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066話 クラハイト修道院 後編

「ただいまー。今から作業を始めるよ」


「まあ! もう改築を始めるのですか?」


 礼拝堂の中ではコローナちゃんが演奏をしていて、院長とシスターが礼拝用の長椅子に座り、流れるような調べに聞き入っていた。

 レティちゃんはシスターの後ろの椅子に座ってだらりとしている。その姿からは演奏に興味がないことが一目瞭然。


「うん。魔法でやっちゃうからすぐに終わるよ。ただ、使うのは秘密の魔法なんだ。作業の間、礼拝堂から出ててもらえるかな?」


「コローナの演奏が終わるまでは待つのじゃ。慌てる必要はないからの」


 コローナちゃんの演奏が終わるまで待ち、それから院長、シスター、コローナちゃん、レティちゃんには奥の部屋に移動してもらう。


「我は除け者なのですか……」


 人質のレティちゃんには、院長と行動をともにしてもらう。


「さて、やるか」


「始めましょう♪」


 改築作業が始まった。

 最初はオルガンの周辺から。

 ピオちゃんの指示でオルガンの左右、それと上にブカッシーの枝を壁に立て掛けるようにして置く。


「ヒロガーレ、カベニナーレ♪」


「おおぅ。枝が壁になっていくのじゃ……」


 ブカッシーの枝は、オルガン周辺の壁に完全に被さるように広がった。

 新しい壁はただ平らなだけではなく、オルガンを中心としてほんの少しだけ左右に湾曲している。

 そして、ピオちゃんがスティックでコンと壁を叩くと、色を塗ってもいないのに、濃い茶色に変化した。


「長持ちするよう、手を加えました♪ 設置も万全です♪」


 今日のピオちゃんは改築現場の棟梁さん。なんでもお任せだよ。


「次はコルラックの枝ですよ。皆さん、配置してください♪」


 オルガン周りは完了のようで、これから礼拝堂の壁全体に手を加える。

 事前の打ち合わせ通り、三歩ごとに一本、壁にコルラックの枝を立て掛けて行く。


「ヒロガーレ、カベニナーレ♪」


 私たちを追いかけるように、ピオちゃんの魔法が何度も響く。

 コルラックの枝が変化した新しい壁は白く、元の壁に完全に被さる形になっていて、高い位置にあるステンドグラスの邪魔はしていない。


「作業は大詰め。皆さん、心の準備はできていますか? そーれ、妖精変化♪」


 妖精の姿になった私たちは、みんなでコルラックの枝を抱えて高く舞い上がる。そして天井に押し付けてピオちゃんの魔法を待つ。


「ヒロガーレ、カベニナーレ♪」


「天井まで変えちゃうんだね」


「ピオピオのこだわりは、妾には理解できぬ……」


「新しい白い壁はさ、表面が結構ボコボコしているだろ? こんなのでいいのか?」


「これがいいのです♪」


 何度も枝を持って飛び、天井全体を新しくすることで、作業は完了となった。

 人間の姿に戻った私たちは院長を呼びに行く。


「まあ、もう改築が完了したのですか!」


 オルガン周りの壁はピカピカに輝いていて、それは改築後のものだと一目で理解できる。

 さらに、新しい白い壁は小さな凹凸が無数にあって平らではないから、遠くから見ると陰影がついて見える。以前の壁とはやはり、違って見える。

 院長への事前確認では、礼拝堂の成り立ちを考えると、壁に凹凸があっても問題にはならないらしい。


「コローナちゃん、試しに演奏してみて!」


 みんな礼拝堂の奥へと行く。コローナちゃんはオルガンの前へ。私たちは礼拝用の長椅子に座る。


 ♪~。


 コローナちゃんの演奏が始まった。

 以前とどう変わったのかと問われると、コローナちゃんの演奏が凄すぎて私には違いが分からない。それくらいショッキングな演奏。


「おぉ、素晴らしい響き、そして乱れることなく消えて行く心地よい音……」


「院長、これは奇跡の響きです……」


 院長とシスターは手を組み合わせて祈るようにして演奏に聞き入っている。レティちゃんはやっぱり上の空。ミリアちゃんもだね!


「音のぶつかり合いが消え、すっきり清らかな感じになりました」


 演奏を終えたコローナちゃんが立ち上がり、こちらに向き直ってから礼拝堂内を見渡してしみじみと声にした。


「ここがまるで完成された演奏場のようでした。音の響きが大きく変わりましたね」


 院長とシスターも長椅子から立ち、コローナちゃんの隣に並んで同じように見渡している。

 そんなに変わったの?

 私の肩の上にいるピオちゃんの顔はニッコニコ。出来に満足しているよう。


「それではシスター。修道女の皆さんに、書写の手を止め、ここに集まるよう伝えてください」


 院長の指示でシスターが通路へと向かい、姿が見えなくなってすぐに、また戻って来た。その後ろには五人の修道女がいる。


「修道女のみなさん。紹介します。こちらが新しい楽士様になります」


「コローナと申します。楽士として勤めるのは初めてになるのですが、どうかよろしくお願いします」


 修道女のみんなが喜びに満ちた顔で拍手を送っている。それだけ待っていたんだね。

 改築着手の条件では、レティちゃんを楽士として登用しない約束だったから、その紹介は省かれた。


「こちらは、この礼拝堂の改築に携わっていただいた、使徒様がたです」


 ちょ、使徒様って何? 私たちは魔王を倒す旅の途中の魔法建築士の集まりってことにしておいたのに、どうしてそうなったの……。

 ピオちゃんの声? それとも、素晴らしい演奏場効果?

 たった一日で、礼拝堂を素晴らしい演奏場に変えることができる人なんていないからねー。クリム神様の使いの者だって思われても仕方がないのかな?

 以前もどこかで同じように呼ばれたことがあったような……。

 そして、使徒様を拉致したシスター。

 もしも語り継がれるようになっちゃったら、シスターは悪役になるのかな? それとも運命の出逢いに?


「コローナ様、修道女のみなさん。この出会いに感謝して、賛美歌タの18番を合唱しましょう」


 シスターがコローナちゃんに楽譜を渡す。どうやら教会などでは一般的な曲のよう。

 コローナちゃんは、ざっと楽譜に目を通し、手と足で音の律動をなんとなく再現すると、シスターに目を向けた。

 シスターがうなずき、手を上げる。

 修道女のみんなの間では、いつでも合唱を開始できるように緊張が走っている。


 ♪~。


 シスターの手が振り下ろされると合唱が始まった。

 コローナちゃんが凄いのは分かっていた。

 修道女のみんなも、とっても上手。

 この曲は、オルガンの音よりも修道女の歌声が主となるようにできているみたい。

 聞き惚れちゃうよ。

 ここは雲海の上。優しく日の光が降り注ぎ……。


「心に響く歌声じゃったの」


「いつもより、歌声が澄んでいるように聞こえました」


 それほど長くない曲は、私をすぐに現実へと戻した。

 やはり院長には音の響きの違いが分かるようで、これなら作戦通り、領主様を説得できる期待大だよ。


「うまくいきそうだから、領主様を呼んじゃおう!」


「はい。それはとても楽しみな催しとなることでしょう。私たちの練習の期間も必要ですから、五日から十日後の、領主様の都合の良い日に開催いたしましょう」


「使徒様がたも、ぜひご一緒しましょう。その方向で、領主様にお手紙を差し上げます」


 ご一緒? シスターは何を言いたいのかな?

 ああ、領主様が納得しなかったら、改築をやり直すか元に戻すかだもんね。だから当日まで留まって観客として参加しろってことだね?


「まあ! 使徒様がたの歌声も聴くことができるなんて、とても素晴らしい日になりそうです」


 院長、院長。どうして私たちが歌うことに?

 シスターは異論を唱えず、領主様への手紙を書くために奥へと行ってしまった。


「使徒様、よろしくお願いします」


 修道女のみんなに、がっちり両手で握手される私たち。

 もう逃げられない。


「なーぜーにー。我が歌わないといけないのですかー」


「お主、オルガンを弾けなんだじゃろ? それなら歌うしかなかろうて」


 ピオちゃんの魔法が切れたら、サッパリ弾けなくなったもんね。きっと小さい頃のピアノの先生が見たらびっくりするよ。


「習ったことと弾けることは、別次元の話なのです……。あれは、いかにサボるかを考えるレッスンだったのです」


 私たちは、修道院に寝泊まりして、歌の練習をすることになった。

 あのあとすぐにシスターが領主様に手紙を持参し、六日後に合唱披露会が開かれることに決まった。


 毎日毎朝毎晩、修道女のみんなと一緒に賛美歌の練習をする。

 ステージ衣装の位置づけで、私たちに修道服が貸与され、修道女に変身しての練習。修道女のみんなは、使徒様に修道服は申し訳ないとか言いながらも、楽しそうにレティちゃんを着替えさせていた。レティちゃんはここでも女の子に人気。


「ほら、ちゃんと歌詞を見て覚えないと、間に合わなくなるよ」


 冊子になっている歌詞集。使い古されていて、端のほうがボロボロになっている。私たちは二曲だけの参加になる。その二曲を覚え、歌えるようにならないといけない。

 練習の日が続き、遂に領主様を招待する日になった。


「緊張するねー」


「妾の美声で、領主を魅了してやるのじゃ」


「自信がないのです……」


「まあどのみち、領主様は楽士目当てで来るんだろ? 私たちの歌が上手かろうと下手だろうと、気にしないんじゃないか? テキトーにやろうぜ、テキトーに」


 朝から修道女のみんなは庭の手入れや礼拝堂の掃除を入念にしている。

 そして領主様が来る時間に近づくと、礼拝堂の入り口前に並んで領主様の到着を待つ。


「あの馬車ですね。領主様がお見えになられました」


 院長は領主様の馬車を見分けることができるようで、皆に到着を伝えた。

 もっとも、この場所にわざわざ来る人なんて限られているから、それで判断したのかもしれないね。

 馬車がみんなの前で停止した。

 御者が扉を開けると、中からヒゲのカールしたおじさんが降りた。

 襟元がフリルになっている服を着ていて、これは領主様以外にありえない。


「これはこれは、ランプレヒト様。クラハイト修道院へようこそおいでくださいました」


「うむ。新しく雇った楽士による合唱披露会。楽しみにしておるぞ」


 院長の案内で領主様が礼拝堂に入ると、その後から修道女のみんなとコローナちゃんが入り、左右に分かれて祭壇スペースへと向かう。

 祭壇スペースには踏み台が置いてあり、私たち四人は前、修道女のみんなは後ろの配置についた。

 コローナちゃんがオルガンの前に座ると、院長の案内で、領主様が礼拝用の長椅子に座る。そこはクッションが置いてある特等席。


「ここには滅多に来ないのだが、少し変わったか?」


「はい。クリム神様のお声に従い、礼拝堂を少々改築いたしました。本日はそのお披露目会でもあります」


 指揮者のシスターがコローナちゃんの隣まで移動すると、領主様に向かって一礼。


「本日は、クラハイト修道院の合唱披露会へようこそおいで下さいました。ぜひ、最後までお楽しみください」


 それからコローナちゃんに向き直り、合図を送る。

 今日のシスターは指揮者ではなく、ただの現場監督。曲のテンポや曲間の時間のとり方は、すべてコローナちゃんが決める。

 前奏が始まった!

 息を吸って歌い出しを待つ。


 ♪~。


 コローナちゃんの音色に乗せて、私の、私たちの歌声が響く。

 歌声どうしが重なり合い、喉に、頭に、胸に、心地よい響きが伝わる。

 なんて気持ちいいんだろう……。

 目の前は礼拝堂ではなく、どこかの素敵な空間。

 光の泡に包まれ、花が咲き乱れ、青空に小鳥が舞っている。

 これは小鳥のさえずり? それとも、風のささやき?

 耳で、体で音を感じ、そしてそれを歌声に乗せて響き渡らせる。


 パチパチパチ!


 拍手の音で我に返る。

 心地よい時間は既に終わっていて、領主様が立ち上がって拍手をしていた。


「うおぉぉ。ワシは、ワシは感動した! このような素晴らしい合唱、生まれてこのかた、聴いたことがない! 本当に感動した!」


 領主様、涙を流して感動しているよ。そして領主様が座るのを合図に、次の曲が始まった。

 二曲目を歌いきり、領主様の拍手のもと、私たち偽使徒様ズは礼拝用の長椅子へと移動する。ここで、残りの二曲を聴くことになる。


 やがてすべての曲が終わると、感動に打ちひしがれた状態の領主様は、涙を流しながら、「このような素晴らしい演奏のできる楽士、もちろん、ワシはここの給金の十倍で雇う!」と叫んだ。


「ランプレヒト様。楽士コローナ様は、クリム神様がクラハイト修道院に勤めるよう運命づけられた方です。この礼拝堂を見てください。コローナ様に見合うよう、クリム神様が使徒様を介して設計・施工なされたのです」


「クリム神様? 使徒様? そ、それは真のことか?」


「はい。ご覧いただいた通り、そしてご清聴いただきました通り、当礼拝堂は、コローナ様に最適な空間となっております。このようなことが、我々の手だけで、どうしてできましょうか?」


 ビクっとした領主様に追い打ちをかけるよう、院長は極めて冷静にゆっくりと領主様の目を見て話した。


「そ、それは……。うむ、そうか……。ワシはクリム神様のお怒りを買うことはしない。ここは神に守られし修道院。長年、その祈りが南西の山に棲むドラゴンを寄せ付けぬようにしてきた」


 南西の山のドラゴンって、たぶん、慧変魔物による幻影のことだよ。

 祈りが届いて襲ってこないのではなくて、幻影だからだよ。

 事情を知らない人には本物にしか見えない、精巧な幻影だった。


「奇跡の修道院が、さらなる奇跡を起こした。つまり……」


「つまり?」


「クリム神様によってここに導かれた新しい楽士は、この礼拝堂専属だ。ゆえに引き抜きはしない。今後は、ワシの楽士隊もこの素晴らしい礼拝堂で演奏させるのだ。このような完成された演奏場は、世の中に二つとあるまい」


「その節は、いつでもお越しください。ともに、クリム神様に身を、心を捧げましょう」


 引き抜きはしない方向で話はまとまった。任務完了だね!

 コローナちゃんは高給を目的としていなくて、この修道院があこがれの場所だって言ってたから、これでよかったんだよね?

 ちなみに、コローナちゃんのお兄さんが、領主様に雇われているらしい。コローナちゃんの演奏が上手なのは、実家が楽士様の家系だから。

 院長はコローナちゃんの将来までは縛らない。自ら進んで他を目指すのなら、それはクリム神様の御心に基づくものだから、止めることはしないって話していたよ。


「合唱披露会の演目はすべて終了しました。本日はクラハイト修道院にお越しいただき、ありがとうございました」


 合唱披露会は、全曲を終えたのでお開きだよ。

 シスターが締めの言葉を述べて正式に閉会となった。


「今日は実によい催しだった。ワシは大満足だ」


 とても素晴らしい歌声、演奏。私も感動しちゃったよ。

 そして、修道院の悩みも無事解決できて、レティちゃんも大喜び……、あれ? 複雑な顔をしているよ? 留守番ばかりだったからかな。

 領主様は帰り際に寄付金を増額するって言ってたよ。

 これでコローナちゃんのお給金が上がりそうだね!

 よかったよかった。

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