063話 ベーグ帝国へ
白く大きな鳥、サギトトの背に乗って、大空を行く。
すぐに大きな砦が二つ視界に入り、その東側に白いテントが無数に並んでいるのも目に入った。
「ベーグ帝国側にも大きな砦があるんだね」
「そうじゃの。クロワセル王国のものも大きいのじゃが、それに負けないくらいの大きさじゃの」
「ベーグ帝国側は、話に聞いていた通り、まだ撤退していないのです」
クロワセル王国軍には撤退してもらったんだから、ベーグ帝国軍にも撤退してもらわないといけないよ。
「撤退するよう、説得に行こうよ」
「お偉いさんに直談判するのかえ? それは危険じゃぞ」
「せめて、ルナに手紙を書いてもらえばよかったのです」
そうだよねー。
手紙があれば使者として話を聞いてもらえるかもしれないよね。
でも、ないものはしょうがない。
とにかく今はできることをして、無理ならルナちゃんを頼ろう。
『あーら。あの建物の上に降ろせばいいのかしらあ?』
どうしよう? このままベーグ帝国の砦の屋上に降ろしてもらおうか?
……いきなり砦の内部から現れたら、めちゃくちゃ不審者だよね。
うーん。
「もうちょっと待ってね。どこで降ろしてもらうか考えるから」
「東のほうに、駐屯地が見えるのじゃ。そこから荷馬車が隊列を成して進んで来おる。あやつらを利用してみてはどうじゃ?」
砦から東にそれなりに離れた所に駐屯地らしきテントの集合場所があって、そこからこちらに向かって荷馬車の列が移動している。
あの人たちに話せば、砦の中の偉い人に取り次いでもらえるかもしれないね。
マオちゃんの勧めもあり、私は荷馬車の一団に話を執り成してもらうことに決めた。
サギトトには荷馬車から少々北に離れた位置まで運んでもらい、そこで降りる。
『どや、ワテの羽ばたき、凄かったやろ?』
『あーら。ウチのダンナには敵いませんから』
「と、とにかくありがとー。無事ベーグ帝国に入ることができたよ」
サギトトと別れ、人の姿に戻ってから街道に向かって進む。
岩とか草とかがあって、視界はよくない。
「すみませーん、ちょっと話を……」
「何者!?」
草むらから顔を出し、荷馬車の隣を歩く兵士に声をかけると、兵士は大きな声を上げて驚いた。
「なんだ、どうした? って、お前ら、盗人だ、ごるぁ!」
「盗人!?」
「捕らえろ!」
荷馬車の陰から、どこかで見かけたレモンの体の冒険者が現れ、私たちのことを盗人呼ばわりした。
それに呼応して、兵士が私たちを捕まえようとする。
「え、え、え~?」
「エムや。ひとまず、ずらかるのじゃ」
もう、必死で逃げたよ。
それなのに、果物ズが追いかけてくる。
ジューシーズだったかも?
兵士は途中で諦めたようなのに、しつこいよ!
「盗人! あたいの宝物を返しやがれ!」
「な、なにも盗んでなんかいないよ~」
「逃げるのが盗人の証拠だぼん」
「捕まえるろー」
「このまま逃げ続けても追いつかれるのです。こうなったら、実力行使で追い返すしかないのです」
レティちゃんが盾を構えて反転し、マオちゃんも意を決したのか、スティックを手にした。
わ、私もやるよ! やるしかなさそうだよ!
「我が相手をするのです。掛かってきやがれ、なのです!」
標的固定の盾技を発動したレティちゃん。
これでしばらくは私は狙われない、はず。
「あたいに盾を向けるとは、いい度胸じゃないか」
「槍で肉汁をつつき出してやるろー」
「拳がうなるぜ、ごるぁ!」
「ぼぼぼぼぼ」
果物ズは、レティちゃんの盾に我武者羅に剣技とか槍技とかを叩き込んでいる。
「少々手荒になるが、濡れ衣を証明せねばならぬ。よって、痛いのは我慢するのじゃぞ。万物を氷漬けにする魔王の壁、メガ・アイスプレス」
左右から氷の壁が現れて、果物ズをぺしゃりと……、
「おっと、フレイムスマッシュ! レッド、何してんだよ?」
「ミ、ミリアちゃん!」
氷の壁はミリアちゃんのハリセンで打ち砕かれ、果物ズに被害は及ばなかった。ミリアちゃんも、あの荷馬車の隊列にいたんだね。
「ミリア。ちょうどいいところに来たのです。この下衆を落ちつかせるのです」
「盗人の分際で下衆とはなんだい! あたいを馬鹿にすんのもいい加減におし!」
「盗人には制裁が必要だ、ごるぁ!」
「盗んだ物を返すろー」
「ちょ、ミリアちゃん、助けてよ!」
「はぁ……。お前ら貧乏だとは思っていたが、盗みまで働くようになったのか。悪い。今の私は帝国軍人。盗人に加担はできない」
「ミ、ミリア、お主!」
果物ズに加勢するミリアちゃん。ハリセンが冴え渡る。
レティちゃんの盾だけでは防ぎきれないよ。
「わ、わわわっ!?」
「「「「ジューシーミラクルレインボー!」」」」
ミリアちゃんが加わって一気に旗色が悪くなり、私たち三人は、遂に捕らえられてしまった。
「……ミリア、覚えていやがれ、なのです」
「しょんぼり……」
私たちは腕を縛られた状態で、荷馬車の近くへと連行される。
すると、隊列の先頭付近から、マントを着けた女性が馬に乗って駆けて来た。
「後方が騒がしかったが、ミリア君、何が起きていた? ……その者たちは?」
「ジューシーの奴らが泥棒を見つけて追い詰めていたから、加勢して捕らえてやったぞ」
「ミリアちゃん、私たち何も盗んでいないってば!」
「盗人は盗人だ、ごるぁ!」
いてっ。
レモンに頭を殴られたよ。
「そうか。これについてミリア君はどう思う? 君の意見を尊重しよう」
「いや、どう思うも何も、ジューシーの奴らがすべてを知っているはずで、私は加勢したまでだぞ」
マントの女性は黙って目だけを動かし、私とミリアちゃん、果物ズを一通り見回した。
「物資輸送隊にはこのまま進んでもらい、我々はこの場で尋問を行うこととする」
私たちはすぐ隣の草原に連行され、そこでマントの女性による取り調べが始まった。
「さて。君たちが盗んだ物は何だ?」
「何も盗んでなんかいないよ」
「そうじゃ。荷馬車に近づいて兵士に話かけた途端、盗人呼ばわりで追いかけられたのじゃ」
「ふむ。では、レッド。何を盗まれたのだ?」
「あたいらの大事な物さ」
リンゴが、降雨確認のように細い腕を胸の辺りの高さまで上げ、手の平を空に向けて話した。
「物を盗む暇なんてなかったのです。そもそも何も盗もうとはしていないのです」
「ごるぁ! 盗んだ物を返せ!」
「だーかーらー。盗んでなんていないってばぁ」
「ぼぼぼぼ。宝箱の中身だぼん。おとなしく差し出すぼん」
宝箱って、この間の異次元迷宮での出来事のこと?
まだあれを引きずっていたの?
「宝箱って、異次元迷宮で会ったときの話?」
「そうさ。あの異次元迷宮はあたいらの縄張り。お前らはそこに無断で侵入し、あまつさえ、あたいらが目をつけていた宝箱を横取りしたんだ。盗人以外の何者でもないさ」
「うぬぅ。お主ら知らぬのか? 冒険者ギルドの規則では、縄張りルールなど存在しておらぬのじゃ。先に開けた者が入手してよいことになっておる」
例外は、宝箱を発見した者がそこにいるのに、追い越す形で横取りした場合。私たちは果物ズと競って宝箱を開けたわけではないから、これには該当しないよ。
「冒険者ギルド? なんだい、それは? あたいらは由緒正しきジューシー族の勇者ジューシーレ……」
「名乗りはいいのです。冒険者登録をしていない者が異次元迷宮を探索することは、明らかな違反なのです。ですから、貴様らが盗人なのです!」
「おかしいろー。麿は巫女様に探索を依頼されているろー」
「その巫女様とは?」
マントの女性が尋ねた。
「はぁん? 知らないのかい。バタロン王国の行く末を決める、重鎮さ。国王なんて飾りで、国策は全部巫女様が決めているのさ」
「巫女様は国王より偉いぼん。国王はただの外交官に等しいぼん」
「そうか。はぁ……」
一度こめかみを軽く叩き、それから頭を抱えたマントの女性。
そこ、悩むところじゃないから!
明らかに、私たちはシロなんだから!
「ミリア君、どう思う?」
今度は、頭を抱えていた片腕を下ろし、渋い物でも食べたかのような顔でミリアちゃんに尋ねた。
「わ、私か? エムたちは、冒険者として普通の活動をしていて、ジューシーたちは、バタロン王国における王命だか巫女命だかで動いているんだろ? 両方悪くない、でいいんじゃないか?」
ちょ、ミリアちゃん、果物ズが悪いに決まってるよ!
「ふふふ。ご名答。我々が裁ける案件ではないし、裁くべきでもない」
「試したのかよ」
マントの女性の笑みに不満を露わにし、口を尖らせるようにして言ったミリアちゃん。
「君たちは無罪放免だ」
「返しやがれ、ごるぁ!」
「イエロー、聞いていなかったのか? 本件に関しては、このベーグ帝国内においては誰も裁くことはできない。君たちも肝に銘じたまえ」
「ふん! 覚えておきな!」
リンゴが腕を組んでそっぽを向いちゃった。
「縄をほどいてくれて助かったのじゃが、お主、もう一つ妾たちを助けてくれぬかの?」
「おいマオリー! この方は将軍閣下だぞ。アーデルハイト将軍だ」
ミリアちゃんが慌てて紹介してくれた。私も自己紹介しなくちゃ。
「私は冒険者のエム。アーデルハイトさん、じつは私たちはベーグ帝国軍に撤退してもらいたくてここに来たんだよ」
「撤退とは?」
私はこれまでの経緯を簡単に説明した。
元女王様がベーグ帝国による侵攻の準備を察知して、それが起きる前に逆にベーグ帝国に侵攻しようとしたこと。
ベーグ帝国との戦争を望まないルナちゃんが女王様に即位し、急遽全軍撤退させたこと。
私たちが、それを伝えに来たこと。
練習してなかったから、うまく言えたかどうかは自信がない。
「ふむ……。それが真実である保証は? 何か書面でも携えているのか?」
やっぱりそうなるよね。嘘なんて言っていないけど、女王様が交代したとか、信じろと言われても信じられない話だよね。
「エムや。あれを使うのじゃ」
「あれ?」
「メモリートレーサーなのです」
あ!
便利な魔道具を持っていたんだった!
すぐに魔法収納から取り出して、動く絵を映し出す。
「これがクロワセル王国の女王陛下……、いや元女王、か。そしてこちらが新女王陛下か。なるほど」
交代の絵、撤退命令を出す絵、実際にクロワセル王国軍が撤退して行く絵。
「私は君たちの言葉を信じよう。しかし、私は軍全体の行動を左右する権限は持ち合わせていない。これから我々物資輸送隊が赴くアイン砦には第三師団の師団長がいる。そこでもう一度説明してもらえるか?」
即決で、私たちはアイン砦に向かうことになった。




