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075話 ミスリル山が爆発しちゃうの? 後編

 二十五番坑道へと転移した私たち。

 今、立っているのはロックゴー君と出逢った場所。


「鉱石を採掘する音が聞こえてこないな」


「音は、かなり遠くでしているのです」


 外と比べれば坑道内はずいぶん暗く、目が慣れるまで動かずにじっと周辺の音を聴いていた。

 前回ここに来たときにはそれなりに近くで採掘の音がしていた。でも、今は遠くからしか聞こえてこない。


「音のする場所にラルゴーさんがいるよ。会いに行こう」


 鍛冶場でラルゴーさんが弟子のみんなに地底湖への道順を説明していたから、私たちも大まかな道順は知っている。でも、それはあくまでもこの坑道を知り尽くした人への説明だったから、実際に坑道内を歩きだすと、すぐに迷子になった。


「音を頼りに、低い場所へ進むしかあるまいの」


「レティ、任せたぞ」


「我に任せるのですか? 音を聞きながら進むのはめんどくさいのです。坑道にドカンと穴を開けて、一気に下りればいいのです」


「坑道を破壊したらダメだよ。トロッコが通れなくなってドワーフのみんなが困っちゃうよ」


 レティちゃんに先頭を任せ、どんどん奥へと進む。

 どんどんと……。

 あれ? 分岐点で迷わずに行き先を決めているよ? 大丈夫だよね?

 何度も分岐を曲がり、坂を下ることでドワーフの声が聞こえる場所まで辿り着いた。

 その先は坂道ではなく、垂直な穴。

 穴の前に立つと、湿った生暖かい風が吹き上がってくる。


「地底湖は、既に温まっておるようじゃの。マグマが近づいておる証拠じゃ」


 ロープと鉄の棒でできた梯子を伝い、下層へと下りる。

 この梯子、ゆらゆら揺れるから、しっかり掴まっていないと落下しちゃうよ。それに、足をかける鉄の棒も表面がツルツルで滑りやすく、とても神経を使う。

 下層の天井となる壁を抜けると、暗がりの中に明かりの魔道具に照らされた緑色に輝く湖面が浮かび上がった。

 あれが地底湖だね。明かりの数が少なくて暗くて遠くまでは見えないけれど、とーっても大きな湖だよ。


「おう、思いのほか早かったな」


 梯子の終点近くにはラルゴーさんとロックゴー君がいた。

 ラルゴーさんは私たちが転移で移動していることは知らないから、戻ってくるのが明日以降になると思っていたみたい。


「エルフの長老に、きっちり話をつけてきたのです。森に川をつくるのです。その作業にはドワーフの力が必要になるのです。ですから、長老はこっちの族長に助力依頼しに行くと言っていたのです」


 最初に下層に降り立ったレティちゃんが代表となって話をした。


「そうか、助かった。俺じゃあエルフの長老を説得できねえからな。向こうさんが族長に助力依頼ねえ……。まあ、それについてはエルフの頼みだっつーても族長が断ることはねえだろう。既に族長には話をつけてあるからな。だから族長は事の重大さを理解している。なにせミスリル山としてもよ、北側斜面の建物をいくつも取り壊さねえといけねえしな」


 地底湖からのマナ水を流す経路となる場所に存在する建物を壊し、しっかりとした川をつくる。

 マナ水を抜くだけなら、地下を通して建物のない場所ばかりを通せばいいように思える。でも、ラルゴーさんはもっと先のことを考えていて、マナ水を抜いた後の将来、溶岩があふれ出る経路として川を利用したいんだって。

 溶岩って詰まりやすく、地下を通すとどこかで詰まって地表に顔を出すことになるらしい。それなら最初から地表を流れるようにしたほうがいい。

 それで、がっちりとした堤防も設置するんだとか。

 もちろん大事になるので、これには族長の許可が必要だった。その許可を得て、応援となる作業者がここに派遣される予定になっている。


「弟子たちは、どこに行ったんだ?」


 穴を掘る音が聞こえてくるのに、見える範囲では誰も作業をしていない。


「ここさ、ここ」


 ラルゴーさんは地面を踏みつけ、弟子のいる場所を示した。

 足元には垂直に開けられた大きな穴があり、岩盤の中の深い位置で、弟子たちがマナ水を通す横穴を掘っているとのこと。

 そのほか、弟子数人が、魔道具の明かりを手にして地底湖の周辺を歩いて状況の調査をしている。


「地底湖へと繋ぐ穴を掘っておるのじゃな。妾の出番は早まりそうかの?」


「ははは、逆の方向だ。今掘っているのは北の斜面へと向かう穴だ。地底湖と接続するのは最後の仕上げになる。だからお前らの出番は、まだまだ先だ」


 地底湖に穴が届いてしまうと、穴の中に水が流入してドワーフの作業者が溺れてしまう。それで、マオちゃんが魔法を使って最後の仕上げをする予定になっている。

 最後の仕上げ、つまりマナ水を流すのは、ミスリル山の北側斜面の建物の撤去やエルフの森の川が完成してからになる。それまで、マオちゃんの出番はお預けだね。


「完成までに、どれくらいかかるのですか?」


「そりゃあ俺でも詳しいことは分からねえ。こんな大掛かりな工事、生まれて初めてだからな。とにかく爆発の期日より前に終わらせる。それしか言えねえよ」


「私たち、完成するまでこの山で待っていないといけないのかな?」


「もちろんだ。お前らはエルフとの架け橋だからな。何か問題が起きたらそんときは頼むぜ」


 どうやら、この山にある宿屋に話が行っているようで、知らないうちに私たちはそこに宿泊することになっていた。

 宿泊料金は無料で提供してくれるそうで。助かるよ。

 今日の私たちの活動は、その宿屋に行って終了だね。


 次の朝。

 六合目の宿屋から外に出ると。


「今、何かが崩れる音がしなかったか?」


「ガシャガシャーって感じだったね」


「音がしたのは、北の斜面なのです。きっと、邪魔な建物を破壊した音なのです」


 昨日、ラルゴーさんがそのような事を言っていたね。

 確認のため、私たちは北の斜面が見える場所まで移動した。

 そこから斜面を見下ろすと。

 おそらく数軒の建物を破壊してできたんだろうと思われる岩の塊が積まれていた。

 数え切れないくらいの人数のドワーフが働いている。

 つるはしを持つ者、スコップを持つ者、岩を肩に担いで運ぶ者。


「ドワーフが本格的に動き出したようじゃの」


「向こうを見ろよ。あいつらも、きっとドワーフだろ?」


 この山の西側の麓に望遠鏡を向けると。

 森の入り口部分にドワーフらしき集団がいて、おそらくエルフらしき者に先導されて森の中へと向かっている。


「行き先は、昨日、木が歩いていた場所みたいだね」


「森の中でドワーフの作業が開始されるのです。長老がうまく作業依頼できた証拠なのです」


 両者の仲が悪くても、きちんと協力してくれる。むしろ、協力しないとこの地が消失してしまうから、協力するしかない。


「なにはともあれ、爆発回避のための作業が順調に進みだしたのじゃ。よかったのう」


 このように、出だしは順調に作業が進められた。

 数日して。

 作業者は日に日に増えていて、北の斜面はドワーフだらけ。建物の取り壊しが次々と行われている。

 エルフの森を見下ろすと、やはりそちらも毎日少しずつ木々が移動する面積が増えていて、森の中を飛び飛びに、川となる場所がどんどん確保されている。

 あのやり方で、きちんと川として繋がるのかな?


「エルフの森に行きましょう♪」


「お、いいな。あれから川の様子がどうなったのか見てみたいぞ」


「仲良く作業しているか見ることも重要なのです」


「問題が起きておったら仲介するしかないのぅ」


 ピオちゃんは植物がほぼ生えていない岩山は好きではないから、おそらくそれが理由で、森に行くことを提案した。

 私も近くで見てみたいと思ってたし、即決で森へと転移した。


「これは驚いたぞ。文句も言わずに、一緒に作業しているぞ」


 森の中。川となる作業現場では、ドワーフがスコップで土の底面や壁面を形作り、エルフが大きな木のヘラで滑らかにしている。それが済んだ位置から、ドワーフが魔法で岩壁に変えている。

 ドワーフって、戦闘用の魔法は使えなくても、工事用の魔法は使えるんだね。


「休憩すっぞー」


 ドワーフの誰かが声をかけると、周辺で働いていた者全員が、どこかに歩いて行った。私たちもその後をついて行く。

 辿り着いたのは、木々を移動させることで用意した広場。

 木のテーブルと木の椅子がいくつも置いてある。

 どうやらここは休憩所のようで、ここ担当のエルフがいて飲み物と菓子が用意されている。


「おお、酒だ、酒!」


「うはぁ、まだ日が高いのに酒を飲むのか。残りの作業、大丈夫なのか?」


 席に着いたドワーフが木製のコップを傾け、一気に呷る。

 エルフも一緒になって、おそらくお酒を飲んでいる。

 ミリアちゃんはその姿を見て呆気に取られた。


「エルフの酒、ポンシュ、うめぇ~」

「ワインとは一味も二味もちげえぜ」

「むっふー。この香り、ポンシュ、最高!」


「それはそうでしょう。本日、用意したのは上級酒ですから」


「上級酒? 族長の一族しか飲めねえ貴重なやつじゃねえか」

「うおー! 上級酒、上級酒!」

「うぼっ、うぼっ!」


 やや赤ら顔になったドワーフのみんながテーブルを叩いて騒ぎだした。


「まだまだありますから、落ち着いてください。作業に差し支えない程度にお願いしますよ」


「ったりめーだ。俺たちゃあ、決して手を抜くこたあねえ!」


 凄く酔っぱらっているように見えるよ。こんな状態でも問題ないのかな?


「現場に行きゃあ、酔いなんざ一気に醒めちまうよ。むしろ、飲みながらのほうが捗るってもんだぜ」


 それからも世間話をしながらお酒が進む。

 和気あいあいとしているから、近くのエルフに気になっていたことを尋ねてみた。


「川をつくる作業って、上流から順に進めるのではなくて、部分的に飛び飛びにしているよね? きちんと川として繋がるのかな?」


「飛び飛び……、ここは直線区間ですが、他では技術的に難しいカーブの部分を優先的に進めているからですね。森の測量は私たちが完璧に行い、高さ調節はドワーフが確実に仕上げていますから、問題なく川として繋がりますよ」


「貴様らは、仲が悪かったのではなかったのですか? 滞りなく共同作業できているのですか?」


 怖いもの知らずのレティちゃんが、繊細な疑問点について、ズバッと尋ねてくれたよ。


「んー? 私たちの仲がよろしくない? んー、そりゃあ初日はぁ、いろいろケンカしたさ。うぃっく。それでもぉ、一緒になって働いてみるとなあ、意外と話が通じるって分かったのさあ。ひっく」


「むかーしのよォ、ドワーフが湧いて出たときのなあ、しがらみだろうよぉ」


 さっきとは別の、顔が赤くなっているエルフ二人が答えてくれた。

 どうやらドワーフ族は太古の昔、急にこの周辺の山々に出現した種族らしい。当時、木々の生えている山に穴を掘り、エルフ族の逆鱗に触れたと言い伝えられているそうで。


「んなしがらみなんざ、クソくらえだ! ひっく」


「つーまーりぃだ。汗水たらして働いているぅ姿を見ているとなぁ、上級酒をぉ、振る舞ってやりたくなるのよぉ」


 このエルフ、完全に酔っ払っているよ。

 ドワーフの誰もがたくさん飲んでいるのに、ここまで酔っている人はいない。


「うおっし。川が完成し、すべてがうまくいったらぁ、上級酒の中でも希少な特選上級酒を御馳走してやるぞぉ~」


「特選上級酒だとォ!? そら、頑張らなあ!」

「特選上級酒、特選上級酒!」

「うぼっ! うぼっ!」


 エルフの一人が立ち上がって宣言すると、ドワーフ全員が一斉に立ち上がり、飛び跳ねて喜びだした。

 もう、仲が悪いことについて心配する必要はなさそうだね。

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