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079話 ミスリル・リバイアサン

「イージス!」


「うひゃっ」


 ミスリル・リバイアサンの口がガバッと開き、そこから吐き出された緑色の気弾。ミリアを狙ったようじゃ。それをレティシアが盾技で盾の有効範囲を広げて防いだ。


「や、やり返すよ! プリムローズ・ブラスト!」


 及び腰のエムがレイピアから闘気玉を発射し、妾もそれに続いて魔法を放つ。


「すべてを穿つ魔王の炎、メガ・フレイムランス!」


「ちゃんと当たったのですか? 消えただけに見えたのです」


 闘気玉と炎の槍は、たしかに魔物の首を捉えた。

 しかし、魔物には何かが当たった素振りなど一切なく、炎の槍は先端が触れただけで刺さらずに消えてしまいおった。

 岩壁生成作業の後につき、その疲れで全力状態ではなかったことを考慮したとしても、まさか消されるとは思わなんだの。


「えー、どうしよう? 近づくしかないのかな。でも、湖に引きずり込まれたら困るよね」


「後ろに下がって、おびき出すぞ」


 長い胴体ゆえに、少々下がったところで全身が湖から出ることはないじゃろうが、妾たちが接近戦を挑むには、陸に上がってもらうしかなかろう。


「下等なヘビはザコなのです。我が相手をしてやるのです!」


 レティシアは下がりながら大盾をバシバシ叩いて挑発しておる。あれは標的を固定させる盾技じゃの。


「意識が完全にレティに向いたな。これなら行けるぞ!」


 ミリアは右前方に走り出てまずは吹き矢を飛ばし、そこから大きく跳躍して接近し、ハリセンで殴った。


「うはっ、空振り!?」


「当たらないよ!?」


 吹き矢は胴体を突き抜け、ハリセンは空を切った。

 同じく前進してレイピアで二回切りつけたエムも、空振りに終わった。両者はすぐにバックステップし、レティシアの後ろへと戻る。


「ぐへっ」


 魔物は二人の攻撃など気にも留めず、鎌首を高速に突き出し、レティシアの盾を殴った。盾が斜め下に逸らされ、その勢いでレティシアは左横に引き込まれるように転んだ。

 この魔物、やはり強敵じゃ。盾技とピオピオの曲で強化されておるレティシアを、いとも簡単に転ばせたのじゃ。


「え?」

「くそっ、空振りか」


 反撃しようと躍り出たミリアとエムじゃったが、二人の得物が鎌首を突くことは叶わず、既に鎌首は高い位置に戻っており、その去り際に大きく開いた口から輪を幾重にも連ねた波動を吐き出しおった。

 高速飛来する波動の輪は接近するにつれ拡大しており、回避は間に合わぬ。

 レティシアが転んでおる今、誰も防いでくれる者はおらず、妾とレティシアも巻き込まれ、全員が波動に突き飛ばされて地面を転がった。


「うはっ」

「きゃっ」

「ぐへっ」

「ぬおっ」


 ぐぬぬぅ。思わぬ痛手じゃ。

 体の節々が痛むのぅ……。

 痛みを堪え、やや震える体にムチ打ちながらも立ち上がる。転がったままでは、追い打ちを受ける危険性が高いからの。


「いててて……。なんだよ、こいつ。接近したり遠退いたり、卑怯だぞ」


「ポーションを、使うよ……」


 ヒットアンドアウェイは攻撃の基本。卑怯ではないのじゃ。

 単純な攻撃に翻弄される妾たちが未熟なだけじゃの。

 言い方を変えると、あやつが格上すぎて相手になっておらぬということじゃ。

 む? 全員が怪我をしたと思っておったが、今回の攻撃では、ロックゴーと球体バリアのピオピオは無傷だったようじゃ。

 物理攻撃の効かぬロックゴーが、おそらく魔法と思われる波動攻撃も耐えたのかえ?


「ロックゴーや。お主、今の攻撃はなんともなかったのかえ?」


「グググ……。オレ、ミスリルト、マナ。アイツ、ミスリルト、マナ。同ジ」


 同じミスリルとマナ……。つまり、あやつはミスリルとマナでできており、しかも胴体はロックゴーとは異なり、攻撃が当たらない雲のような存在。それでいて死霊系ではないと。


「そうか。そうなのじゃな。おそらく目に見えておるあやつは単なるミスリルとマナの集合体であり、コアを本体とする魔物なのじゃな。今、証拠を掴んでやるのじゃ。世界をあまねく照らす魔王の輝き、ライトアップ」


 この周辺には松明のように地上に設置された明かりの魔道具が並べられておるのじゃが、いかんせん明るさが足りぬ。

 長い鎌首は頭の付近が暗く、詳細を見ることができぬのじゃ。

 異次元迷宮内であればこのようなことはないのじゃが、ここは自然の洞窟。仕方のないことじゃ。

 それで、浮かび漂う光球をいくつか高い位置に生成し、魔物を照らしてやった。


「おっ。もしかすると、あれを狙えばいいのか」


「額の奥にある、緑色の玉だね」


 片膝をついた状態で顔を流れる血を腕で拭い、魔物の頭を見上げる二人。まだポーションで回復中のようじゃ。


「あれこそが魔物の本体となるコアじゃ」


 スライムなど、コアを本体とする魔物が存在する。そやつらは体をどれだけ攻撃しても倒すことはできず、コアを壊すことでようやく倒すことができるのじゃ。


「でも、どうやって狙うんだ? 吹き矢では届かないぞ」


「「「「うーん……」」」」


 ピンポイントで狙おうにも、鎌首はよく動き、狙いを定めることは難しい。

 魔法攻撃は体に届く前に消された。

 では、背中を駆け上がって仕留めればよいかというと、実体のないあやつの背中に乗ることは不可能じゃろう。


「なんじゃ? ウロコを飛ばしておるぞ?」


 妾たちが作戦を考えておると、魔物は体からウロコを数十枚射出し、魔物の周囲および妾たちの頭上に浮かべた。

 ウロコは輝く大きな板に変化し、その場で上下左右に向きを変え始めておる。

 むっ、頭上の板は妾たちを映し出す向きになるよう動いて調整しておらぬか? 嫌な予感がするのぅ。


「うはっ!」


「イージ、ス……、ぐはぁ!」


 魔物の胴体から発射された輝きを放つ無数の鋭い水柱。それは拳ほどの太さの光線のようにも見える。

 四方八方、無造作に放たれたように見えたそれらは輝く板に当たって反射するように向きを変え、さらに妾たちの頭上の板に当たってもう一度向きを変えて妾たちを貫かんとする。

 レティシアの盾技は間に合っておらず、もし間に合ったとしても後方からの攻撃は盾技では防げぬから結果は同じじゃ。

 板の動きにいち早く気づいた妾とミリアは水柱を避け、それでも追従してくる第二波は無理じゃと思った矢先。


「グググ……!」


「おおぅ、ロックゴーか。防いでくれたのじゃな」


 妾たちを囲むような、緑で半透明な半球状の障壁。

 防御は不可能と思われた反射水柱攻撃を、ロックゴーが防いでくれた。

 第二波をまともに喰らっておったら、命はなかったじゃろう。


「バリア。アイツ、ミスリルトミズ、オレ、ミスリル。防ゲル」


 しかし、全数を完全に防ぐことは無理なようで、威力の弱まった水柱が数本、障壁を抜けてくる。

 エムとレティシアは第一波で深く負傷しており、地面に転がっておってこれを避けることはできぬ。どかしてやろうにも第二波、第三波と続いていおり、妾は自身の回避で精いっぱいじゃった。板の向きが妾の動きに追従しており、水柱は正確に狙って来ておるからの。


「ぐへっ! えへへ……、我に歯向かったこと、後悔させてやるのです……」


 第二波と第三波の水柱でさらに傷つき、至る所から血を流した状態でぶらりと立ち上がったレティシア。

 こ、これはレティシアが剣を使う予兆ではなかろうか?

 戦意を見せたレティシアに、鎌首が迫る。


「……ドラゴニック・スラッシュ!」


 レティシアは右手に握った剣を下段から高速に振り上げ、その軌跡からは薄く鋭利なドラゴンの頭が飛び出した。

 黄色のそれは鋭いキバをむき出しにしたまま、魔物の頭を両断して突き抜ける。


「やったのか!?」


 レティシアの剣技は、おしくもコアには当たらなかった。あの闘気は横から見ればドラゴンの頭の形をしておっても、板のように薄いからの。コアに当てるのは難しいことじゃろう。

 両断したはずの魔物の頭は、何事もなかったかのようにくっつき、元の形に戻る。


「ぐへっ」


 しまったのじゃ!

 魔物の頭がそのまま突っ込んできてレティシアに噛みついてくわえ、鎌首によって高い位置へと持ち上げおった。

 こうなっては、レティシアを救出することは困難。

 かといって見捨てて逃げるわけにもゆかぬ。ここで妾たちが逃げては世界が大災難に見舞われてしまうじゃろうし、そもそも妾は後味の悪いことはせぬ主義じゃからの。


『警告スル。コノ場ヲ、穢スナ。今スグ、立チ去レ。サモナクバ、殺ス』


 魔物の目が光り、声がした。


「魔物の声か!?」


「お主、言葉が通じるのじゃな?」


 何度も殺そうとしておいて、今さら警告とはの。ふざけておるの。


「う、ぐ、ぐ……」


『去レ……』


 レティシアを噛みつける力が強まり、鎧が悲鳴を上げておる。

 すぐには殺さないのじゃな? 魔物の気が変わったのなら、それに乗るしかあるまい。


「待て、まずは妾の話を聞くのじゃ。このミスリル山は近い将来、マナ水蒸気爆発を起こし、消滅する。妾たちはそれを防ぐため、地底湖の水を抜かんとしておるだけじゃ」


『我ノ潜窟、穢ス者、許シ難シ』


「グググ……、山、語ル。オマエ、山ノ声、聞コエナイカ?」


 ロックゴーが前に出て話に加わった。


『我ハ水ノ神。山ノ声ナド、知ラヌ』


「グググ……。聞カセル。ソレ、触レロ」


 ロックゴーの前に一本の石柱が高くせり出し、魔物はそれに目をやる。もう一度ロックゴーに顔を向けてから少々前進し、石柱に短い手をのせた。


『オオ……。マナ水蒸気爆発……。近イ、間モナイ……。我ノ潜窟ガ……』


「グググ……」


「理解できたかの? まずはレティシアを降ろすのじゃ」


「ぐへ」


 魔物は鎌首を下げ、血まみれのレティシアを投げ捨てるように解放した。

 地面を転がったレティシアは酷い状態じゃ。立ち上がることはできぬ。


『去レ……』


「いや、私たちはマナ水蒸気爆発が起きないよう、地底湖の水を抜こうとしているんだ。去るわけにはいかない。協力してくれよ」


「そうだよ……。この山だけじゃなくって、周辺国もとんでもないことになるんだよ……。マ、マナ水蒸気爆発は、防がないといけないんだよ」


 魔物はミリアとエムを順に見た。

 怪我の酷いエムはレイピアを杖のように支えにして立ち、無理をして声を出しておる。痛々しい感じじゃのぅ。


『潜窟ガナクナルコト、ソレハ、我ノ消滅ヲ意味スル。我ハイサギヨク、消滅ノ道ヲ選ブ』


「だから、ダメなんだってば! ぐっ」


 レイピアにもたれ掛かるようにして片膝をついたエム。立っておるのが限界になったようじゃ。


「そうじゃ。お主のつまらぬ矜持によって多くの命が失われることは看過できぬ」


「グググ……、オマエ、マナ水、共ニ、湖、行ケ」


「そうか、その手があったか! お前は棲み処があればいいんだよな? それなら、この地底湖の水を流す終点、フェルメン湖を棲み処にすればいいだろ?」


 なるほどの。

 マナ水に限定しなければ、棲み処にできぬこともなかろう。

 フェルメン湖は広大ゆえに、ここがいくら大きな地底湖とはいえその大きさはフェルメン湖の足元にも及ばぬ。マナ水を流入させてもマナ成分はかなり薄まってしまうじゃろうからの。


『ココデ滅スル我ノ潔サ、崇メヨ』


「おうおうおう! 仲間を連れてきたぜ!」


 武装したラルゴーが、これまた武装したいかついドワーフ集団を引き連れ、戻ってきた。逃げたのではなかったのじゃな。


「ラルゴーや、待つのじゃ。今、示談をしておるところじゃ」


「なんだって? 話し合いをしているのか! しゃーねぇな。おい、待機だ」


 後ろを向いて指示を出すと、ドワーフどもは顔を見合わせて武器を下ろしだした。


「とにかくさあ……。君が消滅するのは自由だよ……。でもね、それに多くの人を巻き込んだら、いけないよ」


「そうだぞ。消滅したいのなら、私が今この場でコアを砕いてやる……、ひぇっ!」


 魔物に輝く殺気を飛ばされ、右手右足を上げて驚いたミリア。その姿勢は、戦闘中であったら死んでおるぞ。


『有象無象ニ託スホド、我ノ命ハ安クナイ』


「マナ水蒸気爆発で死んでも、ここでコアを破壊されても、お主の結果は変わらぬのじゃ」


 妾は魔物の目を見据えて続ける。


「未来永劫に語り継がれるのはお主の潔さではなく、偏屈魔物ミスリル・リバイアサンの妨害によってマナ水蒸気爆発を防ぐことが叶わず、周辺国におびただしい数の死傷者がでた、という汚名になるじゃろうの」


『偏屈、魔物……!』


「ぬおっ。妾に殺気を向けるとは、お主、覚えておれよ。力を取り戻した暁には、お主など一捻りにしてくれようぞ」


 こやつ、矜持の塊なのかの。この期に及んで妾に殺気を飛ばすとはの。魔王の力を完全に取り戻せば、こやつなど屁でもないのじゃ、と粋がってはみたが、正直言うと、勝てる気がしないのぅ。それだけこやつは特別に強い魔物じゃ。


「君は偏屈じゃないよね? 潔いんだよね? フェルメン湖に行けば、世界中の人たちが潔いと認めてくれるよ」


『潔シ……、世界ガ認メ……。フム……。フェルメン湖ニ移住、承知シタ。我ノ潔サ、末代マデ語リ継ゲ』


「よし、お前はリバサンだ。リバサンの潔さ、私が広めてやるぞ!」


「また魔物に命名するのかえ……?」


 リバイアサンを略してリバサンなのかえ? ミスリルはどこに行ったのじゃ……。

 思いを声に出すと戦闘再開になりそうじゃから言わぬが。


『我ハ水ノ神リバサン、潔シ……。気ニ入ッタ。フェルメン湖デ会オウ』


 緑色の霧となり、魔物は消え去った。

 死んでおっても不思議ではない、とても厳しい戦いじゃったが、話の分かる魔物で助かったのじゃ。

 ふぅー……。

 息を吐くと全身から力が抜け、妾はその場に座り込む。

 エムとミリアは、仰向けになっておるの。

 レティシアに至っては倒れたまま動いておらぬが、人族とは思えぬほど頑丈ゆえに、生きておるじゃろ。

 妾も仰向けになろう……。


「おめーら、ひでえ傷だなあ。見てらんねえぜ。ほら、使えよ」


 片目を見開けば、妾たちを見下ろすラルゴーの顔が視界に入った。

 ドワーフどもが戦闘で傷ついたら使う目的で持参した高級ポーション。それを惜しみもなく、妾たちに一本ずつ分け与えてくれたのじゃ。

 早速口に含んだ妾は、みるみる回復し、無傷な状態に戻った。

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