059話 魔族の国ジャジャムに行こう!
レティちゃんの剣の師匠セリナさんの腕を治した私たちは、北の魔族の国ジャジャムを目指すため、再びクロワセル王国のニーデンの町に戻った。
「あれって、この間のおじさんだよね?」
買い物目的で、ちょっとだけニーデンの町の中に寄った際に、中央広場で幸せそうに連れ添う親子の姿を目にした。
「そうじゃの。名前は聞かなんだが、足を治した壮年男性じゃの」
「どう見ても、誰が見ても本物の足なのです。初めて会ったときの絶望した顔とは別人のように、とても幸せそうにしているのです」
あれが魔道具の足だと言われても誰も信じないような、完璧な足で自然な歩き方。
そしてそれ以上に、おじさんの弾けるような笑みが印象に残る。
「うまくいって、よかったね」
親子の幸せなひと時を邪魔をしないよう、気づかれないようにこっそり町を出た。
街道をしばらく北上すると、荒れ地が目立つようになり、やがて草木も生えない荒涼とした大地となった。枯れ木、枯れ草が時々見える程度で、岩や土がむき出しの状態。
「グランブ砦が見えてきたのです」
この辺りには村もなく、街道も道と呼ぶには人の手が入ってなくて、ただ誰かが踏み固めただけのでこぼこな状態。そんな道を進んで行くと、大きな建物が見えてきた。
クロワセル王国の北端にあるグランブ砦で、魔族の国ジャジャムとの国境を守っている。
「いよいよだね。ここからが魔王を倒す旅の本番になるよ」
「魔王の居城は遥か北。まだまだ遠い道のりになるのぅ。ただ、エムは魔王を倒す必要などないのじゃ。ピクニック気分で向かうとよかろうて」
魔王を倒さなくていいって言われても、それが勇者の使命なんだから倒すしかないんだよ。
マオちゃんって魔族の国を目前に控えて士気が下がっているのかと思えばそうでもなく、ウキウキしている感じなんだよね。
いつも魔王のモノマネをしているから、実は魔王の隠れファンで、実際に会ってみたいだけなのかもね。
「めちゃくちゃ大きな砦だね」
近づけば近づくほど、グランブ砦の大きさを実感できるようになる。
砦というより、城。今まで見てきたどの城よりも大きい。
「お前ら、どこに行く気だ? 関係者以外、ここは通れない。早々に立ち去れ!」
見上げるくらいの高い位置から、声が届けられた。あの兵士かな? 腕を狭間から出して私たちを追い払う仕草をしているよ。
「私たちは勇者だよ。魔王の国ジャジャムに入って、魔王を倒しに行くんだよ!」
「ああ? 勇者? 嘘を言うな! 勇者と言えばアルテル様をおいて他にはおらん!」
「だから、私が勇者なんだって!」
「妾は魔王なのじゃ! おとなしくここを通……、むがっむごっ」
「ややこしくなるから、マオリーは黙っているのです」
マオちゃんの口を塞いだレティちゃん。こんな所で魔王ごっこをして兵士をからかっても機嫌を損ねるだけだよ。ここの兵士はみんな魔族と戦っているんだから。
「とにかく、アルテル様以外は認めん!」
うーん……。
通してもらえそうにないよ。
もっと活躍して、勇者として名を広めないとダメみたい。
「ここのほかに、魔族の国に入れる道ってないのかな?」
「西に山が見えるのです。あれを越えればいいのです」
「むごっむがっ……、ふぅ。あの山は非常に険しく、さらに強力な魔物が棲息しておる。とてもこの三人で越えられるような山ではないのじゃ」
そうなんだ……。
西がダメなら東かな?
「東に向かって、どこか通れる所を探そうか?」
「ジャジャムとの国境は、遠く東のベーグ帝国にも続いておる。きっとどこかに国境警備の手薄な場所もあるじゃろう」
グランブ砦の東西には頑丈な柵が張り巡らされていて、その手前側を兵士が二人一組で見回っている。
「昔の我だったら、こんなちんけな砦、ひとっ飛びなのです」
「人目につかない場所に行けば、きっとピオちゃんが妖精の姿に変えてくれて、向こう側まで飛んで行けるようになるよ」
私の隣を飛ぶピオちゃんに顔を向ける。
「残念。この辺りは毒素を強く感じます。ですから皆さんを変化させることはできません。生命の危機に晒すことになりかねませんので♪」
えー。飛んで越えることはできないの?
じゃあ、やっぱりどこか柵を越えられそうな場所を探すしかないんだね。
このような経緯で、私たちは東へと進むことになった。
「行けども行けども、見回り兵の隙は見当たらないのう」
「むしろ、東に行けば行くほど警戒が強化されているのです」
マオちゃんが言うには、クロワセル王国とベーグ帝国、それと魔族の国の三つの国の国境が交わる場所に、魔族の大きな要塞があるんだとか。もちろん、それは魔族の国の領土内にあって、すぐに目視できるほど近くではないよ。見回り兵はそれを警戒しているんじゃないかって。
「もうしょうがないから。このままベーグ帝国に入っちゃおう。そしたら見回りの頻度も変わるかもしれないよね」
「うむ。魔族側から仕掛けることなど、ここ百年以上なかったはずじゃからの。この警戒は異常じゃ」
「もっと東に向かうのです」
東へ東へと進み、ようやくベーグ帝国との国境が見えようとしてきたところで。
「あれって軍隊だよね?」
「この間の壮年男性が語っておったことではないかの。ベーグ帝国との国境付近で領主間での小競り合いが多く、それに傭兵として参加して足を失ったとか言っておったじゃろう?」
「草さえろくに生えない土地を奪い合っても、なんにもならないのです」
少し離れた所に木造の大きな屋敷があって、ここに展開している軍隊はそこに寝泊まりしているみたい。
マオちゃんの考えによると、戦争に特化した砦を造らないのは、ここでの争いに国が関わっていないのと、領主様の小競り合いはなんらかの余興のようなもので、これ以上激化させないために自制しているんじゃないかって。
余興だなんて、それに駆り出される兵士が可哀そうだよ。足を失う人もいるんだから。
「止まれ! ここは通行止めだ」
「ベーグ帝国に行こうかと……」
「何を夢見ているんだ。ここは常に戦場だ。通れるはずがないだろう! 早く立ち去れ!」
関所すらないのは、通す気がないことの表れのようで。
困ったなあ。ベーグ帝国に行きたいだけなのにね。
「仕方ないのう。このまま南下して、通れそうな場所を探すしかあるまいの」
ベーグ帝国へと入れる場所を探し、今度は南下することに。
だんだん魔族の国から遠ざかることになる。でも、そうするしかないし、仕方がないよ。
「ただ旅をしておるだけではなんの進歩もなかろう。妾が昔話を披露してやるのじゃ」
何日も南下を続けて、それでも向こう側に越えられそうになくって焦燥感が募りだした頃、マオちゃんが昔話を披露してくれることになった。
「むかーし。人族がまだ鉄器さえ扱えなかった頃の話じゃ。当時の人族は現在の聖クリム神国の中央付近にだけ存在する、少数民族じゃった」
当時、クロワセル王国やベーグ帝国などの人族の国は存在していなかった。
そもそも、現在クロワセル王国とベーグ帝国となっている土地は、すべて魔族の領土だったんだって。
「それはそれは、魔族は繁栄を極めておっての。文明度の低い人族が魔法を習いによく訪ねて来たものじゃった」
「人族は魔族に魔法、ドワーフに鉄器、エルフに農耕を学んだのです。エルフの農耕は特殊なので、結局、多くを魔族から学んだのです」
今、そんなに遅れている感じがしないのに、人族って昔は遅れていたんだね。
「最初のうちは、人族は農地を徐々に広げて農耕に励んでおった。農業での生産性が上がり、食が豊かになると人族の人口は一気に増え、人族どうしで争うようになったのじゃ」
「それで出現したのが現在のカレア王国、クロワセル王国、ベーグ帝国、バタロン王国なのです」
国名自体は何回も変わっているから、当時は違う名前だったみたい。
いくつか滅んだ国もあるそうで。
「人族は同族における土地の奪い合いに飽き足らず、遂に魔族の治める土地にまで侵攻してきたのじゃ」
「ふふーん。人族は今も昔も愚かな同族争いばかりしていたのですか♪ それだけに収まらず、魔族に戦いを挑むなんて、信じられません♪」
大げさに両手を広げ、驚いてみせるピオちゃん。
ピオちゃんって、妖精が人族に絶滅させられた歴史は知っているようなのに、人族と魔族との間の歴史は知らなかったみたいだね。
「魔族はヘッポコだったのです。現在のジャジャムの位置まで簡単に押し出されてしまったのです」
「違うのじゃ。現在の国境よりも遥か北までじゃ。魔族は平和を愛する種族じゃったからのう。武装した人族には敵わなんだのじゃ」
「それ、嘘だよね? 私だってちゃんと言い伝えを聞いて知っているよ。北の魔族が、人族の土地に侵攻してきたって。今の話だと、人族が魔族の土地に侵攻したことになっているから、真逆だよ」
だから魔族は敵で、魔王は倒さないといけない存在なんだよ。そんなの常識だよね。
「うむ。エムの言っていることは間違いではないのじゃ。魔族は、長年北方に押し込められておったのじゃが、妾の代になって……、げふっごふっ、当時の魔王が豊饒なる土地を求めて南下政策を打ち出したのじゃ」
「つまり、先に仕掛けて土地を奪ったのは人族で、魔族はそれを奪還しようとしたのです」
レ、レティちゃんって貴族様だから、きっと古い歴史なんかを習っているんだね。人族が先に仕掛けた……。私、知らなかったよ。
「豊饒な土地を広く手に入れた人族の増え方は半端なかったのじゃ。せっかく奪い返した土地もすぐに盗り返されてしまってのう。奪還は無理だと悟った妾……、当時の魔王は、現在の国境線まで兵を退き、それからは膠着状態なのじゃ」
「それが本当だとしたら、どうして勇者は魔王を倒さないといけないのかな?」
「さあての。当時、魔王が最前線で無双しておったからじゃないかの?」
えー! 魔王って、軍隊どうしの戦闘の中で無双してたの?
きっと、物凄く悪面の巨漢なんだね?
ちょっと怖くなってきたかも。
「理由なんてどうでもいいのです。エムは当初の目的通り魔王の馬鹿を殴りに行けばいいのです。我もそれには賛成なのです」
「そうじゃの。実際に魔族の国に行って、さらに魔王城まで行けばすべてが理解できるじゃろうて。なお、馬鹿ではないし、殴る必要もないからの」
魔族の国に行って、この目で見て真実を確かめる。
それは私がすべきこと。
早くベーグ帝国に渡って、それから魔族の国に行かなくっちゃ。
たとえ勇者の使命を果たすことができなくても、両親の仇討ちをする。それだけでも、向かう価値はあるよ。




