抱いて寝るのが趣味のようじゃからの」
そうなんだよねー。レティちゃん、ミスリルの剣をもらってから毎日、ベッドの上に置いて添い寝しているんだよね。
そんなに剣が好きなのなら普段から使えばいいのに、それはやっぱり譲れないって。剣は人を切るためにあらず、だったっけ?
「腰に下げておけばいつでも見ることができるだろ? 誰も盗らないと思うぞ」
「ねぐらにあるからこそ、輝くのです。腰に下げたら価値が下がるのです」
レティちゃんがもらった物だから好きにしていいとは思うけど、ちょっともったいないような気がしないでもない。
そんな話をしながら、橋は眺めるだけで次の観光名所に向かった。
「南広場の、ほら、あれだぞ。ここからでも塔とか屋根の部分が見えるぞ」
歩きながら、他の建物の向こうに見えてきたのは、観光名所のロンギゼアス大神殿、の屋根の部分。クリム神様を祀っている神殿で、荘厳で巨大な建物なんだって。
歩きながら見えている部分だけでも、意匠に凝っていることが感じられる。
そして、南広場へと差し掛かると、その全貌を見ることができた。
ロンギゼアス大神殿は正面が東に向くように建っている。
「うわぁ、綺麗な神殿だね~」
とっても大きな建物。
真っ白な壁にはいくつもの帯状の段差が設けられていて、等間隔に宝石が散りばめられている。
さらに、壁の平らな部分には麦の彫刻がしてあって、それは他の教会とかでもみたことはあるんだけど、ここのは、穂の部分に宝石が散りばめられていてとても美しい。白い波を模した彫刻にも宝石が無数に使われている。
正面には円筒状の塔が四本並んでいて、それらの中央になるように焦げ茶色の大きな扉が設置してある。
「人が多くても、大きな建物じゃからよく見えるのう」
南広場はこれまでの広場で一番人通りが多い。
そして、露店で売っている物は土産物ばかり。生活必需品はほとんど見かけない。
「聞いた話によると、ロンギゼアス大神殿は、聖クリム神国の大聖堂よりも大きいらしいぞ」
聖クリム神国の大聖堂って、クリム神様が降り立った聖地とされていて、とても大きい建物だと聞いたことがある。それよりも大きいんだ?
「大きさの比較はともあれ、非常に綺麗じゃの。観光名所になるのもうなずけるのぅ」
「我は、あの壁が欲しいのです」
「レティちゃんの実家に同じ物を作ってもらったら?」
レティちゃんの実家は石造りの城だったから、壁はたくさんある。きっとレティちゃんの部屋にも彫刻できるような壁があるよ。
「む、そうするのです。我の部屋をキラッキラにしてもらうのです」
「部屋の中がキラキラしていたら、落ち着かなくなりそうだぞ」
「これ、税を無駄遣いしてはいかぬぞ。もっと有意義なことに使うのじゃ」
人混みの中を少しずつ歩いて大神殿に近づいて行くと、前方に、怪しげな動きをしている人の姿が視界に入った。
あの子が着ているのって、ニワトリパジャマだよね?
「跳び上がっているのです」
「あまり近づかないほうがよいじゃろう」
「感動しすぎて、その感動を体いっぱいで表現しているのかな?」
跳んだりしゃがんだり。立ったかと思うと斜めに体を倒してそのまま上下に揺れてみたり。
「君! そこの君! 見どころがあるりん!」
怪しい人物が振り返り、人混みをかきわけるようにして私たちの前までやって来た。




