077話 名探偵ミリアちゃん 解決編
私はエムを助手として聞き取り調査を進めている。
世間話から始めて「いいえ」の質問調査で終えるやり方だ。
何人も聞き取り対象者を入れ替え、ドワーフとしては最後の奴が取り調べ椅子に座った。
これまで通り、聞き取りを進めると。
「ドワドン。お前の着席位置からは鍋が見えていたはずだ。何か気づいたこと、変わったことはなかったか? どんな些細な事でもいいからさ」
今のところ、誰からも目ぼしい目撃情報は得られていないんだよな。正面に鍋を見ることができたこいつなら、何か見ていたはずだ。
「変わったこと? んー、そうだなあ。白くて大きな鳥がすぐ近くを羽ばたいていたなあ。まるで休憩所の中から飛び立ったようになあ」
よっしゃ! これまでにない展開だ。
でも、鳥かあ。鳥ねえ。
関係なさそうだよな。だけどほかに手掛かりはないし、世間話のついでに詳しく聞いておくか。
「へー。白くて大きな鳥か。もう少し詳しく聞かせてくれ」
「真剣に見ていたわけじゃねえからな。羽を広げた大きさはこんくらいで、尾が黒かった、ぐらいか」
両手を使って大きさを表現したドワドン。
羽を広げると両手の幅になるのか。大型の鳥だな。
「で、どの辺を飛んでいたのを見たんだ?」
「んー、壁になっている木々を飛び越えるように急上昇したって感じだった。頭の向きは西だな。今改めて考えると、鍋の場所から斜めに飛び立ったように思えてならねえなあ」
「鍋の場所から! ほうほう……」
これは重要な目撃証言だ。
鳥と犯人との間に何らかの繋がりがあるかもしれない。
念のため、もう一度現場検証をする必要があるぞ、と考えながら、あとはこれまで通りの質問をしてこいつの聞き取り調査を終えた。
そして、残った者にも手早く聞き取り調査を行い、全員の聞き取りを終えた。
おかしいな-。聞き取り調査では怪しい者は見当たらず、その結果、犯人を特定できなかったぞ。
「悪ぃ。犯人の宣言は延期だ。もう少し現場検証をしないといけなくなった。だからもうしばらく待ってくれ」
「あまり待たせっと、工事が遅れっぞ」
現場検証をするため、エムと一緒に休憩所に戻った。
そこでは、エルフとドワーフは延びた休憩時間を有意義に過ごしているのかと思いきや、酒が空になっていて、とてもつまらなそうな顔をしていた。
外に出ることを禁止しているから酒を取りに行けなくて、イラ立っているようだ。
「また現場検証をするのかえ?」
「ああ。新たな事実が明るみになったからな」
奥の、鍋を置いてあるテーブルへと向かう。
そして、腰をかがめてテーブルの上を一通り目視確認し、虫眼鏡を取り出して再度念入りに調べる。
「おお! これは!」
お玉杓子を置いていたと思われる皿の周辺で虫眼鏡が止まった。
「何か見つかったのですか?」
レティが隣に来て、腰をかがめている私の頭を押しのけて虫眼鏡を覗き込もうとする。
待て、レティ。二人で見るには虫眼鏡は小さすぎる。あとで見せてやるからさ。
「犯行の痕跡さ」
「お主の目に痕跡があるのかえ?」
かがめていた腰を戻し、マオのほうを向いて声にした。
虫眼鏡を手にしたままだったため、マオには虫眼鏡越しで大きくなった私の目が見えたんだろう。
「ん? 違う。これだぞ、これ」
顔の向きを変え、テーブルの上の、皿の傍を指差した。
「ほらレティ、見てみろよ」
虫眼鏡を手渡すと、レティはまじまじと皿の傍を見つめる。
「何かあるのです。引っ掻き傷なのです」
「傷かえ? どれどれ」
「わあ、本当だ。傷があるね」
よく見ないと気づかない薄い痕。三本の引っ掻き傷に違いない。
「この傷は新しい。目撃者の証言、そしてこの傷。この傷をつけた者は犯行に深く関わっている。よく考えるんだ、私……」
腕を組み、アゴに人差し指と親指を当てて考える。みんなからは真剣な顔に見えるかもしれない。
「繋がった、繋がったぞ! 私の頭の中で、盗みを犯す犯人の姿が鮮明に浮かび上がったぞ!」
「犯人を特定できたのですか。ミリア、見直したのです」
「妾にはどうしてこの傷が犯人と関係があるのか、これっぽっちも話が見えておらぬのじゃがの」
マオは聞き取り調査の内容を知らないから、話が繋がらないんだ。
「はよ、犯人を明らかにしろや!」
酔いが醒めて機嫌が斜めのドワーフ。
エルフにしてみても、胡乱げな目で見ている。
「それじゃあ、これから犯人を捜しに行くぞ!」
「はぁ? 捜しに行くだと? おめー、俺たちを馬鹿にしとんのか!」
「ミリアを見直した我が馬鹿だったのです……」
まだ実行犯の容疑者の見当がついただけで、特定には至っていないからな。この森の中には容疑者がたくさん棲息しているかもしれないだろ?
「ミリアちゃん。もう少し具体的に説明したら? みんな理解が追いついていないよ」
それもそうだな。面倒だけど説明しておくか。
「仕方がないなあ。実行犯は、白くて大きな鳥。証拠は、テーブルの上についた傷。新しい、最近できた三本の傷だ。これは鳥の足のツメの痕に違いない。疑うならお前らも見てみろ」
虫眼鏡を差し出し、手招きした。
それを見て眉をしかめ、口をへの字に曲げるドワーフたち。
「この辺に棲息する、白くて大きな鳥かあ。そうだなあ、たしか……」
「モッコウノトリや! 言われてみれば、あいつらには落ちとる木の枝を好んで集める習性があったなあ」
エルフたちにはこの周辺に棲む白くて大きな鳥に心当たりがあるようで、モッコウノトリだと断定した。
なるほど。そのような習性の鳥がいるのか。
誰かが白い鳥を使って起こした犯行ではなく、白い鳥そのものが犯人の可能性があるのか。そこまでは思い至らなかったぞ。
「えー。そんな大きな鳥が、我らの目を盗んでタマエをくわえて行ったのですか?」
「目撃者によると、犯人は西に向かったらしいから、みんなで白い鳥を捜索だ。ブツを発見できれば、それで犯人を特定できる」
「それには及びません。木に尋ねれば、すぐに場所を特定できます」
エルハシが壁の傍まで歩いて行き、壁を形成している木の幹に手の平を当てて問いかける。
「ここよりも西で、モッコウノトリの巣はどこにありますか? ふむふむ……、あれと、これと、なるほどなるほど」
一人で納得しているように見えなくもないが、きちんと会話が成立しているようだ。
「それでは、行きましょう。私が案内します」
「俺たちも行かないとダメなのか?」
ドワーフは不満を露わにしている。犯人をここに連れてこいって感じだな。
「もちろん同行せんとダメじゃ。まだ犯人が確定しておらぬからの」
休憩所を出て、全員で西へと向かう。
エルハシは迷うことなく、目的地にまっしぐら。
本当は木々の枝の上を飛んで渡りたいのを我慢して、みんなに合わせて地上を歩いている。
「まずは一つ目。私が確認しますから、皆様はここでお待ちください」
森の中を進むこと、通り過ぎた木の数で二十数本分。
エルハシは立ち止まり、木の高い位置を指差した。
下から数えて五本目の枝に、小さな枝を集めて作られた鳥の巣があり、それを指差しているようだ。
エルハシが跳び上がり、一番下の枝の上に立った。さらに跳んで五本目の枝へと移動する。
跳躍力凄えな。一番下の枝ですら、私が跳んでも手が届かない高さだぞ。
「残念です。ここにはありませんでした」
眉を寄せて首を横に振るエルハシ。覗きこんだ結果、お玉杓子のタマエは、この巣の中にはなかった。
それから場所を変えてさらに二つの巣を確認し、やはりタマエは見つからなかった。
「本当に鳥が盗んだのかよ。あぁ? こちとら、いい加減疲れたぜ。あぁ、ポンシュを飲みてぇ」
「私の探偵力を信じろ。必ずブツを見つけ出してやるさ」
「いつから探偵になったのかのぅ……」
さらに森の中を進み、四つ目になる巣を目前にすると。
「あれです! トモエです!」
エルハシが、やや離れた地上から巣を指差した。
巣を構成する小枝に混ざって、お玉杓子が突き刺さっているのが見える。
声に驚いて巣から顔を出したモッコウノトリ。
巣は高い位置にあり、下からだと中にモッコウノトリがいるのかどうか判別はついていなかった。
「いやあ、巣の材料になっていましたか。しかも、この時間帯に巣に戻っているってことは、卵を温めているのでしょうね」
「この鳥は、卵を温める段階になっても、巣作りを続けておるのじゃな……」
「単純に、木の枝を集めるのが好きな鳥なんですよ。で、気に入った枝を見つけたから巣を補強したのでしょう。まあ、枝ではなくタマエだったのですが」
あのモッコウノトリがエサを探して森の中を飛んでいたら、たまたまタマエを発見して気に入り、巣に持ち帰ったんだろうと推測しているエルフたち。
「おいエルハシ、どうする? 私が取ってやろうか?」
「いいえ。モッコウノトリの子育てに役立てられるのなら、タマエも本望でしょう。私はこのモッコウノトリの子育てを応援することに決めました。タマエはこのまま巣の一部となって見守り続けるのです」
卵を温め中のモッコウノトリをあまり刺激すると、それ以降、卵を温めなくなるらしく、エルフたちはみんなをやや後ろに下げ、声を落として話している。
それに、モッコウノトリは、エルフにとっては益鳥のようだ。木に穴を開けて枯らす幹ネズミなどを捕食してくれるらしい。
「犯人を特定できたし、事件は解決だな!」
「ミリアにしては上出来だったのです」
「うんうん。ミリアちゃんお手柄だよ」
「犯人は、最初に宣言した通りではなかったがの。休憩所のメンツの中にはおらなんだからの」
犯人はこの中にいるって言っといて、実は外にいた。
そういうこともあるさ。
タマエを取り返すことはできなかった。それでもエルハシが結果に納得しているからいいだろう。
私の手にかかれば、どんな難事件だって速攻解決だ。
「そういえば、どうして聞き取りのとき、世間話ばかりしていたの? あれがなければ、もっと早くに解決できたと思うよ」
「世間話か。あれはな、調査対象者の普段の顔色や仕草を観察するためにしていたんだ」
「普段のことなんて、どうでもいいのです」
「そうじゃの。普段のことが事件と関係ある者など、滅多におらぬじゃろうしのぅ」
「エムは聞いていたと思うが、後から『いいえ』しか答えられない質問をしてただろ? 人はウソを言うと、顔や指など、どこかに普段と違う動きが起きる。でも初対面じゃあ普段のことなんて分かんないから、世間話をして普段の姿を確認してたってことさ」
「『いいえ』しか答えたらダメだから、質問によってはウソを言っていることになる、そういうことなんだね? ミリアちゃん、奥が深いよ!」
「訓練で学んだことの、受け売りだけどな」
物知りのマオでも知らなかったようだ。
ベーグ帝国の諜報機関は、世界の最先端を行く訓練をしているってことだな。きつかったけどさ。




