060話 戦争したらいけないよ! 前編
さらに南下を続け、このままだと聖クリム神国に入っちゃいそうな勢いで南に進んでいる私たち。
「この町、やたら兵士が多くない?」
たまたま立ち寄ったシュ・ガートの町。
町の外には数え切れないほど多くのテントがあり、町の中も兵士でいっぱい。
「ここで何かが起こっておるのかの? 少し尋ねてみるとよいのじゃ」
非番の兵士の集まる場所は、きっと酒場。
近くの酒場に入……、なにこれ、いっぱいで入れないよ!
仕方がないので、二人一組で町内を見回りしている兵士に尋ねることにした。
「こんにちは。ねえ、兵士さん、この町で何か事件でも起きているの?」
「やあ、こんにちは。事件と言えば事件だが、安心してくれたまえ。この町で起こることではない」
衛兵と呼ぶには重装備な二人。
この町で起こることではない? これからとんでもない事件がどこかで起こるのかな?
「なんじゃ? どこで何が起こるのじゃ?」
「うーむ、そうだな……。ここまで進軍したので、もう隠す必要もないだろう。実は、我々はベーグ帝国に侵攻する任務を帯びているのだ」
よくよく聞くと、大きな部隊が動いていて、既に先行隊が国境付近まで到達しているそうで。
ここは国境までの道のりでの最後の大きな町。戦争前の景気づけをしているんだって。
「おじさんたち、戦争するの? ダメだよ。せっかく止めたんだから」
「止めた? ダメもなにも、我々は任務を遂行するまでだ。女王陛下の命に背くことはできないからな」
「ふぅ。クロワセル王国が動いておるのでは、妾たちの働きは無駄になったも同然よのぅ」
みんなで頑張って、ベーグ帝国とカレア王国が戦争のための同盟を結ばないように仕向けたのに、クロワセル王国のほうから戦争を仕掛けたら台無しだよ。
「なんとかして止めないと」
「戦いの混乱に乗じて国境を越える手もアリじゃが、エムはその手段を選ぶまい。ならば戦いそのものを止めるまでじゃ」
見回りの兵士と別れ、中央広場に向かって進んで行くと、見知った顔を発見した。
「アルテルちゃん! おひさー」
「こんな所で会うなんて、奇遇ですね」
「いいことを思いついたのです! 自称勇者の名声を使って、戦争を止めさせるのです」
レティちゃん、それは名案だよ。
アルテルちゃんは広く国民の間で「勇者様」って崇められているから、ここの部隊の偉い人に掛け合えば、きっと進軍を止めてくれるよ。
「自称勇……。ごほん。ル、アルテルはもちろん戦争を阻止するためにこちらに視察に見えられたのですわ」
「私たちは、この先のブレッツ砦まで見てきました。残念ながら状況は芳しくありません。いつ戦端が開かれてもおかしくない状態です」
「始まれば、大きな戦となる。間違いなく消耗戦だ」
「それはつまり、国境の向こう側にも軍隊がおるということかえ?」
「ブレッツ砦の向こう側を、直接この目で見ることはできませんでしたが、付近でいろいろ聞き取りした結果、ベーグ帝国側でも、大きな部隊が展開しているとの情報を得ました」
「国境付近への先行隊の到着は、我が国のほうが先だった。しかしすぐに向こう側に守備部隊が展開され、日々増強されている。信じられない対応の早さだ」
「その結果、先行隊はすぐに侵攻することを断念し、後続の到着を待っている状態となっています。本来の作戦では本隊の到着を待たずに戦端を開く予定だったと聞きましたので、不幸中の幸いなのかもしれません」
「ベーグ帝国側にも軍隊がいるのですか。そうなのでしたら、クロワセル王国軍は撤退できないのです」
そっか。国境付近で両軍が睨みあっているのだとしたら、安易に撤退はできないよね。困ったな……。
「いずれにしても、まだ戦端は開かれていません。我が国の先行隊の到着のほうが早かった事実を鑑み、私の力でなんとしても戦争を回避させてみせます」
「ですから、アルテルは飛竜に乗って新都セレーネに帰ろうとしているところですわ」
勇者様って町や村を回る以外にも、国境付近の視察までしているんだね。凄い行動力だよ。私も勇者として見習わないと。
……魔族の国ジャジャムに渡るため、私たちも国境付近を移動してはいたんだよね。でも、戦争になるなんて夢にも思ってなかったからね。
「お主らには、戦争を止めさせる術があるのかえ?」
「この場では言えませんし、確実でもありませんが、ただ傍観するだけの愚者にはなりたくありませんから。行動すれば、きっと事態は好転します」
アルテルちゃんの信念のこもった瞳は、何かを強く映している。
この顔からは、絶対に戦争を止めてみせるって意思を感じるよ。
「よく分からないのですが、我らには、クソ女王に望みを叶えてもらう権利があるのです。それで戦争を止めればいいのです」
「そうでしたね……。差し支えがなければ、戦争を止めるため、あなたたちの望み、私に託していただけないかしら?」
アルテルちゃんだけでなくラブロスちゃん、デクシアちゃんの瞳も輝いた。
きっと、権利を使って「戦争しないで」って望めば、叶えてくれるに違いないんだね。
私たちはアルテルちゃんたちと一緒に、新都セレーネに転移することになった。
新都セレーネ。
王城の入り口で女王様への謁見の許しをもらい、待っている人がいるのに割り込む形で謁見できることになった。勇者様特権、発動中だね。
私たちの権利を使うため、アルテルちゃんと一緒に謁見の間に臨む。
「ルナ、帰ってきたのか。心配していたが、思いのほか早かった。断念したのだな」
アルテルちゃんを先頭に、赤い絨毯の上を歩いて行くと、玉座の前に到達するよりも早く、女王様が口を開いた。
思いのほか早い? 転移でここに来たからかな? 転移は一瞬で飛竜よりも速いからね。乗合馬車なんて比較にもならないくらいだよ。
で、どうして女王様がアルテルちゃんのことをルナちゃんって呼んでいるのかな?
「いいえ、断念はしてません。きちんとこの目で国境付近を視察してきました」
「そうか。そろそろ戦端が開かれている頃合い。ルナが巻き込まれなくて僥倖だった」
勇者様って女王様にも目を掛けられる存在なんだね。
私は勇者であることすら知られていないって状態なのに。
「それで、この方たちの力を借り、私は戦争を止めることにしました」
アルテルちゃんは体を半回転させ、後ろにいた私の背中を押して隣に立たせた。
「ふむ。見たことのある顔だ……。夏季大会の最優秀選手か?」
女王様、絶対に私の顔を見ていない。斜め後ろ?
……そうだよ。最優秀選手はレティちゃんだよ。
私は後ろを向き、レティちゃんの手を引っ張って前に立たせる。
「クそ、じょごっ……」
危ない危ない。いつものように「クソ女王」と言おうとしたレティちゃんの背中をどついて言葉を途切れさせたよ。レティちゃんって本当に怖い物知らずなんだから、もう……。
「ごほっ。我は、望みを叶えてもらう権利を、自称勇者のアルテルに譲渡するのです」
「アルテルではなく、本当の名前はルナよ。ごめんなさい、国内を見て回る際、実名を名乗ることは都合が悪かったのです」
「ふっふっふ。ルナは余の娘、クロワセル王国の第一王女なるぞ」
えー!
アルテルちゃん、もといルナちゃんって、王女様だったの!?
ラブロスちゃん、デクシアちゃんも偽名で、ルナちゃんの近衛騎士なんだって!
「むぅー、めんどくさいのです。我は、望みを叶えてもらう権利を、ルナに譲渡するのです。言い直しましたから、あとは勝手にしやがれ、なのです」
あわわ……。
戦争になりそうで、それを止めないといけないって勢いで権利を譲渡しちゃったけど、今になって冷静に考えたら、クロワセル杯の廃止ができなくなっちゃうよ。
うーん……。
そうだ! クロワセル杯に来年も出場して、またレティちゃんが最優秀選手になればいいんだよ!
「よかろう。その権利で戦争を止めよと申すのか? 滑稽な……」
女王様は、にやけるような顔でルナちゃんに言った。
「いいえ、私の願いはそれではありません。今、ここで最優秀選手としての願いを奏上します。私ルナを、お母様の代わりに、女王に即位させてください」
えええええーっ!?
ルナちゃんが第一王女様で驚いたばかりなのに、今度は女王様になるって!?
「ふふふ、わーはっはっは……。女王に即位し、女王の命令で戦争を止めようというのか。実に滑稽だ。先日話した通り、そもそもベーグ帝国がこちらに侵攻する準備をしているのだ。そうならぬよう、余は先手を打ったまで。ここで軍を引き返しては、ベーグ帝国の思う壺になる」
女王様は額に右手を当て、顔を天井に向けて笑ったあと、急に真面目な顔に戻してルナちゃんを凝視して話した。
ルナちゃんのほうは、これだけ笑われても平然としていて、自信に満ちている感じがするよ。
「それは私の外交手腕と、隙のない国境警備で止めてみせます。クロワセル王国は戦争などしません。恒久的に平和で幸せな国となるのです」
「くっくっく……。ルナよ。綺麗ごとだけでは国は動かぬぞ。平和で幸せな国とは、夢想にすぎぬ」
女王様は扇子を口元に当て、試すように言った。
「三年間、私はクロワセル王国内を見て回り、すべきことを把握しました。私は私なりのやり方で、この国を繁栄させてみせます」
「ふむ、そうか……。そもそも国民全員を満足させる政策など存在しない。少数を立てれば国が傾く。理解したうえでの立候補なのだな?」
女王様の強い眼差しはルナちゃんに向いているのに、私の背筋がぞっとする。それだけの気迫が込められている。
「はい。私が女王に即位した暁には、弱者を守りつつ、強者と渡り合います」
「口で言うのは容易いこと……。であるがゆえに、その方の願いを叶えるにあたり、二つの条件を提示しよう。まず、余は王太后となりルナの手腕を見る。なに、口出しはせぬから安心せよ。ただし、一年間で実績を残せぬようなら、余が女王の座に返り咲く」
「もちろん、その条件は受け入れます。私はお母様のような目立ったことはできませんが、広く国民に愛される国策を打ち出して見せます」
人差し指を立てて話した女王様に、強い瞳で返したルナちゃん。
「ふむ……。次は、ルナ自身のこと。ふっふっふ。今すぐ結婚するのだ」
指を二本立てて話した女王様。
今すぐ結婚!? 女王様と? なわけないよねー。
たしか、この国の第一王女とカレア王国の第二王子が婚約してたって話だったよね?
そっちのことだよね。
「それは……。そのようなことをしていては、戦争が始まってしまいます」
「ほぉぅ。早くも挫折か? 条件を満たせないのであれば、願いは叶えられぬぞ」
第二王子、第二王子……。
あ! カレア王国の第二王子ってマイルド王子のことだ!
本人がクロワセル王国に婿入りするとかしないとか言ってたし。
つまり!
マイルド王子をここに連れてこれば、結婚成立だね!
「ルナちゃん、大丈夫だよ! 相手はマイルド王子だよね? 今すぐ連れてくるよ!」
「あなた方は王子殿下と知り合いなのですか? お願いします。今すぐ連れてきてください」
私たちは謁見の間を飛び出し、人目のつかない廊下に鉢植えの花をこっそり置いて、マイルド王子を最後に見た場所、レティちゃんの城に転移した。
カレア王国キャロンの町、その中央にある城の裏庭で。
私たちは練兵所に向かって走って行く。
「練兵所、練兵所! いた! レティちゃん、あとはよろしく!」
「無茶振りするのぅ」
だって、王子様との直接の知り合いはレティちゃんなんだもん。私が話しても信じてもらえないよ。
「マイルド王子、いいですか? はぁはぁ。我の言葉に耳を貸すのです」
「やあ、君たちか。走ってまでして、一体どうしたんだい?」
マイルド王子は訓練の手を止め、剣を鞘に収め、汗を軽く拭った。
「マイルド王子には、今すぐ結婚してもらいたいのです」
ずばっと直球で伝えたレティちゃん。実に分かりやすいよ。
「もしかすると、カレア王国、あるいはクロワセル王国に危機が迫っているのかい?」
やっぱりこの人、王子様だよ。なんて物分かりが早いんだろう。
「危機も危機、厄災級のピンチなのです」
「ははは。厄災級とは大きいな。魔王軍でも攻めて来たのかな?」
「それはないのじゃ。魔王はここにおるか……、もごっもがっ」
マオちゃん、ややこしくなるから邪魔しないで!
口を塞いじゃえ!
「とにかく、今すぐクロワセル王国に向かうのです!」
「魔王軍でなければベーグ帝国か。ん、今すぐ? 身なりを整える暇もないくらいに危険な状態なのかい? 承知したよ。今すぐ出立しよう。危急ゆえに、王陛下への連絡は後日手紙で行うこととしよう」
レティちゃんがマイルド王子の手を引き、城の側面へと向かう。
「城の飛竜は後ろでは? そちらでも飛竜を隠して飼っているのかい?」
「王子には、ちょっと目を閉じていて欲しいのです」
「では、後ろから失礼するのじゃ」
「ははは。まるで誘拐のようだ」
マオちゃんが後ろからマイルド王子の目の付近をタオルで押さえ、周りを見えないようにした。
「新都セレーネへ、フラワーテレポート♪」
「うわっ、浮かんだ!?」




