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081話 今度こそ魔族の国へ!

 なんか凄え寄り道をした気分なんだけどさ、ミスリル山のマナ水蒸気爆発を防いだ私たちは、魔族の国ジャジャムに行くため、ベーグ帝国に戻った。ピオの転移魔法を使ったから、今立っているのは謎の遺跡の中央にある紫色の花の前、異次元迷宮に飛ばされる前の場所だ。


挿絵(By みてみん)


「エルフの森とか、ずいぶん遠くに行っていたから、ここが懐かしく感じるよな」


「花に触れたらダメだからね!」


 紫色の花に触れると異次元迷宮に転送されてしまうから、今度は触れない。

 まあ、前回はたまたま小人に逢えたから助かったんだよな。次また変な場所に落ちてしまったら助かる保証はない。

 エムは誰にも触れさせまいと、みんなを先導してさっさと道に戻り、歩きだす。


「想定外の寄り道をしたのじゃが、結果として人助けになったのじゃから、レティシアとしては満足だったじゃろ?」


 そうだよな。マナ水蒸気爆発を未然に防いだんだ。これ以上の人助けはないだろう。

 もはや人助けの域を超えて、人類の危機を救ったって言っていいほどの大きなことをやり遂げたんだからな。


「我としては大満足なのです。一つ不満があるとしたら、我よりもマオリーが称えられていたことなのです」


「実際にマオちゃんが凄い魔法でとんでもないことをしたんだから、めっちゃ偉業だったよ。遠い向こう岸までの長い岩の壁をばばーんと生成して、ガツンと湖を凍らせたんだよ! それをジュワーって解かして湯気で真っ白になったんだよ!」


「そう興奮するなって。レティも体を張って戦ったから、称えてやれよ」


 エムにとって、マオの魔法はよほど刺激的だったんだろう。

 私だって驚いたさ。諜報機関で魔法の知識についていろいろ学んだときには、あんな規模の魔法が存在するなんて聞かされてもいなかったからな。

 なお、私は魔法を使えないから学んだのは知識だけな。魔法を使える奴らは実戦訓練も受けていたが、私は座学だけだ。


「うむ、そうじゃの。レティシアは強大な敵を相手に怯まずによく戦い……。いや、待てよ。レティシアは戦利品を得たじゃろ? 妾は名誉だけだったのじゃ。妾は名誉など要らぬから交換するのじゃ。名誉は好きなだけくれてやるから、ほれ、剣を妾に渡せ」


「ずぅえったいに嫌なのです。我の宝物なのです」


 今後、レティは剣を使うってことか?

 それなら戦力アップになるし、交換しなくてもいいかもな。

 そういえば、ずいぶん前、マオも前衛ができるって言っていたような気がするぞ。それなら交換してもしなくてもどっちでも同じだ。


「薄く緑に発光するハリセン。いかしているよな~」


 戦利品の話になり、ふと気になってハリセンを手にしてみた。


「お主も戦利品があってよかったのぅ。ブツブツ……」


 私の戦利品は、物ではなく機能性の向上だ。

 ミスリル山から直接ベーグ帝国に来たんじゃなく、ちゃんとエバンの家に行って強化したハリセンをもらってきたんだ。

 まだ実戦で使用したことはないが、手に持つだけで激しく強化されていることが感じ取れる。

 だから、今回の寄り道では、マオを除く三人が戦力アップしたことになる。


「む? 前方では戦争をしているのですか?」


 道を歩いていて、何かに気づいたレティ。

 立ち止まり、耳を澄ませると、剣戟の音や怒鳴り声が聞こえてくる。


「ジャジャムとやりあっておるのなら、大ごとなのじゃ」


「ん? どうだろうなー。たぶん、帝国軍第一師団の軍事演習じゃないのか? ジャジャムとの国境の守りは長年第一師団が担っているからな」


 再び歩きだすと、進行方向の先では土埃が上がっているのを確認できた。


「しゃーないな。ちょっと見てくるから、マオ、服を出してくれ」


「服? 水浴びでもするのかえ?」


「しないよ。帝国軍の軍服さ。それを着て情報収集に行くんだ」


 私の荷物は、基本的にマオの魔法収納の中にある。

 それでマオから軍服を受け取り、近くの木陰で着替えて、冒険者装備をマオに預けた。


「みんなはここで待っていてくれ」


 私だけが道を小走りで進む。小さい頃からよく訓練してきたから、それなりの距離を走っても平気だ。


「お、見えてきたぞ。どちらも帝国軍の軍服だな。やっぱり軍事演習っぽいな」


 広い平原に展開しているたくさんの部隊。

 対峙しているどちらの軍も帝国軍の軍服で、腕にバンダナのような布を巻いて赤と青の軍に分かれているようだ。

 戦いを繰り広げている部隊の後方に、後詰め、あるいは戦場への参加待ちの部隊がいる。私はそこへと向かう。


「ちょっといいか?」


「なんだお前は? どこの隊の者だ?」


 待機している歩兵部隊の端で指揮官のように馬に跨っている者に近づいて声をかけると、ぶっきらぼうな声が返ってきた。


「あ、私は第三師団の者だ。この先の国境を渡りたいんだけど、通ってもいいか?」


 魔族の国ジャジャムとの国境を守るドラッド要塞は堅固で、ネズミ一匹通さないと聞く。だから、きちんと手順を踏んでおくことが重要だと考えた。


「なぜ第三師団の者がここに……。単独任務なのか? 俺じゃあ判断がつかない。後ろに師団長がいるからそこで尋ねろ」


 あごで後方を示す騎兵。

 この部隊の後ろ、高台のような場所に、立派なマントをまとった男が立っている。その左右には、数人のこれまた地位の高そうな者が並んでいる。演習の進行を眺めているようだ。地位の高い人って、みんなマントをまとっているからすぐ判別できる。

 私はそちらへと向かった。


「すみませーん。第三師団の者なんだけど、魔族の国ジャジャムへの通行の許可をもらえないかな?」


「そう? そのような指令はどの師団にも与えていないわ。あなた、身分を証明する物を提示なさい」


 一人だけ正規の軍服とは違う、それでいて高そうな服を着た若い女性が師団長の代わりに答えた、いや、私に命令した。世間に辟易としたような、擦れた感じの話し方で。


「とりあえず、辞令と諜報機関の鍵でいいか?」


 辞令は第三師団に配属になったときの物で、鍵は一見するとただの丸棒。だけど諜報機関においては身分証明の役割を果たす魔道具だ。それを提示するだけで身分証明になる。さらに、読み取り用の魔道具にかざすと詳細な情報を見ることもできるんだ。


「Bの39……、ミリア。特別任務を遂行中。何も聞いてないわ。アタシはイルムヒルデ。総参謀職を務める者」


 読み取りの魔道具なしで情報を読み取ったぞ?

 特別任務を遂行中? 私は一度も任務らしい任務を与えられたことはない。何のことだ?

 それに総参謀って帝国軍の頂点、いや、国をまとめるような立場の人じゃないか。どうして帝都から出てきているんだ?


「魔族の国と事を構えるのは時期尚早よ」


「時期尚早って割には、物資を保管する倉庫が数え切れないほどあるぞ? 準備が相当進んでいるんじゃないのか?」


 ここは高台。周辺を見下ろすことができる。

 少々北側の開けた場所に木造の倉庫が並んでいて、その数は以前私が携わった第三師団の陣地どころの比ではない。倉庫の数が多すぎるんだ。

 第一師団と第三師団とでは、その規模は大差ない。それに、第三師団の陣地は、後続の師団の分も考慮して倉庫を建てていた。そんな第三師団の陣地よりも多くの倉庫を用意する必要性が感じられない。


「あら? 本当は、第三師団がクロワセル王国軍と戦端を開いたと同時に、こちらからも第一師団がクロワセル王国に攻め込む手筈になっていたのよ。ふぅ……。クリストフ宰相閣下によって第三師団は撤退させられ、開戦は有耶無耶にされちゃったけどね」


 まじか!

 ここからもクロワセル王国に侵攻する予定だったのか。

 それと、第三師団を撤退させたのが私の意見ではなく宰相閣下の命令によるものとされているぞ。これは助かったな。

 下っ端の私の意見だと体裁が悪いから、大人の事情で宰相閣下の命令だと伝えられたのかもしれないけどな。

 とにかく、私が総参謀閣下の作戦の邪魔をしたとは思われていないことに安心した。


「クロワセル王国側が撤退したんだから、戦う理由なんて、もうないだろ?」


 ギロリ。それまでどこか上の空だった総参謀閣下の目が鋭く私に向いた。


「どうしてその情報を? ……いいわ。特別に教えてあげるわ」


 そうか。本来であればクロワセル王国内の動きは当事者または諜報機関の上層部しか知らない情報なのか。あくまでも第三師団は宰相閣下の命令で撤退したのだから。

 総参謀閣下が歩きだし、お偉いさんが集まる高台から少しだけ下りて離れる。手招きされたから私も一緒に歩いている。


「用意していた開戦の理由はもちろんクロワセル王国側からの侵攻よ。その陰には、マインラート第一師団師団長の不満が色濃くあるわ」


「師団長閣下が不満を?」


「考えてもみなさい。第一師団は長年ここで国境警備を行っているでしょう? 近年は魔族側との衝突はなく、クロワセル王国側からも小競り合い程度しかない。どうやって軍功を上げるの?」


「国境警備において、平和なことが軍功じゃないのか?」


「バカねえ。平和なら軍部に軍功なんてまったく上がらないわ。戦うことで初めて軍功が生じる。そんなものよ」


「まさか、軍功のために戦争を仕掛けていたのか」


「口を慎みなさい。あくまでも仕掛けるのはクロワセル王国側からよ」


 そんなことを言っても私は知っている。カレア王国と同盟を結んでクロワセル王国に侵攻しようとしていたのは、まさにベーグ帝国のほうだ。

 エムの話だと、クロワセル王国内に潜伏していたベーグ帝国諜報員が捕らえられ、それによって侵攻の準備情報が洩れ、先にクロワセル王国側が防衛に動いただけのこと。総参謀閣下は、これさえも戦端を開く口実にしようとしていたということだ。


「綺麗ごとだけでは世の中は進まない。汚いことも、綺麗に済ませる。あなたも身分相応の考え方を身につけなさい」


 身分相応って言ってもなあ。一番下っ端だしなあ。


「私は一番下っ端だから責任もないし、このまま魔族の国に入ってもいいだろ?」


「はぁ……。あなた、本気で言っているの? 諜報機関本部に帰って自らの権限について学び直しなさい。そうねぇ。魔族の国に潜伏するとしても、もう少しマシな人選をするべきだわ。あなたには向いていない」


「権限も何も……。総参謀閣下は魔族の国に渡ることを許可してくれないってことか……」


 若く見えるのに、話し方のせいで、人生経験豊富なオバサンに言い含められているような気分になる。これこそが若くして総参謀にまで上り詰めた知性なんだろうな。

 若いって言っても、私より年上には違いない。


「当然よ。魔族の国は生きていくのも困難な不毛の地。軽率に侵入すると身を亡ぼすだけで、何の益も得られないわ」


「私は諜報機関の任務の一環で、勇者の動向を調査しているんだ。これから勇者が魔王を倒しに行く。それを見届けたいだけなんだ。許可してくれよ」


 勇者を調査することは直接与えられた任務ではない。それでも、これまで勇者についての調査結果を報告してきちんとすべて受理されているから、正式な任務として認められたと思っている。これこそが特別任務遂行中ってことなんだろうって、今思った。


「勇者が魔王を……。うふふ……。無駄足になるわ。帝都に帰って報告書でもまとめてなさい」


 くー。諜報機関でも第三師団でも下っ端の私は、総参謀閣下に逆らうことはできない。

 かといって、帝都に帰りたくはない。だから承知したとは言いたくない。

 それで私は黙って右拳を胸に当て、踵を返してエムたちのもとへと戻った。


「どうじゃった? 通してくれそうかのぅ?」


「ごめん、ダメだった」


「えー、どうしようか? どこか他の道を探さないとね」


「他の道かあ。第一師団の警備は厳しいと習った。だから国境付近に抜け道なんて残されていないだろう」


 そう思って通行許可をもらおうとしたんだ。結果は失敗だったけどな。


「それなら、ドラゴンの領域を通ればいいのです」


 ドラゴンの領域だって?

 自殺行為だぞ?

 とても通れるような場所ではないと思うぞ。


「阿呆どもに邪魔されそうじゃがの」


「大丈夫なのです。我が言いくるめてやるから問題ないのです」


 ドラゴンは言葉が通じると聞いたことがある。

 そうだとしても、言いくるめることなんてできるのか?

 向こうは千年以上生きている化け物で知識があり、さらに巨大で頑丈な体をもち、力もある。欠点のない存在だ。


「うん、レティちゃんに任せるよ!」


「任せるのです」


「まじか。信じていいんだな? しゃーない。レティの活躍に期待するか」


「ドラゴンは石頭じゃからのぅ。レティシアがうまくやれればよいのじゃがのぅ……」


 このような経緯で、私たちは進路を東へと変え、ドラゴンの領域へと向かうことにした。

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