070話 落ちた先は?
ここは液体の中!?
透き通るような青い流れ、それに重なるようにピンク色の油膜のようなどんよりとした流れが混ざり、さらに白い流れが垂れ落ちたように広がっていく。
今いる場所は、いろいろな色の液体が混ざり合っているような不思議な空間。
私は、そんな不思議な空間を、沈むことも浮かぶこともなく彷徨っている。
『あれぇ? マオちゃんが玉になっているよ?』
『お主もじゃぞ。正二十面体かのう?』
『うはっ。こりゃ、どうなってんだ?』
『角のある玉になりました♪』
みんな、三角形が集まったような玉になって漂っている。
あれ? どうしてあの玉のことをマオちゃんだと思ったんだろう?
玉なのに、どれが誰だか認識できてしまう。
体はどこに?
ふわふわ漂いながら見回しても、どこを見てもいろいろな色の液体で満たされているだけ。
あれれ? 首がないのに、どうして周囲を見渡せたんだろう?
今、玉の状態で回転しているから?
『ここはどこなのです? 我の崇高な経験に照らし合わせても、このような場所の存在には心当たりがないのです』
『はてさて、どこじゃろうのぅ』
『そんなのんきに構えてないでさ、どうやってここから出ればいいか考えようぜ』
『その前に体を探さないと』
私たちはボス部屋から押し出されてここに落ちたはずなのに、その裂け目が見当たらないし、体が目に入らない。体はどこ?
裂け目は、ある程度近づかないと見えないのかな?
歩いて調べよう。
うーん……。行けども行けども、グニャグニャした液体の中。裂け目なんて見つからない。
って、足がないのに動けているよ!
『これは便利じゃのう。上下にも動けるのじゃ』
『ドラゴンは普通に魔法で浮遊できるのです。人族が愚かなだけなのです』
『お前も人族だろ! おっと、ハリセンがなかった……』
『体はどこにあるんだろうねー。裂け目も探さないと』
実際に落ちたんだから、どこかに裂け目があるはず。
みんなで手分けして四方八方を調査する。
四方八方十六方……。
そうなの。ここには地面がなく、どこを向いても液体の中。
どこを向いても……!!
『あそこに誰かいるよ!』
たぶん、上の方向、高い位置。
もう、どっちが上でどっちが右かも分からなくなってきた頃。人間、または人型の魔物がスコップを手に、穴を掘りながら通過しようとしている。
『魔物なら危険じゃ。この体では戦うことができぬ』
『まずはあいつが何者か、探索魔法で調べろよ』
『それができれば、とっくにしておるわい』
『マオリーが探索魔法を発動できなくても、我の嗅覚が、嗅覚が……』
『レティちゃん、もういいよ。近寄って調べよう。魔物でもなんでも、ここに来れたってことは、ここから出ることもできるはずだから』
ふわりふわりと漂うように接近して行く。
どうしてか、真っ直ぐに進み続けることができないんだよね。
「ありゃ、なんだべ? 近寄ってくっぺ」
人型のナニカは、穴を掘るのを止め、屈んでこちらを見ている。
『あれ、魔物じゃないよ!』
『小人族のようです♪』
『小人族か! おーい! 助けてくれー!』
「おおお! 声が聞こえたべ? よく分からねえべが、掬い上げればいいべか?」
小人はスコップをこちらに向けてレティちゃんを掬い上げようと試みた。ところが、一度はスコップの上に載ったように見えて、すぐに液体と一緒に流れ落ちてしまった。
『ここから出してー』
『頼むのじゃ』
「んだば、ヒシャクを使ってみっべ」
スコップをヒシャクに持ち替え、レティちゃんを掬う。
あああ! ヒシャクが液面から出て向こう側に行った途端、レティちゃんがいつもの体に戻った。
「おぼっ。驚いたっぺよ。あんだぁ、おっきな人だったんだべな」
小人はヒシャクを投げ出し、腰を抜かした。
「狭いのです……」
小人の身長は私の膝ぐらい。もちろん、体があったときの話で。
その小人が掘った穴だから狭く、レティちゃんは腹ばいでとても窮屈そうにしている。
「あぁ、今、広くしてやっぺ。他の玉っこも、おっきな人なんだべな? みーんな並んで立てるようにしてやっぺからよ」
小人は超人的な速さで穴を広げだした。
穴がどんどん広がっていくよ!
レティちゃんなら、もう立てそうな広さになったよ。
レティちゃんは四つん這い状態になって左右を確認し、さらに上を確認してから立ち上がった。
「もしかすっど、あんだぁ、こんの間の勇者様だっぺな?」
「そんなことはどうでもいいのです。早く他のみんなを救出するのです」
それから小人が私たちを順に掬い上げ、みんな、元の体に戻ることができた。
ここはガラスの塊に掘った空洞のよう。透けて見える向こう側は暗い空間なのに、壁が輝きを放っていて、空洞の内部は明るい。
そして、こちら側に来てはっきりと分かった。この小人はゴンさんだ。
「ゴンさん、ありがとー。一時はどうなるかと思ったよ」
「あんだらぁ、救国の勇者様だからあ、恩返しできて嬉しいっぺ」
私も元の体に戻れて嬉しいよ。ずっと玉のまま過ごさないといけないかと思っていたんだから。
「あとは、元の場所に戻してもらえれば完了だな!」
「元の場所? そりゃどこのことだべ?」
ゴンさんは事情を知らないようだから、これまでの経緯を説明した。異次元迷宮から落っこちたと。
「んな、戻せっつーてもなあ。この空洞は長いっぺなあ。オラたち小人族しか通れないっぺ。もう少し詳しく説明すっとだなあ……」
今、私たちがいる場所は、次元世界の端の部分で、ゴンさんはそこに穴を掘って移動することができるとのこと。
とくにここは次元端って呼ばれて区別されている。私たちが普段住んでいる次元世界の端っこ。それなのに他次元の要素が混ざっている便利な空間なんだって。簡単にいうと近道ができるみたい。
残念なのは、次元端は人族が長時間滞在できる場所ではなく、滞在し続けると、おそらく体が分解してしまうらしい。
「それなら、先ほどまで妾たちが落ちていた場所はなんなのじゃ?」
「体が分解するんだろ? そんな悠長に話を聞いていていいのかよ」
「話をするくらいなら、大丈夫だっぺ」
そして、さっきまでいた液体みたいな場所は、本来次元世界と次元世界とが接しているはずの面に隙間ができ、偶然できた不連続空間なんだって。
単純な三次元空間ではなかったため、体を再現できなかった?
難しすぎて、サッパリ理解できないよ。
とにかく、異次元迷宮は私たちが普段住んでいる世界とは別次元にあって、どちらも無限に広がっているわけではないから境界が存在する。その境界どうしが接している場所に異次元迷宮の入り口などが存在している。
今回、両者が接する境界間に隙間が生じていて、そこに落ちたらしい。
「んでな、ここ次元端では長さっちゅうもんが不安定だっぺ。だでよ、今、ここが地上ではどこになるのか、まったく見当もつかないっぺよ」
ゴンさんは偶然近くを通りかかっただけで、出発地と目的地との間にあるここが、地上のどこに位置しているのかは分からない。次元端を掘ったこの空洞は、それだけ長さがあいまいになっている場所のよう。
「要するに、空洞の途中で無理やり地上と繋げても、どこに出るかはオラでも分かんねーべよ。ここまで、話が理解できたのなら、戻してやらなくもねーべ」
「全然理解できていないのですが、元の世界に戻らないと、体がなくなってしまうのです。それなら出るしかないのです」
「そうじゃの。すぐに出るしか、選択肢はないのじゃろ?」
「うわっ。急がないと、マオリーの顔が横に歪んできたぞ」
本当だ! マオちゃんの顔がぐにゃあっと横に伸びている。それに、レティちゃんの足が短くなっているよ。
「んだば、どこに出るかは運試しっぺ。地上へ戻すのは、ここからでいいっぺか?」
ゴンさんは、つるはしで空洞の壁をつついて尋ねた。
「ここでいいから、早くして!」
場所を選んでる暇なんてないよ。
急がないと、私まで短足になっちゃうよ!
「救国の勇者様の頼みだべ。思い切り裂いてみるべ!」
ゴンさんはつるはしを大きく振りかぶり、空洞の壁に突き立てた。
するとつるはしの先端から眩しい輝きが溢れ出し、やがて縦に長い裂け目となった。
「急ぐのじゃ!」
「裂け目の先は眩しくて何も見えないよ? 大丈夫?」
「次元端からは地上の姿を見ることができないだけだっぺ。行けばどこか分かるっぺ」
「早く行くのです!」
「お、押すなよ」
レティちゃんに押され、私とミリアちゃんが眩しく輝く裂け目の中へと足を踏み入れる。
「わっ!」
「うはっ!」
踏み出した足がふわりと空を切り、体全体が支えを失う。
え!? お、落ちる!? 落ちて行くよ!?
とっさに掴んだマオちゃんの足首。
「ぬおっ!」
「マオリー、貴様!」
マオちゃんが落ち、そのマオちゃんに腕を掴まれてレティちゃんも落ちる。ミリアちゃんは私と並んで最初に落ちているから、これで全員が落下状態。
眩しさが収まると、目に映ったのは青い空。
見渡す限り、青い空。
白い雲も見えている。
急速に落ちているよ!?
意識が体から抜け出して上空に置いて行かれそうになる。
「きゃああぁぁぁーっ!!」
「うひゃあぁぁ!」
「ぬお~!?」
「浮かべ、浮かび上がれなのです~!」
バキバキッ、ボキバキッ!
風を切りながら落下していたのは一瞬だけだった。
視界は緑の葉で埋め尽くされ、背中に枝葉が当たる。
いくつもの枝を折りながら、葉を撒き散らして落下して行く。
ドスン!
「むぼっ」
「ぎゃっ」
「ぐへっ」
「いってぇ~」
「皆さん、大丈夫ですか♪」
ピオちゃんだけがだいぶ遅れて下りて来た。
飛べるって、便利だね。
私は、とても背中が痛い……。腕にも切り傷がある。
「いててぇ。枝があって助かったぞ」
「枝がなければ、頭から地面に真っ逆さまじゃったの」
「飛べないと不便なのです」
「回復促進の曲、いっきまーす♪」
有無を言わさずポーションタイムに。
ポーションを口に含むたびに痛みが引いていく。
ふー。落ち着いた。
さて、ここはどこなんだろう?
左右を見回し、ここは深い森の中だということだけが分かった。
上を見ると、私たちが落ちて来た部分だけ、枝が折れたり葉が落ちたりして空が見えている。
「マオちゃん。ここってどこかわかる?」
いつもの探索魔法か識別の魔法で、特定できないかな?
「さあの。どこかの森の中じゃの」
マオちゃんは、魔法を発動すらしなかった。
ひょいとレティちゃんが立ち上がり、鼻をクンクン動かして……、
「魔物ではないのですが、誰かが来るのです」
右手でその方向を指し示す。
直後、その先の木の上から何者かが飛び降りた。
さっきまで、誰もいなかったよね?
「我らの大事な森を傷つけた罪、万死に値する!」
「はへ?」
「ひっ捕らえろ!」
いつの間にか五人の男の人に囲まれていた。
足音なんて聞こえなかったよ? どうして背後をとられたの?
あれよあれよという間に、私たち四人の手はロープで縛られた。さらに、私とマオちゃん、レティちゃんとミリアちゃん、それぞれの腰の辺りがロープで繋がれた。
「お主ら、エルフじゃな? ここはエルフの森なのじゃな?」
「だからどうした!」
「木々の枝を折ったことは謝罪する。あれは不可抗力じゃ。妾たちは空から落ちて来たのじゃ」
「空からだと? そのような嘘は、罪の上塗りだ。我らの森に許可なく侵入した時点で犯罪。木々を傷つけたことで重罪。嘘を告げたことで死罪確定だ。もっとも、その裁定を下すのは長老様になるがな」
「ちょ、話を聞けよ! 本当に空から落ちて来たんだって!」
「無駄だ黙れ。長老様にもその嘘を言うのなら、お前らは間違いなく死罪になる」




