006話 小人の国
「おーい、そこのでかいのー! おねげーだ。タスケテけれー、って、消えたべ?」
妖精の姿になって宙に浮かんだまま、声のしたほうに顔を向けると。
隣の丘の斜面、並んで咲いている花の間に、人間の子供の頭が見える。
今、私は妖精の姿だから比較は難しいけど、いつもの姿だったら、膝下ぐらいの背の高さだね。
さっきまでいなかったから、どこかからやって来たのかな。
「あれは、小人族のゴンさんです。おそらく、エムさんたちに話があるようです。小人族が助けを求めることは珍しいので、聞いてみてはいかがですか?」
あれれ? 人間の子供だと思っていたら、小人族なんだって。
ピオちゃんの知り合いなのかな?
急ぐ用事もないし、話を聞いてみよう。
「師匠の教えを実践するチャンスなのです!」
「ああ、待ってよー」
私が行くと言う前に、レティちゃんが小人のゴンさんの近くまで飛んで行っちゃった。
みんなもつられて飛んで行く。
「オラ、消えたでっかい人間に頼みたかったダ。妖精族では、無理だべ」
ゴンさんは、なぜかガッカリしている。
「ゴンさん。こちらは私の魔法で妖精に変身している人族です。頼み事を聞いてもらえるかもしれませんよ♪」
「本当か? なら、オラの頼みを聞いてケレ」
「バッチリ聞いてやるのです」
「うん。困っているのなら相談に乗るよ」
「金の相談は無理じゃがの」
ゴンさんは、前に並んだ面々を一通り見てから、口を開いた。
「オラたちの国に、猫っちゅうやべー奴が入ってきて、とんでもねーことになっているべ。大至急、猫っちゅう悪魔を退治して欲しいっぺ」
「ふ~ん……」
あ、ピオちゃん、また目が泳いでいるよ。
「小人の国と妖精の国は繋がっているのかな? それで、こっちにいた猫が向こうに行ったのかな?」
「それはですねぇ。丘を二つ越えた所に、小人の国に繋がるゲートがあって繋がっています。それでも、その悪い猫とやらがここにいたものと同じかどうかは、実際に見ないと分かりませんから♪」
「魔導戦士が暴れて、それを恐れて猫が逃げて行ったと考えるのが妥当じゃろうに」
「それは、分かりませんからー、というか、猫の一件は内緒です、とっぷしーくれっとです!」
「はぁ。そんなこと、どうでもいいじゃん。猫で困っているなら私たちだけでも対処できるし、行こうぜ」
「うん、小人の国に行こう!」
「ありがてー。なら、ゲートに向かうべ」
私たちは、後ろに向き直り花をかき分けるようにして走るゴンさんの頭の上を飛び、丘を越える。
さらに進んで花のない、石畳で整地してある場所まで飛んで行った。
そこには、地面と接するような感じで、地面に垂直な白い渦、ゲートが浮かんでいる。きっと、小人族が通れるように低い位置に設置されているんだね。
「行くべ!」
ゴンさんを先頭に、ゲートに突入する。
するとすぐに景色が小人の国のものに変わった。
「わあ。ここは空がピンク色なんだね」
やや赤みが強いピンク色の空。
そこに白い雲が浮かんでいる。
地上には太い幹の木がいくつも並んでいて、その枝に大きなトマトのような形の家がいくつもぶら下がっている。
「おかしな家がいっぱいぶら下がっているのです」
「うはっ! 今、家の底から光が出て、小人が浮かんで家の中へと消えて行ったぞ」
「おおぅ。初めて見る魔法なのじゃ」
「飛べない小人族が、魔法で家に出入りするのは普通のことですよ♪」
たぶんここに来たことのあるピオちゃんは、さも当たり前のように言っている。
それでも、私たちは吸い込まれるようにして家の中に入って行く姿を見るのは初めてだし、そんなことができるなんて思いもしないよね。
そんな木々の間を進んで行くと、枝から落っこちたと思われる家の残骸が地面に散らばっていた。
「こいつは、猫っちゅう悪魔にやられたんだべ」
「酷いことをするんだね」
「猫一匹で国が存亡の危機になる、妖精族や小人族が不憫でならぬのぅ」
そのまま進んで行くと、他にも残骸があり、早く猫をどうにかしないといけないという気持ちでいっぱいになる。
「猫はまだ、あの辺りにいるはずだべ。逃げ遅れた者がいないか心配でならないべ」
さらに木々を通り抜けると、家のぶら下がっていない木々が並ぶようになり、その先に草原がある。猫はその向こうにいるらしい。
「ところで。小人族は猫と戦って負けたのか? 小人族は妖精よりも体が大きいから、集団で向かえば勝機がありそうな気がするけどな」
「それはですねー。小人族は戦闘できない種族なのです。穴掘りは得意なのですが、スコップすら、武器としては扱えません♪」
「魔法は、魔法はどうなのじゃ? 家に入ったり、おそらく家を建てたりするときにも使っておろうに」
マオちゃんは、初めて見た魔法に興味があるみたいで、他にも見たことのない魔法を使っていないか期待している様子。
「魔法も、攻撃に転嫁できるものは使えませんよ、きっと」
「それで、よく滅亡しなかったのです」
「ん? 小人族は戦えねーべ。しっかし、今は繋がっているのは妖精の国だけだから、大丈夫だっぺ」
「そうか、戦えないのか。それなら頼まれた通り、猫は私たちが捕まえてやるしかなさそうだな」
「それでは、変化解除! 私は隠れていますから、あとは任せます♪」
私たちは草原に降り立ち、周囲を見回す。
ピオちゃんは猫を恐れ、私のポケットの中に入って隠れている。
「猫を探せばいいのじゃな、猫を。サーチ……」
マオちゃんが魔法で周辺の探索を始めた。
するとすぐに猫は見つかった。
「む、あっちじゃ。ついて参れ」
左斜め前の林の中に入り、木々の間を抜けて行く。
ほどなくして、助けを求める声が聞こえてきた。
「ぎゃー! 助けてケレー!」
「急ごう」
みんなが声のした方向に走り出す。
さらに木々を抜けると、見えてきたのは、猫が飛びつこうと跳ね、それを横に躱したり転んだりしながら逃げ回っている小人たちの姿。
「小人のみんなが襲われているよ」
「小さな体で走り回るから、猫に襲われるのじゃ」
「とにかく弱き者は助けるのです!」
猫は動く小さなモノに興味を示すんだって。マオちゃんって物知りだね。
で、小人は私の膝下ぐらいの背丈だから、猫を少し見下ろせる。だから堂々と正面を向いて立っていれば、猫は襲わないだろうって。
でも、怖いのは分かるよ。自分の胸ぐらいの背丈の動物が目の前で睨んでいたら、誰だって背中を見せて逃げたくなるよね。
「ちぇっ、外した。町で見るより、すばしっこいな」
ミリアちゃんが飛ばした吹き矢は地面に刺さり、小人が一人、猫に背中を引っかかれた。飛ばしたのは眠り薬が仕込んである吹き矢だそうで。
「そこの猫、我が相手をするのです!」
「たはー。捕まえられないぞ」
レティちゃんが襲撃現場に割り込んで盾を揺らして挑発し、脇からミリアちゃんが捕獲に乗り出すと、猫は横を向き、もう一人の小人に向かって跳躍した。
「挑発しても無駄じゃ。ほれ、これを使うとよいのじゃ」
「これを食べるのです?」
レティちゃんに渡されたのは、何かの実。木の実にしてはおいしくなさそうな物。
たしかこの前、森の中で木に絡まっているツタについている物を採取してたやつだよね?
「食べ物ではないのじゃ。その匂いを猫に嗅がせるのじゃ」
「匂いを? 承知したのです。追いかけて存分に嗅がせてやるのです」
「それなら、私たちが風上になるように追うぞ」
人差し指をペロリと舐め、高くかざして左右に回転させるミリアちゃん。
風向きを調べているみたい。
私たちは少し遠回りになりながらも、風上に向かうようにしながら猫を追う。
「我の匂いを存分に味わうのです!」
「体臭みたいな言い方だな」
「それは困るのう。猫が逃げ出すかもしれないのじゃ」
「そうなの!?」
「冗談じゃ」
レティちゃんが匂いのもととなる実を左右にゆっくり振って、匂いを風下に流す。しばらくすると、猫は匂いに気づき、こちらを向いた。
そして、匂いを嗅ぎながら近寄ってくる。
「お? 横になったぞ?」
猫は手が届くくらいまで近づくと、突然横になり、背中をくねくね地面に擦りつけ始めた。
「うむ。マタ・タービの実は効果覿面じゃ」
レティちゃんに渡したのは、マタ・タービの実で、その匂いを嗅ぐと猫は酔うらしい。
「簡単に捕まえられたぞ」
猫を横に転がしてから抱きかかえたミリアちゃん。
「小人の国を災難から救ったのです」
「マタ・タービって、キノコとかと一緒に採取してたから、マオちゃんが食べる物なんだと思ってたよ」
「うむ。これは妾が猫と戯れるために採取したのじゃ。どちらかというと遊具になるかのぅ」
「我も戯れるのです。ミリア、こっちを向くのです」
「戯れるのなら、猫じゃらしのほうがいいと思うぞ。こいつみたいに、力が抜けた者と遊んでもつまらないだろ? ほら」
抱えている猫をレティちゃんに差し出すミリアちゃん。
レティちゃんはマタ・タービの実を猫の顔に近づけたり遠ざけたりして、
「むー。遊んでくれないのです……」
猫はぽけーっとしてて、ほとんど反応しない。
突然、ミリアちゃんは私に猫を差し出した。
「おい、ピオ。この猫は妖精の国を荒らした奴で合っているか?」
ああ、私に差し出したんじゃなくって、ポケットの中のピオちゃんに見せたかったのかあ。猫を捕まえてからは、ポケットから顔を出しているしね。
「ちょ、ちょっと離してください!」
すっと顔を引っ込めたピオちゃん。
猫を間近で見るのは怖いみたい。
ミリアちゃんは猫を少し離し、ピオちゃんの顔が出てくるのを待つ。
「えーっとー。うーんっとー。むー……」
「早く結論を言え!」
ピオちゃんが言い淀んでいると、再び猫を近づけてしっかりと見せようとするミリアちゃん。
「きゃあああ! あ、焦りました! 近づけないでください! 答えは、同一個体ということです♪」
「うむ。それならここが再び猫に襲われることもあるまい」
「そっかー。違う猫だったら、まだ探さないといけなかったんだね」
「任務完了なのです」
小人の国を荒らした猫を捕まえた私たちは、もと来た方向へと体を向ける。すると。
「おお! でかい人たちが、悪魔を退治したっぺ!」
「わー! オラのウチを壊したあの悪魔が伸びているっぺ!」
「おうおう! でっかい人たち、感謝するべー! オラたちじゃあ、どうすることもできなかったべ」
「このでっかい人たちは、救国の勇者に違いないっぺ!」
「ありがてぇー」
「「「感謝するべー!」」」
一人、また一人と、小人たちが集まってきて、私たちを囲んで飛び跳ねたり踊ったりし始めた。
猫を捕まえただけなのに、救国の勇者って大げさだよね。
「ここでは感謝されるんだな」
「師匠の教えを完遂できたのです」
「大きな人たちよ。ワシは小人族の族長ゆゆ。小人族を代表して礼を申すべ」
三角形の帽子をかぶった族長のゆゆさんが、集団の中から一歩前に出て話しかけてきた。
「困っていたから助けただけだよ。礼なんていらないよ」
「そうか、そうか……。ん? クンクン……」
ゆゆさんは顔を左右に振って、何か匂いを嗅ぎ始めた。マタ・タービの香りが気になるのかな?
「そこの大きな人よ」
「妾のことかえ?」
「そうだべ。お主、珍しいキノコを持っておらぬか?」
「珍しくはないが、キノコなら持っておるぞ? ほれ」
マオちゃんが魔法収納からキノコを取り出してゆゆさんに見せた。
「おお、それだべ。それはとても珍しいキノコでのぅ。是非、ワシらに分けてもらえぬかのう?」
「元の世界に戻れば、どれだけでも採取できる普通のキノコじゃぞ? まあ、欲しいのなら全部くれてやらないでもないがの」
魔法収納からさらにキノコを取り出し、ゆゆさんに渡す。
ゆゆさんはそれを両手で大事そうに抱え、
「ほえー。こんなに持っとったか。ありがたや、ありがたや。先ほど、礼はいらぬと申しておったが、これはこれで礼をせねばならねーべ」
「どこにでもあるキノコじゃ。礼などいらぬのじゃ」
「そうだべな……。国家存亡の危機から救い、幻のキノコまで貢いでくれた大きな人たちに手ぶらで帰ってもらうのもなんじゃし、こうするべ」
そう言って、ゆゆさんはあご髭をつまんで梳き、それから肩が凝っているかのように首を左右にコキコキ動かした。
身長差があるため、ずっと上を向いて話していたから疲れたんだね。
「大きな人向けの洞窟がこの国にあるべ。そこには宝箱が保管されておってのう。そこに案内いたそう。宝物は自由に持ち帰るとよいべ」
洞窟は人間サイズで大きく、中には魔物がいて、戦闘のできない小人族では攻略できないんだって。
昔、探索隊を投入して調査をしたことがあって、持ち帰った情報では、とある部屋に大きな宝箱が隠されているんだって。当時それは開けることも運ぶこともできなかったそうで。
「エムよ。おそらく族長が言っておるのは異次元迷宮のことじゃ。行くのかえ?」
「うん、行ってみたい。行くだけ行って、無理そうなら出ればいいと思うよ」
なんだか、そこに行かないといけない気がするの。
だから、とりあえず行ってみて、異次元迷宮の中を覗いてから判断してもいいかなって思う。
「族長、案内するのです」
「ほっほっほ。こちらじゃ。そう遠くはないからじきに着くべ」
私たちはゆゆさんの案内で、森の中を行く。
森を抜けると、そこには泉があって、ほとりには大きな岩がある。
その岩の前まで行くと、岩には大きな穴が開いていて、それが洞窟のように見える。でも、実は異次元迷宮の入り口なんだろうね。
「ここじゃ、ここじゃ。では、大きな人たちの健闘を祈るべ。ワシは先に帰るから、気の済むまで探索するとよかろう」
手を振ってゆゆさんと別れ、私たちは異次元迷宮へと足を踏み入れた。