076話 名探偵ミリアちゃん 調査編
工事が始まってからもう十日も経ったのか。
時の流れは結構早いよな。
今、森のだいぶ奥まで視察に来ているんだけどさ、今日こそは何か面白いことが起こらないかと期待している。
これまでにいくつも作業現場を見てきて、どの作業現場においても、ドワーフとエルフが共同で川をつくり上げていく姿が、もはや当たり前となっていた。
ここでもそれは同じ。喧嘩の一つもしやしないんだよな。これまでに見たことがあるのは、軽い言い合いぐらいだ。
で、ある程度働くと、休憩所担当のエルフが呼びに来て、作業者がぞろぞろと休憩所へと向かう。
何回も見ていて思ったんだけど、これは、ドワーフの疲れを癒すことが目的というより、一緒に働いているエルフが疲労で動けなくならないように休憩を入れている感じがする。休憩所へと向かうドワーフたちは、まだまだ働ける顔をしているからな。
そして、どの休憩所でも、ドワーフに酒が振る舞われる。
今日もいつもの酔っ払いの光景が見られると思っていた矢先。
「ない! 私の大切なタマエがない!」
木々に囲まれた休憩所。
全員にお酒とお菓子、それとスープが行き渡り、何人かが酔い始めた頃。休憩所担当のエルフが声を上げた。
もしかして事件か?
「なんじゃ? 誰かがおらぬようにでもなったのかえ?」
「ない、と言っていたのです。いない、とは言っていないのです」
私たちは工事現場を見てから遅れて休憩所に入ったから、何が起きているのか分からない。
それで、慌てているエルフに何があったのか尋ねると、
「タマエが、タマエがなくなったのです。私の大切なタマエが……」
「で、タマエとはなんなのじゃ? 人の名前ではないのじゃろ?」
「ああ、お客人は知らないのか。タマエとは、こいつエルハシが丹精込めて作った、お玉杓子のことさ。ミソスープを掬うのに使っていたんだ」
ちょっと酒の匂いがするエルフが説明をしてくれた。
タマエとは、エルハシが丸太を彫刻して作ったお玉杓子で、娘同然に大事に扱っていたもの。
「全員の分を掬った後は、鍋の隣、受け皿の上にタマエを載せておいたのです。それなのに、配膳して少々ポンシュを味わっている間に、どこかに行ってしまって……」
エルハシは、テーブルの下など、鍋の周辺を念入りに探している。
「要するに、誰かが盗んだのですか?」
「記憶違いってことはないの?」
「掬った後は、鍋の中か、あるいは受け皿の上。他に置き場所なんてありません。記憶を違いようがないのです」
「エルハシは記憶力のいい奴だ。少しポンシュが入ったぐらいで、記憶違いなど起こさないぜ」
「そうだ! ひぃっく。ドワーフが盗んだに違いない!」
「んだと、てめえ! んな杓子なんざ、無価値も甚だしい! 誰が盗むか、コラ!」
「ちょ、落ち着くのじゃ。まだ誰かが盗んだと決まったわけではなかろう?」
エルフとドワーフが物凄い剣幕で睨み合っている。いつ取っ組み合いになってもおかしくない状況だぞ。マオがその間に入って必死に宥めている。
「ふっふっふ……。これは私の出番だな。犯人捜しは、私に任せろ。こう見えて、帝国諜報機関で事件発生時の聞き取り訓練を受けてきたんだ。私に特定できない犯人など、いない!」
ビシっと親指を立てて宣言してやったぜ。
諜報機関で受けた訓練の成果、ここで見せてやるぞ!
「いや、だからまだ誰かが盗んだとは決まっておらぬじゃろうて……」
私に任せておけば、犯人なんてあっという間に見つけ出してやるからな。
まずは聞き取り調査からするか。
「朝からこれまでの間に、この休憩所に入ったのは、ここにいる者で全員なのか? 準備だけしていなくなった者はいないのか? それと、他の誰かが手伝うようなことはなかったのか?」
休憩所担当のエルフに尋ねてみた。
犯人特定の第一歩、関係者の洗い出しからだ。
「休憩所の準備は、ここにいる者だけで行いました。誰も手伝いには来ていませんし、いなくなった者もいません」
「なるほど。ここにいる者だけで準備を済ませ、人員の増減はない、と」
同様にドワーフにも尋ねた結果、当然ながら、休憩所に来て座ってそれほど経っていない時点で事件が起きたから、ここに居る者が全員で増減はない。
「誰か他の者がここに出入りする姿を、見た者はいないのか?」
「さすがに出入りがあったら気づきます。だから、いませんね」
「いねえよ」
ここは木々に動いてもらうことでできた広場。
残された木々には布を紐で結びつけであって壁の役割をしている。四方が布の壁で囲まれていて、出入り口部分だけ、衝立のようになっている。
鍋はこの空間の奥にあり、鍋の隣に置いたお玉杓子を持ち出そうとすると、みんなが酒を飲んでいる場所を通過する必要がある。それは、いくらなんでも気づくはずだよな。
「やはり、ここにいる者がすべてなんだな。よっしゃあ、事件の全貌が見えてきたぞ。ズバリ! 犯人はこの中にいる!」
私は全員を一巡するように指差した。
誰も出入りしていないということは、ここにいる誰かが犯人で間違いない。
「んなゴミ、盗むか、ボケ!」
「なんだと! エルハシの傑作の価値を知らぬ凡愚が!」
「ならよ、価値を感じるエルフが盗んだんだろうが!」
「静まれ、とにかく静まるのじゃ! 互いに疑い合うても、何も解決しないのじゃ。冷静に、冷静になるのじゃぞ……」
マオが両手をそれぞれエルフとドワーフに向けて仲裁し、両者の勢いを削いだ時点でふぅと息を吐いた。
助かるよ。捜査においては冷静な証言が重要になるからな。カッカしてたら思い出せるものも思い出せなくなる。
「それじゃあ、これから真相に迫るぞ。最後にタマエを使ったのは誰だ?」
「それはエルハシだ。大事なタマエを他の者に使わせることなどない」
誰も出入りがなくて、エルハシが最後に使ったのに、お玉杓子が行方不明になったのか?
「なんですか、その目は。私はもうろくしていませんよ」
「わりぃ、わりぃ。どんな反応をするのか観察してみただけだ」
とは言ってみたものの、怪しいよな。
「犯人捜しをミリアに任せて、本当に大丈夫なのですか?」
なんだよレティ。私の捜査が信頼できないのか?
ふ。これだから素人は。まだ証言を集めている段階だ。素人ってさ、それだけですぐに犯人を特定できるって思いがちなんだよな。
私は教育を受けたプロみたいなもんだぞ。任せておけよ。
「これから現場検証をするから、とにかく全員、犯人が特定されるまで、休憩所から出ることは禁止だぞ」
逃走したり証拠を隠滅されたりしないよう、全員、休憩所から出ることは禁止だ。
これから私は現場検証をして、物言わぬ証拠を探す。
さて、休憩所の壁となっている布はどうなっているんだ?
虫眼鏡を手に、布に近づいて念入りに観察する。ふむふむ。汚れはないようだ。
布に触れて感触を確かめる。結構強く張られているな。
それから屈んで地面も調べた。布と地面の間を無理やり通過したような形跡は残されてない。
「なるほど。壁の布は強く張られていて、ここを短時間で通過することは難しそうだ……」
壁となる布はしっかりと張られていて、そこを無理やり通過すると布の壁の下の地面に足跡が残っていたり、布が汚れていたりするものだ。
また、縛ってある紐をほどいて出入りした場合、それは目立つ行為で、確実に誰かの目に留まる。
「エルフなら、枝の上を通るじゃろうに……」
「ここはミリアちゃんに任せておこうよ」
四方の壁は一通り観察したぞ。次は鍋の周辺だな。
鍋を置いてあるテーブルに向かう。
「うーん。鍋が二重底になっているとか、テーブルの裏側に隠されているわけでもないのか」
鍋を持ち上げたり、テーブルの裏面を覗いてみたり。
とくに変わったことは発見できなかった。
「そっかー。やっぱり犯人は……。これから外で一人ずつ聞き取り調査をする。エム、順番に連れてきてくれ」
衝立の間を通り、椅子を二つ持って外に出た。
エムは聞き取りの助手に抜擢だ。
連れてくる人の指定はしていないから、エムが自由に選ぶことになる。こうすることで、私の思い込みが排除される。
レティとマオは、休憩所の中で待機だ。中の人たちが逃げ出さないか見張る役割となる。
「とりあえず近くにいる人を連れてきたよ」
「ここに座りたまえ。ふむ。私はミリア。お前の名前は?」
赤ら顔のドワーフが取り調べ用の椅子に座すのを待って、自己紹介をした。
「ドルガーだ。ぃっく」
なるほど、名前はドルガーか。
彼の頭からつま先までをよく観察する。
休憩所に入ってから酒を飲めたのは短時間だったはず。それなのに、結構酒が入っているな。
「私は冒険者をやっていて、これまでにいろいろな魔物を見てきた。凶変魔物とか、とんでもなく強い奴とも戦った。もちろん倒すのには苦労するさ。でもさ、強い奴と戦うと、やっぱ心が躍るんだよな」
調査対象者が話しやすくなるよう、世間話をする。これは諜報機関で習ったやり方だ。
世間話をしている間に、なんとなく調査対象者の顔の変化を観察しておくのも重要だ。凝視ではなく、自然な感じでな。
「魔物ォ? 俺だってよ、坑道に出現する奴ァ、自慢の斧で粉砕してやったどー」
よし、食いついたぞ。ほう。得意げなときはこのような目つきか。なるほど。
調査対象者が話す際はとくに重要だ。目線や目の形、瞬きの頻度、口元の動きなどをさりげなく観察する。
「そりゃ凄えな。どんな魔物だったんだ?」
「ゴーレム系が多いがよ、んー、ほかにもロックリザードってトカゲ系もたまにいてよ。そらぁすばしっこいのなんのってよぉ。ぃっく。斧が当たんなくて壁に刺さったんだぜぇ」
ふむふむ。こいつが普段何かを思い出すときの目線は真上だな。
もう少し尋ねてさらに表情を観察しよう。
「そっかー。魔物のほかにもさ、いつも坑道にいるお前なら、もっと心躍ることがあるだろ? どんなことだ?」
「二つあるなァ。ぃっく。一つ目は、純度の高いミスリル鉱石を掘り当てたとき。二つ目はよォ、鍛冶の腕が上がって親方に褒められたときだぁぞ」
「へー、凄えな。私は鉱石には詳しくはないが、凄さは分かるぞ。純度の高いミスリル鉱石を探すのに、さぞかし苦労したことだろう」
「たりめーよ!」
いろいろな表情を見ることができたぞ。もう十分だろう。
ここまでに確認してきたのは、嘘をついていないときの表情だ。
そろそろ本題に入るとしよう。
「うんうん。そしたら、本題に入るぞ。まず、休憩所内でお前が座っていた場所はどこだ?」
休憩所内での着席位置と、さらに両隣、向かいに座っていた人の名前を聞き出してメモをする。
着席位置を聞き出したのは、全員の聞き取りが終わった際に矛盾がないか確認する必要があるからで、そのほか、席の位置によって体の向きが変わるため、それぞれが見ていたものが異なるからだ。
「事件が明るみになったとき、お前は座ったままだったのか、それとも席を立っていたのか?」
酒が入ると席を立つ人もいるからな。
「俺ァ、一度も立ってねーからな。上級酒を味わうときゃあ、じっと座ったまま黙って目を閉じ、香りを確かめてだなァ、ほんの少しだけを口に含んで風味を感じ、それから一気に飲み干す。立って飲んじゃあ、上級酒に失礼ってモンだろぉが。ひっく」
こいつは、黙って酒を飲むタイプか。
私はこれまでにいくつも休憩所を回ったから、酒を口にした途端騒ぎ出す人や泣き出す人など、いろいろなタイプの人を見てきた。
どちらかというと、ドワーフには騒ぐ奴が多く、エルフには酔いが回って笑いだしたり泣き出したり話が止まらなくなったりする奴が多い。
「ドルガー。お前の着座位置からは鍋が見えていたはずだ。何か気づいたこと、変わったことはなかったか? どんな些細な事でもいいからさ」
「言っただろォ。俺ァよォ。心を研ぎ澄ませて上級酒と向き合っていたんだ。んな雑念、ねーんだよ。ぃっく」
すごい集中力だ。酒に執着すると言われるドワーフならではだな。
「そうか、よく分かったぞ。じゃあ、これから私がお前にいくつか質問する。お前は、その内容に関わらず、すべて『いいえ』と答えてくれ」
「はぁ? 意味が分からん」
すべての質問に対して必ず「いいえ」で答えると、どれかの質問で嘘を言うことになる。
犯人しか知らない質問、つまり犯人が「いいえ」と答えると嘘になる質問をいくつか混ぜ、そのときの表情から、犯人かどうかを特定するんだ。
人は嘘を言うとき、目線や口元、顔の向き、指や足などに普段とは違った動きが出るものだからさ。
「とにかく『いいえ』って言えばいいだけさ。簡単だろ?」
「めんどくせー、いいえ」
「よし、その意気だ。では質問。なくなったタマエ。その柄の部分に、『タマエ』と名前が刻んであることを知っているか?」
「はぁ? いいえだ、クソが」
嘘は言ってないな。
「タマエは木製とは思えないくらいに、重い」
「知らんがな。いいえ」
これは私も知らない。念のための、普段の顔再確認用の質問だ。
「タマエを隠すとしたら、地中が一番だ」
「んなモン隠すかよ。いいえ」
ドワーフならやりかねないからな。で、普段どおりの顔か。こいつは地中に隠してはなさそうだ。
「お前がタマエをどこかに投げ捨てた」
「いい加減にしろよ、いいえ」
これとさっきの質問はカマかけだ。犯人なら知っていることだからな。
だんだん不機嫌になってきたようだ。一度、話を逸らそう。
「ポンシュの上級酒はワインよりもうまい」
「当然だろーが! んん?? いいえ……、いいえしか言えねえのか?」
お、全然違う表情で「いいえ」と言ったな。つまり、嘘だ。
これは犯人特定には関係のない質問で、こういうのを混ぜて調査対象者の気分を紛らわすのもテクニックの内なんだ。
「お前は剣を作る鍛冶をするより、料理を作る家事をするほうが向いている」
「いいえだ」
「最後の質問。お前の魔法収納の中に、タマエが入っている?」
「いいえに決まっているだろ!」
腿をバシンと叩いて立ち上がり、大きな声で抗議したドルガー。
これは完全なカマかけ。魔法収納の中なんて見ることができないからな。私は誰かの魔法収納の中にブツがあると思っている。
とにかく、目線が真っ直ぐ私に向いていたし、嘘は感じられなかった。
「これで聞き取りは終わりだ。調査協力ありがとう。休憩所に戻って存分に酒を飲み直してくれ。あ、調査に支障をきたすから、ここで話したことについては、他の人に漏らさないでくれよな」
私は立ち上がって、ドルガーの肩をポンポンと軽く叩いた。
「じゃあエム、次の人を連れてきてくれ」
どんどん取り調べを進めるぞ!




