067話 ゲミューゼ村
クラハイト修道院の問題を解決した私たちは、北上を再開した。
クロワセル杯で一喜一憂していた隣国と比べることが正しいことかどうかは分からないけれど、ベーグ帝国内は、良くも悪くも、穏やかな町ばかり。たまたま、そういう場所ばかり通っているのかな?
「なんじゃ、この辺りの畑は。作物が枯れておるぞ?」
「作物を枯らしちゃうなんて、とんでもないです♪」
これはトマトなのかな?
時期が過ぎて枯れたって感じではなくて、育ってる途中に枯れたように見える。
近くに行くと、茎の上部の葉から黄色く枯れて下のほうに広がっていることが分かる。
「隣の畑は枯れ方が異なっているのです」
すぐ隣の畑の作物では、下のほうの葉の枯れ方が酷く、上のほうにはまだ緑の葉がチラホラ残っている。この作物は毛の生えた茎やつるの感じから、キュウリかもしれない。
どちらの畑も、一面いっぱいに同じ作物を植えてあって、すべてが枯れている。何が起きたんだろう?
「ああ、旅の方。恥ずかしいから見ないでクレ。長年農家をやっていて、こんなに枯らしたのは初めてダ」
畑の中で仕事をしていたおじさんが、草刈り鎌を手に近づいてきた。
麦わら帽子で首に白いタオルをかける姿は、いかにも農夫さんって感じ。
「日照りか何かがあったの?」
植物って、水が足りないと枯れちゃうからね。
「うんにゃ。近くの川はいつも水をダくさん湛えておるダ。オラたちゃあ毎朝毎晩、かかさず水撒きしとった。日照りではないサぁ」
「昔のことをいくつか尋ねてもよいかの?」
「ああ、オラの若い頃の話け。女のゴにぃ、そらあモテモテでぇ、いやぁ、こっぱずかしがネェ」
頬を染めたおじさん。そんな話は期待してないから!
「そこまで昔のことではなくての。妾が知りたいのは、去年、この畑には何を植えておったのか、じゃ」
「ここにがぁ? ここいらはぁ、去年も全部ズーストマトやぁ。一昨年にぃ、商人さんが来てぇ、高う買い取ってくれるちゅう話になったがやでな」
マオちゃんはこれでも物足りなかったようでさらに詳しく尋ねると、ここは野菜栽培で生計を立てているゲミューゼ村。
一昨年に野菜を高値で買い取りしてくれる商人が現れ、それまで独自販売だった村人たちがこぞって商談を成立させた。
商談では、この村特産で遅植えのズーストマトとハルトキュウリをとくに高く買い取ってくれたこともあり、去年は、全村人がズーストマトとハルトキュウリだけを栽培した。
それもやはり高値で買い取ってくれたことから、今年も畑全面をズーストマトとハルトキュウリとした。
「その結果、枯れたのじゃな」
「そうダぁ。手塩にかけて育てたんになぁ。んで、オラたちゃあ、何も売ることができず、収入がゼロながやで。食いもんを買うことすらできねえダ」
当てにしていた野菜が一切売れなくて、この村の人たちは、食料品を買うことすらできずにひもじい思いをしているんだって。
「話を聞いて、ほぼ原因が判明したのじゃ。エムや、どうするかの? このままこの村の手伝いをするかの?」
「エムは困っている人を見過ごすことはしないのです。しないのです!」
「う、うん。なんとかしてあげられるなら、してあげるよ……」
レティちゃんの凄い剣幕に気後れしつつも、一つの対策を思いついた。
「村人のみんなのお腹がすいているのなら、マオちゃんのジャガイモを分けてあげればいいよ」
クロワセル王国でたくさん購入していたからね。ここで分けてあげても、またどこかの町で買えば済むことだよ。
「エ、エムや。妾の大切な土産物を提供しろと申すのか……」
「つべこべ言わずに、出しやがれ、なのです」
「それを全部、畑に植えましょう♪」
ピオちゃんが耳元でささやいた。
私にしか聞こえていないので、みんなに聞こえるように復唱すると、
「ジャガイモけ? 植えるも何も、まずは枯れタぁトマトぉ、片付けにゃあ、隙間がないさぁ」
「ぜーんぶ片付けてください♪」
「ちょっとの隙間を作るだけじゃなくって、枯れたの全部、片付けて」
本日の復唱二回目。私はピオちゃんの伝言係だね。
「そないせんといけんのケ。そらぁオラだけじゃあ無理や。しゃあない。みんなさ、呼んで来るケ。ジャガイモ食えるっちゃあ、みんな喜んで働くベ」
「ちょっと待つのじゃ。せっかく畑に手を入れるのならの、村人全員に話をしてからにするのじゃ。妾の大切な土産物を取り上げるからには、それ相応の働きをしてもらわねば気が済まぬからの」
「んなら、村サ、行くベ」
おじさんについて、集落まで歩いて行った。
家の数は八軒で、おじさんが全戸を回り、村人を呼んだ。
それぞれの家から出てくるおじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃんは、みんな痩せていて、フラフラしている人もいる。よっぽどお腹がすいているみたい。
「ピオちゃん。植えずにそのままあげちゃうほうがよくない?」
植えたら、収穫までに数か月かかっちゃうよ。
そんなに待ってたら、村人のみんなは空腹で倒れてしまう。
「大丈夫ですよ。植えればすぐに育ちますから♪」
私たちの前に、村人が全員集まった。
「畑に植えるくらいなら、今すぐ食わせてくれろ」
「んだんだ」
「腹減って、クラクラや」
これからジャガイモを植えると説明をしてあるようで、予想通り村人から不満の声が上がる。
「えっとね。みんなで植えたあと、私が魔法を唱えるとすぐに育って、たくさん増えるから、そうなったらみんなで掘り起こしてね」
「んな便利な魔法、あるがケ?」
「エムは勇者なのです。勇者は困っている人を助けるためなら、怪しい魔法でも何でも使うのです」
ちょ、それってどんな勇者なのよ?
野菜に怪しい魔法をかけるって、みんな不安になっちゃうよ。
ここでようやく、マオちゃんが一歩前に出て説明を始めた。
「畑仕事に携わる者、全員が揃っておるのじゃな。では、作物が枯れた原因と、これからお主らがどうすればよいのかを説明するのじゃ――」
マオちゃんの説明では、作物が枯れていた原因は、同じ野菜を同じ場所で連続して栽培したこと。
同じ場所で同じ野菜を連続して栽培すると、畑の養分が足りなくなるんだって。さらにその野菜特有の害虫も発生しやすくなるんだとか。
「それで、お主らには、枯れた作物を引き抜いて耕したあと、妾が指定する肥料を撒いてもらうのじゃ。これによって気休め程度には改善するのじゃが、栄養不足はすぐには治らぬでな。気長に待つことじゃの。つまり、来年も今と同じ場所で同じ野菜を育てることは無理だと覚えておくことじゃ」
ただし、キュウリとトマトの植える畑を互いに入れ替えれば、不足する養分が異なるから、うまく育つ可能性があるんだって。あくまでも可能性の話で。
で、肥料は、この村で飼育しているニワトリの糞と卵の殻、それと、腐りかけの落ち葉。
鶏の糞は古い物がいいらしく、空腹でほとんど掃除できていない飼育小屋から調達することになった。
卵の殻は各家に残っている物を使う。火であぶってから細かく砕いて肥料とする。次回以降のため、今後は各家で卵の殻を保管しておくようにとのこと。
腐りかけの落ち葉は、とりあえず私たちが近くの森で拾ってくる。魔物がいるかもしれないからね。
「理解できたかの? 養分不足には養分補給が肝要なのじゃ。ただし撒いた物が養分に変わるまでには長い時間がかかる。そういうことなのじゃ。では、それぞれ作業に取り掛かるのじゃ」
荷車とスコップを借り、近くの森へ。
いつも魔物狩りをするときは落ち葉なんて気にしていないから、改めて観察すると、湿っていて……、ゾクッ。虫が何匹もいるよ!?
スコップで掘り起こすと、葉の下にはいろいろな虫やミミズがいっぱいいた。
「虫など気にせず積み込むのじゃ。ま、虫はおらぬほうがよいのじゃろうが、除去する時間がないからの。ミミズは重要じゃぞ。こやつはおるほうがいいのじゃ」
マオちゃんって、畑仕事についてやたら詳しいよね。ジンジャー村で畑仕事をしていたんだっけ?
でもさ、ジンジャー村は盗賊団に焼き討ちされたんだよね。そんな暗い過去のことを思い出させてしまうから、口には出さない。
「めんどくさいのです」
レティちゃんは大きな盾をスコップ代わりにして落ち葉を荷車に載せている。
私は、途中でスコップをマオちゃんに渡して休憩。いい汗をかいたよ。
荷車に落ち葉を満載したら、畑へと向かう。
「おおぅ、やっておるのぅ。耕し終えた場所に溝を掘り、みんなで手分けして肥料を撒くのじゃ。作業はキュウリを植えてあった畑を優先するのじゃぞ」
畑では、作物を支える棚の分解が完了し、枯れた作物の抜き取り作業にかかっていて、抜いた場所から順にクワで耕している。
別の荷車に載せてある肥料を見ると。
「あれ? 鶏の糞と卵の殻って、凄く少ないよね?」
「急に準備したゆえに仕方がないのじゃ。今後は溜めてもらうしかないのぅ」
少しでも肥料の足しになるよう、今引き抜いた作物も、クワや鎌で砕いて畑に撒く。うーん。撒くと言うより、埋める、だね。
みんなで役割分担し、うねを作る者、うねに溝を掘る者、肥料を撒く者、埋める者。
肥料はバケツに入れて運び、シャベルで溝に撒いている。
「マオリー。どうしてキュウリの畑を優先したのですか?」
「妾たちがこれから植えるのはジャガイモじゃ。ジャガイモはトマトと同じ種類につき、トマトと同じ場所に植えると、同じように枯れてしまうのじゃ」
「栄養不足ってやつだね!」
「正確には養分不足じゃがの……」
「マブシク・シットーリ♪」
「わわっ!」
肥料を埋めたうねが出来上がると、ピオちゃんが魔法を唱え、私は踊って誤魔化す。
どうやら埋めた肥料を、植物が吸収できる状態にしたらしい。
通常なら、肥料は長い時間をかけて分解されていくんだって。それを魔法で瞬時に実現したとのこと。
「では、大事に植えるのじゃぞ」
マオちゃんが名残惜しそうに魔法収納からジャガイモを取り出した。
村人の顔には「食べたい」と書いてある。けど、そこは我慢してもらって、今は畑に植える。植えたらすぐに水を撒く。
ジャガイモはあるだけ全部植えちゃったよ?
畑の広さから考えると、ジャガイモの数は全然足りない。そんなことは織り込み済みで、
「ニョキニョキニョッキリ・マブシク・ニッコーリ♪」
ピオちゃんの魔法に合わせて私が踊る。
すると。
「おお! イモが芽を出すたべ!」
「ひゃー。どんどん伸びるがぁ」
「はえぇ。もう花がついたダよ!」
「完成です♪」
花が咲く直前あたりが収穫の頃合い、とマオちゃんが言っていた。
「貴様ら、勇者のエムと我に感謝して収穫するので……、ばふぉっ」
レティちゃんをどついて横にどかし、村人たちは競うように育った茎を引き抜き、さらに手で穴を掘ってジャガイモを収穫する。
一個の種イモが、五個から八個ぐらいのイモに増えている。
「く、食うぞ、食うぞ!」
「待て、待つのじゃ! これをもう一度植えればさらに五倍になるのじゃ。どうじゃ、たらふく食いたいのじゃろ? また植えるといいのじゃ」
「た、たらふく?」
「「「「ははーっ!」」」」
耕した畑は広い。私たちはそのほんの一部しか使っていない。
村人たちは、新しいうねに一斉にジャガイモを植え始めた。
さっき収穫したのと同じうねに植えなかったのは、ちゃんとマオちゃんの説明を聞いていた証だね。
「ニョキニョキニョッキリ・マブシク・ニッコーリ♪」
どこかで聞いたような魔法で、ジャガイモはすくすく育つ。
これを全部収穫したところで、村人たちは待ちきれなくなり、集落で食事タイムとすることになった。
「へぇー。こうして料理するのかあ」
「うむ。塩さえあれば、おいしくいただけるからの」
持ち歩いているキャンプセットで火を起こし、鍋でジャガイモを煮る。
村人のみんなも、各家庭に持ち帰って同じように煮ているようで、家々からはジャガイモの香りのする水蒸気が漏れだした。
「はふっ。はふいっ」
「冷めるまで待たぬからじゃ」
だって、あまりにもおいしそうな香りがするんだもん。
私と同じように「はふっ、はふっ」って声が近所からも聞こえてくる。
「うん、うめーな!」
「塩しか使っていないのですが、奇跡のおいしさなのです」
「贅沢せずとも、うまいものはある。そういうことじゃ」
私たちもジャガイモをいただき、お腹が膨れたところで、村人たちがチラホラと家から出てきた。
「勇者様、感謝しますダ! 食べるのに夢中で、言うのを忘れていたダ」
「ほんに、まともに飯食ったの、何日ぶりかもわからんかったからの。うまくてうまくて止まらんで、口の中、やけどしまくりやで」
「今日は一生で一番幸せな日だったガやちゃ」
「そら、オラと結婚した日よりも幸せやっちゅうガか!」
「あんたぁ、とっくに賞味期限すぎとるけ」
「「「あはははは」」」
村人のみんなに笑顔が戻った。
これから収穫したジャガイモの半分を、再び植えることになる。それは村人に任せても大丈夫だとマオちゃんは判断した。
うん。この村人たちならきっとできるよ。
私たちは、幸せそうな村人のみんなに惜しまれつつも別れを告げ、北へと向かった。




