069話 異次元迷宮、愉快迷宮 後編
「よっしゃあ。どんどん進むぞ!」
迷宮の出口を探して奥へと進む。
ここまでに遭遇した魔物の数が少なく、また、ほぼ一撃で倒せているから、迷宮に入ってからはほとんど歩きっぱなし。だからもう、結構進んだと思う。
そろそろ出口が見つからないかな?
「魔物なのです」
真っ直ぐな通路の先。迷宮内で狭くなっているマオちゃんの探索魔法が届かない位置に、魔物が立っている。
「あれって、オークジェネラルじゃない? 強敵だよ」
「レティシアの城で戦った魔物じゃな」
「この間の奴か! いけるか?」
「あれから我らは成長したのです。もう、オークジェネラルごときに後れをとることなどないのです」
豪華な鎧を装備したイノシシ顔の魔物。
二度目の対戦だね。前回は苦労した強敵。あれから私たちはいくつもの戦いを経験して強くなっている。だから、今ならやれる気がするよ!
「ブガアァァ! ガガアァァ!」
こちらに気づいたオークジェネラルは大剣を床に突き立て、大きく口を開けて咆哮した。
四人で隊列を組み、ピオちゃんには防御力アップの曲を奏でてもらいながら前に進む。
「威嚇か。そのままじっとしていろよ。強化したマヒ針の実験台にしてやるぞ」
オークジェネラルはその場に留まったまま何度も威嚇の咆哮をしている。
それでも先に進むにはオークジェネラルを排除しないといけない。
吹き矢の筒を手に、ミリアちゃんが突進する。
どうしてなのか、オークジェネラルは応戦する姿勢すら見せずに威嚇を続けている。
「今回は魔法を撃ってこないのです。これなら楽勝なのです」
もうミリアちゃんはオークジェネラルの魔法の間合いに入っている。それなのに魔法はまだ使ってこない。
「喰らえ!」
走りながらミリアちゃんが吹き矢を飛ばす。
それがオークジェネラルの首元に刺さ……、
「消えたよ!?」
「足元じゃ」
突然オークジェネラルの姿が消え、その足元だった位置に、小さな手の平サイズのリスの魔物がいる。
「あ、逃げたぞ!」
リスの魔物は軽く飛び跳ねると、すぐに迷宮の奥へと逃走して行った。
「オークジェネラルは幻影だったのです」
「あやつの通称は『ハッタリさん』じゃ。つまり、そういうことよのぅ」
リスの魔物が強い魔物に化け、冒険者を脅かす。
そうやって生き永らえてきた魔物なんだろうね。
「この迷宮には変な魔物ばかりいるぞ」
「それは誰かさんが、『面白い物』を望んだからですよ♪」
「えー。ピオちゃん、何か知っているの?」
「内緒です♪」
ピオちゃんは時々何かを隠していることがある。
たぶん、今の私たちに関係のないことだから、教えても意味がないと思っているんだよね。
「誰だよ、そんな物を望んだのはさあ」
「お主じゃろ。遺跡の前で望んでおったのじゃ」
「は? そんなこと言ったか? ……いつも思っていることが自然と口に出たのか?」
ミリアちゃんには、言葉にした自覚はないみたい。
「無駄話はここまでじゃ。次、右に曲がってすぐに魔物が待ち構えておるのじゃ」
「隊列を組んだまま、行くよ!」
今度はマオちゃんの探索魔法で探知できた。つまり、至近距離に魔物がいる。
警戒しながら、四人揃って右へと曲がる。すると、ふっくらとしたクッションの上に、仰向けに寝そべっているタヌキの姿があった。
「貴様、腹を見せて降参しているのですか? 汚い奴なのです」
ワンコだと、腹を見せて寝転んだら降参の意思表示。
この魔物は降参しているのかな?
「通称は『まったりちゃん』じゃ。すなわち、まったりしておるのじゃろう……」
そう言われれば、タヌキの魔物はだらけて幸せそうな顔をしているよ。
「やるか? ハリセンが殴りたいと言っているぞ。かーっ、ツッコミ魂がうずいてたまんね~」
「このまま素通りしよう」
あんなに幸せそうな顔をした魔物を倒しちゃうと、罪悪感でいっぱいになって、夜も眠れなくなっちゃうよ。
タヌキの魔物を刺激しないよう、壁際をゆっくりと通り過ぎる。結局、魔物は私たちには目もくれず、寝そべったままだった。
「張り合いがなくてつまらない魔物ばかりなのです」
「そう落胆するでない。あそこに見える扉、あれはボス部屋の物じゃ。そこでも拍子抜けじゃったら楽できてよいではないか」
分岐点を何回か右へと曲がると、装飾の施された大きな扉が目に入った。あれは異次元迷宮ボスの部屋へと通じる扉。私たちは遂に、出口に辿り着いたんだよ。たたし、ボスを倒さないと外には出られない。
「貴様ら、準備はいいですか? 開けるのです」
扉の前で一度態勢を整え、みんなが武器を構えた状態で、レティちゃんが扉を開ける。
「あれ? ボスがいないのです」
「まじか。ボスを倒さないと出口のゲートが出現しないだろ? どうする?」
「中に入って調べるしかないよ」
扉の向こう側、部屋の中にはボスの姿が見えない。
それでも出口を探すため、隊列を組んだままボス部屋に入る。
「わわっ!」
「びっくりしたのです!」
扉をくぐってすぐ。扉のすぐ右の壁に張りつくようにして、大きな藁人形の魔物が立っていた。部屋の奥ばかりを気にしていた私たちはそれに気づくのが遅れた。
通常なら、ボスに接近するまでは黒っぽい色で静止しているはずなのに、このボスは既に藁の色をしていて、動きだしている。
つまり、私たちはボスとの戦闘開始の距離以内に入っていることになる。
「待ち伏せしてたのか!」
「これもミリアが望んだものなのかのぅ」
ボスのくせに待ち伏せするなんて汚いよね!
しかも、扉をくぐったら即戦闘開始だなんて、初見殺しにもほどがあるよ。
「貴様ら、隊列を整えるのです!」
驚いて乱れていた隊列を、右後方の藁人形に対峙する形に修正する。
「あの板は何? あそこから何か飛び出してくるのかな?」
藁人形のボスは、私二人分ほどの身長。
その頭上には、緑色の長い板が浮かんでいる。
「おそらく、あれは体力バーじゃ。とにかく攻撃を当ててみれば理解できよう」
「マヒ毒の実験台にしてやるぞ!」
藁を切り揃えたように平らになっている腕の先から飛ばして来る藁の矢を転がって避けつつ、ミリアちゃんが吹き矢を吹いた。
「緑色の板が、ほんの少しだけ赤くなったよ」
右端の、本当に微妙な幅だけ赤色に変わった。
「赤い部分が、与えたダメージじゃの。すなわち、すべてを赤色に変えれば、こやつ『バッタリドッキリ』を倒すことができるのじゃ」
またまた変な名前だよ。
全部を赤色に変えればいいんだね?
ピオちゃんには攻撃力アップの曲を奏でてもらい、私も攻撃参加しちゃうよ。
藁人形はその場でくるくる回転し、それから勢いをつけて私たちに急接近。
「プリムローズ・ブラスト!」
藁人形に向けたレイピアの周囲に、色とりどりの可憐な花がいくつも現れ、その直後、レイピアの先端から鋭く尖った闘気が飛んで行った。
「藁ならよく燃えるであろう。すべてを焼き尽くす魔王の炎、メガ・ファイア!」
マオちゃんの発動した火球が、私の飛ばした闘気玉のすぐ後を追うように藁人形に直撃。藁人形の回転が止まった。
それで接近戦を挑めるようになったミリアちゃんがハリセンを大きく振りかぶり、「フレイムスマッシュ!」と燃える殴打を浴びせた。
「貴様らの攻撃は、全然効いていないのです」
「あちゃー。こりゃひでえなあ。マヒも全然効いてないぞ。やっぱ生物系の魔物にしかマヒは効かないのか?」
体力バーは、拳半分ぐらいの幅だけが赤くなった。全部を赤色にするには今と同じ攻撃を三十回以上当てないとダメっぽい。
「あれじゃ。あれを使うのじゃ」
ボス部屋の奥を見ると、太い柱が立っていて、その手前には大きな、とても重そうな鉄の槍が落ちている。
「あの槍で刺せばいいの?」
「槍っつーか、でっかい釘だよな、あれは」
「魔物を突き刺してくれと言わんばかりに柱が立っておるしの」
「貴様ら、我が柱まで誘導しますから、とっととやるのです!」
レティちゃんが藁人形の標的を固定し、部屋の奥へと誘導を始めた。
奥に落ちているのは、ちょうど藁人形を突き刺すにはいい感じの大きさの鉄の槍。都合がよすぎる気がしないでもない。
「って、重っ! 三人で持つぞ」
鉄の槍を一人で持ち上げようとしたミリアちゃん。あまりの重さに途中で断念した。
「うん。いくよ、せーの!」
「なるほど。これは重いのじゃ」
「いいから早く突き刺すのです!」
三人で気合を入れて鉄の槍を持ち上げ、重さでよろよろしながらも、レティちゃんが藁人形を誘導した柱の近くに歩いて行く。
「今だ、ぶっ刺すぞ! おりゃーっ!」
勢いをつけ、藁人形の胸目指して鉄の槍を突き刺す。
「おおう。思いのほか深く刺さったのじゃ」
鉄の槍は藁人形を貫通し、柱にまで至った。
両手両足をバタバタさせて苦しむ藁人形。
「体力バーの半分が赤色になったよ!」
「いやっほう! 効果アリだな」
「これをもう一回やれば勝てそうじゃの」
「油断するな、なのです!」
突然、藁人形の目が紫色になり、その体全体が紫色の炎のような物に覆われた。
「何か飛ばしたぞ!?」
「うっ、ぐはぁ……」
藁人形の平らな頭頂部から何かが弾けて飛び上がり、レティちゃんの頭上に急降下。それを盾で防ごうとしたレティちゃんを、紫色の炎が包み込んだ。
歪んだレティちゃんの顔はとても苦しそう。
「ど、どうしよう?」
燃えているわけではなく、体が動かず、さらに息ができないような苦しみ方。
必死に動かそうとしているのか、体全体が小刻みに震えている。
助けてあげたい。でも、どうすればいいのか分からない。
あの炎の中から引っ張り出す? とても引っ張り出せるようには見えない。レティちゃん自身が炎になっている感じなんだよ。
「呪いじゃの。いや、呪い返しといったところかの」
「御託はどーでもいいからさ、対処法を教えろよ。レティが危ないだろ」
「うーむ……。妾は呪術師ではないからのぅ。対処法は知らぬ」
「そんな……」
対処法がないなんて、レティちゃんは、レティちゃんはどうなっちゃうの?
「呪いですか? 呪いですよね? 私がどどーんと解呪しちゃいますよ?」
演奏の手を止めたピオちゃん。楽器の魔道具をしまい、スティックに持ち替えた。
レティちゃんの前まで飛んで行き、スティックを振ると、
「マブシク・ニッコーリ♪」
「お! 炎が消えていくぞ」
紫色の炎の色がだんだんと薄くなっていき、やがて消えてなくなった。
レティちゃんは苦しみから完全に解放されたようで、大きく深呼吸をする。
「マオリー! こうなると知っていて刺したのですか!」
怖っ! レティちゃん怒っているよ。
「呪術師の呪法として、その存在を知っておったまでじゃ。そう目頭を上げるでない。その殺気、常人に向けておれば、死んでおるやもしれぬぞ」
「おい、仲間割れはそこまでだ。藁人形が動き出したぞ!」
胸に刺さった鉄の槍を両手で抜き去り、藁人形が動きだした。
その平らな腕の先から数本の藁が伸び、それぞれがムチとなって襲い掛かる。
「わわっ」
「うほっ。危な!」
「気をつけるのじゃ。空間に裂け目ができておるのじゃ」
私を、そしてミリアちゃんを掠め、ムチの通った先には、何か裂け目のようなものができている。
「気をつけろと言われても、右も左も裂け目だらけなのです」
レティちゃんが盾でムチを弾いたその直後。
「ちょ、お、押すな、押すなよ」
「後ろも裂けてるよ!?」
藁人形がレティちゃんの盾に思い切り体当たりし、左右に避けることのできない私たち四人を後ろへと突き飛ばした。
「「「「うわーっ!」」」」
私たち四人は後方の空間の裂け目へと落ちて行った……。




