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078話 地底湖での作業

 うむ。今日も清々しい朝じゃ。

 寝ておるエムたちを起こし、朝食を済ませていつもより早めに宿を出る。

 なぜいつもよりも早いのかじゃと?

 これまで妾たちは監視役のような立ち位置をしておったのじゃが、本日、遂にエルドワ川にマナ水を通すことになり、妾がその貫通作業をする予定になっておるのじゃ。

 それでマナ水を流す前の準備として、不慮の事故が起こらぬよう、ミスリル山の北側斜面に設けたエルドワ川の出来栄えを見定めておかねばならぬと思い、作業開始時間よりも早くに宿を出たのじゃ。

 おおぅ、そうじゃった。エルドワ川とは、これからマナ水を流す川の名前じゃ。いつの間にか、そのように決まっておった。


「ピオちゃん、まだ寝てるね~」


「ポケットの中は温かくてぐっすり眠れそうだぞ」


「お主はいつもぐっすり眠っておるじゃろうに」


 六合目西側斜面にある宿を出て北側斜面へと歩いて向かう。

 右を見れば岩山と一体となった建物が並んでおり、左を見れば崖があって遠く眼下にエルフの森。崖の下にはやはり岩山と一体となった建物群があるのじゃが、道を歩いておる分にはそれは見えぬ。


「建物の切れ目が見えてきたのです」


「そろそろピオちゃんを起こすよ。起きて~。ピオちゃん、朝だよ~」


「むにゃむにゃ……」


 ピオピオはまだ寝ぼけておるようじゃが、転移が必要となるのはもう少し後じゃ。そのときには覚醒しておることじゃろう。


「うはぁ。この辺の建物も撤去したのか。大掛かりだなあ」


「マナ水を通すのはここよりも下なのじゃが、マナ水を抜き切った後、溶岩を流すことになっておるから、この辺りに噴石が飛んで来るやもしれぬと判断したのじゃろうのぅ」


 地底湖があるのは五合目と六合目の間。それは今おる六合目よりも低い場所につき、ここにはマナ水は到達しないのじゃ。それでも建物を撤去して高い壁を設置しておるのは、近い将来の噴火に備えてのことじゃろう。

 ロックゴーの予測によると、噴火は、地底湖の底を突き破って起こるらしいからのぅ。


「さっさと階段を上るのです」


 階段を上り、壁の上へと出る。それから川が見える位置まで歩いて進む。

 見晴らしは良好じゃ。ここからは遠い麓までを一望でき、あまりにも落差があるため、吸い込まれそうな気分になる。


「綺麗な川底だね。土手も一枚岩のように継ぎ目が見えなくなっているよ」


「ドワーフは泥や小石の集まりを一つの石の塊に変える魔法を使えるようじゃから、これはもはや土手ではなく、立派な石の堤防じゃの」


 今足で踏んでおる壁が、堤防となって麓へと続いておる。斜面に連なる純白の城壁に見えなくもないの。

 そしてこの場だけ石畳の広場のようにとても広く水平に造られておる。将来、観光地にでもするつもりなのかえ?


「超長い滑り台のようだぞ。やべぇ、滑ってみてぇ~」


「距離が長すぎるのです。ミリアの尻はきっと火傷するのです」


 うむ。マナ水を流す前のエルドワ川は、真っ直ぐに麓まで伸びる石の滑り台にも見えるの。ただし、滑るのは巨人じゃぞ。高い堤防が圧迫感を生むじゃろうがの。

 そうそう。堤防が高いのはマナ水の流量が多いからではないのじゃ。さっき言ったように、エルドワ川は将来溶岩を流すことを想定しておって、溶岩はどんどん冷えて固まって川底を浅くすることが予想されるがゆえに、川を広く深く、堤防を高くしておるのじゃ。


「あの穴って、マナ水が出てくる穴だよね? その先にフタみたいに大きな板を設置しているのはどうしてなのかな?」


 ここからでは眼下となる抜き穴。

 抜き穴は、地底湖へと続く横穴じゃ。まだ貫通はしておらぬ。

 まるでその穴を覆うように、頑丈で巨大な石の板を設置してある。

 板と穴との間隔は妾の身長二人分ぐらいあるかの。それなりに広くとってある。


「第一の目的はマナ水が水平方向に飛び過ぎないようにしておるのじゃろう」


 穴から水平に飛び出したマナ水は、斜面を遠くまで飛べば飛ぶほど落差が大きくなり、着地時にその分だけ高く弾いてドワーフの町の中に広くしぶきが飛散することになるじゃろう。そうなると至る所で扱っておる鉄製品が濡れてしまい、面白くないのじゃろうて。ゆえにマナ水を板で制御して水平方向に遠くまで飛ばないようにしておるのじゃ。


「他にも目的があるのですか?」


「マナ水を流し終えた後、あの穴から溶岩を流す予定ゆえ、噴石の飛散を防止しておるのじゃろう。溶岩の量によってはいずれその熱で溶けて壊れるのじゃろうが、それでも板自体が飛んで行かぬよう、固定部分は頑丈に作ってあるように見えるの」


 マナ水を通す抜き穴よりも高い位置から伸びた固定用の太いアームが三本。それに巨大な板が頑丈に固定されておる。溶け落ちることがあっても、すっ飛んで行くことはなかろう。

 ただ、妾にとってはドワーフの魔法は未知数じゃから、確実性については断言はできぬがの。

 なお、左右の腕の間隔は穴四つ分ぐらい確保してある。それは、いずれマナ水を流し終えた際に、穴の径を拡張する予定になっておるからじゃ。

 なぜ最初から大きな穴にしないのかじゃと?

 それはの。流れ出したマナ水の終点となるフェルメン湖は神聖なる湖ゆえに、一気に大量のマナ水を流し込むことは避けたかったのじゃ。それで、マナ水はほどほどの径の穴から流し、その後の溶岩は目詰まりしないよう大きな穴から流す。

 流量は水深のほかは穴径と粘性で決まるからの。ゆえに穴径で制御しておる。ドワーフはその身長ほどの径で抜き穴を掘り進め、地底湖付近で穴径が狭くなるよう、わざわざあとで加工しておるのじゃ。


「飛散防止の板なんて、最初の予定にはなかった物だよな。よく考えたついたもんだな」


「きっとエルフが知恵を出したのです。長命ですから、物知りなのです」


「へぇー。噂で聞いたことがあるけど、エルフってやっぱり物知りなんだね」


「エルフが知恵を出し、それをドワーフが実体化する。これまで見てきたこともそうじゃが、エルフとドワーフが協力して作業を行うことは、妾としては信じられない光景じゃった。が、それはとても良いことじゃ」


 エルフは森に住んでおれば生活が成り立っておるし、ドワーフも山におれば生活が成り立っておる。本来であれば、そもそも互いに争う必要などないのじゃ。

 魔族のように、人族によって不毛の地に押し込まれたわけではないからの。

 魔王だった前世の妾は、実りある大地を奪還しようと躍起になったものじゃった……。

 それでもじゃ。人族に転生した妾は、人族側の視点における魔族の見え方について学ぶことができた。魔族が侵略者扱いになっておるとはの。奪還しようとする者を侵略者として追い払う歴史。戦いは戦いしか生んでおらぬのじゃ。双方の言い分を理解した妾としては、人族と魔族が争うこともまた不毛に思えるようになった。

 今では、人族と争わずに実りある大地に魔族が移住できぬものかと考えるようになっておる。

 魔族の国ジャジャムに戻り、妾が改めて魔王となった暁には、魔族臣民の意識を変え、平和的解決を目指す所存じゃ。


「お、ドワーフが集まりだしたぞ。そろそろ時間じゃないのか?」


「ドワーフは、マナ水が流れ出すのを見に集まっているのです」


「エルフもいるよ。今日は川にマナ水を通す記念日だから、みんな見に来ているんだね」


 まだ余裕があると思っておったが、約束の時間が近づいておるのじゃな。

 地底湖と抜き穴とを繋ぐ作業には妾が参加することになっておるゆえ、急がねばならぬの。


「ではピオピオや、地底湖に連れて行くのじゃ」


「はーい。地底湖へフラワーテレポート♪」


 地底湖周辺にはクリスタルキキョウが群生しており、妾たちはやや奥の暗い空間へと転移した。ここなら、誰も転移で来たとは思うまい。

 ラルゴーとロックゴーが待つ、地底湖のほとりへと急ぐ。その周辺は魔道具で明るく照らされており、そこへ向かって真っ直ぐ歩くだけじゃ。急いでおるのに走っておらぬのは、暗がりで走ると転ぶやもしれぬからじゃ。気持ちだけは走っておるがの。


「おう、マオリー、待ってたぞ。よろしく頼む」


「それでは手筈通り、ロックゴーの手を借りて壁を生成するのじゃ」


「グググ……。オレ、イツデモ、イケル」


 これから行う作業は、簡潔に言うと地底湖を凍らせて、その間にマナ水を抜く横穴と地底湖とを接続することじゃ。

 しかしじゃ。地底湖は広大で水深もある。

 妾の魔法ですべてを凍らせることは無理じゃ。

 そこで、地底湖の端のほうを岩壁で区切って、部分的に凍らせる作戦を採用しておる。


「では、作業に取り掛かるのじゃ」


「グググ……」


 ロックゴーが妾の前隣で片膝をついた。

 妾は右手にスティックを握り、左手をロックゴーの肩にのせる。

 これは、ロックゴーに魔法の助力をしてもらうための行為じゃ。

 ミスリル山から生まれた慧変魔物のロックゴーだからこそ、魔法の源のマナの操作ができるのじゃ。普通の魔物ではこうはいかぬ。

 さて、魔法に意識を集中させるとしよう。長大な岩壁を生成するには十分に意識を高める必要があるからの。

 むむむむむ……。


「対岸に向かって生成せよ。有象無象を跳ね除ける魔王の岩、メガ・ロックウォール! むむむむむぅ……」


 妾の頭の中で完成した岩壁の姿がはっきりと形になったところで、魔法の詠唱を開始した。

 スティックの先から放たれた魔法が近くの湖面に到達すると、湖面が盛り上がり、ザバーッと音を立てて岩の壁がせり上がる。それが向こう岸に向かって徐々に伸びて行く。

 妾はスティックを掲げたまま、岩壁が向こう岸に到達するまで魔法の発動を継続する。


「ふぅー。届いたのじゃ。ロックゴーの力を借り、さらに空気中から濃いマナを得ておっても、さすがに疲れるのう」


 向こう岸におるラルゴーの弟子が旗を上げると同時に、魔法の発動を停止した。

 あの旗は岩壁が向こう岸に到達した印じゃ。

 当然ながら、今発動した魔法は妾の能力の限界を超えており、非常に疲れた。前世の魔王であっても、妾単体では実現できぬほどの長大な岩壁じゃからの。


「グググ……、ヤスムカ?」


「少しだけの。ふぅー、はぁー……」


 深呼吸を繰り返し、漂うマナを吸い込む。ここミスリル山は空気中のマナが濃いゆえに、魔法疲れの回復は早い。


「ふぅ。さて、抜き穴の中のドワーフをいつまでも待たせるわけにはゆかぬ。そろそろ続きをやるのじゃ」


「グググ……?」


「ちょ、なんだ、あれは!」


 地底湖の中央付近に突如大きな鎌首が浮かび上がった。暗くてよく見えぬが、頭を一定の高さに保ち、長い体を上下方向にうねらせて移動するヘビ形の魔物のようじゃ。こちらに向かって急接近しておる。


「ドラゴンかな!?」


「ドラゴンとは違うのです。サーペント系の魔物なのです。下等なヘビと一緒にしてもらっては困るのです」


 魔道具で明るくなっておるこちらの岸に近づくにつれ、魔物の姿がはっきりと見えるようになった。体はヘビのように細長く、顔つきはいかついドラゴンじゃの。頭にツノがあり、背びれと短い腕もあるようじゃ。妾の記憶の中では、おとぎ話などに出てくる龍という存在がこやつに近いのじゃが、そもそも龍は実在しておらぬのじゃ。

 武器を構えるエムたち。妾はロックゴーと共にレティシアの後ろに下がり、戦闘態勢をとる。


「おかしいのぅ。あれほどの巨体なら、先日の訪問時に探索魔法にひっかかっておるはずなのじゃがの。サーチ……。うむ。あやつはミスリル・リバイアサン。妾たちより相当高位な存在につき、それ以上のことは判明しておらぬ。心して掛かるのじゃ」


 初めて地底湖を訪れた日、念のため地底湖に魔物がおらぬか確認しておいたのじゃ。そのときは、何も反応はなかった。

 もちろん、地底湖を一周したわけではないがゆえに、小さい者を見落としておる可能性はあるじゃろうが、あのような巨体なら、雑に調査しても探知できるはずなのじゃ。

 それに、ラルゴーの弟子たちの調査でも、魔物の存在は認められておらなんだ。どうしてなのじゃ。


「来るぞ」


「防御を高め、押し負けないようにするのです。レインフォースシールド」


 レティシアは迫ってくる魔物が自身より格上だと見切り、自身の防御力を上げる盾技を発動しおった。これにより、盾による押し返しの力も上がる。

 魔物は進路を変え、妾が生成した湖中の岩壁に体当たりし、それを粉砕。その寄り道の分だけ、妾たちには準備する余裕が生まれた。


「ど、どうしよう。強そうだけど、ピオちゃんは何の曲で行こうか?」


「無難に防御力アップにしまーす♪」


 エムはあからさまに怖がっておる。

 頭から一つ目の折り返し部分まで、おそらく腹より上になるのかの、それだけでもエム二人分以上の背丈のあるヘビ形の魔物じゃ。全長にするとエム六人分は優に超えよう。怖くて当然じゃの。

 で、どうするかをピオピオに決めさせたようじゃの。

 そういえば、ラルゴーは戦えるのかの?

 そう思い、振り向いたときにはドワーフどもは逃げて誰も残っておらなんだ。


「ドワーフどもは逃げおったな。薄情じゃのぅ……」


 山で機敏に動けるのはドワーフたちの特権じゃ。妾たちには真似ができぬ。

 それならば、妾たちはピオピオの転移魔法で逃げたいと思うところなのじゃが、敵意ある者に捕捉されておるときは転移をうまく発動できないようなのじゃ。

 いずれにしても、ここで妾たちが逃げてはマナ水蒸気爆発は防げぬ。世界のため、戦うしかないのじゃ。

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