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064話 撤退してもらうよ

 アーデルハイトさんの取り次ぎで、私たちはアイン砦の中に入ることができた。

 アーデルハイトさんだけが先に進み、私たちは一階の入り口扉近くで少々待つことに。


「シュテファン閣下がお呼びだ。こちらへ」


 案内役の兵士が来て、さらに左右を他の兵士に囲われる形で階段を上ることに。

 三階ぐらいの高さまで上り、廊下に出て奥へと進む。中二階だか中三階だかいろいろ構造が複雑で、実際ここが何階なのかは分からない。


「どうして私まで……」


「一緒に歩くの、久しぶりだね」


 アーデルハイトさんの命令で、ミリアちゃんも同行している。

 果物ズはここにはいなくて、荷馬車の所で休憩中。


「入りたまえ」


 案内だか見張りだかの兵士が大きな扉をノックすると、先に話をしに行っていたアーデルハイトさんの声が入室を許可した。


「こちらが第三師団、師団長のシュテファン大将軍閣下だ。私のほうから用件の説明はしてある。君たちは証拠の絵を見せてくれ」


 肩に鳥の羽のついた黒っぽい鎧に、縁がモコモコになっている赤いマント。

 執務机に座る、いかにも偉そうなおじさんが、シュテファン大将軍。

 大将軍様って将軍様の上位職のようだね。クロワセル王国だと上将軍様ってのがいたから、いろいろあるんだね。


「えっと、これがルナちゃんが戦争を止めるために、女王様に即位するときの絵」


 大将軍様の前に、動く絵を映し出す。


『今、ここで最優秀選手としての願いを奏上します。私ルナを、お母様の代わりに、女王に即位させてください』


『ふふふ、わーはっはっは……。女王に即位し、女王の命令で戦争を止めようというのか。実に滑稽だ。先日話した通り、そもそもベーグ帝国がこちらに侵攻する準備をしているのだ。そうならぬよう、余は先手を打ったまで。ここで軍を引き返しては、ベーグ帝国の思う壺になる』


『それは私の外交手腕と、隙のない国境警備で止めて見せます。クロワセル王国は戦争などしません。恒久的に平和で幸せな国となるのです』


 次はえっと……、


『改めまして、僕はカレア王国第二王子、マイルド・カレアです。今後ともよろしくお願いいたします。いずれはリディアーヌ女王陛下のことをお義母様とお呼びする日が来るかと存じます』


『ぅふふ。その方が『お義母様』と呼ぶようになるのは、今すぐだ』


『今すぐ!?』


『現在、クロワセル王国はベーグ帝国といつ戦争になってもおかしくない状態にあります』


『そのような状態だとは露とも存じておりませんでした。では、僕にできること、カレア王国への援軍要請を、大至急……』


『それには及びません。あなたが私と結婚することで、戦争を止めることができるのです……。私は女王としての権限を使い、国境付近に展開するクロワセル王国軍を撤退させます。まだ戦端は開いていませんから、兵さえ退けば、両軍がぶつかり合うことはなくなるのです』


『ふふふ。余が条件を提示したのだ。ルナとマイルド王子殿下が結婚すれば、ルナを女王に即位させると』


『なるほど、承知しました。それが貴国における平和への最善策なのでしたら、僕は従います』


『おーほほほ。婚姻の儀はこちらで用意し後日執り行うこととするが、そなたには、今この場で結婚成立宣言をしてもらおう。今は宣言だけでよいぞ。ルナへの誓いの言葉は婚姻の儀で聞かせてもらう』


『今すぐ即位しないと、戦争が始まってしまうのです。どうか、ご協力ください』


『……。僕、マイルド・カレアは、ルナ・クロワセルを妻とすることを、ここに宣言する』


『余は宣言する。本日この時をもって、クロワセル王国の女王にはルナが即位する』


「まさか本当にティアラを譲るとは! まさに想像の域を超えた行動! ……カレア王国との婚姻、それをもっての女王の交代。クロワセルの女狐は相変わらず用意周到か」


「大将軍閣下。新たに即位した女王は未知数だが、女狐は食わせ物だ。私たちとしては朗報だろう」


 大将軍様は、ティアラを着けたルナちゃんを見ると、驚いて机に腕を押し当てて立ち上がった。それに対して絵を見るのが二度目のアーデルハイトさんは、落ち着いた様子で大将軍様に考えを述べている。

 さあ、続き、続きっと……。


『それで、今はクロワセル王国の女王として、軍部最高位のタイコラル上将軍に命令を届けにきました』


『はっ。なんなりとお申しつけを』


『全軍即時撤退です』


『は? 今、なんと?』


『聞こえませんでしたか? 全軍即時撤退です』


 最後に、クロワセル王国軍が撤退して行く様子と、ブレッツ砦の手前のテントが全部なくなっている絵を映して完了っと。


「まさにクロワセル王国軍がブレッツ砦を背に撤退して行く……、ように見せかけての罠ではないのか?」


 大将軍様は椅子に座り、執務机に両肘をのせて口の前で両手を組んだ。それから、ギラリと目を光らせて語った。


「ルナちゃ……、ルナ女王様は真剣だったんだよ。みんなに戦争をさせないため、必死になって止めたんだよ。どうしてそう疑うの?」


「敵を誘い込み、伏兵で叩く。これは戦争における常套手段。俺は多くの将兵の命を預かっている。何事も疑いの目で見ることこそが、生き残りへの最善策だ」


「人族は愚かな生き物なのです。自分が騙されたら嫌なのに、平気で他者を騙すのです」


 ちょ、レティちゃんどっちの味方なの?


「新女王陛下は心から戦争を嫌っておる。攻め込む準備ができておったのに軍を撤退までさせたのじゃ。そもそも誘い込む必要がなかろうて」


「そうだよね。誘い込むってことはクロワセル王国に攻め込んでもらうってことになるからね。そんなこと、ルナちゃんなら絶対にしないよ。あっ、ルナ女王様なら、ね」


「はっはっは。正直なお嬢さん方だ。状況は理解した。本来であれば他国の使者に話すことではないが、お嬢さん方のその真っ直ぐな生き様に敬意を表し、軍の機密情報を公開しよう」


 ベ、別に機密情報なんて要らないよ?


「元女王が把握していた通り、我々はクロワセル王国に侵攻する準備をしていた。ところが今回、クロワセル王国のほうが先に動き、国境付近に集結したため先手を取られる形になった。軍本部はその状況を鑑み、あえて手を出させて、反転攻勢の形でクロワセル王国に攻め込むよう作戦が変更になったのだ」


「それって、これから攻め込むってことか!」


「ミリア君、聞きたまえ。後続の第二師団が、間もなくこちらに到着することになっている。しかしクロワセル王国軍が撤退した現在、変更した作戦における肝心の部分が抜けてしまっている……。さてミリア君。我々はどうしたらよいと思うかね? このまま待機か、それとも侵攻か」


「ん? そんなの撤退に決まっているだろ? Aのじゅう……、いや、戦争を阻止したい人が頑張っている。私も戦争はいけないことだと思う。だから絶対に侵攻を選ぶことはないぞ。って、どうして私の考えを尋ねるんだ? 考えて決めるのはあんたの仕事だろ?」


 ミリアちゃんは撤退がいいと主張。それでこそミリアちゃんだよ。選択肢にはない、模範解答だね。


「決まりだ。我が第三師団は、本日付けで帝都に撤退する。これで機密情報は機密ではなくなった。使者殿は安心して帰られよ」


 え?

 もしミリアちゃんが違う結果を選んでいたら、機密情報を知った罪とかで私たち牢屋行きだったりしたの?


「大将軍閣下、私はこれで失礼して、直ちに後続の部隊に早馬を走らせてくる」


「ちょ、ちょっと待てって。さっきの選択肢には撤退はなかったんだぞ? どうして撤退になったんだ? 私としてはそれで満足なんだけどさ」


「宰相閣下からの指示だ。ミリア君の意見を尊重するように、とな」


「手紙だよ、ミリア君。先日私に見せただろ? あれだ」


「はあ? 意味分かんねーぞ」


 ミリアちゃんは、何か大事な手紙を持っていたんだね。どんなことが書いてあったんだろう。気になるよ。


「軍部は宰相閣下の下位組織。大将軍といえど宰相閣下の意向には逆らえない、とだけ理解してくれ。正直を言うと、上層部における最近の過激な西進論には俺も辟易としていたんだ。秘密だけどな」


 よく分かんないけど、撤退してくれたよ!

 ミリアちゃん大手柄だよ!

 なんとなく、撤退の責任をミリアちゃんに押しつけている感じがしなくもないよね。


「うーん……。それならさ、私は撤退する軍隊にいつまでも所属していてもしょうがないから、諜報員としての仕事に戻ってもいいんだよな?」


「ああ。好きにするがいい。その自由が認められている。そもそも君は何者なのだ?」


「いや、何者って、ただの孤児上がりの諜報員だぞ?」


「そうか。これ以上の詮索はしないでおこう。使者の諸君についてもどこから来たかのは詮索しない。正式に正門から来たことにする。俺は世渡りが上手なほうだからな」


「なんだよ、世渡りって。私は裏稼業で危ない仕事なんてしていないぞ」


「ふふふ……。では、ミリア君。また逢う日まで」


 アーデルハイトさんは早足で部屋から出て行った。

 私たちも外に出よう……。

 部屋から出ると、兵士に囲まれる形で砦の出口へと案内された。


「ミリアちゃん、これからどうするの?」


「どうするって、そういえば、エムたちはもう魔王を倒したのか?」


 質問したのに質問で返されたよ。

 会うのずいぶん久しぶりだもんね。まさかまだ魔族の国に入ることすらできていないなんて思わないよね。


「これから向かうところだよ?」


「そうじゃ。向かうのじゃ。倒す必要はないでの」


「ぶん殴ってやるのです」


「じゃあ決ーめた! 私も魔王をぶん殴りに行くぞ!」


「いや、殴ることはなかろう……」


「殴り甲斐がありそうで、ワクワクするぞ」


 とにかく、またミリアちゃんと一緒に冒険することになったよ。


「ミリアちゃん、おかえりなさい! 今日からまた私の仲間だよ」


「諜報員のままだけどな」


「諜報員は、魔王を調査するのですか?」


「もちろん、ばっちり調査して本部に詳細を報告してやるぞ」


「その節は、美麗かつ聡明な魔王として報告を頼むのじゃ」


「そんな誰も得しないことは、しないに決まっているだろ」


 私たちは、周辺でベーグ帝国軍第三師団が撤退準備を始めたのを見ながら、道を進む。

 本当によく分からない理由でミリアちゃんの意見が通り、第三師団と後続の師団が撤退することになったから、もう戦争は起こらないはず。

 報告の約束はしていないけど、一度ルナちゃんに経緯を説明しに行こうかな?

 少し離れた場所に花を植えておけば、すぐにここに戻ってこられるし。


「あのさ。ルナちゃんに報告に行こうと思うんだけど、いいかな?」


「うむ。報告するべきじゃな。ベーグ帝国軍の撤退の事実を知れば、ルナの肩の荷も下りよう」


「ルナって誰だ? 新しい仲間か?」


 そっか。ミリアちゃんは知らないよね。

 クロワセル王国で新しく女王様になった人だよと教えてあげると。


「お前ら、クロワセル王国の女王と知り合いだったのか!」


「メモリートレーサーの絵の中におったじゃろうが。妾たちはルナの手足となって働いておったのじゃ」


「そう言われれば、レティが権利がどうのこうのとか言っている場面があったな」


 私たちはあの場面でしか出てこないから、ルナちゃんとの繋がりが見えないんだね。

 ルナちゃんはクロワセル王国の勇者様で、そのときからの知り合いだって追加で教えてあげた。


「少し会わない間に、いろいろあったんだな」


「ミリアのほうは、会わない間に何をしていたのですか?」


「私か? 私はお前たちと別れてからは帝都に向かって移動し、そこで第三師団に転属の辞令を受けて、すぐにこの国境付近へと移動し、兵站部隊の兵士として働いていただけだぞ」


 草むらのさらに奥、大きな岩の裏側に行き、花を植える。


「ピオちゃん、クロワセル王国の新都セレーネの王城へ連れてって!」


「はーい。新都セレーネへフラワーテレポート♪」

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