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062話 抜け道?

 東の国境付近にあるブレッツ砦が視界に入る場所までやって来た。

 街道はいつも撤退する兵士で一杯で、逆方向に進むのには苦労したよ。


「ここも大きな砦じゃのぅ」


「魔族の国との国境付近の砦と同じくらいの大きさだね。でもさ、これまで歩いて見てきたベーグ帝国との国境付近には、砦らしい建物はなかったよね。どうしてなのかな?」


 ブレッツ砦は、石造りの城そのもの。

 これまで見てきたベーグ帝国との国境近傍には、砦なんてなかった。砦があったのは、魔族の国との国境だけ。


「いくつも可能性が考えられるのじゃが、一番信憑性が高いのが、この付近が王族かそれに近しい者の領地で、過去にベーグ帝国と戦争になったことがある、ということじゃろうな」


「魔族がおとなしくなってからは、頻繁に人族同士で争っているのです」


「へぇー、そうなんだー」


 歩いて砦に近づいて行くと、周辺の草原では、草が踏まれて折れていたり、土がめくれ上がるように穴が開いていたりしていて、そこにテントを設置していた形跡がひっきりなしに見られる。


「撤退は完了しているようだね」


「我らはこのまま砦を突破するのです」


「突破ではなく通過じゃろ。ブレッツ砦の兵士に聞こえておったら、連行ものじゃぞ。言葉には気をつけるのじゃ」


 撤退行動に問題がなければ、私たちはそのまま進むってルナちゃんには言ってあるから、いちいち報告には戻らない。このままベーグ帝国に行くつもり。

 この砦は通してくれるかな?

 淡い期待を胸に、砦の手前まで行くと。


「待て! 止まれ!」


「ここを通すのです!」


「は? ダメに決まっているだろう。ここからでは見えないが、この先はベーグ帝国軍で埋め尽くされている。通すわけがない。もちろん、通常時でも通さないがな」


 砦の入り口は開いていて、そこに立っている兵士二人が槍を斜めにして通行を妨げた。

 やっぱり通れないみたい。


「とにかくここは危険だ。今すぐ遠くへ立ち去れ。我が軍が撤退した今、手薄になった国境付近にベーグ帝国軍がいつ侵攻してきてもおかしくない状況なのだ」


 ルナちゃんがクロワセル王国軍を撤退させたのに、国境の向こうにいるベーグ帝国軍は、まだ撤退していないんだね。


「ケチなのです」


「また、抜け道を探すしかなかろう」


「あの、北にある山を見てよ。登って通過できそうに見えない?」


 やや遠く北のほうでは山々が連なっていて、手前の山は登って越えられそうに見える。


「ダメだダメだ! おとなしく引き返せ。向こうの山にはドラゴンが棲みついている。死にたくなければ近寄らないことだ」


 げっ。少し離れてから話したのに、聞こえていたの?


「ドラゴンがいるから通れないのですか。それなら大丈夫なのです」


「その自信がどこから来るのか分からぬのじゃが、レティシアを生贄にすれば通れるのかもしれぬのぅ」


「生贄って、そんなことしたらダメだよ。きっと一人だけでは足りなくなって、マオちゃんも食べられちゃうよ」


「お主は最後なのかえ……」


 私たちは、北の山に向かうことにした。

 おそらく、奥のほうにある高い岩山がドラゴンの棲み処で、私たちはその手前の低い山を通る予定だから、潜むようにして進めば、きっと抜けられるよ。


「うまそうな匂いがするのです」


 目的の山が間近に迫る位置まで行くと、突然レティちゃんが鼻を高く掲げるようにして言った。


「うまそう? くんくん。うーん……。山の香り?」


 山のほうからの吹き下ろしの風。その匂いを嗅げば、なんとなく山のような匂いがしなくもない。

 木々や枯れ草、湿った土、さらには野鳥や虫などの、いろいろな物が混ざった匂い。


「レティシアは、山の幸が好きなのかえ? 期待するのじゃ。キノコぐらいなら、採取する暇ができるじゃろうて」


「綺麗なお花も、いくつも咲いていますよ♪」


 マオちゃんのキノコ狩りに期待しつつ歩いて行くと、何事も起こらないうちに目的の山の裾まで辿り着いた。


「サーチ……。妾の探索魔法ではドラゴンは捉えられぬのぅ。近くにはおらぬようじゃから、森の中を進み、身を隠して行けばなんとかなるじゃろ」


「ドラゴン? 最初からいないのです」


「そうなの? さっきの兵士、嘘を言ってたの?」


 ここに来るまで、巡回する兵士とは一度も会うことがなかった。

 ドラゴンがいて危険だから、砦の兵士はこの周辺を見回っていない。そう思っていたのに、レティちゃんはそもそもドラゴンなんていないと言うし。


「って、言っている先から、ド、ドラゴンだよ!?」


 森の中に入ってすぐ。

 空を見上げれば、木々の葉の間から上空を飛ぶドラゴンの姿が見え隠れ。

 う、動かずにじっとしてないと見つかっちゃうよ。


「おかしいのじゃ。妾の探索魔法にはドラゴンなど捕捉しておらぬのじゃ」


「あれは、どう見ても偽物なのです。我の目を騙すことなどできないのです」


 どういうこと!?

 偽ドラゴン? 偽物だとしても強そうだよ?


「ここに実際にドラゴンが棲んでいたのは、ずいぶん昔の話なのです。今はもう大人になって帰ったのです」


 なんだか理解しがたい話だけど、レティちゃんが言うには、むかーし、ずいぶん遠くにあるドラゴンの領域から家出した若いドラゴンがここに棲みついていた。

 そのドラゴンは反抗期だったようで、いろいろ尖っていて、近寄る者をなんでも攻撃していたみたい。

 二百年ほどして、迎えに来たドラゴンに連れられ、ドラゴンの領域に帰ったんだって。だから、もうここにドラゴンはいないらしい。

 って、いるよ。空を飛んでいるの、偽物じゃないって!


「空を飛んでいるのは、幻影なのです」


「へ?」


「あのような生々しい幻影を作り出す魔道具など、存在せぬじゃろ?」


 うん。まるで生きているようだよ。


「ほぼ間違いなく、我の鼻が捉えている魔物が作り出しているのです」


「し、信じていいんだね?」


「魔物が幻影を作っておるじゃと? まさか……」


 レティちゃんがうまそうな匂いだとか言ってどんどん奥へと進んじゃうから、そのまま森の探索をする。

 最初は恐る恐る木々の間を移動したよ。それでも上空のドラゴンが襲ってくる気配はなく、やっぱり幻影なんだねって安心しきって、キノコや木の実を採取しながら進む。


「ほほぅ。あの木には、たくさんの鳥の巣があるのじゃ」


 少し開けた感じの場所に背の高い木があり、枝の先々には頭ほどの大きさの巣がいくつもあって、その巣に見合う大きな白い鳥が休んでいる。卵を温めているのかもしれない。


「魔物なのです!」


「魔物!? 妾の探索魔法には……、こんな間近まで接近されておるとは!」


 前方、鳥の巣の木の向こう側に、ブタ顔の魔物が現れた。顔に毛が生えていて、イノシシ顔と言うほうが近いかもしれない。

 豪華なローブを身にまとい、意匠の凝った杖を手にしている。


「た、戦うよ!?」


「待つのじゃ。向こうは妾たちなど眼中にないのじゃ」


 向こうからも私たちは見えているはず。それなのに襲ってこない。

 通常、魔物は人を見つけると問答無用で襲い掛かってくるはずなのに。


「木に登ろうとしているのです」


 魔物は木に取りつくと、卵を温めていたと思われる白い鳥が驚いて一斉に逃げて行った。勇敢な数羽だけが魔物に向かい、長いくちばしを突き立てている。


「魔物は卵を取ろうとしているのかな? せっかく温めていたのに取っちゃうなんて、酷いよ」


「そうじゃの。魔物は魔物を優先して食べておればよいのじゃ。どうして野鳥の卵などを食すようになったのかのう」


「あれは、慧変魔物けいへんまものですよ♪」


「うむ……。識別の魔法が、ようやく機能したわい。あやつはワイズオークエリート。慧変魔物じゃの。識別魔法や探索魔法を阻害する能力を持っておるようじゃ」


 慧変魔物って、迷いの森にいたボルト君みたいな魔物?

 それなら、話せば通じるはず。


「そこの君! 木に登って卵を取ったら、いけないよ。鳥が可愛そうだよ」


「ブヒヒ? ニンゲン、弱キ者、去レ」


 慧変魔物は木にしがみついたまま杖を振ると、頭上にドラゴンが現れた。

 怖いけど、幻影だと信じて前に進む。


「エム、危ないのです」


「そうじゃ。慧変魔物は良い者だけとは限らぬ。悪い者もおるのじゃ」


 レティちゃんが盾を構えて私の前に出る。マオちゃんは私の右斜め後ろに移動した。いつもの隊列だね。


「ブヒ? 来ルナ、去レ。デスフラワー」


 魔物が杖を高く掲げてから地面に向けると、大きく鋭利な花びらの氷の花がレティちゃんの足元に咲いた。しかし、この魔法攻撃はやや発動位置が離れていて、足に当たることはなかった。もしも直撃していたら大怪我になっていたよ。


「わざと外しおったな。警告のつもりじゃな」


「我は警告にも、出来の悪い虚像にも屈することなどないのです」


「わわわ……」


 氷の花はレティちゃんのシールドチャージで粉々になった。

 上空に留まっている幻影のドラゴンが鎌首を下げて大きく口を開けても、レティちゃんは動じることなく前に進む。


「本物のドラゴンは、こうなのです!」


「……ピ、ピギーーーッ!」


 何が起きたの?

 立ち止まって両腕をやや広げたレティちゃん。その途端、慧変魔物は白目を剝いて木から落ちた。


「レティシア、お主の殺気……」


 マオちゃんは呆れ顔で大きく息を吐いた。レティちゃんはそんなことは意に介さず、仰向けになっている慧変魔物の傍にずんずん進んで行く。


「貴様、目を覚ますのです」


「……ピ、ピキー!?」


 慧変魔物の頭を盾の底辺で揺らす。すると黒目に戻り、目玉が飛び出そうなほど大きく目を見開いて悲鳴を上げた。


「お主。これに懲りたのなら、今後は鳥の卵を狙わぬことじゃな」


「分かったのですか!」


「ハ、ハハハハ、ハイ!」


 慧変魔物は飛び起き、背筋を伸ばして返事をすると、どこかに逃げ去った。


「これでよかったのかな?」


「見た感じ、小心者のようじゃったから、今後も人に危害を加えることもなかろう」


 襲わずに警告するくらいだもんね。よっぽど戦うのが嫌いなんだよ。


「失敗したのです。虚像の使用を禁止するのを忘れていたのです」


「幻影は、あれでも人の役に立っておるじゃろ。禁止にすることもなかろう」


「ど、どこが役に立っているの?」


 人々を驚かせているのに、役に立つことなんてあるの?


「あれがあるから、人々はこの山々に立ち入らぬ。動植物に優しく、さらに国境であるにもかかわらず抜け道として利用できぬから、戦争や犯罪の抑止にもなっておろう」


 いつもマオちゃんって難しいことを考えているよね。

 逃げて行った鳥も徐々に戻ってきているし、私も目先としてはこれでよかったとは思うよ。


「サギトトの皆さんが、感謝を伝えに集まりましたよ♪」


「そこの枝に止まった鳥のことかの?」


 長い首と長い足を折るようにして、近くの枝に止まった白い鳥。それがサギトト。


「あ、そうでした。妖精変化ようせいへんげ!」


 わわわっ。いきなり妖精の姿にされちゃったよ。


『やあねえ。ウチのダンナが不甲斐ないばっかりに、大事な卵を狙われてさあ』


 な、何これ? 鳥の声?

 どこかのおばさんの愚痴かと思ったよ。

 そういえば、妖精の姿になれば、近くの動物と話ができるようになるんだったね。


『ホワット、あんた真っ先に逃げたやろ。ダンナとどっこいどっこいや。ワテは追い払おうと戦ったんやで』


『ホワット、フーム。あんたたちの身の上話はそこまでにして、まずは礼を言わないと』


 近くの枝に最初は一羽しかいなかったのに、いつの間にか三羽になって姦しく話をしている。


『あーら、そうねえ。あんたたち、魔物を追い払ってくれて助かったわあ』


『大きなドラゴンが現れたときはどうなるかと。そんでもワテは勇敢に……、ギッ。あ、ありがとう』


 つつかれて話が止み、感謝の言葉に変わった。つつかれなければ、ずっと武勇伝を話していたのかも?


『私たちの大事な卵を守っていただき、感謝します』


「そう改まって言われると、照れるね~」


「そうじゃの……。うむ、その感謝に乗せて、頼みごとがあるのじゃが、聞いてもらえぬかの?」


『あーら。東の川の魚かしら? それとも、南の池のカエルかしら?』


『それならな、今は西の沼のドジョウが旬やで』


「いや、食べ物の提供の話ではなくての。つまりは……」


 マオちゃんは、この鳥たちに、ベーグ帝国まで運んで欲しいと頼んだ。鳥は国の名前なんて知らないから、その説明も含めて。


『ちょっと東に行くだけかしら? 卵は無能なダンナに任せるから大丈夫よ』


『ワテの羽ばたきは世界一やで!』


『卵を守っていただいた礼としては、とても簡単なことです』


 三羽とも快く受けてくれて、私たちは妖精の姿のまま、白い鳥の背に乗ることになった。

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