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071話 エルフの里

「ちょ、話を聞けよ! 本当に空から落ちて来たんだって!」


「無駄だ黙れ。長老様にもその嘘を言うのなら、お前らは間違いなく死罪になる」


 あらら?

 エルフの誰かが転移魔法を使ったみたいで、一瞬のうちに森の中の村のような場所に移動した。木々の枝の上には木造住宅が並んでいる。

 広場のような場所もある。


挿絵(By みてみん)


「罪を増やしたくなければ、里の中ではおとなしくしていろよ」


「里? ここがエルフの里かえ? その存在を聞いたことはあるが、初めて見たのじゃ」


「さ、歩け!」


 木々の間を縫うように二人一組で連行されて行くと、とても大きな木が見えてきた。巨大すぎる木というほうが正しいかもしれない。


「落ちないように歩け」


「ちょ、両手を縛られていると、バランスを取れないぞ」

「尻尾でバランスを……、をー!」

「わわっ」

「こ、これ、妾を巻き込むでない」


 大きな木の枝にもたれかかるように一本の木が倒れていて、私たちはその上を歩いて連行されて行く。

 両手を縛られているからとても歩きにくく、数歩進んだだけで足を外して落ちそうになる。

 私の体はマオちゃんに支えられ、さらにエルフの一人にロープを引っ張られて事なきを得る。


「長老様。森を荒らす不届き者を捕らえて参りました!」


 大きな木の枝に設置された木造の家。その扉を開け、中へと連れ込まれる。


「通行証不所持のうえ、ジサブローとノブタローの枝を十三カ所折り、さらに二十本の枝の葉を散らした現行犯です」


「ほほう。密入林者か……」


 通行証を所持しているかどうかなんて問われていないけど、持っていないのも事実。

 で、ジサブローとノブタローって、もしかすると木の名前?

 折れて落ちてしまった枝は、ピオちゃんの魔法でも治せないから、謝るしかないよね……。


「むっ!?」


 長老と呼ばれているおじいちゃんが、木の杖をつき、もう片手でこめかみを押さえて眉間にしわを寄せ、目をしかめるようにしてこちらに二歩近寄ったかと思ったら、突然目を大きく見開いた。


「妖精、妖精か? おぉ、妖精を見るのは初めてじゃ」


「え? 長老様、妖精ですか!? どちらに?」


「うむ。そちらに浮いておる」


 こめかみを押さえていた指を、やや震わせながらピオちゃんに向ける。それは私の左肩の上。

 どうやら長老にはピオちゃんの姿が見えているみたい。

 私たちを連行したエルフはみんな、キョロキョロしていて、見えていないっぽい。


「お前ら! ピオを捕まえて売り飛ばす気だな! そうはさせないぞ」


 ミリアちゃんが無理やり私の前に出た。一緒に繋がれているレティちゃんもそれに引っ張られる形で近くに来た。


「たしかに、ワシらエルフは、妖精族と仲が悪かった……。しかしそれは遠い過去のこと。当時、仲の悪い間柄であっても妖精族を捕らえることをしなんだことだけは理解してほしい……」


「何が言いたいのですか?」


 長老が急に思い詰めたような顔で話し始めたものだから、レティちゃんが心配するように尋ねた。


「ワシの曽祖父が晩年、悔やんでも悔やみきれぬ出来事だとして、子孫に語り継いだこと。それが妖精族の絶滅についてじゃ……」


 長老、なんか昔話を語りだしたよ……。

 ひいおじいちゃんの時代。エルフ族と妖精族は仲が悪かった。

 エルフは花を好んで食べ、妖精はそんなエルフを花荒らし族として罵っていたそうで。

 そんな中。人族が妖精狩りをするようになり、妖精の数が減少していった。

 ある日。逃げ場を失った妖精が、エルフの森へと逃げ込んだ。

 しかし、エルフは妖精をすぐに追い出した。

 その後も妖精は何度も避難させてくれと嘆願しに訪れた。

 それは一人ではなく、大勢いた。

 ところが、当時の長老は妖精がエルフの森に入ることを許さず、無断で逃げ込んできた者を徹底的に追い出した。


「その結果、妖精族は絶滅した……。あのとき、避難を許しておれば、森の一部を解放しておればと。先々代は自身が狭量だったことを、生涯悔い続けることになったのじゃ」


 長老の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「過酷な時を経て、まだ生き残っておったとは、感無量じゃ……」


「生き残りではありませんよ♪」


「おお! 妖精だ! ずいぶん昔に絶滅したと聞いていた……」


 ピオちゃんが腕輪を操作し、不可視の機能を停止させると、この場の全員がピオちゃんの姿を目視できるようになった。


「こちらの世界の妖精は絶滅しました♪」


「そうだよ! ピオちゃんは……。やっぱり内緒だよ」


 妖精の国の存在は、内緒のことだった。危うく勢いで話すところだったよ。


「うむ。長年、さぞ苦労してきたことであろう。出自について詮索はすまい。さて、既に当事者同士ではないのじゃが、ワシは真摯に謝らねばならぬ。先々代が、そしてエルフの民が誠にすまないことをした。虫の良い話かもしれぬが、どうか、過去の仕打ちを許して下され」


 長老は、杖をついたまま、深くお辞儀をした。私たちを連行してきたエルフのみんなもピオちゃんの周囲、つまり私の周りに集まり、同様に頭を下げた。


「それは私だけで・・・・決めることではありませんが、心に留めておきます♪」


「何はともあれ、どのような事情であれ、ここにこうして妖精族が存在しておる。これを祝わなくてはなるまい。そうせねば、ワシの、そして曾祖父の心が晴れぬのじゃ」


「先々代の言い伝え、我々もよく存じています。このことはすべてのエルフの民が祝わなくてはなりません」


 エルフのみんなが目を輝かせている。


「妖精殿。過ぎ去った時の流れを戻すことはできぬが、どうか、今の、今ここに妖精殿が健在であることを祝うこと、許してくれぬか?」


「まずはこの人たちを解放してください♪」


「妖精殿はこの者たちに捕らえられておるのではないのだな?」


 ちょ、何言ってんの!

 私たちがピオちゃんを捕まえていじめているわけないよ!


「貴様、長老とはいえ、我らを妖精狩りの賊扱いするとは失礼なのです!」


「これは無礼を働いた。心から詫びよう。妖精殿は自由の身ではあったが、確認せねば確証が持てなかったのじゃ」


 このような流れで、私たちの罪は有耶無耶になり、釈放されることになった。むしろ、妖精を連れてきた立役者として一目置かれるようになった。

 長老の家で、見慣れないお菓子と味わったことのないお茶による丁重なおもてなしを受け、さらに、


「宴の用意が整った。さあ、ピオピオ殿。隣の建物に移動してくだされ。皆が待ちわびておる」


 長老の家を出て、枝と枝との間を繋ぐ木の板の上を通って隣の建物の前へと移動する。

 扉を開けると中は広間になっていて、普段はここで会議が行われているとのこと。


「ささ、ピオピオ殿はこちらへ」


 所狭しと並べられたテーブル。その上には料理が載せられている。

 ピオちゃんは一番奥の、一段高くなっている長机に案内された。その上には、色とりどりの花の鉢が並べられていて、それを見てピオちゃんはニコッとした。

 私たちはピオちゃんの隣の長机につく。同じ長机でも、ピオちゃんは一人で、私たちは四人。そして、ピオちゃんの長机は部屋の中央奥になるように配置してある。

 ここに椅子はなく、皆クッションの上に座る形だね。


「まあ! 妖精だわ!」

「本当にまだ生き残っていたんだ!」

「これを祝わずして、何を祝う!」


 既に席に着いているエルフのみんなが騒ぎだした。


「皆の衆、まずは紹介しよう。こちらは妖精族のピオピオ殿。絶滅したと思うておったが、かろうじて生き残っておったのじゃ」


 長老は私たちとは反対側の長机の前まで行くと、低い位置にいるエルフのみんなに向かって声を上げた。

 ちょっと話が違わない? でも、本当のことを言えないから訂正は求めない。


「ああ、本当に妖精族が生きていたのね! それだけでも嬉しいわ」

「妖精殿の生き残りに祝福を!」

「この目で妖精を見ることができるなんて、夢にも思わなかった」


 ここに招集されたエルフのみんなは責任ある立場の人たちで、あらかじめ集まって何をするかを知らされていたみたい。花を用意している時点で、みんな知っていたんだよ。


「皆に集まってもらったのは他でもない。我らエルフの民の汚点、過去の過ちを悔い、謝罪し、同じ過ちを二度と起こさぬよう、新たなる出会いに感謝し、ピオピオ殿と親睦を深めるのじゃ」


「過去のしがらみ、本当に申し訳なかった」

「今度こそ、大切にして差し上げましょう」

「妖精殿、これからは私たちが守ります!」


 長老は過去に起こったことについて細かな説明はしなかった。

 それでも、ここに集まっているエルフのみんなはすべてを理解しているようで、ピオちゃんの存在を祝っている。

 続けて私たちのことも簡単に紹介され、やはり疎まれることはなかった。


「さーて。食うぞ、食うぞ!」


 とくに余興などがあるわけでもなく、あとは食事をしながら歓談するだけ。

 目の前に並んでいる料理が冷めないうちに口にする。

 ピオちゃんは花の上を飛び回って幸せそうにしている。


「これでよかったのですか? ピオピオのことがエルフ中に広まってしまったのです」


「長老に見破られたとはいえ、ピオピオの意思で不可視を解除しておるからのう」


「もぐもぐ。ここにいるの責任者ばかりだろ? むぐむぐ。先に他言無用と言ってあるんじゃないのか?」


「ごほん。改めて皆の衆に伝える。ピオピオ殿がこの世に存在していること自体、極秘の事柄である。エルフの恥にならぬよう、くれぐれも他者には漏らさぬこと。細心の注意を払うのじゃ」


 私たちの話が聞こえていたのか、長老が立ち上がって説明を加えた。


「分かってますよ! 恥の上塗りなんて誰もしませんよ」

「ピオピオ殿は、門外不出。必ずや賊から守り通してみせます!」

「誓約の魔道具を使いましょう。そうすれば絶対に約束は破られません」

「そうだ、それがいい!」


 ちょっと違う方向で勘違いしている人がいるような気がしないでもない。

 ガヤガヤと論議しているエルフのみんなを眺めながら食事を進める。


「これ、チーズだよね? こんなにたくさん料理に使って、破産しないのかな?」


 いつもの懐事情で心配になってくる。

 この間高級宿に泊まったときに食べて知ってるよ。チーズって高級品なんだ。


「このスープは変わった香りがするのぅ。ずずっ。うむ、うまいのじゃ」


「お客人! ミソの味が分かるとは、通ですな!」


 あの尖った耳は、地獄耳なの?

 少し離れた場所から、エルフが二人ほど私たちの前にやって来た。

 なんでも、チーズはここエルフの里で生産しているんだって。知らなかったよ。ただ、牛や羊を飼うことができないため、原料の入った樽を聖クリム神国から転移魔法で運んで、ここでハッコウさせているんだって。ハッコウって何?

 ミソも同じように原料を運んでここで生産しているんだって。やはりハッコウさせているとのこと。

 ミソは、スープの素にもなるし、料理の味付けにも使える万能調味料らしい。


「そうだ。ピオピオ殿との親睦を深めるため、明日はお客人を生産工房に案内しよう」


「それがいい。お客人をもてなすのにちょうどいい」


 頼んでもないのに明日の予定まで組まれちゃったよ。

 祝宴は続き、この場の全員がピオちゃんとあいさつを交わした頃には外が暗くなっていた。


「お客人。ぜひ、私の家にお泊りください」


「好意はありがたいのじゃが、四人も泊まれるのかえ?」


 木の枝の上の家。四人もお邪魔したら、きっと枝が大きくしなるに違いないよ。


「大丈夫、大丈夫。狭いことは狭いですが、三階建てになっていますから客室はあります。それに、幹にしっかり固定してありますから、枝が垂れ下がることもありませんよ」


 考えていることを読み取られちゃった?

 あの尖った耳は心の声まで聞こえるのかもしれない。

 私たちはこの人の好意で、里に泊まることになった。


 一夜明けて、森の中でのやや暗い朝。

 泊めてもらった家の窓から外を眺めると、里の中心にそびえている巨大な木は、枝が長く広範囲に広がっているのに、朝日をほとんど遮っていないことに気づく。あの葉っぱは半透明なんだね。

 暗い感じがするのは、巨大な木の影響じゃなくて、隙間なく生えている木々の影響のため。普通の森の中と同じだね。


「野菜中心でヘルシーじゃの」


「これは、昨日のミッソースープなのです」


「ミソだぞ、ミソ」


 エルフ独特の民族朝食を振る舞ってもらい、外に出る。


「それではお客人。これから工房へと案内いたします」


 案内してくれるエルフが三人、外で待っていた。


「楽しみです♪」


 色とりどりの花に囲まれて一晩を過ごしたピオちゃんは上機嫌。

 私たちは案内人に連れられて里の中を進んで行く。


「あちらに見えますのがチーズ工房になります」


「なんじゃ。エルフなのに地上に工房を建てておるのか」


 木の上にあると思っていた工房。実は地面の上に建っていた。

 何本か、建物の中を木が貫通するようになっているのは、できるだけ切り倒す木の数を少なくしたいという考えの表れなんだろうね。


「ははは。そうですね。我々は普段木の上に住居を構えていますが、工房はその大きさゆえに無理なのです」


「広さもそうですが、大量の原料を使いますから、重さ的にも地上に建てざるをえないのです」


「あの魔法陣はなんなのですか?」


 大きな工房の手前の地面には魔法陣が描かれている。それがレティちゃんの興味を惹いた。


「あちらは、原料を運んでくる際の転移先になっています」


「へえー。魔法陣があれば転移できるんだね」


「エルフの民の秘術ですから、お客人が真似をしても同じことはできませんよ」


「なんじゃ、がっかりじゃの」


 魔法陣を眺めながら、工房の大きな扉を開いて中へと入る。

 すると、甘さを含んだ香りが体を包み込んだ。


「あの大きな釜で牛乳を煮ていますのは、製作過程で腐らないようにするためで、本当はそのままでもチーズにならないことはないんですよ」


「へえー」


 麻の布で絞ったり、何かを添加したり、いろいろな工程がある。それぞれの工程に数人ずつ、エルフが従事している。


「特別に、完成前の、熟成中の品をお見せしましょう。本当に特別ですからね」


 奥に個室があって、その木棚に、円柱状の、と言っても高さは低いから円盤状に近い形のチーズの塊が所狭しと並べられている。


「うわ、カビが生えているぞ? 大丈夫なのか?」


「初めて目にされる方は、皆、同じことを言います。もちろん、まったく問題はありません。むしろ、カビによって熟成が進むのです」


「これは我々エルフにしかできない、神様から特別に授かった手法によって確立された非常に稀有な製法なのです」


 ここでは、独自の製法でチーズを作っているんだって。だから高価なんだね。

 このあと見学するミソとポンシュの製造にも、カビを利用しているらしい。

 この手法は、他の民族は決して真似をしてはいけないんだって。それはカビを食べると体に毒になるから。

 そんなカビを無害化する技術を神様から学んだのは、エルフの民だけなんだそうで。


「神とは、クリム神サマのことかえ?」


「それにつきましては、たとえお客人の疑問であってもお答えすることはできません」


「へー。秘密なんだね」


 この後、ミソ工房とポンシュ工房を見学し、最後になって案内人の一人が、ミリアちゃんの腰に下げてあるハリセンに興味をもった。


「そちらの得物、ハリセンですよね? まだ強化する余地が残っているようです。どうでしょう、私が強化して差し上げましょうか?」


「いいのか? たしかに、これから魔王を殴りに行くから、強化するに越したことはないと思う」


「そうだね。強くなれるのなら、やってもらおうよ」


「無理に殴ることはないのじゃぞ……」


 マオちゃんがやや引き気味になっているね。それはきっと、ミリアちゃんだけが強くなることに嫉妬しているんだよ。


「ハリセンの強化は、私、エバンにお任せください。それでは、こちらが素材リストになります」


 あれ? 素材が必要になるの?


「素材は、東南にあるドワーフの国で入手できます。転移で近くまでお送りしますよ」


「残念ながら、我々エルフの民はドワーフとは仲が悪いですから、一緒に行くことはできません」


「ま、行きゃあいいだけだよな? すぐに行こうぜ」


「それでは、ミスリル山の麓へと参ります」


 エバンさんの転移魔法で森の端のほうまで移動した。

 木々の切れ間からは、とてつもなく巨大な岩山が見えている。


「帰りはこちらの木に語りかけていただけたら、迎えに参ります」


「大丈夫だよ。ピオちゃんも転移できるから、直接里に戻れるよ」


 朝、出発する前、私たちが宿泊した家の木の根元付近に、その家のエルフが花畑を作ってくれていたのを見ている。ピオちゃんならそこに転移できる。


 エバンさんは「そうですか。では、ピオピオ殿、お気をつけて行ってらっしゃいませ」と手を振って見送ってくれた。

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