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083話 ドラゴンを成敗するのです 前編

「あの森を抜けるとすぐに麓に着くのです。急ぐのです」


 我らは町を出て、それなりの距離を進んだのです。それでもまだ生贄娘の兄、ホルストには追いついていないのです。

 森に入り、細い道を行きます。

 我は、この森を抜けると、そこはドラゴンの領域だと知っているのです。


「道がつけられておって、助かるのぅ」


「ドラゴンの領域に向かっている道だから、貢物を運ぶためにつけられたのだろうな」


「ミリアちゃんは、昔、町の外に出たことがあるの?」


「いいや、私は町の外に出たことはないぞ。初めて町を出たのは帝都に連れて行かれるときだったからな」


「そうなんだ~」


 むしろ、そんな質問をしたエムの考えていることがよく分からないのです。母親同伴でも、幼いミリアが町の外に遊びに行くなど、あり得ないことなのです。


「それにしても、貢物を要求するなんて、ドラゴンって傲慢な魔物だよな。いや、魔法生命体だったか」


「要求したのではないのです。二、三百年くらい前の領主がドラゴンに提案してきたのです」


「そうなんだ~」


 エムはやる気があるのですか?

 さっきと同じ返しなのです。

 誇り高きドラゴンは、理由もなしに人族の町を襲ったりはしないのです。それなのに、襲わないでくれといって、貢物を寄こす話をしてきたのです。

 ただし、竜王の我が直々に人族と交渉などしませんから、担当者だけが知る話として、はぐれ者による脅しのようなことがあったのかもしれないのです。


「ドラゴンは宝石類が好きじゃからのう。食えもせぬのに、あんな石ころのどこがいいのじゃ、まったく」


 宝石の輝き。それに勝る物などこの世に存在しないのです。

 貧乏な村娘だったマオリーは、宝石のことをよく知らないだけなのです。

 我のねぐらには大量の宝石宝剣が輝いていて、夜空に輝く星のようになっているのです。あぁ、早くねぐらに帰りたいのです……。


「いたぞ。あれが探している兄じゃないのか?」


 小道の先に見えたのは武装した四人組。冒険者の格好をしているのです。

 こんな所を歩いているのですから、ドラゴンの領域に向かっていると考えて間違いないのです。

 魔物討伐が目的なら、もっと別の場所に行くべきなのです。

 ドラゴンの領域の近くで魔物討伐をするのは命知らずの愚か者で、ドラゴンが目をつけている魔物を狩ろうとすると、逆にドラゴンに狩られてしまうのです。

 魔物はドラゴンの食料なのですから。手を出してはいけないのです。


「お主、ホルストじゃな? お主ら、ドラゴンの阿呆と戦うつもりなのかえ? 悪いことは言わぬ。引き返すのじゃ」


「あ? お前ら何者だ? お前らこそどこに行くんだよ?」


 追いつき、背後から声をかけると、四人組は立ち止まり、振り返って返事をしたのです。


「我らは、根性の腐ったドラゴンを成敗しに行くのです。ドラゴンのことは我らに任せて、貴様らは町に帰るのです」


「妹の危機なんだ。他人に任せられっかよ。むしろお前らのほうが弱そうだ。町に帰るのはお前らのほうだろ」


「うん、ドラゴンは強いよ。でもね、生贄なんて許せないよ。だから止めてもらうよう説得するんだよ」


「ドラゴンは石頭じゃからのう。説得に応じるかは、はなはだ疑問じゃがの」


 我がいる限り、ドラゴンには手荒な真似はさせないのです。

 ドラゴンの領域に入ったら、生贄を要求した奴を呼び出して、ガツンと言ってやるのです。

 我の縄張りなのですから、竜王の我に逆らう者などいないのです。


「生贄は許せない要求なのです。だから我が止めるように命令するのです。逆らうなら成敗するのみなのです」


「おいおい。レティが命令なんてできるわけないだろ? それに成敗って、無茶なこと言うなよ。あくまでも説得だぞ、説得」


「つまり、お前らも妹の危機を救いに来たってわけか……。そうならば共闘ってことでよろしく頼む。俺はリーダーのホルストだ」


「エムだよ。よろしくね」


 この四人は町に帰る気はなく、握手を交わし、一緒にドラゴンの領域に向かうことになったのです。

 森の小道は、なんとか二人が並んで歩くことができる幅なのですが、それだと身動きがとりにくいのです。ですから一列になって歩いて行きます。我らはこのままホルストたちの後ろを行くのです。


「そろそろ森から出る。武器を構えろ」


 先頭を行くホルストが後ろに向き直って指示を出したのです。

 森から出れば、そこはドラゴンの領域。いつドラゴンに襲われてもおかしくないのです。


「わあ、こんな所に広い草原があるんだね」


 森を抜けた先は山の麓で、不自然なくらいに木々のない空間となっているのです。それは山の麓に沿うように、視界の限り遠くまで広がっています。

 今のところ、ドラゴンの姿は見えないのです。侵入者の監視をサボっているのか、探索魔法などで我らの様子を窺っているだけなのかのどちらかなのです。


「ドラゴンが不審者の侵入がないか監視するために魔法で木々を消し去った土地じゃ。ここは既にドラゴンの領域の内じゃからの」


「大きな岩があるぞ。まるでテーブルのようだな」


 開けた草原に巨大な岩がポツンと置いてあります。上面が平らで、テーブルのように見えるのです。

 我らは、このままその岩に近づいて行きます。


「領主は毎年、ここに貢物を捧げているんだ。それなのに、今年は生贄まで要求されて……。それがどうして俺の妹なんだよ!」


 名指しだったようなのです。フリーデと。

 人族と比べてドラゴンの魔力は膨大ですから、山の上からでも町の人々の詳細を探索魔法で調べられないことはないのですが、わざわざそんなことをする理由もないのです。

 そもそもどうして名指ししないといけないのですか?


「ドラゴンが名指しでのぅ……。何か因縁などがありそうじゃが心当たりはないのかえ?」


 町の娘がドラゴンと因縁の関係になることは考えられないのです。相手にもされないはずなのです。


「フリーデは町から出たことはないし、まだ成人もしていない。もちろん、ドラゴンを近くで見たこともない。普段は家にいて、どうしてドラゴンに指名されたのか、まったく見当もつかないんだ」


「フリーデはうまそうには見えなかったのです。何か味のする特別な能力でも持っているのですか?」


「おい、レティ。食べ物にするなよ。縁起でもない」


 食べるなら、もっと肉付きのよい者に限るのです。

 根本的に、人族はおいしくないのです。それに、食べるとドラゴンとしての格が下がると言い伝えられていますから、通常は食べないのです。

 ただし、特別な能力を持つ者は美味なことがあります。

 町にいる間に、フリーデのことをもっと調べておくべきだったのです。食べないのですが。……うまそうな能力を所持していても食べないのです。


「特別な能力? そんなの、持っているはずがない。持っているはずが……」


 何か心当たりがあるのですか? それとも何かを思い出したのですか?

 顔を上げて空を見つめているのです。そして、顔をこちらに戻すと話しだしたのです。


「特別な能力になるのか分からないが、変わったことがあったのは事実だ。それは……」



 去年のとある夜中、ホルストの家の中での出来事なのです。

 妹のフリーデがトイレに行った帰り、閉めて出たはずの自室の扉が開いていたのです。

 おかしいとは思いながらもですね、寝ぼけているのかもと考え、そのまま自室に入ろうとしたのです。

 すると、ベッドの隣に黒い人型のモヤが浮かんでいるのが見えたのです。それは上半身だけの存在で、下半身はなかったのです。


「きゃぁああ!」


 フリーデの叫び声に、別室で寝ていた両親とホルストが目覚めて駆けつけました。


「なんだ、あれは!」

「で、出ていけ!」


 ホルストと父親が、廊下に座り込んだフリーデの前に立ち、黒いモヤを追い払おうと威嚇したのです。

 母親はフリーデに覆いかぶさるように座り込みました。

 誰も見たことのない謎の物体。

 それがゆっくり、浮遊したまま近づいて来るのです。


「く、来るな!」

「そうだ! ち、近寄ると殴るぞ!」


 威勢を張る二人だったのですが、得体のしれない恐怖心に包まれ、じりじりと後退していたのです。


「φdXsω△……」


 黒いモヤは理解できない言葉を低い声で漏らしながら、低い位置目掛けて手を伸ばし、二人の体を貫通しました。

 黒い手が、黒いモヤそのものが真っ直ぐにフリーデに向かって行くのです。

 しかし廊下の壁にもたれかかっているフリーデは、これ以上後ろに逃げることはできません。


「きゃぁあぁ! いやぁ、来ないでぇ!」


 首を掴もうと迫る黒い手を追い払うように向けられたフリーデの右手の平。絶叫と同時にそこから眩しい光が放たれました。


「guoo……」


 眩しい光に照らされると、黒いモヤは白い炎に焼かれるように、消え去ったのです――。



「ふむふむ。お主の妹には何らかの特殊な能力がありそうじゃの」


「うまそうな能力ではないのです……。ぺっ、なのです」


 小さな何かを焼くような能力は、大抵うまくありません。

 もっと、天地を轟かせるような大きな能力なのでしたら、美味になるのです。


「レティ、うまそうって何の話だよ? というか、どうしてそんな発想になるんだよ、まったく」


「ゆ、ゆーれいだったのかな?」


 エムは両腕を抱えるようにして震えているのです。

 過去の話だったのです。今ここで怖がってどうなるというのですか。ここにはいないのですから。


「幽霊かどうかは今となっては分からない。ただ、俺の体を貫き抜けてでもフリーデに近寄ろうとしていたことは事実だ」


 黒い腕に貫かれた二人は、黒いモヤが消え去るまで動けなくなっただけで、怪我などはなかったとのことなのです。ですから余計にフリーデだけが狙われていたと思えてならないそうなのです。

 しかしですね。それ以来何も起きていなくて、ホルストとしては忘れかけていた出来事だったのです。


『人間、何をしに来た? 貢物か?』


 む。この胸の中に響くしわがれたような低い声。

 これはガルムマルフの念話の声だと思うのですが、まだ確証は持てません。


「なんだ? どこからだ? 上空か!」


 ミリアは左右を見回し、すぐに空を見上げました。

 頭上、高い位置に赤いドラゴンがゆっくり羽ばたいて浮かんでいたのです。

 ドラゴンは魔法で浮かんでいますから、羽の動きは飾りなのです。


「貴様! ガルムマルフなのですか?」


 あの右まぶたの傷痕。奴はガルムマルフに違いないのです。

 竜王である我の頭上に浮かんだこと、後悔させてやるのです。

 と、思ったのですが、生贄を要求しているのが奴なのかどうか確認するのが先なのです。


『人間。我は名乗った覚えがない。さては識別の魔法か? 笑止。人間ごときの魔法で判別できるのはせいぜい名前ぐらいだろうからな』


「ドラゴンって、言葉が通じるんだな……」


「う、うん。い、いけ、ぃけにぇ……、あわわわ……」


 エムは何かを言いかけてガタガタと震えだしました。寒いのですか?

 ホルストどもも同じで、足がガクガクして剣がブルブルしているのです。


「ガルムマルフ! 貴様は人間を食べるようになったのですか? 見損なったのです」


『我は食べぬ。竜王様が食べるのだ』


 竜王様? 我はここにいるのです。

 それとも誰かが我の竜王の座を乗っ取ったのですか?


「我こそが竜王なのです。貴様は人間を食べる下賤なニセ竜王などに惑わされてはいけないのです!」

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