007話 異次元迷宮
「探検、出発です♪」
「なんでピオが指揮してるんだ?」
「それは先に言った者が勝ちだからです♪」
「まあ、出発の合図ぐらい、誰がしてもよかろう。分岐点でどちらに行くかをリーダーのエムが決めればいいだけのことじゃ」
ここは異次元迷宮の中。
見た目は洞窟なのにそれほど暗くはない、不思議な空間。
そして、真っ直ぐな一本道ではなくて、いろいろ分岐がある。
「そうだね。じゃあ、次、右に行ってみよう」
私がリーダー。
私の行きたいほうにみんなを向かわせる。
「わっ、魔物がいるのです」
分岐を右に曲がってすぐにレティちゃんが盾を構え、ミリアちゃんは猫を強く抱きしめる。
「お主。戦う気はあるのかえ?」
「逃がすわけにいかないし、仕方ないだろ」
猫の右前足を振って答えるミリアちゃん。
なんだか楽しそう。
この異次元迷宮は、戦うことのできない小人族でも探検できたって話だから、猫を抱いていても大丈夫だよね?
「魔物は、動く泥の塊なのかな?」
レティちゃんの前方の地面を這うように移動している泥の塊。
「あれは、マッドスライムじゃ。泥の体の中に石が混ざっておるから、それを飛ばしてくる。注意するのじゃ」
マオちゃんは魔物を識別する魔法を使える。同い年に見えるのにたくさん魔法を使えるし、物知りだし、草刈り鎌で戦うこともできる。ちょっと嫉妬しちゃいそう。
「ぶはっ。目に泥が入ったのです」
マッドスライムが体を尖らせ、その部分を急激に伸ばしてレティちゃんの足元を狙い、それに盾を合わせた隙に、顔目掛けて土煙を噴出してきた。
それを浴びたレティちゃんは涙目で顔を擦っている。
「レティシアよ。油断せずに、盾技を使うのじゃ」
「承知したのです。イージス」
盾技を使えば、盾の有効範囲が広がり、土煙を防ぐことができるはず。
早速、盾技を発動したレティちゃん。
「がんばれー」
ミリアちゃんは、猫の前足を振って応援している。
戦いに参加しないことが確定だね。
「うん、ミリアちゃんの分も戦うからね!」
私はレティちゃんの左側から前方へ飛び出し、腰を低く構えて右手の包丁を思い切り突き出す。
マッドスライムに包丁が深く刺さった。
手応えはあった。それでもまだ、マッドスライムは動いている。
「このマッドスライムに限らず、スライム系はコアを狙わねば倒せぬぞ。胴体はただの液体みたいなものじゃ」
「そうなんだー。って、コアって何? 何も見えないよ? どこにあるの?」
どう見ても泥の塊にしか見えない。コアなんてどこにあるんだろう?
わわっ!
「今、石を飛ばしてきたじゃろ? あの上部、胴体の真ん中付近にコアがある。こやつのコアはエムの拳よりも小さいから、よく狙う必要があるのじゃ」
カン、カカーンと、石が連続で三個、レティちゃんの盾に当たった。
私はマッドスライムをガン見してたこともあり、石の発射に気づいて咄嗟に左に転がり、同じく気づいたレティちゃんが前進してすべての石を受け止めた。
「あそこじゃな。すべてを穿つ魔王の炎、メガ・フレイムランス!」
マオちゃんの飛ばした魔法の火の槍が、マッドスライムのコアを貫いた。
マッドスライムはそれで魔石に変わった。
「やったな」
「人を困らせる魔物を成敗してやったのです」
魔石を拾い、探索を再開する。
何回か分岐を過ぎ、何事もなく歩いて行くと、前方側面の壁に扉が見えた。
「扉だよ。入ってみよう」
「魔物がいるかもしれぬゆえ、レティシアが盾を構えて扉を開けるとよいのじゃ」
「はい、我に任せるのです」
レティちゃんが前に出て盾を構え、右手で少しだけゆっくりと扉を開け、何事もないことを確認すると一気に開け放った。
「宝箱があるよ!」
「これ、エム! 無防備に宝箱を開けると危険じゃぞ。罠があるかもしれぬからのぅ」
部屋の中に魔物がいないことを確認してすぐに駆けて入った私は、大きな宝箱に飛びついていた。
マオちゃんの注意喚起が耳に届いたときには、私の手は既に宝箱を開けようとしていて。
「開かないねー」
「鍵がかかっているみたいだぞ。私が解錠してみる。マオ、ちょっと持っててくれ」
ミリアちゃんは猫をマオちゃんに渡し、宝箱の前で片膝をつく。
宝箱には鍵穴らしき物があり、しゃがんで針金のような物を挿し込んでひねり始めた。
「んー……。おし、解錠できたぞ」
カチャリと音がして鍵が解錠され、ミリアちゃんは宝箱をそっと開けた。
罠はなかったみたい。
「おおぅ。宝箱の中身はレイピアとラウンドシールドじゃの。一品物ではあるが、高級品ではなさそうじゃの」
宝箱には細い剣と丸い盾が入っていた。
マオちゃんの鑑定の結果、正式名称はルーキー・レイピアとルーキー・ラウンドシールドというんだって。珍しい物には違いない。でも、価値はそれほど高くないみたい。
「我は間に合っているのです。エムとミリアで持つといいのです」
「私か? 私はハリセンひと筋だぞ。剣も盾も使わないなあ」
「妾は近接戦闘もできるのじゃが、この顔ぶれでは遠距離専門のほうがバランスがよいゆえ、その剣と盾はエムが装備するとよいのじゃ」
「うん、ありがとー。私が装備するよ」
わ!
早速装備してみたら、なんとなく腕力と瞬発力が上がった気がするよ。
新装備を得て、ルンルン気分で部屋から出る。
「まだ探索を続けるかえ?」
「そうだねー。まだ行ってない場所も多いから、もう少し進んでみようよ」
ここはまだ行き止まりではないし、それに分岐で曲がらなかった場所も気になる。
「まあ、テキトーに行こうぜ」
「奥に行くのです」
私たちはどんどん奥へと進む。
三回ぐらい分岐を曲がったところで。
「下層に通じる階段があるのです」
「エムよ、まだ進むのかえ?」
「うん。今の層には魔物は一体しかいなかったし、この調子なら下層に下りても大丈夫だと思うよ」
「行きましょう♪」
レティちゃんを先頭に、階段を下りて行く。
下層に至ると、少し壁の色が濃くなったような気がする。
「一本道なのです」
「前方に魔物がおるの。うむ……、あれはラスリングスタンプじゃの」
「あの大きな切り株は魔物なのか。なんだか気持ち悪いぞ」
腰ぐらいの背丈。直径は私が二人並んだ幅よりも大きい。そんな切り株の魔物。
広い通路を塞ぐように、根っこのような肢をカサカサ動かして左右に揺れている。
「油断さえしなければ、妾たちでも十分戦えるはずじゃ、って、妾は猫を抱いておるから魔法は使えぬ。お主らだけで戦うのじゃ」
「それを油断って言うのですよ♪」
「ピオは厳しいな」
「来るのです!」
切り株の魔物は、こちらの間合いに入る前に肢のような根をビュンと伸ばしてミリアちゃんを突き刺そうとしてきた。でも、盾技でレティちゃんの盾の有効範囲が広がっていて根は弾かれた。
「よっしゃあ、やるぞ!」
ミリアちゃんは、戻る根を追うように前に走り出し、そこに向かって突き出してきた次の根を飛ぶように前転して躱すと、地面で一回転して吹き矢を発射。
「私もやるよ!」
魔物の意識はミリアちゃんに向いている。
私はさっき入手したレイピアで、魔物の側面を斜め上から突き刺す。
「わっ?」
突然魔物がくるくる回転しだし、私は刺さったレイピアを両手で握って振り回される。
「エム、手を離したら壁に激突なのです。耐えるのです」
「おかしいなあ。そろそろ麻痺毒が効いてもいいんだけどな」
「さっきの吹き矢は麻痺毒だったのかえ? お主、恐ろしいモノを使うのぅ」
「わわわっ!」
急に魔物の肢の動きが止まって傾き、レイピアがすっぽ抜けた。
私は回転の勢いが乗ったまま投げ出されて宙を舞う。
「エアシールド、なのです!」
「ぼへっ」
空中で何かに当たり、それにめり込んでから地面へと落下する。
「ふぅ。間に合ったのです」
私はちょうどレティちゃんのいる方向に飛ばされ、盾技による空気の盾が私を受け止めて、クッションのように衝撃を和らげてくれた。
「麻痺してる奴は私が成敗するぞ。オーバースイング!」
ハリセンを高く構え、渾身の大振りで魔物を殴り、魔石へと変えたミリアちゃん。
「おおぅ。宝箱が出現したのじゃ」
「開けましょう♪」
「鍵はかかっていないみたいだし、警戒だけして開けるぞ」
宝箱をよく見定めてから右手をかけ、ゆっくりと開く。
中には、吟遊詩人が使う楽器のような形の物が入っていた。
でも、とても小さくて、ミニチュアって物なのかな?
「キャー♪ これは私がもらいますぅ!」
ピオちゃんが宝箱の中に飛んで行き、楽器のような物を肩から下げる。
「仕方ないのじゃ。鑑定すると、それはフィールドを生成する魔道具のようじゃ。ピオピオしか使えぬ大きさゆえに、エムよ、異論はなかろう?」
「どこかで高く買い取ってくれないかなあ?」
「ダ、ダメですよぅ! これを売るなんてとんでもないです。これは私のための、私だけのための、私以外には触らせない貴重な一品です♪」
「ピオピオの大きさの物なのです。妖精しか使えないから、きっと買い取ってもらえないのです」
「むふふ。ピオちゃん、冗談だよ。それはピオちゃんの装備だね」
マオちゃんによる鑑定の結果では、あの魔道具を使うと、一時的に味方の攻撃力や防御力を上げることができるんだって。
今後は、ピオちゃんも戦闘に参加だね。
「さあ、次の魔物を探しましょう♪」
意気揚々と右手を掲げ、先に進もうとするピオちゃん。
みんなもつられて先に進む。
「猫を怖がる妖精族が、魔物狩りに行こうとは、世の中も変わったものじゃのぅ。ほれっ」
「ぎゃー!! 近づけないでくださいよ! 猫は妖精を襲う天敵なのですから、人族を襲う魔物とは違うのです」
マオちゃんが抱いていた腕を伸ばし、猫をピオちゃんの傍まで寄せると、ピオちゃんは全速力で逃げて行った。
「貴様ら、遊んでいないで、近くの小部屋から順番に入るのです」
レティちゃんが近くの扉の前に行き、盾を構えて手招きしている。
ここは一本道でもうすぐで行き止まり。
見える範囲には魔物はいない。
でも、扉が三つ見えていて、小部屋の中には魔物がいるかもしれない。
「ここには何があるかな。戦う準備をして、入っちゃおう」
一つ目の小部屋には何もなく、二つ目の小部屋には宝箱があった。
その中にはルーキー・スティックって名前の装備品が入っていて、私がマオちゃんに装備して欲しいと言ったら、
「これを魔王の妾が装備するには、ちと可愛らしすぎはせぬか?」
「可愛さ倍増だな」
うんうん。マオちゃんは可愛いよ。スティックを持つともっと可愛くなると思うよ。
「可愛さが増しても、失われる物はないのです。自信をもって装備するのです」
「威厳とか、いろいろのぅ……」
「威厳なんて、最初からないだろ? 気にすんなって」
結局押し切られてスティックはマオちゃんの装備品となった。
二つ目の小部屋から出て、最後の、三つ目の扉を開けると。
「何かいるのです」
この部屋は結構広く、天井も高い。
魔物が守っている感じがするし、特別な部屋なのかな?
部屋の中央やや奥側で、平らな何かが宙に浮かんでゆらゆらしている。
「あれは、この異次元迷宮のボス、フラットラットじゃ」
「フラットラット? ふざけた名前のボスだな」
紙に描いた絵のように平らなネズミの魔物、フラットラット。
その大きさは私二人分ぐらいの体長で、幅は両手を広げたぐらい。厚みは厚紙ぐらい?
「ボス? 相手をするのはめんどいよね? 無視して帰ろうか」
「もう、レティシアが足を踏み入れておるから、戦うしかないのじゃ」
ボス部屋に入ってしまうと、ボスを倒さないと出られなくなるんだって。
迷惑な仕組みだね。
みんな、意を決してボス部屋に入る。
「いつでも来い、なのです!」
「あやつはそろそろ動き出すのじゃ。心して掛かるのじゃ」
「ニャ?」
マオちゃんは猫を放し、さっき入手したスティックを構える。
あのスティックを装備すると魔力が少し上がる効果があって、魔法がちょっとだけ強力になるんだよ。
あと、ボスを倒さないとこの部屋から出られないのは猫も同じ。マオちゃんはボス戦に専念するために猫を放したんだ。
「パワーアップの旋律、奏でちゃいますよー♪」
ピオちゃんが楽器のような魔道具メロディア・キタラを使い、演奏を始めた。
綺麗な音色が奏でられ、それを聞いていると体の奥底から力がみなぎってくる感じがするよ。
「先手必勝! やあ!」
「私もレイピアでズタズタにしちゃうよ!」
ボス、フラットラットの色が変わり、こちらに向かって動き出した瞬間、ミリアちゃんと私が飛び出し、ハリセンとレイピアで左右から攻撃する。
「お?」
「あれ?」
平らなフラットラットは、まるで紙きれのようにくにゃりと後方に曲がり、ハリセンとレイピアを避けた。
「紙なら燃やしてやるのじゃ。すべてを焼き尽くす魔王の炎、メガ・ファイア!」
ぺらり。
今度は胴体の半分が右に折れ曲がって、火球を避けた。
「迫ってくるのです。ふんっ!」
「は? なんで腰をねじったんだ?」
「尻尾で殴……、なんでもないのです。イージス! 盾の有効範囲を広げたから貴様らは安心して戦うのです」
宙に浮いたまま急速接近するフラットラットに対して、レティちゃんはお尻を向けるように思い切り腰をねじった。
挑発だったのかな? とりあえずその挙動には深い意味はなかったようで、すぐに盾技を発動して押さえにかかった。
「今なのです。貴様ら、やっちまえなのです」
フラットラットは上下二枚にペラリと分離するかのように平らな口を上下に開け、レティちゃんの盾の透明な部分に噛みついた。
「えい!」
「ハリセン、ボンバースマッシュ!」
「今度こそ、メガ・ファイアなのじゃ」
レイピアがフラットラットの腹部と思われる部位を貫き、ハリセンで殴って爆発を起こして穴をあけ、最後に頭ほどの大きさの火球が口の中に飛び込んで向こう側に抜けて行った。
「倒したのです。ボスにしてはあっけなかったのです」
フラットラットは口と穴から黒い煙を漏らしながら地面に落下し、魔石へと変わった。
「まあ、この迷宮は妾たちを招待しているようにも思えたからの。返り討ちにはせんじゃろうて」
「おい、宝箱が出現したぞ」
部屋の奥に宝箱が現れ、ミリアちゃんが早速その前に行って鍵穴を調べる。
「鍵はかかってないぞ。さーて今度は何が入っているかな」
これまで通り、ミリアちゃんが宝箱の解錠とフタ開けを担当している。
ミリアちゃんなら、罠があっても外したり避けたりできる技能があるんだって。
「なんじゃ? 椅子かの?」
「宝箱よりも大きくなったのです」
中身を取り出して近くに置くと、宝箱よりも大きくなった。
これって、普通の四本脚の木の椅子だよね?
「持ち帰って、宿屋に売りつけてやるか? で、座り心地はっと。んー……。普通だなあ」
一番乗りで椅子に座ってみたミリアちゃん。その感想は普通の椅子。
みんなが入れ替わりで次々と座ってみて、同じ感想を持ち、最後に私が座ってみると。
「わわわっ。何かが体を突き抜けたように感じたよ?」
体に何らかの変化を感じる。
なんだろう、この感覚……。
「あっ! 勇者の技が! 勇者の技が使えるようになったよ!」
数年前に、一度だけ無意識に発動できた勇者の技。
それからはどうすれば発動できるのか分からず、使うことはできなかった。
「プリムローズ・ブラスト!」
椅子から立ち、壁に向かって勇者の技を発動してみた。
レイピアの周囲に色とりどりの可憐な花がいくつも現れ、その直後、鋭く尖った闘気が飛んで行った。
この技って、レイピアの先から発射するのが正解だったんだね。
昔はそんな物なんて持ってなかったから、手の平から発射したんだよね。あのときはこんなに尖ってなかったと思う。
「む? エムは勇者なのですか?」
「よく分かんないけど、そうみたい。むかーし、一回だけ勇者の技を使えたことがあって、それでみんなから勇者だって呼ばれてたんだよ」
「うむむ。勇者の奴は、何かにつけてドラゴンの領域を荒らしたがるのです……」
「お主。勇者の使命は魔王を倒すことだと思っておったりはせぬか……、いや、なんでもないのじゃ。ブツブツ……」
レティちゃんとマオちゃんが難しい顔で発した言葉は、途中から声が小さくなってよく聞きとれなかった。
「フーッ」
「いてっ。引っ掻くなよ。このっ、それ! 捕まえたぞ」
いつの間にか、ミリアちゃんが部屋の隅っこに行って猫を捕まえていた。
「あの白い円環に触れると外に出られるのじゃ」
「それじゃあ、外に出よう」
勇者の技が使えるようになったから、これ以上の戦利品なんてないよね。
もう無理はしないで、ここから出ることにした。
フラットラットを倒すことで現れた白い円環。みんな、それに触れて外に出る。